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至誠一貫・閑話&番外編&キャラ紹介

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◆外伝・壱◆ ~華琳の憂鬱~

 今日もまた、執務室に缶詰の私。
 陳留郡太守から、エン州刺史になっても、やる事はあまり変わったという実感はないわね。
 ただし、権限が大きくなった分、単純な量は随分と増えているけど。
「華琳様、此方は片付きました」
 秋蘭が、竹簡の山を整理し始めた。
「ご苦労様。紫雲(劉曄)はどう?」
「……終わりました」
「そう。なら、お茶にしましょうか」
「はい」
「……御意」

 流琉手作りのお菓子をいただきながら、午後のお茶を過ごす。
 今日は珍しく、皆が揃っているみたいね。
「ねえねえ、流琉。ボク、もっと食べたいよ」
「ちょっと待ってよ、季衣!」
「う、うぐ……しゅうらん、み、みず……」
「姉者、少しは落ち着け。ほら」
 ……賑やかな事、この上ないわね。
 でも、皆大切な部下。
 決して、悪い気はしないわ。
「……華琳様。報告」
「ええ、聞くわ」
 紫雲はコクリと頷くと、
「……土方軍の件」
 そう言って、書簡を差し出した。
 歳三の事は、逐一報告するように伝えている。
 今のところ、敵対する事はないでしょうけど、私に跪くまでは、動向から目を離していい相手じゃない。
 常に一歩引いて、周りを立ててはいるけど……ふふ、私の眼は誤魔化せないわよ?
 紫雲の報告書は、簡潔だけど要点が纏めてあって、とてもわかりやすい。
「赴任するなり、不浄官吏を大掃除とはね。ここまでやって混乱はないのかしら?」
「……あまり、ないみたい」
「あの男ですもの、抜かりはないでしょうね」
 と、秋蘭が私を見て、微笑んでいるのに気付いた。
「あら、何かしら?」
「いえ。土方の話をする時の華琳様は、いつも愉しげだと思いまして」
「ふふ、それはそうよ。私に従うのならそれで良し、歯向かうのもまた一興。そう思えるだけの人物、大陸広しと言えども、私は知らないもの」
「はい。それに配下にも人材が揃っています。私が知る限りでも、諸侯でも指折りの顔触れかと」
「そうね。それから紫雲、あれは?」
「……これに」
 紫雲が差し出した、もう一通の書簡。
 それには、目星をつけた人物の名と、今の所属や身分が記されていた。
 張コウに沮授は、土方の配下になったようね。
 黄巾党本隊との戦で、韓馥が連れていたのが、確か張コウ。
 ……凡庸としか言いようのない韓馥には勿体無い将と思ったけど、歳三に先を越されるとはね。
 沮授は軍師だけじゃなく、一軍を指揮する才能もあるらしい。
 他に田豊という少年も、今までは若いと言うだけで軽んじられていたのが、歳三に見出だされて、今や郭嘉と程立に次ぐ軍師として活躍してるとか。
 ……全く、人材集めにかける熱意は誰にも負けないつもりなのに、完全に歳三には後れを取っているわね。
「秋蘭。その後、仕官に応募してきた者は?」
「はっ。紫雲と二人で選考してみてはいるのですが……」
「……使えるのが、いない」
 申し訳なさそうな二人だけど、別に彼女らを責めるつもりはない。
 私は確かに才ある人材を愛するけど、だからと言って手当たり次第は好まない。
 それがわかっているからこそ、秋蘭も紫雲も、頭を悩ませているんでしょうね。
 ……とは言え、本来武官の秋蘭にまで、いつまでも文官の役割を担わせたままでいいとは思わない。
 春蘭みたいに何も出来ないのも困りものだけど、それでも限度があるわ。
 隣の芝生は青い、なんて言うつもりはないけど、歳三がやはり、羨ましいのも確かね。


