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遊戯王BV~摩天楼の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン32 鉄砲水と古代の叡智

 
前書き
前回のあらすじ:世代を越え、受け継がれるグレイドル。 

 
 心地よいエンジン音。波を蹴立ててまっすぐに進みつつ、それでも常にわずかに揺れる船体。そして見渡す限り一面に張った雲のせいで鉛色となった空に海、海、海。
 八卦たちとのタッグデュエルから一夜明け、糸巻は小さなモーターボートで海に出ていた。本当は昨日のうちに出たかったのだが、ボートを借り受けるための手続きで多少難航したのだ。先日のデュエリストフェスティバルの際にはまだ涼しい程度で済んでいた風は、あれからさらに深まった秋に海上という場所も相まって、寒風へと変わり彼女の肌から容赦なく体温を奪っていく。
 無論そんな時期に彼女が海に出たのは、季節外れのクルージングを楽しむためではない。目だけは絶えず何の変哲もないように見える海面へと走らせ、スピードを落とすことなく海面を爆走しながら彼女は、昨日のデュエル後に本源氏から聞いた話を思い返していた。

『これが何かわかるか、糸巻?』
『何って……馬鹿にしてんのか?海図だろ?それも、この右端がここの港だな。この海岸の形は見覚えがある』

 いきなり携帯を取り出し、小さな海図を目の前に投影する本源氏。突如として始まったクイズに意味が分からないながらに即答した糸巻へと重々しく頷くと、おもむろに手を伸ばして海図のある箇所に指で印をつける。

『よし、なら話が早い。お前が探している今回のヤマ、そして俺たちの切り札であるプラントは、今はこの位置にある』
『……!』

 なんてことなく口にされたその情報に、さすがの糸巻も言葉を失った。これは本当の情報なのか?そんな無意味な質問で時間を無駄にするほど、彼女と本源氏の仲は浅くない。それゆえに、この男が嘘をついていないことは即座に理解できたのだ。

『俺が……いや、俺たちが昨日を向いている間に、いつの間にか明日の方を見られる次の世代が育ってて、しかも実力はじきに俺たちのレベルなんて追い越すことになる。恥ずかしい話だがな、糸巻。俺はそんなこと、この13年間考えたこともなかったんだよ』

 遠い目をして少女2人を眺め、古傷をぽりぽりと指で掻いて付け加える。どこか疲れたような、燃え尽きたような笑みを浮かべ、こう自分の言葉を締めくくった。

『俺たちはもう、過去の遺物になりつつある。少なくとも、これからはそうなっていく。ははは、これでもずっと一線を張ってきたつもりだったんだがな。だがそう考えると、この計画もこれ以上進めるのがなんだか馬鹿らしくなってきてな。お前がそれを潰してくれるというのなら、それも悪くない』
『……自分でやれ、馬鹿。隠居するのは勝手だが、立つ鳥跡を濁さずっていい言葉が世の中にはあるんだぜ』
『老兵は死なず、ただ消え去るのみとも言うぞ。もうひとつ言うとな、なんだか今のデュエルは疲れたんだよ。楽しかったが、最後にシュラを融合召喚したあの瞬間に俺の中で、なにか決定的なものが燃え尽きた気がしてな。だが悔いはない、あの子供たちが最後の相手でよかったよ。お前の言うとおり、俺はもう老人だったんだな。なら、後はもうフェードアウトしていくのが最後の仕事というわけだ』

「……ったく、辛気臭せえ爺さんだ。そんな柄でもねえくせによ」

 思い出したくない部分まで思い出してしまった後悔に小さくぼやいて首を振り、はためいていたコートを体に巻き付ける。風の冷たさもさることながら、最後に本源氏が浮かべた弱々しく燃え尽きたような、しかし穏やかな笑みを思い出して無性に腹が立ち、なんでもいいから体を動かしたくなったのだ。しかしあの笑みの何に対しこれほどまでに苛立つものを感じるのか、糸巻自身にもはっきりと答えを出すことはできなかった。
 そして、その時間もなかった。先ほどまで曇天とはいえ視界は良好、水平線がくっきりと見えていた海面に白いもやが出てきたとみるや、みるみるうちに視界が乳白色の霧に遮られてきたからだ。同時に持ち込んだコンパスがぐるぐると無茶苦茶な回転を始め、GPSの映像にノイズが走り何も見えなくなる。

