遊戯王BV~摩天楼の四方山話~
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ターン33 過去からの迷いし刺客
前書き
今回のデッキのアイデアはトロワー遊戯王 岩投げ流・初段 岩投げ縛り不定期投稿氏(途中で切っていいのかわからなかったのでとりあえずそのままコピペ)のものを許可を得てお借りしたことをここに明記します。一応私もこのデッキには口出したのよ。
前回のあらすじ:過去作キャラがこんなぐいぐい出張ってくるのってどうなんだろね。
「いえーい、とうちゃーく。ご苦労様ガメシエル、ゆっくり休んでてね」
分厚く濃密な霧の壁にぐるりと囲まれた、3本の黒い鉄の塔ともいうべき異様な物体。その頂点は霧に遮られて塔がどこまで伸びているのかを見ることはできないが、ぼんやりと見えるシルエットから真ん中のひとつがやや短く、両端の2本がそれよりも高くほぼ同じサイズであることはわかる。そして絶え間なくあたりに響く、重く低い機械音。糸巻のようなデュエルポリスがそれを一目見れば、目の前にそびえ立つ鉄塔こそが巨大「BV」電波塔なる代物だとはすぐに理解できただろう。それも、わずかに短い中央の1本。両端にそびえる2本は当初の目的、異常出力を持つ試作品デュエルディスクの量産用の場所だろう。もしかしたら何か他の生産ラインがあって資金稼ぎに使われていたのかもしれないが、それはもはや関係のない話だ。
そんな海上プラントに、乗り込む巨大な影がひとつ。その影の上からより小さな影が飛び降りたかと思うと、巨大な方の影は嘘のようにその場で消えていった。
影の名は無論、遊野清明。つい先ほど脅迫まがいに聞き出した正規ルートからミスト・ウォームの吐く迷いの霧を抜けてきたこれでも御年23、外見年齢は永遠の14歳な少年である。
周りをきょろきょろと見まわし、途中で別れた糸巻のモーターボートを求めて視線が彷徨う。さすがに正規ルートを通ってきたこちらの方が早いかと納得しかけた瞬間、何かに反応してふと後ろを向く。波の音にかき消されるほどにかすかなエンジン音が、やがて次第に大きくはっきりとしたものに。
「こっちこっちー、でも思ったより早かったね、糸巻さん」
「おーう。それでもずいぶん苦労したけどな、もう燃料も半分切っちまった。悪いな、わざわざ待ってて……っと」
手を振って誘導する清明と、それに気づき船首をそちらに向ける糸巻。エンジンを切ったモーターボートからひょいと飛び降り、そこでふと何かに気づいたように、ジト目ですっと距離をとる。
「え、何、なに」
「あんまりアタシもこういうこと疑いたくはないんだがな、最初にこれだけは聞かせてもらう。アンタ、本当に遊野清明なんだろうな」
「あー、そこから……?」
うんざりしたように首を振る清明に対し、糸巻の目はいたって真剣だ。敵地のど真ん前で行うにしてはあまりにも緊張感のない会話ではあるが、その重要性は彼とて理解できる。なにせ「BV」の力はカードの組み合わせと同じく無限大であり、ここにいるのが清明の姿をコピーした偽物であるという可能性は決して笑い飛ばせるほどに小さくはない。
ただそもそもの問題として、自分から誘っておいてその言い草はあんまりではないかとちゃらんぽらんな清明なりにそれなりに不満は覚えるのだが。
「悪いな。正直アタシもこの10年以上ずっと単独行動ばっかだったからな、そういう発想自体完全に抜けてたわ」
「いやいやだからっておかしいでしょ、糸巻さんのデュエルディスク!それ、なんか妨害電波が出せるって聞いたよ!?」
「アホか。こんなバカでかい電波塔、アタシも10年以上この仕事やってて初めて見たような代物だぞ?このデュエルディスクに入るようなアンチ『BV』妨害電波じゃ出力が違いすぎて焼け石に水、引っぺがすどころかノイズを起こすこともできないわい。というかそもそもな、そんなもんこの霧突っ込んでからもう何回も試してんだよ」
食って掛かる清明を一蹴し、距離だけは保ったまま目の前で不気味に稼働し続ける3つの塔を見上げる糸巻。両端の大きな方にはその床、つまり今彼女たちが立っている位置から入れるように鋼鉄製のドアがはめ込まれているが、中央の塔には見た感じ入り口らしきものはない。この手の建物にはあってしかるべき、非常口や非常階段すら彼女の位置からは確認できなかった。
次いで上に目線を動かすと、存在しない入り口の代わりだろうか。左右の塔の中腹辺りから渡り廊下が伸びることで、中央と行き来する経路が確保されている様子が見えた。つまりこの3つの塔には、合計でもたった2か所しか出入口が存在しないことになる。
「ったく、ガキの落書きでも実体化させたのかよ?とんでもねえな」
もし火事でも起きた場合にどうなるかを考えるとこれはとんでもない違法建築だが、同時にこの塔は外観だけで糸巻にいくつものことを物語ってもいた。この中の人間の安全を一切考慮しないつくりは、裏を返せばこの場所は本来、人が働くことを想定されていない……つまり生産ラインの全自動化、完全機械化が成り立っていることになる。突き詰めればそれは、このプラントの所有者がそれだけの機械を動かすことができる唸るような資金の持ち主であるということの証明だった。
改めて巴が最初に叩き売り、やや遅れて自分も乗り込んだこの喧嘩のスケールの大きさを思い知る糸巻。もっとも、だからといって怯みも物怖じもしない。それはこの女の美点でもあり、時に話にならないレベルの欠点でもあった。バカの頭脳はプレッシャーを感知しない、そう言ったのはどこの誰だったか。
しかし面と向かって糸巻にそんなことを言う人間は極めて限られ、その数少ない人間である巴や七宝寺も今この場所にはいない。そのため誰にも邪魔されることなくじっくりと考えを巡らし、ややあってゆっくりと口を開いた。
「……じゃあ、こんなのはどうだ?見た感じ、入り口はこことそっちの2か所だけみたいだ。どうせ2人で固まってカチコミしてももう片方から逃げられるだけだし、挟み撃ちしてやろうぜ」
「僕が偽物でも、少なくとも後ろを取られることはないってわけね」
「飲み込みが早くて助かるぜ。当然違う道を行くからには、どんな理由があろうともアンタが後ろから来た時点で問答無用で叩きのめすからな」
「……それ僕が言うのもなんだけどさ、もしこの僕が偽物で後から本物が追いかけてきた場合、すんごいかわいそうなことにならない?」
そう呆れながらも、そこから反論する様子はない。だから糸巻も冗談めかしてニヤリと笑いながら、しかしきっぱりと大真面目に返す。
「おう。だからここにいるアンタが本物なことを祈っといてやるぜ」
「僕はケーキ屋さん兼神官。祈るのは僕の仕事よー?」
ぶつくさ言いながら、清明も3つの塔と2つの入り口に視線を移す。
「んで、糸巻さんはどっち行きたいの?」
「なんだ、アタシが選んでいいのか?んじゃアタシ左な」
「んじゃ僕右ね。うちの神様に生半可な変装は通用しないのよ。だからこの糸巻さんは、紛れもなく本物の糸巻さんだよ」
「……その電波っぷり、アタシもアンタが本物に見えてきたな。ま、どっちにしろ挟み撃ちはやるけどな。いよいよ最後の大喧嘩だ、ド派手にかましてやろうぜ?」