 数週間後。
 黄巾党の残党らしき集団が、州内の村を襲おうとしていると報告が入った。
 無論、私の治める州で、賊如きに好き勝手をさせるつもりはない。
「それで、数は?」
「……約五千、と」
 紫雲がいつもの調子で告げると、秋蘭が難しい顔をした。
「賊軍としては、少々大規模ですね」
「何を暗い顔をしているのだ、秋蘭? たかだか五千、しかも烏合の衆ではないか。私と季衣で一揉みにしてやれば良い。なあ、季衣?」
「はい、春蘭様!」
 その様子を見て、私は秋蘭と顔を見合わせ……盛大にため息をつく。
「……あのね。春蘭や季衣が一騎当千なのは勿論わかっているけど、それじゃ駄目よ」
「何故ですか、華琳様?」
 季衣が、首を傾げる。
「……流琉。今、私が動員出来る最大の兵数、わかるかしら?」
「あ、はい。この陳留を始め、守備に必要な数を差し引いて、ですよね?」
「そうよ」
 流琉は少し考えてから、
「……五千、ですね」
 正答ね。
 秋蘭と一緒に居る事が多いせいか、この子はある程度、武一辺倒じゃない。
 勿論、まだまだ秋蘭には遠く及ばないでしょうけどね。
「その通りよ。これでわかったかしら、季衣?」
「……ええと。春蘭様、同じ数で戦う事になりますよね? 華琳様は、それでは駄目だと仰っていますけど」
「うむ。華琳様はお優しい方だ、私達の身を案じての事であろう。だが、鍛え上げた五千と、烏合の衆五千、最初から勝負になどならん」
「……春蘭。貴女、まだわかっていないようね?」
 ちょっと、頭痛がしてきたわ。
「は? しかし、同数ならば兵の練度で勝負が決まるかと」
「勿論それはそうよ。でもね、相手が諸侯ならいざ知らず、今の私は州刺史で、相手は賊軍。それに同数の兵で挑むと、どうなるかしら?」
「ですから、私と季衣がいれば」
「春蘭! いい加減になさい!」
 思わず、一喝してしまう。
「か、華琳様?」
「いい? これは、賊軍にただ勝てばいいという問題ではないのよ?……貴女も一軍の将、この程度理解しなさい」
 目を白黒させるばかりの春蘭。
「あの……。もしかして、勝てたとしても、ボク達の被害も小さくはないから……ですか?」
「あら、季衣。少しはわかっているようね」
「エヘヘ」
 ふふ、素直な子ね。
「……春蘭、まだわからないという顔をしているわね?」
「は、はぁ……。申し訳ありません」
「ふぅ。時間の無駄だから、もういいわ。秋蘭、二人に説明してあげなさい」
「はっ。姉者、季衣、良いか? まず、季衣が気付いたようだが、賊軍と言えども、同数の兵でぶつかれば、こちらの被害も少なくはないだろう。姉者もわかると思うが、精兵は一朝一夕には作れないものだ」
「それは……そうだな」
「失った兵は補充するしかないが、精兵に鍛え上げるまでに、また同じだけの時間がかかる。時間がかかるという事は、その分の費えも必要になり、それまでの間、我が軍は戦力が少なくなってしまう。そうであろう、季衣?」
「は、はい」
「それだけではない。相手は数が多いとはいえ、賊だ。そのような相手に、仮に千の兵を失ったとする。……世間は、それを何と見ると思う?」
「勝ちは勝ちであろう?」
「……姉者」
「……底なしの莫迦」
 秋蘭だけでなく、紫雲まで頭を振っているわ。
「な、何だと? 誰が全身脳筋の莫迦だと!」
「誰もそこまで言ってないでしょう、春蘭? 流琉、貴女が答えなさい」
「あ、はい。……宜しいのでしょうか?」
 チラ、と春蘭を見て躊躇う流琉を、私は眼で促す。
「ええと、盗賊相手に少なくない被害を出せば……。少なくとも、華琳様の評判が落ちる事になりますね」
「流琉! 貴様、何と言う事を」
「春蘭、黙りなさい!」
「うう、華琳さまぁ……」
 全く、この娘は……困ったものね。
「流琉、続けなさい」
「はい。評判が落ちるという事は、華琳様がお望みの人を集める事にも差し障りが出る……そうですよね?」
「ええ。見事よ、流琉」
 そう、私が最も恐れているのは、世間の評判を落とす事。
 いくら実力を備えていても、評判が一度落ちてしまうと、それを挽回するのは至難の業。
 こんな些事でも、決して手を抜けない。
 ましてや、私は覇道を歩むと決めた者ですもの。
「でも、華琳様。だからと言って、盗賊を放っておく訳にはいきませんよね?」
「勿論よ、季衣。討伐のため、出陣するわ。春蘭、秋蘭、季衣はすぐに準備にかかりなさい。紫雲と流琉は留守をお願いね」
「御意!」
 そう、こんな馬鹿馬鹿しい戦いで、一兵たりとも失う訳にはいかないわ。
 だから、私自ら、討伐してあげるわ。
 ……ふふ、歳三ならこんな苦労もしないのかもね。