『あのプラントには、「BV」電波塔の特大サイズがある。あの辺の海にはそれを使って何体かのレベル9シンクロモンスター、ミスト・ウォームを実体化させてあるはずだ。それが出す迷いの霧に遮られて、衛星写真やドローンでも見つかることはない。ただ逆に言えば、その霧が出てきた場所の近くにプラントはある。あの霧は方向感覚が乱されるから簡単に見つかるとは思わないほうがいいが、場所の大まかなヒントぐらいにはなるはずだ』

 霧の中を進みながら、そっとスピードを落とす。暗礁が起きるような海域ではないが、出発前に受けた警告が蘇ったのだ。

『油断するな、糸巻。遅かれ早かれお前がプラントに辿り着くことは、巴も……あるいは俺たちの上も、どちらにせよとっくに織り込み済みのはずだ。歓迎の人員を割かれる可能性は高いぞ』
『はっ、なら三角の旗振って先導でもしてもらおうかね』

 糸巻はいつだって強気な女ではあるが、決しておろかな女ではない。おろかな埋葬はよく使う。本源氏の前ではいつもの不敵な憎まれ口を叩いたものの、その警告の重要性は理解している。視界の閉ざされた霧の中で神経を張り詰め、極力音を殺してどこから何が来ても対応できるように少しずつ進んでいく。
 そして、その警戒態勢が功を奏したのだろう。ごくわずかな異音が聞こえてきた瞬間、なにか考えたりその方向を確かめるより先に糸巻の両腕はモーターボートに組み付き、ほぼ反射的に舵を右に切っていた。船体が横倒しになりかねない勢いで急なカーブを描くと、直後足元の海が大きく揺れた。何かが浮かんできたわけではないところを見ると、魚雷のたぐいか。敵は、海中から仕掛けてきていた。

「ええい、熱烈歓迎ありがとよっ!」

 聞こえないだろうとは思いつつも一応怒鳴りつけ、第2、第3の攻撃に備えるためジグザグにボートを走らせる。すでに居場所がばれているのならばこそこそする必要もないと再び加速したその真後ろで、またしても水柱が上がる。

「こんの……!」

 右、左、右、右、正面からくる、減速……一気に加速。魚雷の浮上する音は、モーターの爆音に打ち消されて聞こえない。にもかかわらず糸巻が次々に襲い来る攻撃をどうにか回避し続けていられるのは、ひとえにデュエリストとして散々鍛えられた勝負勘のたまものだった。
 海面上の孤軍奮闘は、いったいどれだけ続いたろうか。当然時計に目を通す暇もなく右に左にと舵を回していくうちに、ふと彼女の脳裏を嫌な考えがよぎった。この調子で、このボートの燃料はいつまで持つだろうか?燃料計……駄目だ、その前に右にカーブ。次はまた右、また加速……ほんの1瞬たりとも、よそ見をするような余裕はない。
 しかし現実問題として、こんな無茶な運転をしていては燃料切れも時間の問題でしかない。そうなったら最後、先ほどから執拗に自分を狙うこの爆発がこんなボートなど真っ二つにしてしまうだろう。波しぶきとは違う冷たい汗が首筋を伝うが、それをぬぐう余裕もない。
 じりじりと追い詰められていく彼女の視界の端で、ほんのわずかに光が見えた。罠の可能性もあるが、このままではどうせおしまいだ。その光の正体も確認せず、思い切りそちらの方向へと舵を切る。一気に加速する後ろで爆発を感じながら次の瞬間、視界を防いでいた霧を突っ切って大海原のど真ん中へと飛び出していた。

「クソッ、振り出しかよ……!」

 1瞬これで偶然にもプラントに辿り着けたのかとも期待したが、そこまでうまい話もなく。迷いの霧の外に出たことで再び位置を指し示したGPSとコンパスで現在地が霧に飛び込んだ地点から数キロ程度離れた場所であることを確認し、案の定残り少なくなっていた燃料にも目を通す。ここからどうするにせよ、一度出直す必要がありそうだ。