「いいねえ、どうせ乗り掛かった舟なんだ。元々僕はデュエルがしたくてはるばるここに流れ着いたんだし、このままどーんと暴れさせてもらうよ」
糸巻太夫、そして遊野清明。普段の価値観はまるで異なるものの、おおざっぱでいい加減でちゃらんぽらんで人生をハプニング込みで楽しんでいる節があり、そして強い相手とデュエルできるのであれば多少の不具合には目をつぶる筋金入りのバトルジャンキー……ろくでもない点でばかり意見が一致するものだから、確かに話だけは早いが巻き込まれる側としてはたまったものではないコンビであった。
「んじゃ、中央でまた会おうじゃないの」
「おう、途中で返り討ちになんてされるんじゃねえぞ」
それっきりで分かれ、それぞれ左右の扉へと近づいていく。感知機能が生きているらしく無音で上へと開いた鋼鉄製の扉に、2つの影がためらうことなく吸い込まれていった。
塔の内部へと入り込んだ糸巻の背後で、すぐに扉が再び閉まる。ここから先は彼女1人、頼れるものは自分のみ。しかし、それは彼女にとって日常であったはずだ。半年前、鳥居が彼女の部下として配属されるまで、彼女は家紋町唯一のデュエルポリスとしてチンピラやプロ崩れ相手に睨みをきかせていたはずだ。
だというのに、なぜこんなにも背中が涼しいような気がするのだろうか。前に1人だった時には、感じることのなかった感覚。鳥居がこの町に来てからも、やはり覚えることのなかった感覚。にもかかわらず、今この時に限って……。
「……アホくさ」
思考を打ち切り、代わりに足を動かし歩を進める。余計なことに思考を裂いていては、見えたはずのものも見えなくなる。
本来はずらりと工業用機械が並ぶのであろうスペースも今はまだがらんと空いたままであり、機能性のみを追求したデザイン皆無の内装と相まってなんだかひどく殺風景な光景が彼女の前に広がっていた。その中で唯一目につくものといえば、塔の中央からまっすぐに伸びたエレベーターとそれにゆったりと巻き付くような構造で2階へと伸びる螺旋階段。
そこまで認識した時点で立ち止まったことに、さしてはっきりした理由があったわけではない。強いて言うならば、これもデュエルポリスの勘だ。そして、その勘が正しかったことはすぐに分かった。エレベーターのランプが突然点灯し、糸巻の目の前でその扉が開いたのだ。
「お出迎えか?わざわざ悪いな、手土産ぐらい持ってきてやりゃよかったか」
「……」
周りの風景のせいもあってどこか抗菌服を連想させる白いスーツに、首から上をすっぽりと包み顔を隠すペストマスク、そしてそんな奇天烈な格好を一気に現実的な存在に落とし込むアイテム、左腕にデュエルディスクを装着した男。ぴっちりとその手を隠す白手袋まで身に着けているせいでまるで素肌が見えず、糸巻の観察眼をもってしても性別は不詳なのだが、もしあれが男装の女だとしたら何がとは言わないがとある部分がかなり大きな方ではあるがあくまでまだ中学生レベルの竹丸や、下手をすると同年代の平均以下である八卦にすらサイズで劣るほぼ壁のレベルであるという点から男だと思っておくことにした。
そして深い意味はないが自分の胸に手を当て、色々と視線を集めることの多い肉の塊がそこに今日もぶら下がっていることを確かめる。今日も邪魔な代物ではあるが、ともあれそれは間違いなくあるべき場所にあった。
「っと、そうじゃねえな。医者だか何だか知らねえが、さっさとやろうぜ」
デュエルディスクを構えると、ペストマスクも同じようにデュエルディスクを起動する。糸巻の知る限り、あんな珍妙な格好をしたプロデュエリストはいない。これまでの知識の通用しない未知の相手ではあるが、本拠地のこの場所を任されたということはそれだけ腕の立つことは間違いないとみていいだろう。
……面白い、腕が鳴る。
「デュエル!」
「……」
あくまで一言も喋るつもりはないらしく、無言のままに初期手札の5枚を引くペストマスク。元から口がきけないのか、それとも喋れない理由が別にあるのか。例えば、もし口を開いたらその声だけで糸巻にそのペストマスクの下の正体が感づかれてしまうような。
しかし、いくら本人が黙っていようとカードは嘘をつかない。糸巻の頭の中には過去のプロデュエリストのことは大体入っており、デュエルを続けていけば使用カードや妨害を撃つタイミングなどの思考パターンからマスクの下の正体を見極めることも決して夢物語ではないはずだ。
「……」
マスク越しに手札を一瞥したペストマスクが無造作にモンスターを伏せ、さらに伏せカードを置く。ただそれだけで、ターンが糸巻に移ったことをデュエルディスクは示していた。そんな不気味なほどの沈黙に警戒しつつ、軽く探りを入れながら自分もカードを引く糸巻。
「おいおい、アタシにカードを見せちゃくれないのか?リバース戦法の使い手なのか、防御から始まるようなデッキなのか……それとも、恥ずかしいぐらいに事故ってんのか?」
ついでに挟まれた軽い挑発は、単に彼女の趣味である。尤も彼女の基準からすれば、こんな程度は挑発の内にも入らないのだが。
「アタシのターン。さて、どうすっかね?屍界のバンシーを召喚だ」
屍界のバンシー 攻1800
青白い肌に腰まで伸びた白髪、そしてそんな体に負けず劣らず青白い布切れのような服。薄幸美人という言葉のよく似合う涙目の女性型モンスターが、ぽっかりと空いた製造ラインに呼び出される。
「まずは様子見……屍界のバンシーでセットモンスターに攻撃、涙雨のリフレイン!」
屍界のバンシー 攻1800→??? 守1800
すうと息を吸ったバンシーが、開いた口からソプラノボイスと共に衝撃音波を放つ。セットモンスターめがけて飛んでいったそれは攻撃対象を表にし、しかしその破壊には至らず伏せられていた小さな緑のドラゴンの姿を露にするだけにとどまった。糸巻としては今の攻撃で戦闘破壊、ついでにその衝撃でペストマスクを引きはがせないかとの目論見もあったのだが、さすがにそれは虫が良すぎたようだ。
しかしそんなことよりも彼女の気を引いたのは、今の攻撃によってその姿を見せた小さなドラゴンだった。あまりに予想外なその1枚に、小さく眉をひそめる。
「風征竜-ライトニングだと?」
風征竜-ライトニング。かつて一世を風靡した結果として牙をもがれ翼を失い、爪を引きちぎられてなおも欠損箇所をダークマターで補って戦い続けたとまで揶揄された4種8体のドラゴンのうち1匹、その名の示す通り風属性のライトニング。しかしその本分はあくまで手札から発動する自身の効果であり、よほどのことがない限り通常召喚されるようなことはないカードでもある。
「……おいおい。まさかほんとにその手札、ライトニングを伏せなきゃどうしようもないぐらいに大事故起こしてるのか?」
警戒半分、呆れ半分といった調子の呟きにも、ペストマスクは一言も反応しない。
もっとも、本気で手札事故を起こしているなどとは糸巻も信じてはいない。本番でそんなへまをやらかすほどにデッキとの息があっていないのならば、それはもうプロデュエリスト以前の問題だというのが彼女たちの共通認識だからだ。つまりあれは、全て予期された何も問題のない動き。だが、何のため?