 鍛え上げた精兵、勢揃いには時間を要しなかった。
 ……ただ、糧秣の確認がまだね。
「秋蘭。糧秣の担当は誰?」
「は。先日、仕官してきた者に任せているのですが……」
「そう。確認をしたいの、すぐに帳簿を持ってくるように伝えなさい」
「はっ」
 秋蘭は駆けていく。
 ……いくら何でも、あの娘にいろいろと任せ過ぎよね。
 郭嘉や程立みたいな娘が、私のところにもいてくれると助かるのだけれど。
「華琳様。この者です」
 戻ってきた秋蘭は、一人の少女を連れていた。
 変わった形の頭巾を被り、まだどこかあどけなさを感じさせる娘ね。
「貴女が、糧秣の担当者ね?」
「はっ!」
「帳簿を見せなさい。確かめさせて貰うわ」
「どうぞ」
 頭巾の娘が差し出した帳簿に、ざっと目を通す。
 ……何よ、これは。
「……貴女、どういうつもりなのかしら? 指示した量の半分しか整っていないようだけど?」
「御意です」
「存念を聞かせなさい。……返答次第では、この場で斬るわよ?」
 私は、本気だった。
 期限を切った上で出した指示、理由の如何を問わず、遅れは認められないわ。
 ……でも、娘は落ち着き払っているようね。
「理由はございます。まず、曹操さまは慎重な御方、ご自身で必ず帳簿を確かめる筈ですから、不足はあり得ないかと」
「……貴女、私を馬鹿にしているのかしら?」
 思わず、私は絶を握り締めた。
「華琳様!」
「……わかっているわ、秋蘭。一応、最後まで聞いてあげるわ」
「はい。次に、その量であれば、揃える時間が短縮できる事、また行軍速度も上がります」
「そうね。でも、討伐にかかる時間までは短縮できないわよ?」
「第三に、私の策を用いていただければ、より短期間で勝利を得る事が出来ます。これが、その量の理由です」
 ふ~ん、なかなかいい眼をするじゃない。
 この私相手に、此処まで言い切るとは大した自信ね。
「貴女、軍師志望なのかしら?」
「はい! この荀彧めを、どうか華琳様の軍師として、麾下にお加え下さい!」
 荀彧……その名、聞いた事があるわ。
 あの跋扈将軍にも屈せず、清廉を貫いた荀家の一族に、才豊かな者が居る、と。
 その一人が、この娘、という事ね。
「荀彧。貴女、私を試すという事が、どういう事かわかっているわね?」
「はっ。お気に召さなければ、この首、どうぞ刎ねて下さいませ」
「そう……。ならば、この戦で貴女が如何に私の為になれるか。それを証明して見せなさい」
「は、はい! ありがとうございます!」
 ふふ、こういう娘も、悪くないわね。
 ……万が一、裏目に出た時は、私の最も恐れる事態になるかも知れないけど。
 でも、得難い人材が手に入るのなら、そういう賭けも必要ですもの。


 結局、戦いは荀彧の策通りに終わった。
 ……というよりも、合図の銅鑼を出撃と勘違いしたらしくて、勝手に賊の方から山塞を飛び出してきた。
 そこを、春蘭と秋蘭が挟み撃ちにして、一網打尽……という訳。
 賊を引きつけた私自身の隊に、多少の被害は出たけど……この程度なら、想定内ね。
 季衣が私の傍で頑張ってくれたお陰もあったし。
「華琳様、只今戻りました」
 春蘭と秋蘭が、戻ってきた。
 勿論、二人とも無事のようね。
「荀彧の策が決まりましたね」
「当然よ。あの程度の連中に、私の策を見破れる訳がないもの」
 確かに、有言実行にはなったわね。
 試されたのは気に入らないけど、この娘の才は本物。
「荀彧」
「はっ!」
「貴女の真名は?」
「桂花、です。曹操さま」
「わかったわ。私の事も、今後華琳、と呼びなさい」
 私がそう言うと、桂花はパッと顔を輝かせた。
「で、では?」
「その才、存分に発揮なさい。それで、私を試した罪は、赦してあげましょう」
「ありがとうございます!……これで、あの男を見返してやれるわ」
 小さな呟きだったけど、確かに私の耳には聞こえた。
 ……まぁ、いいでしょう。
 後で、確かめさせて貰うわ。