「……で、僕?」
「おう。鼓は帰っちまったし鳥居もアレだし、アタシらの世代が残したゴミの始末に次の世代の八卦ちゃん達なんて間違っても引っ張り出せないしな。他の人員なんて本部に申請してうだうだ会議やって……なんての待ってたらそれこそ手遅れだ。その点アンタなら腕もたつし、アタシにゃ想像もつかない不思議な技だってできるだろ?頼むよ、1人どうにかしてくれりゃ後はアタシでもどうにかできる。バイト代出すからさ」

 再び家紋町の地を踏んだ糸巻が真っ先に向かったのは、町中のとあるケーキ屋。厨房の奥からエプロン姿で顔を出した少年、遊野清明を半ば強引に引きずり出してこれまでの経緯を簡単に説明し、協力を要請する。
 正直なところ糸巻は、この説得にはある程度時間がかかると踏んでいた。何せ危険度は未知数、おまけに清明自身には彼女の手助けをする義理はない。しかし本人も口にしたように今更新しい人員を要求するのはあまりにも非現実的であり、彼女1人ではどうにもならないのは先ほどの邂逅が証明している。たとえどれだけ渋られようと、ここで妥協は許されない。そんな覚悟を持っての来店であった。
 それだけに、こともなげな彼の返事には喜ぶより先に拍子抜けした。

「そりゃまあ、面白そうだしいいけどさ。え、危険?いやまあ、これまでもっとヤバいとこも多かったし今更……」

 そう言ってなぜか遠い目になる少年は、見た目よりも急にひとまわりほど年を取っているように見えた。これまで、の内容がほんの少し気になった糸巻だが、聞いたところで頭が痛くなるような話しか出てこないだろうとも予想がついたのでこの件についてのこれ以上の追及はやめておく。理解も想像も追いつかない世界の話に対しほいほい手を伸ばすには、彼女は大人になりすぎた。35年間生きてきたこの世界、自分たちの世の中だけで手いっぱいなのだ。代わりに右手を差し出すと、ほわほわという擬音がよく似合う笑顔と共に握り返される。

「ま、頼むぞ」
「よしきた。バイト代、忘れないでよね」

 対する清明の顔からは、抑えきれない好奇心が透けて見える。たった今糸巻が感じた自分の限界など、まるで考えたこともないような顔。能天気なアホ面と言ってしまうのは簡単だが、それがどこか眩しくも思えた。
 しかし、それは今やるべきことではない。それ以上の感傷は振り切って、即席タッグは再びモーターボートへと乗り込んだ。1度辿り着いた場所ゆえに、霧の出始める場所までも最初よりは早く着くことができる。

「始まったぞ、頼む……」

 ぞ、と言いかけたところでとぷん、とかすかな水音がボートの後部から聞こえてきた。サムズアップする右手だけが海面から突き出ていたが、それもすぐに黒い水底へと沈んでいく。あとは勝手にやる、ということだろう。
 この水の下に誰がいるのかは定かではないが、先の強襲時にあそこまでしつこく追いかけてきたところを見るとおそらく歓迎役はあの1人だけ、そう糸巻は見立てていた。もし他にも誰かいるのであれば、成すすべなく逃げ回っていた先ほどの彼女をさらに追い詰めに来なかった理由がない。

「後は、アタシがうまいことやるだけか」

 呟いて1メートル先も見えないほどの濃霧、あたり一面を覆いつくす迷いの霧を睨みつける。加速するモーターボートが、その中に消えていった。





 海に飛び込んだ瞬間、体の感覚が切り替わるのを感じた。ごく当たり前の陸上仕様から、水中仕様へ。僕に命をくれたシャチの地縛神、チャクチャルさん固有の加護。ダークシグナーの力を発揮することで、僕は水中を自在に動き回って呼吸をし、あるいは水面を歩くこともできる。
 どんどん沈みながらも海流に揺らめく服を覆うようにして、灰色の地に紫色の幾何学模様が入ったフード付きローブが生成される。僕自身には見えないけれど既にこのローブの下の体にも無数の同じ模様が走って、両目は黒目と白目がひっくり返って紫に染まっていることだろう。海底に辿り着いたときには、僕の姿はすっかり地縛神官ファッションになっていた。