よくできたロボットでも相手にしているような感覚に陥りながら、気を取り直して次へと繋がる一手を打つ。
「まあいいさ、そっちが事故ってるならそれでよし、だ。だろ?アタシは勝手にやらせてもらうぜ、メイン2にカードを4枚セット。そして魔法カード、命削りの宝札を発動。このターン特殊召喚ができず相手にダメージを与えられない代わり、アタシの手札が3枚になるまでカードをドローすることができる」
「……」
妨害を使うならここしかないと言わんばかりの、パワーカードによる露骨な誘導。しかしペストマスクは微動だにせず、その伏せられたカードも沈黙を保ったまま動かない。結局何事もなく3枚ものカードを引いた糸巻が、ちらりと目を通してそのうち1枚を追加で伏せる。
「そして最初に伏せたカード、おろかな副葬をリバースから発動。デッキから魔法、罠1枚を墓地に送る。アタシが選ぶカードは、不知火流 才華の陣。そしてエンドフェイズ、命削りの宝札のデメリットが発動。アタシの手札をすべて墓地に置く」
捨てる手札は2枚、しかし当然そこは抜け目ない。彼女が捨てたカードは妖刀-不知火、そして馬頭鬼。アンデット族お馴染みの、墓地に置かれてこそ真の力を発揮できるモンスター2体だった。
「……」
しかし、それを見てなおペストマスクの奥からは何の感情も読み取れない。かといってこの2枚が墓地に送られた意味が理解できないというわけでもないようだ、糸巻はそう直感した。その超然とした態度からはむしろ、ここまでの動きはすべて想定内であるという余裕が感じられる。やはり、普段の彼女とそのデッキのことをよく知る人物の線が強いか……しかし、それだけではまだ情報が足りなさ過ぎて候補を絞りようがない。
何を狙っているのか、どこに勝算があるのか。ライトニングのセットという謎めいたプレイングもあり全てが不透明な相手にターンを移そうとした刹那、おもむろにその伏せカードが表を向いた。
「……」
「ようやく動くのか?って、ライトニングってことは、当然テンペストも入ってんだろ?それでなんだ、今度は岩投げアタックだと!?」
ようやく自分からカードを発動したペストマスクが伏せていたのはコストでデッキの岩石族1体を墓地に送り、相手に500ダメージを与える通常トラップ。コストと効果とは名ばかりの、墓地送りこそが本命でそのおまけに軽バーンがついたという一般認識を持たれる数ある墓地肥やしの中でも癖の強い1枚である。
そして岩石族のサポートという性質上、風属性へのサポート効果を持ちドラゴン族であるライトニングとのシナジーは限りなく薄い。糸巻の困惑は、デッキから抜き取られたカードを見てますます深まった。
「おいおい、今度は迷宮壁-ラビリンス・ウォール-かよ、つくづく読めねえ奴だな」
糸巻 LP4000→3500
守備力3000を誇る、文字通り壁となる通常モンスター。しかし糸巻はそこで何かに勘付いたのか、ターンが移ったことでカードを引くペストマスクに対して突然ニヤリとふてぶてしく笑いかけた。
「いや、なるほどな。ライトニングの裏に見えるテンペスト、それにラビリンス・ウォールか。カードのチョイスがいちいち渋いせいで戸惑っちまったが、ようやくアタシにもそのデッキのからくりが見えてきたぜ」
「……」
やはり何も言わず掲げたカードは、黄金の封印櫃。デッキからカードを1枚除外し、2ターン後に手札に加える通常魔法。続いてデッキから嵐征竜-テンペストのカードが除外されたことにより、そのモンスター効果が発動される。
「デッキから風属性のドラゴン族1体を無条件でサーチする……もう、アタシにも分かるぜ。この局面で持ってくるべき風ドラゴンなんて、あの1体しかいないんだからな。アンタが口をきく気がないってんなら、アタシが代わりに宣言してやるよ。そのカードの名は、デブリ・ドラゴン!」
「……」
デブリ・ドラゴン 攻500
迷宮壁-ラビリンス・ウォール- 守3000
まるでその声に応えたかのように、ペストマスクがデッキからさらに1枚のカードを抜き取って公開する。サーチされたそのカードの名は、糸巻の宣言通りのデブリ・ドラゴン。召喚成功時に墓地から攻撃力500以下のモンスター1体を蘇生する、対応範囲の広さが売りの強力なチューナーモンスター。
そして即座に召喚されたそれの効果によって、2人の足元から石造りの迷宮が地響きを立てて生えてくる。
「岩投げに対応する分他の種族よりも墓地に送りやすく、なおかつデブリの蘇生範囲でもある珍しいレベル5モンスター。なかなかの着眼点だ、そこは褒めてやるよ」
「相変わらずの上から目線。年は取っても変わらないな、糸巻」
「……っ、なんだ、ちゃんと喋れたんじゃないか」
ぱちぱちと鷹揚に手を叩く糸巻に、ついにペストマスクがその沈黙を破る。マスク自体に何らかの加工が入っているらしく、不自然にくぐもったその声だけでは目の前にいるのがやはり男だったということしかわからないが、それでも彼女の記憶の奥で何か反応した部分があった。間違いなく、この男にアタシは会ったことがある。それも1度や2度ではなく、もっと高い頻度でだ。
しかし、思い出せたのもそこまでだった。プロデュエリストとしての記憶をすべてひっくり返しても、この声の持ち主と一致する対戦相手の顔が思い浮かばない。プロ、アマ、あるいはイベントで特別に戦った子供を含む素人さん。1度でもデュエルをした相手のことは鮮明に覚えているはずの糸巻だったが、それでもこの声の主がどうしても出てこない。喉まで出かかっているのが彼女自身わかるだけ余計にもどかしいが、いくら掴もうとしても記憶はするりと彼女の脳から消えて行ってしまう。
そして、ペストマスクの方は、あまり長く考える時間を与えるつもりはないようだった。レベル4と、レベル5。チューナーと、それ以外のモンスター。シンクロ召喚によって呼び出されるレベル合計は、9。もとより数の少ないレベル帯であるうえに、デブリ・ドラゴンはそのデメリットによってドラゴン族以外のシンクロ召喚に使用することができない。となると、自然とその選択肢は限られる。
「……」