 陳留に戻った、その夜。
 私は、桂花を私室に呼んだ。
 ……勿論、抱いてあげる為にね。
 ふふ、だって可愛い娘は、その為にあるべきですもの。
 もし拒むなら無理強いはしないつもりだったけど、桂花の方もそれを望んでいるみたいね。
「桂花。何故、私が貴女をここに連れてきたか。……わかっているわね?」
「はい、華琳様」
 いい表情をするわね。
 ……でも、その前に。
「一つだけ、質問するわ。正直に答えなさい」
「はい! 何なりとお尋ね下さい」
「賊の討伐の後だけど。……貴女、あの男を見返す、って言っていたわね?」
「え?」
「貴女は独り言のつもりだったのでしょうけど、私にははっきりと聞こえたの」
「そうでしたか。はい、確かにそう言いました」
「それで。その男、というのは誰なのかしら?」
 この時代、名のある人物と言えば殆どが女。
 地位があるのは何進や孔融、後は死んだ韓馥ぐらいね。
 ……勿論、歳三は別格。
 さて、どんな名前が出てくるのかしら?
「……華琳様はご存じかと思いますが。冀州の魏郡太守に、土方という者がいます」
 ……まさかと思うけど、歳三の事を……?
「私は、以前同じく冀州の渤海郡太守、袁紹さまにお仕えしていました」
「麗羽に?」
「はい。袁紹さまは、名家の出を常に意識されておられます。それで、冀州牧の座をお望みでした」
 麗羽なら、あり得る話ね。
「大方、私への対抗意識でしょう?」
「その通りです。ただ、冀州には武功著しい土方が赴任しています。袁紹さまには、障害となりかねません」
 それは考え過ぎね。
 歳三は、そんな地位に執着するような男じゃないもの。
「それで、袁紹さまの財を以て力を付け、土方を屈服させるよう、私が策を立てていました。……ですが、それに気付いたのか、土方が南皮に乗り込んできたのです。そして、汚らわしい眼で私を見たんです」
「…………」
「男に見られるだけでも、妊娠してしまいます。ですから、話すつもりは一切ありませんでした」
 見られるだけで妊娠って、自然の摂理を無視し過ぎよ。
 それに、あの歳三がそんな眼で見る訳がないわ。
 ……被害妄想と言うか、そこまで男を無条件で嫌悪するのも、ちょっとね。
「それなのに、袁紹さまは私を庇うどころか、あの男の味方をなさいました。それで、見限って南皮を飛び出したんです」
「それで、そのままこの陳留に?」
「……いえ」
 何故か、桂花はガタガタと震えだした。
「どうかしたの?」
「……は、はい。思い出すのもおぞましいのですが……」
「言いなさい」
「その道中、盗賊のような集団に襲われまして。見るもおぞましい男共に縛り上げられて、冀州の外に放り出されたんです」
「……襲ったのに、貴女には何も手出ししなかったの?」
「されました! 汚らわしい眼で視姦されて、汚い手で縛られて!……思い出すだけでも、吐き気がします」
 ……それ、本当に盗賊だったのかしら?
「それもこれも、みんなあの土方のせいなんです! だから、見返して、復讐してやるんです」
「……なるほど、呟きの意味はわかったけど。でも桂花、その復讐のために私を利用するつもり?」
「利用ではありません。華琳様に覇道を歩んでいただければ、自然とあのような男、屈服させられるかと。その為ならこの桂花、智の限りを尽くします」
 ……頭痛がしてきたわ。
 聞いたのは私だけど、今はそれをとても後悔している。
「もういいわ、桂花。下がりなさい」
「……え? 華琳様?」
 桂花は、驚いて目を見開いた。
「下がりなさい、と言ったのよ。聞こえなかったの?」
「あ、あの……。何か、私に不都合が?」
「……その胸に手を当てて、よく考えなさい。とにかく、今すぐ下がりなさい。いいわね?」
 冷たく言い放つと、桂花はがっくりと項垂れた。


 桂花が出て行った後、私は臥所に身を横たえた。
 ……全く、男嫌いが過ぎて、歳三ほどの人物を見誤るとはね。
 軍師としての才はあるのかも知れないけれど、視野が狭過ぎるかも知れない。
 その点、郭嘉や程立は……ハァ。
 不思議と、あの二人は私の許にいるべき、そんな気がするのよね。
 ……歳三との絆を見れば、あり得ない筈なのに。
 一度真名を許した以上、桂花は今後も私の為に働いて貰うしかないけど。
 ……隣の芝生は青い、か。
 本当、どうにかして歳三を私に跪かせるしかないわね。 
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