『考えてみれば、こうしてマスターと海に潜るのは初めてだな』

 僕よりも数段呑気なチャクチャルさんの声が、頭の中に響く。今回の僕の仕事は、上を爆走する糸巻さんの援護。この海の中から何か仕掛けてきてるやつを探してぶちのめす、非常にわかりやすくていい。場所は海底、それに上空は曇り空ということもあって辺りは暗いけれど、まあ何も見えないほどではない。例えばそう、背後から飛んできた魚雷らしき細長い飛翔体、丸まったポスターほどの大きさのそれを識別できる程度には。

「危なっ!?」

 水中特有の浮遊感に体を躍らせ、大きく海底を蹴っての水中3回転飛び。飛び上がった真下を通り抜けた小さな魚雷がそのまま真っすぐ飛んでいったのを確認し、それがやってきた方向へと向き直る。改めて目を凝らす必要は、もうなかった。そこにいたのは、強烈なライトの光で海中を照らす小型の潜水艇。そのガラス張りになった正面からは、逆光で顔は見えないものの1人の人影がこちらを覗いていた。あんなモンスターはこれまで見たことがないから、恐らくあれは本物の潜水艇なのだろう。
 ……なんかもうこの世界に来てから、猫も杓子もカードの実体化だ。精霊の世界とはまた違う感覚に、正直どれが本物でどれが実体化……『BV』なのか、境目が分からなくなってきている。
 そんなことを考えていると、潜水艇の上部からメガホンらしきものがせり上がってきた。何か喋りたいらしいけど水中でメガホンなんて使えるだろうかと心配したのもつかの間、大きなお世話だと言わんばかりに神経質そうな男の声が聞こえてきた。

「糸巻が釣れたかと思ったら、なんです君は。海底に、生身で?なんのカードを使って潜り込んだのかはわかりませんが、デュエルポリスの人材難も著しいようですね。どこのどいつとも知れぬ馬の骨まで駆り出さなければいけないとは、敵ながら嘆かわしい」
『カードの実体化という点では、まあ間違ってはいない……のか?なんにせよよかったなマスター、勝手に勘違いしてくれたおかげで面倒な説明が全部省けたぞ』

 わかりやすい挑発に、僕にしか聞こえない茶々を間髪入れず差し込んでくるチャクチャルさん。地縛神という肩書からは想像もつかないほどにポジティブな言葉に思わず笑ってから拳を打ち鳴らし、左手の腕輪に組み込まれた意匠を押してデュエルディスクを展開する。

「デュエルディスク。見たこともないモデルですが、確かにそうですね。つまりこの私、徳川学三郎(とくがわがくさぶろう)にデュエルを売ろうと、そういうことですか?」

 少しずつこちらに降り注ぐライトの光に目が慣れてきて、潜水艇からこちらを見下ろす男の姿も次第にとらえられるようになってきた。そしてようやく拝めたその顔は、スカした言葉遣いや神経質そうな声色から思い描いていたイメージ通り。角ばった眼鏡に常に何かにいらいらしているようなツンとした顔つき、そして七三分けの髪。何もかもが予想通り過ぎて、また吹き出しそうになったぐらいだ。
 と、そこでまたチャクチャルさんの声がした。

『いまだマスター、軽く挑発を入れておけ。あの手の輩は自分より下と見た相手と戦うことを嫌う傾向が強い半面、煽り耐性もないから少しからかうとすぐ乗ってくる。ここまできてデュエルをしない、なんてことになってみろ、それこそお笑い草だ』
「……えーと……徳川、学三郎?悪いけど、テロリストの人材難も著しいみたいね。どこの誰かもよくわかんない馬の骨まで駆り出さないと駄目だなんて、敵ながら嘆かわしいってやつかね」