☆5+☆4=☆9
蒼眼の銀龍 攻2500
再び口をつぐんだペストマスクから無言のうちに呼び出されたのは、白銀の体に青い目を持つ老練なドラゴンの姿。素材指定は、チューナー及びそれ以外の通常モンスター。塔全体を揺るがすほどの咆哮と共にその全身が、そして隣のライトニングまでもが純白の光を放ちだす。
「蒼眼の銀龍が特殊召喚に成功した場合、自分のドラゴン族に次のターンが終わるまで効果の対象と効果破壊に対する耐性を付与する、だろ?だがそいつは誘発効果だ、4伏せ相手にンなもん通るとでも思ってんのか?チェーンしてトラップ発動、バージェストマ・ハルキゲニア!この効果でこのターンの間、蒼眼の銀龍の攻守は半減だ!」
細長い緑の体を持つ古代生物が純白の光に阻まれるよりも前に蒼眼の銀龍の足元に飛びつき、ギリギリとその体を巻きつける。さすがにその全身を縛り付けるにはあまりにもサイズが違いすぎたが、いくつもの触手や鉤状の棘を絡めてなんとしても放すまいとしがみつくハルキゲニアは生半可なことでは外れはしない。そしていくら広い塔の内部とはいえ、ドラゴンが見境なく大暴れできるほどのスペースがあるわけでもない。あまり無理に引きはがそうとすると、『BV』により実体化した蒼眼の銀龍がこの塔ごと崩してしまうだろう。
蒼眼の銀龍 攻2500→1250 守3000→1500
「……」
蒼眼の銀龍 攻1250→2500 守1500→3000
屍界のバンシーの攻撃力は、蒼眼の銀龍のそれを一時的にとはいえ上回る。ペストマスクもわずかに思案するようなそぶりを見せたのち、このターンは大人しく待つことに決めたらしくあっさりとターンを終えた。
そしてそれは、合理的な判断でもある。バージェストマ・ハルキゲニアの効果は糸巻自身も言及したように1ターン限り、つまり黙っていれば勝手に切れるものでしかない。フィールドでも締め付けていたハルキゲニアとそれに耐える蒼眼の銀龍の耐久合戦に決着がつき、力尽きたハルキゲニアが拘束を解いてシュルシュルとどこへともなく去っていった。
しかしその合理的、というところに裏がある。それこそが糸巻の狙い、彼女にとって最も都合のいい展開なのだから。
「アタシのターン……の前に、アタシもエンドフェイズに効果を使わせてもらうぜ?屍界のバンシーは場か墓地から除外することで、このカードを手札かデッキから直接発動することができる」
密室のはずの塔内部に、ごうと陰気な風が吹いた。染みひとつない磨き抜かれた金属製の壁が、床が、天井が、暗くて穢れて澱んだ空間へと置き換わる。死者の王国、亡者の天国にして無間地獄。しかしそれは皮肉なことに、無菌室のようであった先ほどまでの風景よりもむしろ活気に満ちたものでもあった。
「生あるものなど絶え果てて、死体が死体を喰らう土地。アタシの領土へ案内しよう。アンデットワールド、発動!このカードが存在する限り、フィールドと墓地にモンスターは全てアンデットに書き換えられるぜ」
蒼眼の銀龍 ドラゴン族→アンデット族
風征竜-ライトニング ドラゴン族→アンデット族
敵地真っただ中から一転、ここはすでに『赤髪の夜叉』の領土。周りに瘴気が増していくのとは対照的に、蒼眼の銀龍たちの放つ光は急速に弱まり消えていく。ドラゴン族を守る効果の恩恵を、アンデット族が受けられるはずもないからだ。
「改めてアタシのターン。少しばかり危険だが、黄金櫃のターンカウントが進むのはもっと気に入らねえよな?トラップ発動、バージェストマ・レアンコイリア!この効果により除外されているカード1枚を選択し、持ち主の墓地に戻す。アタシが選ぶ1枚は、アンタのテンペストだ。そしてトラップが発動されたことで、墓地からハルキゲニアの効果を発動!このカードをモンスターとして、アタシのフィールドに特殊召喚する!」
バージェストマ・ハルキゲニア 攻1200 水族→アンデット族
除外されたカードを枚数こそ1枚限りとはいえその種類、さらにはプレイヤーすらも問わず墓地へと送り返すカード、レアンコイリア。ハルキゲニアを特殊召喚するだけならばわざわざテンペストを狙う必要もなく自前の屍界のバンシーを再利用できるようにしてもよかったのだが、糸巻にはもう一つ狙いがあった。
「さらにアタシは、墓地に存在する妖刀-不知火の効果を発動。このカードと墓地のアンデット族、つまりレベル4の馬頭鬼を除外することで、その合計レベルと等しいレベルを持つアンデット族シンクロモンスター1体をエクストラデッキから特殊召喚する。戦場這いずる妖の皇よ、我が宿敵を跪かせろ!逢魔シンクロ、デスカイザー・ドラゴン!」
☆4+☆2=☆6
デスカイザー・ドラゴン 攻2400
2体の腐ったドラゴンと対峙する、突如として立ち昇った熱を持たない炎の中から這い出てきた第3の龍。胸元に赤く輝く宝玉を持つ、青白い燐光を立ち昇らせる屍の存在だ。やがてその燐光が揺らめき、集まり、さらなるモンスターの姿へと変化する。渦を巻く風の化身、属性を司る4大征竜の一角。
「デスカイザーの特殊召喚成功時、こいつは相手の墓地からアンデット1体を選択してアタシの場に特殊召喚できる。つまりこのアンデットワールドの下、アンタの墓地の全てがこの効果の圏内だ。せっかく墓地に送りつけてやったんだ、アタシのために働きな!嵐征竜-テンペスト!」
嵐征竜-テンペスト 攻2400 ドラゴン族→アンデット族
「まだだっ!リバースカードオープン、アンデット・ネクロナイズ!アタシのフィールドにレベル5以上のアンデットが存在するとき、相手モンスター1体を対象にそのコントロールをこのターンの間だけアタシが貰う。蒼眼の銀龍、アンタもアタシの下僕になりな」
光の加減で血のような赤色に見える髪を揺らめかし、糸巻が指を鳴らす。ただそれだけで生前は誇り高かったであろう銀龍の骸は頭を垂れ、死霊の主たる糸巻の元へと媚びるようにひれ伏した。
「よし、それでいい。そしてアタシは、不知火の武士を召喚する」
不知火の武士 攻1800
オレンジ色の和装に身を包んだ青年剣士が、駄目押しとばかりに呼び出される。炎を模したその刀を抜いて中段に構えるその姿を見ても、ペストマスクは揺らがない。