 咄嗟に振られたものだから、たった今言われたことを叩き返すぐらいしかできなかった。僕ですら聞き流せたこんな挑発にいい年した大人が乗ってくれるだろうか、そんな不安は潜航艇の中の徳川とやらの顔を見上げた瞬間吹き飛んだ。間違いなく効いていることを確認し、こんなちょろいので大丈夫なんだろうか、といらぬ心配までしそうになる。しそうになるだけだけど。おーおー、顔真っ赤にしちゃってまあ。

「知らない?この私を!?人呼んで『ロストテクノロジスト』の徳川学三郎をですよ!?」

 当然、異邦人の僕が知るわけない。それにしても二つ名持ちということは、この人も元プロか。やがて怒りをどうにか抑えたのか、息を荒くしながらも徳川とやらがデュエルディスクを構える。同時に潜水艇が海底へと着地し、煙のように砂を巻き上げた。腰を据えてやりあおうってわけか、いいじゃない。それなら、デュエルと洒落込もうか。

「「デュエル!」」

「先攻は貰った、僕のターン」

 海中でカードを引き抜くが、これでカードが駄目になるようなことはない。この服だって、陸に上がればすぐに乾く。うちの神様は、そういう細かい気配りのできる神様なのだ。だから僕は、それを全面的に信頼する。

「ライトハンド・シャークを通常召喚!そしてこのカードの召喚に成功した時、デッキからレフトハンド・シャークのカード1枚を手札に加えることができる」

 ライトハンド・シャーク 攻1500

 体の上部にきっかり5本、まるで爪のようなひれを生やした青い鮫。魚族では珍しいアドバンテージを稼げる効果によって、僕の手札にその対となる左手の名を持つ鮫が加わる。無論これだけではシンクロもエクシーズも不可能だけど、僕の手札にはこのカードがある。

「そして水属性モンスターが僕の場に存在することによって、このカードは特殊召喚できる。おいで、サイレント・アングラー」

 サイレント・アングラー 守1400

 そして現れる、チョウチンアンコウのような姿のモンスター。これでレベル4モンスターが2体揃ったから、このままバハムート・シャークをエクシーズ召喚することができる。さらにその効果で先攻1ターン目から餅カエルを出してやれば、相手にとって鬱陶しいこと極まりないだろう。
 しかし、そこで潜水艇の内部から動きがあった。

「特殊召喚、しかしチェーンブロックを組まないものでしたか。ならば、今使いましょう!手札より増殖するGを捨て、効果発動!このターン君がこれ以上の特殊召喚を行うたび、カードを1枚ドローできます」
「うー……」

 思わぬところから入った横槍に、2体の魚を見てしばし考える。まず大前提として、この2体をこのまま放置するのはさすがにリスクが高い。しかし当初予定していたバハムート・シャークからの餅カエルを呼び出すコンボは、必然的に2枚のドローを許してしまう。まだ相手のデッキもわからない中、その枚数はあまりにも大きい。
 特殊召喚を0にしたくはない、しかし2回行うのもまた危険が過ぎる。となると、次善の策をとるしかない。間を取って1回だ。

「……水属性のレベル4モンスター、ライトハンド・シャークとサイレント・アングラーでオーバーレイ。そして2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築。三千世界を張り巡れ、海原に紡がれし一筋の希望!エクシーズ召喚、ランク4!No.(ナンバーズ)37、希望織竜スパイダー・シャーク!」

 ☆4+☆4=★4
 No.37 希望織竜スパイダー・シャーク 攻2600

 リンク2と迷った末に僕が選んだのは、僕にとって初めてのエクシーズモンスターでもある1枚。希望を織り紡ぐ竜、スパイダー・シャーク。その純白の体が滑らかに海中を走り、赤い水晶体が海中を暖かな光で照らす。だが、それだけじゃない。ここでリンク召喚ではなくエクシーズを選んだことには、もうひとつ大事な意味がある。

「水属性モンスターのみを素材としたエクシーズ召喚のオーバーレイ・ユニットになったライトハンド・シャークの効果。この時エクシーズ召喚されたモンスターは、戦闘によって破壊されない効果を得るよ」
「しかし増殖するGの効果により、ここで1枚ドローしますよ」

 元より戦闘には強いスパイダー・シャークに、その強みを補強するような戦闘破壊耐性。まだ不安がないわけではないが、やはりこれ以上の展開はできない。

「……ターンエンド」
「私のターン。後悔させてあげますよ、この私の名すら知らずにここに来たことを。先史遺産(オーパーツ)ゴルディアス・ユナイトを召喚し、効果発動。この召喚成功時に私は手札の先史遺産を特殊召喚し、さらにこのカードのレベルをそのモンスターに合わせることができます。レベル4、先史遺産トゥスパ・ロケット!」

 先史遺産ゴルディアス・ユナイト 攻300 ☆3→4
 先史遺産トゥスパ・ロケット 攻1000

 岩石製の巨大な結び目のような彫刻が、海底の砂を巻き上げて浮上する。その全身が鈍い光を放つと、それに目印としたかのようにはるか上の水面から、同じく岩石製のロケットのような飛翔体がその隣に着陸した。手札にわずかに視線をやるが……いや、まだだ。先史遺産、カードショップ七宝でぼんやり眺めてた時に何気なく見た僕の記憶が正しければ、あのデッキにこのカードを使うタイミングは今じゃない。

「効果を発動します、トゥスパ・ロケットのね。このカードが場に出た際にデッキ、またはエクストラデッキより先史遺産1体を墓地に送り、そのレベルまたはランクの200倍だけモンスター体の攻撃力をエンドフェイズまでダウンさせるのです。私が選ぶカードは、当然君のスパイダー・シャーク。そしてこちらから選ぶカードは先史遺産クリスタル・ボーン、レベル3!」

 トゥスパ・ロケットの前面に光が収束し、放たれた怪光線がスパイダー・シャークの肌を灼く。苦悶の唸り声に、僕まで胸が痛くなった。

 No.37 希望織竜スパイダー・シャーク 攻2600→2000

「さて、下準備はこんなところですかね。君のような無名の者に私のエースの一角を見せてあげるのだから、せいぜい感謝しなさい。レベル4の先史遺産、ゴルディアス・ユナイトとトゥスパ・ロケットでオーバーレイ!2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築、エクシーズ召喚。絶えて久しき人類の英知よ、無知蒙昧なる輩にその偉容の片鱗を示せ!No.36、先史遺産-超機関フォーク=ヒューク!」

 ☆4+☆4=★4
 No.36 先史遺産-超機関フォーク=ヒューク 攻2000

 重い地響きを立て、海底が揺れた。それとほぼ同時に、突然の浮遊感。何が起きているのかとあたりを見渡そうにも、この衝撃で大量の砂が海中に巻き上げられてほとんど何も見ることができない。

「……チャクチャルさん!」
『半径10メートルほどの円状に、マスターたちの足元が浮かび上がっているな。この形からして人工物……おや、建物らしきものまで見えてきたぞ』
「建物?超機関フォーク=ヒューク……なんだ、そういうことか」
「どうやら君にも理解できたようですね。その通り、この海底に浮上した都市こそが私のモンスター、フォーク=ヒューク。そして、そのモンスター効果を発動。相手モンスター1体の攻撃力を0にする……無論、オーバーレイ・ユニット1つを使う必要こそありますがね」

 No.36 先史遺産-超機関フォーク=ヒューク(2)→(1)
 No.37 希望織竜スパイダー・シャーク 攻1800→0

 ようやく収まってきた砂煙の向こう側に、チャクチャルさんの指摘した古代都市の建物が僕にも見え始める。幾年もの歳月にさらされて滅んで久しかったはずのその機関には再び光が灯り、あたりをぐるりと取り囲む石造りの堅牢な屋根にバチバチと激しいプラズマが走る。
 警告の声など、間に合うはずもなく。海底の古代都市の中央で、次の瞬間に周囲から一斉に放たれたエネルギー波がスパイダー・シャークの全身を縛り付けた。先ほどの比ではない怒りと苦悶の声なき声が、水中を震わせる。