「バトルだ。まずはテンペストでライトニングを攻撃するぜ」
嵐征竜-テンペスト 攻2400→風征竜-ライトニング 守1800(破壊)
嵐の征竜と、風の征竜。同位種ではあるもののパワーの差は歴然、すぐに嵐が風を呑み込んだ。
「バージェストマ・ハルキゲニアでダイレクトアタック!」
「……」
そして始まろうとしていた終わりを告げる一斉攻撃の寸前、やはり慌てた様子もなく発動されたのは1枚のトラップ。その中身に素早く目を通した糸巻が、小さく舌打ちする。
「通常トラップ、ダメージ・ダイエット……!」
発動ターンにプレイヤーが受けるあらゆるダメージを半減するカード。つまりこのターンに戦闘ダメージだけでペストマスクのライフを削りきるには、単純計算であと8000もの攻撃力が必要な計算になる。不知火の武士は墓地コストを払い攻撃力を600アップさせる効果を持っているものの、それを使ったとしても糸巻の場で攻撃の権利を残した3体の合計攻撃力は6200とわずかに届かない。
「だとしても、せめてもう一手削らせてもらうぜ?トラップの発動にチェーンして、墓地からバージェストマ・レアンコイリアをモンスターとして呼び起こす。こいつも連続攻撃に加わってもらう!」
バージェストマ・レアンコイリア 攻1200 水族→アンデット族
平べったい甲羅を被ったような体と、裏側に生えた無数の昆虫めいた足。棘付きの鞭のような1対の赤い触腕をワキワキとうごめかせ、追加で呼び出されたレアンコイリアがペストマスクへと迫る。
バージェストマ・ハルキゲニア 攻1200→ペストマスク(直接攻撃)
ペストマスク LP4000→3400
バージェストマ・レアンコイリア 攻1200→ペストマスク(直接攻撃)
ペストマスク LP3400→2800
不知火の武士 攻1800→ペストマスク(直接攻撃)
ペストマスク LP2800→1900
3連直接攻撃に、成すすべなくどつきまわされ翻弄されるペストマスク。そのスーツは見るも無残に汚れ、あちこちボロボロになってはいるが、存外根性があるらしくまだ悲鳴のひとつも漏らしはしない。しかし、糸巻の場にはまだ蒼眼の銀龍が残っていた。その攻撃を命じる前に一拍置き、すっと指さしてまた笑ってみせる。
「残念だったな、アタシを甘く見てたんじゃないか?ダメージ・ダイエットはフリーチェーンだ。このレアンコイリアを発動したタイミングでさっさと使っとけば、次の追撃は避けられたのにな。変に出し惜しみするから、余計なダメージを受けることになるんだぜ。蒼眼の銀龍、攻撃しろ!」
蒼眼の銀龍 攻2500→ペストマスク(直接攻撃)
ペストマスク LP1900→650
「……!しまった!」
銀龍のブレスが空を裂き、一層派手にペストマスクを吹き飛ばす。その衝撃で被っていたペストマスクがちぎれて明後日の方向へと飛んでいき、奥に隠された素顔が明らかになった。
「おっと、ようやく見せてくれる気になったか。さあ御開帳、一体アンタはどこのどい……つ……」
次第に声が弱々しくなる。途切れていく。はたから見ればさぞ無様な姿だろうとぼんやり思ったが、糸巻自身さすがにそこに見えた顔には驚いた。ペストマスクの奥から現れたその顔は彼女の予想通り、よく知る顔。埃まみれ傷だらけのスーツでゆっくりと立ち上がったその男が、ふんとつまらなさそうに息を吐く。
「そして乱暴、粗雑。本当に、何も変わらんな」
「アンタは……!」
絞り出すような声が出る。会ったことがあって当たり前だ、13年前はほぼ毎日のように顔を合わせていたのだから。思い出せなくて当たり前だ、今まで彼女が思い浮かべていたのは、過去にデュエルをした相手の顔だけだったのだから。
男の名は、引戸卿士。これまで糸巻が相手してきたような、プロデュエリストではない。しかし、その戦いをある意味では一番よく知る人物でもある。
そのかつての職業は、プロデュエリスト糸巻太夫の専属マネージャー。計算は常にどんぶり勘定、することなすこと大雑把な彼女を、どうにかまともな社会人の端くれとして成り立たせていた男である。『BV』でデュエルモンスターズ界の在り方が様変わりしてプロのマネージャーという概念が消滅して以降は消息不明になっていたのだが、裏社会で自分がデュエルをする側にシフトしていたとは。
しかし今は、旧交を温める場面ではない。重要なのは彼がプロ時代の糸巻のデュエルの癖や使用カードを完璧に、下手をすれば当時のライバルよりも高い精度で把握しているということだ。
「あの爆発事故から、俺もすっかり仕事がなくてな。自粛中、何度も伝えたろう?収入はグッズ販売でしばらく食い繋ぐ程度には持つ、お前なんかはコンビニに行くだけでいちいち目立つんだから頼むから何もしないで家で寝ていてくれと。それをデモ行進なんかに参加して……まあ、口うるさく言ったぐらいでお前が大人しくしているなんて思った俺も馬鹿だったわけだが。らしくもないミスだったな、あれは」
「あの時は……その、悪かったよ」
「全くだ。お前はデュエルポリスに引き抜かれたが、俺はあの一件で完全に干されたからな」
罪悪感からやや目を逸らし、13年越しに口にした謝罪の言葉は、しかし当然のごとくばっさりと切り捨てられた。
「とはいえ、今更恨み言を言うつもりはない。それどころか、お前には感謝していることもあるんだぞ?それが、これだ。食っていくために苦し紛れに手にしたカードだったが、お前を見慣れていたおかげで不思議と周りの奴らのレベルが低く感じてな。荒稼ぎして今じゃ『ノーネームド』なんて面白みもない仇名まで貰ったよ」
そう言って左腕のデュエルディスクを軽く持ち上げ、ポンポンと軽く叩いてみせるペストマスク……引戸。
ノーネームド、そう呼ばれる経歴不詳の裏デュエリストがいるという話だけは、糸巻も話の種にぼんやりと聞いたことはあった。とはいえ噂は噂と話半分に聞き流していたのだが、つくづく世の中は狭いものだと実感する。
「それから少し前までは本源氏や七曜と同じところに所属していたんだがな、つい先日巴からヘッドハンティングを受けてな。どうやら奴は、俺の前職がすぐにピンときたらしい。お前の相手に送りつけるには最適だとでも思ったんだろう。どうせこの組織もそろそろ見限るときが来ていたし、受けてやったのさ。お前の顔も、13年ぶりに拝みたかったしな」
「結局巴のクソ狐かよ……残念だぜ、アンタとはこんな形で会いたくなかったのによ」
「そうか?俺は割と、お前とはいつか戦ってみたかったがな。さて、そろそろデュエルに戻るとするか。お前はさっき俺のダメージ・ダイエットの発動タイミングをミスのたぐいだと思ったようだが、それは違う。馬頭鬼でもバンシーでもなくテンペストにレアンコイリアを使ったプレイングといい、お前は強気で突っ張ってくるタイプだと信じていたよ」
「……何が言いたい?」
嫌な予感に声を低め、呟くように問いただす。引戸はそれにただ口の端を歪めて笑い、1ターン目からずっと伏せられていたままのカードが表になる。
「すでにリソースは使い切った、なら次はわかるな?当然、俺が攻める番だ。トラップ発動、イタチの大暴発。合計攻撃力が俺のライフの数値以下になるよう、相手プレイヤーはそのフィールドからモンスターをデッキに戻さなければならない」
「くっ!わざと殴らせた……ってのか?ライフを削らせるために?」
「当然だろう?俺のライフは650、攻撃力650以下になるようにフィールドを調整してもらおうか」
糸巻のフィールドでもっとも攻撃力の低いバージェストマ2体でさえ、その攻撃力は1200ある。すなわちこの効果が通れば、彼女のフィールドに存在するモンスターは全てデッキへと戻される。勝負を決めかねない反撃の一手に、しかし糸巻は抵抗する。
「……させるか!トラップ発動、亜空間物質転送装置!アタシのフィールドからデスカイザー・ドラゴンを、ターンの終わりまで除外する!」
デスカイザーが辛うじて退避したものの、他のモンスターにまでは手が回らない。蒼眼の銀龍、テンペスト、不知火の武士、そして2体のバージェストマが、激しい爆発に巻き込まれて消えていく。
「これでも1体は残したか。さすがに一筋縄ではいかないな」
「当たり前だ馬鹿、素人に毛の生えたレベルの奴がアタシ相手に1本取ろうなんて百年早いんだよ」
「あと87年か。さすがに待てないから、これまでの13年で勘弁してもらおう。俺のターン、ドロー」
フィールドに唯一残ったモンスターが特殊召喚時以外はただのバニラであるデスカイザー1体のみと、その状況はかなり悪い。それは糸巻自身が誰よりも理解しており、言葉こそ強気ではあるが、その態度が虚勢でしかないことも付き合いの長い引戸には見透かされていたために軽く流される。それに対し引戸の方は、ここに来て調子が上がってきているようだった。
「2体目のデブリ・ドラゴンを召喚し、このターンもラビリンス・ウォールを蘇生する」
デブリ・ドラゴン 攻500 ドラゴン族→アンデット族
迷宮壁-ラビリンス・ウォール- 守3000 岩石族→アンデット族
そして繰り出されるのは、先ほどのターンと同じ戦術。アンデットワールドの効力によって呼び出された瞬間に種族を書き換えられるものの、素材指定の関係上エクストラデッキに返された蒼眼の銀龍を再びシンクロ召喚することに支障はない。
しかし次に引戸が出したカードは、糸巻にとっても不意打ちの一手だった。
「なんだ、まさか先ほどと同じ戦術で来るとでも思ったか?それこそお前らしくもないな。それとも、相手を見る目が鈍ったか?蒼眼の銀龍を再び出したところで、どうせお前相手には通用しない。ならば、さらに次を出してやるまでのことだ。専用装備魔法、迷宮変化をラビリンス・ウォールに装備する!」
「迷宮変化……!?」
「さらに迷宮変化を装備したラビリンス・ウォールをリリースすることで、デッキからこのカードを特殊召喚できる。いでよ、ウォール・シャドウ!」
ウォール・シャドウ 守3000 戦士族→アンデット族
再びせり上がった迷宮の壁の一部が突然盛り上がり、壁と一体化した緑の体に無数の目、鎌状の両腕を持つ異形の化け物の上半身が姿を覗かせる。
「レベル7のウォール・シャドウに、レベル4のデブリ・ドラゴンをチューニング。シンクロ召喚、星態龍!」
☆7+☆4=☆11
星態龍 攻3200 ドラゴン族→アンデット族
「専用装備での実質レベル変動、うまいこと考えたもんだな。だが、魅せプレイで飯食ってくわりに召喚口上もなしってのはいただけないな」
「あいにく、俺にその手のセンスはないからな。それに、お前たちのようにカードを出すたびにいい年して臆面もなく人前で叫ぶ度胸もない。正直なところお前のマネージャー時代から薄々思ってたんだが、プロデュエリストってのはその辺の羞恥心はないものなのか?」
「はっ、笑わしてくれるなよ。アタシらはあくまで夢売る立場、そこで現実見てどーすんだ?もっと地に足つけずに浮いてみろ、踊るアホウに見るアホウ、同じアホなら踊らにゃ損。存外楽しいもんだぜ?」
これはつまり、両者の根本的なスタンスの違いなのだろう。即答しながらも糸巻は、そう感じていた。単純に「お約束」として場を盛り上げ、自分も割と叫んで楽しい召喚口上に対する拒否反応はその最たる例で、良くも悪くもリアリストよりのこの男はプロデュエリストという概念には向いていない。仮に13年前のあの時代にマネージャーからプロに転向していたとしても、実力は高いが人気は伸び悩む新人程度の扱いで止まっていたはずだ。
しかしこの価値観の違いは、大なり小なり同じ世界観の中での戦いに順応した糸巻ら元プロに対してこと勝敗という点ではかなり有利に働く。動きが読めず、培ってきた間合いが通用しないからだ。それに対し無効は、理解こそできないもののこちらの世界がどういうものかをよく知っている。立ち位置の違いからくるアドバンテージを一方的に握っていたからこそ、勝敗と実力がより重視される裏の世界においてのし上がってこれたのだろう。
「俺には理解できないな。まあいい、俺は墓地から風属性のデブリ・ドラゴン、地属性のラビリンス・ウォール、そして闇属性のウォール・シャドウを除外。異なる属性のモンスター3体を除外することで、手札のこのカードは特殊召喚できる。アークネメシス・プロートス!」
アークネメシス・プロートス 攻2500 幻竜族→アンデット族
体に4色のラインが走る、金を基調とした東洋の龍のような姿を持つ原初のネメシス。終焉のエスカトスとはあらゆる面において対比する、アークネメシスの1体だった。その展開に、心の中で糸巻が目を見張る。彼女とて無論、ラビリンス・ウォールと迷宮変化によってウォール・シャドウを特殊召喚できることは知っていた。だが地属性のラビリンス・ウォールと闇属性のウォール・シャドウ、まともに共有できるようなサポートがほぼない2体を、むしろその違いを武器にまとめてくるとは。
「行くぞ、プロートスの効果を発動。1ターンに1度フィールドに存在する属性を1つ宣言し、その属性のモンスターをすべて破壊。さらに次のターン終了時まで、その属性を持つモンスターを互いに特殊召喚できない」
「デスカイザーは、炎属性……!」
だが、引戸はそれに小さく笑う。油断も隙もない女だと独り言ち、心底おかしそうに苦笑する。
「とぼけるな、糸巻。お前の墓地にはフリーチェーンで除外しアンデット1体に完全効果耐性を付与するトラップ、不知火流 才華の陣が落ちているだろうが。どうせこのターンでライフを削りきれないのならば、警戒すべきは妖刀のない不知火よりもむしろ……俺が宣言するのはプロートス自身の属性、闇!しかしプロートスは、カードの効果によって破壊されない」
プロートスの頭頂部に伸びた角からバチバチと電磁波がフィールドを包み、闇属性の存在を許さない簡易的な力場が発生する。当然それはプロートス自身にも襲い掛かるが、引戸の言葉通り体表をのたうち回る自身の電磁波に対してもプロートス自身は平然としたままだ。
「……炎を宣言して才華の陣を使わせる、ってのもありだったと思うぜ。本当に闇でいいのか?なんなら、今からだって」
「惨めなものだな、あまり笑わせるな。俺がどれだけ、お前のデュエルを見てきたと思っている?ヴァンパイア・フロイライン、死霊王 ドーハスーラ、そして真紅眼の不屍竜……一見お前のデッキは不知火とバージェストマの混成構築だが、最終的に好んで出すカードは闇属性の比率が大きい、だろう?」
「……」
今度押し黙ったのは、糸巻の方だった。実際にこうして闇属性を封じられると、彼女に遺された展開可能な大型モンスターはクリスタルウィング・シンクロ・ドラゴンや炎神-不知火、バージェストマ・アノマロカリスなどごく一部に限られる。そしてそのどれも特殊召喚には下準備が必要であり、次のドロー1枚からホイホイと呼び出せるような代物ではない。だからこそ闇属性を宣言されることは避けたかったのだが、そんな考えはお見通しだったらしい。
「待たせたな、バトルだ。アークネメシス・プロートスでデスカイザー・ドラゴンに攻撃!」
アークネメシス・プロートス 攻2500→デスカイザー・ドラゴン 攻2400(破壊)
糸巻 LP3500→3400
「この程度のかすり傷!」
「当然本命は次だ、星態龍でダイレクトアタック。そして星態龍が攻撃を行う時、このカードはあらゆる効果を受け付けない!」
星態龍 攻3200 アンデット族→ドラゴン族 攻3200→糸巻(直接攻撃)
糸巻 LP3400→200
星態龍 ドラゴン族→アンデット族
「が……っ!ぐ、ぐぐぐ……っ!!」
残りライフを一気に200まで削られる特大ダメージに、今度吹き飛ばされたのは糸巻の体だった。金属の床から生えていたアンデットワールドの枯れ木をへし折り、それでもまだ衝撃を抑えきれず床をバウンドして叩きつけられる。そこからでも即座に置き上がれたのは彼女の常任離れした意思力のたまものだったが、それで骨が折れていないのはほとんど奇跡だった。
「これで俺もお前も、手札もなければ伏せカードもない。俺の知るお前なら、まだもう少しは足掻くのだろう?ターンエンドだ」
「い痛つ……なーにが上から目線だ、お前も人のこと言えたもんじゃねえだろが。やってやるから目ぇ見開いてしっかり見とけよ……ドロー!」
派手に打ちつけられた全身の痛みをきっぱりと無視して、たった1枚からの逆転の可能性を求めカードを引く。まだ、彼女の闘志は消えていない。
そしてそこで粘るからこそ、彼女はプロデュエリストなのだ。
「お望み通り、見せてやるよ。命削りの宝札、2枚目を発動!もう1回、アタシの手札が3枚になるまでカードを引くぜ」
「まったく、本当にとんでもないな。いいだろう、勝手に引けばいい」
「ああ、そうさせてもらうとも。カードを3枚ドロー……そしてモンスターをセット、カードを2枚伏せる。おっと、こいつも忘れちゃいけないよな。墓地の魔法カード、アンデット・ネクロナイズの効果を発動。除外されている馬頭鬼をデッキに戻すことで、このカードを除外デメリット付きでフィールドに再セット。ターンエンドだ」
「引いたカードを全て活用できる、まさに理想の一手だな。俺のターン、ドロー。このターンもプロートスの効果により、闇属性を宣言する!」
一時は消えていた力場が、プロートスの雄たけびにより再び張り巡らされる。そして流れるように、星態龍がゆっくりと動き出した。
「セットモンスターに星態龍で攻撃。攻撃を行うことにより、再び完全効果耐性を得る」
星態龍 攻3200→??? 守0(破壊)
「破壊したカードは……グローアップ・ブルーム、墓地に送られた場合にレベル5以上のアンデットを呼び出す効果だったか。もしプロートスの効果を最初に使っていなければ1体のリクルートを許していた、まったく油断も隙も無いな」
「アタシのデッキに、レベル5以上のアンデットはドーハスーラとフロイラインの2体のみ。どっちも闇属性だから、ブルームの効果は使えない」
「ならば、この一撃で決める。アークネメシス・プロートスで攻撃」
「悪いがな、もうちょっとだけ付き合ってもらうぜ!トラップ発動、バージェストマ・カナディア!プロートスを裏守備にする!」
アークネメシス・プロートス 攻2500→???
青い鱗を持つ単眼の蛇のような古代生物が、今まさにブレスを放とうとしていたプロートスへと巻き付き動きを止める。その動きは先ほどのハルキゲニアに酷似していたが、この場合はステータスの下降ではなく裏守備にするため攻撃そのものを抑えつけることができる点で異なる。
「本当に往生際が悪いな?メイン2にプロートスを反転召喚……いや、プロートスの守備力は3000。ならばこのまま伏せたままに……」
裏守備となったプロートスの挙動に、ごくわずかに揺れる引戸。確かにこのままセットしておけば高い守備力によって戦闘には強く出ることができるが、反面効果破壊耐性は使えない。ステータスを取るか、耐性を取るか。そして糸巻のデッキは、そのどちらも可能なつくりとなっている。一長一短の選択肢だが、だからこそ頼れるものは自分の勘しかない。
そして引戸が選んだのは、効果耐性だった。手札1枚、たった今引いたばかりのカードの存在にやや強気になっていたということもある。
???→アークネメシス・プロートス 攻2500
「……反転召喚。カードを伏せ、ターンを……」
「おっと。トラップ発動、バージェストマ・オレノイデス!今伏せたそのカードを破壊する!」
しかし引戸の慢心は、たとえどれほど小さくてもその隙を決して逃さない狩猟者、糸巻の目からは逃れられなかった。赤茶色の三葉虫が飛び掛かって伏せられたばかりのカードを押しつぶし、同時にバージェストマ共通効果によりカナディアがモンスターとして蘇ることで場に最低限のモンスターを残す。破壊したカードを何気なく見て、糸巻がふうと安堵の息をついた。
「岩投げアタックの2枚目か?危ないもん伏せてやがるな、アタシのライフじゃ500バーンでも十分な引導火力だぜ」
「戦闘と効果、二段構えでとどめを刺せる布陣だと思ったんだがな。2つとも平気な顔で乗り越てくるとは、その化け物じみた生命力は健在か」
「褒めてんのか馬鹿にしてんのかはっきりしてくれ。だが、今のターンは実際惜しかったな。アタシ相手に1ターン防御で手いっぱいにさせたのは見事だった、一緒に仕事してた時もアンタがこんな強かったとは思わなかったぜ」
「お前が相手のことを褒めるようなときは、大体ろくなことを言い出さないから素直に喜べないな。それで?今度は何を言い出してくれるんだ?」
「あー?別に、単純な話だよ」
どこか和やかな、旧友同士がじゃれあうような会話。半ば諦めたように肩をすくめる引戸に対し、糸巻が彼女にしては珍しく毒気のない笑みを浮かべつつゆっくりとデッキトップに手をかける。
「さっきのターンで仕留めきれなかった以上、アタシは今から反撃する。残念だったな、最後のチャンスもこれで時間切れだ」
そして引き抜かれた、最後のドローカード。当然のような顔で、その1枚がフィールドに繰り出される。
そしてそれは比喩ではなく、彼女にとっては実際に当然のことだった。彼女がこのデュエルに敗北する可能性があったのは、先ほど引戸が攻勢に転じていた1ターンのみ。そこを耐えきったことにより、全ての流れは彼女へと傾くことになる。それを当然とする力こそ、彼女を『赤髪の夜叉』として一線級のプロの地位を欲しいままにしてきた最大の理由。結局のところ最後に物を言うのは、どれだけ流れを自分に引き寄せるかなのだ。
そしてことその分野に関して、彼女の持って生まれたセンスはずば抜けていた。
「まず、イピリアを召喚。1ターンに1度、このカードが場に出た時にアタシはカードをドローできる」
イピリア 攻500 爬虫類族→アンデット族
次に引いたカードを一瞥し、指先だけでそれを表に向ける。対で呼び出されたモンスターは、白いコートに身を包み、白い帽子を目深にかぶった保安官風のモンスター。
「光属性モンスター、サイバース・ホワイトハット。このカードはアタシのフィールドに同じ種族のモンスターが2体以上存在するとき、手札から特殊召喚できる」
サイバース・ホワイトハット 攻1800 サイバース族→アンデット族
「アンデット族が3体、か。それにサイバース・ホワイトハット……これは、最後の最後で俺の読み違い、か」
「そういうことだな。ま、やっぱりアタシに挑むには百年早かったってこった。アンデット族となったバージェストマ・カナディア、イピリア、サイバース・ホワイトハットの3体をそれぞれ上、左、下のリンクマーカーにセットする」
召喚されるのは、アンデット族2体以上を素材に指定する闇属性ではないリンクモンスター。アンデットワールドに揺らめきだした明るいオレンジの炎が、女領主の赤髪を照らし出す。
「戦場に開く妖の大輪よ、暗き夜を裂き昏き世照らす篝火となれ!リンク召喚、リンク3!麗神-不知火!」
麗神-不知火 攻2300
炎を放つ両刃の薙刀の軌跡が、ゆらり揺らめく円を描いた。その持ち主は腰まで届くつややかな黒髪をうしろに靡かせる、1人の女性。芯の強そうな顔に決意を秘め、歩を進めるたびに音もなく彼女の炎の色をした和装と、そこに浮かんだ不知火流の紋様が揺れる。ちりん、と頭に付けた鈴の髪飾りが、狂気と動乱のアンデットワールドには似つかわしくないほど透明な音を立てて鳴った。あるいはそれぐらいの我を通すことができるからこそ、この地にあって正気を保ち続けていられるのかもしれない。
「そして、リンク素材として墓地に送られたサイバース・ホワイトハットの効果を発動。このターンに限り、相手モンスター全ての攻撃力を1000ダウンさせる」
アークネメシス・プロートス 攻2500→1500
星態龍 攻3200→2200
今さらぐだぐだと長話をするつもりは、お互いにない。そもそも引戸側もサイバース・ホワイトハットが出た時点でもはや自分の結果的なプレイングミスとその代償が敗北という形で支払われることはわかっており、それ以上の言葉は蛇足でしかなかった。
だから彼はただ糸巻とほんの1瞬目を合わせ、小さく頷いて目を閉じる。最後の一撃を行う側も、それを受け入れる側も、不思議と気分は穏やかだった。
「麗神でアークネメシス・プロートスに攻撃、輝夜ノ竹割!」
麗神-不知火 攻2300→アークネメシス・プロートス 攻1500(破壊)
引戸 LP650→0
「……アタシに1戦で2回も命削りを使わせた相手なんざ、現役の時もそうはいなかった。本当に、大したもんだったぜ。あばよ、マネージャー。いつかまた、物騒なのは抜きで昔話でもしようや」
気を失ったのか声も発さずその場に崩れ落ちていくかつての仕事仲間に、自分でも驚くほど優しい声音で別れを告げる。本当ならば介抱したうえで逃げ出さないようにその辺に縛り付けるのが正しいやり方なのだろうが、あいにく手持ちの手錠は1つしかない。それに、糸巻は引戸のことを人間的に信頼していた。彼はやるだけやって負けたのだから、たとえ目を覚ましたとしても逃げ出したりはしないだろう。
改めて引戸の降りてきたエレベーターと階段を見て、迷うことなく階段に足を向ける。ここでエレベーターに乗り込んだが最後、十中八九こちらの動きは掴んでいるであろう巴が道中で電源を落とし閉じ込めにかかるだろう。彼女は巴のことを人間的に信用していたが、それは引戸に対するものとは180度逆。あいつならそういうことも平気な顔してやるだろうという負の感情だった。
カツカツという足音は糸巻の姿が2階に消えてもまだしばらく1階フロアに小さく響いていたが、やがてそれも小さく消えていく。引戸の眠りは、誰にも邪魔されることはなかった。
後書き
ちなみに原案ではペイン・ゲイナーのエクシーズ召喚が目標に入ってました。
差別化のために私のとこでは神縛りの塚でも張ろうと思ってたけど構成の都合上断念。無念。
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