「ははは、どうですかフォーク=ヒュークの力は!」
「スパイダー……ここしかない!フィールドのモンスターが効果を発動したこの瞬間、手札から幽鬼(ゆき)うさぎの効果を発動。このカードを捨てて、フォーク=ヒュークを破壊する!」

 気泡を纏って僕の隣に現れた、銀髪赤目の妖怪少女。これが、温存していた僕の切り札。もっと早く、それこそゴルディアス・ユナイト召喚の時点で破壊することもできたのだが、それだとこのエクシーズ召喚を確実に止められた保証がない。しかも僕は事前情報で、【先史遺産】がエクシーズテーマであることを知っていた。エクシーズモンスターはその性質上、オーバーレイ・ユニットがないと100%の力を出し切れないことが多い。ならばあえて召喚を待ち、エクシーズ素材ごと墓地に叩き落としてやる方が効果的だと踏んだのだ。
 海中を銀色の風となって、滅びた都市の石畳を駆ける幽鬼うさぎ。その道中で振り回される鎌の一撃が年月の重みに耐えてきた堅牢な建物を切り裂き、周りの海水をものともせずに揺らめく鬼火が機関の中央部で爆ぜ、なにか動力部に致命傷を与えたらしい。あちこちで小規模な爆発を引き起こしながら、浮かび上がったフォーク=ヒュークがゆっくりと撃墜されて元の海底に沈んでいく。

「さあ、ご自慢のオーパーツはまた歴史の闇に逆戻り。次は何を見せてくれるね、ええ?」
「おのれ……!」

 消えていくソリッドビジョンの都市を横目に、ひと暴れしたあげく大物を潰して満足げな幽鬼うさぎがぴょんぴょんと足取り軽く僕の元へと帰ってくる。こちらが掲げた手にジャンプからのハイタッチを決め、その姿が気泡となって消えた。ハイタッチにも付き合ってくれるとは、いつもクールぶってるあの子にしては本当に機嫌がいいらしい。
 そして、それとは対照的にこめかみをひくつかせ、首に青筋立てて切れかけているのが潜水艇の徳川だった。からかいがいがあって面白いと言えば面白いけど、あいにく今はそんな気分じゃない。糸巻さんがどうしてるかも知りたいし、このまま終わってくれるならそれが一番いいんだけども。
 しかし残念ながら、というべきか、そうでなきゃ面白くない、というべきか。またしても怒りを呑み込んだらしい徳川が、次の手札へと手を伸ばした。

「私のデッキをただの【先史遺産】だと思ってもらっては困ります。しかしここまでの流れに関しては、心から称賛してあげましょう。少々私の方も、無名の馬の骨だからと手を抜きすぎましたからね」
「負けるやつは大体みんなそう言うのさ、手を抜いてたってね」
「では、そのジンクスを打ち破る最初の男としてこの私が名を残してみましょう……魔法カード、化石融合-フォッシル・フュージョンを発動。融合召喚を行う代償として私の墓地の岩石族モンスター、先史遺産クリスタル・ボーンと君の墓地のレベル4以下のモンスター、幽鬼うさぎを除外する……!」
「化石融合……!」

 脳裏をよぎる、かつてデュエルアカデミアにいた男の姿。だけど目の前の男は、彼とは違う。わかっている。
 そして墓地のモンスターが素材となり、母なる海へと産み落とされたのは恐竜と人間の骨格がないまぜとなったかのような骨の体に骨の鎧を着こみ、骨の槍を手甲に装着した戦士の姿だった。

「かつて栄華を極めた騎士の末裔、薄まり穢れどもその高貴な血の片鱗で敵を貫け!融合召喚、新生代化石騎士 スカルポーン!」

 新生代化石騎士 スカルポーン 攻2000

「バトルだ。当然、スカルポーンでスパイダー・シャークにな」

 槍を掲げたスカルポーンが海底をその両足で力強く踏みしめ、いまだエネルギー波の影響で動きの鈍いスパイダー・シャークへと迫る。そしてスカルポーンは、モンスターに対し毎ターン2回攻撃の能力を持つ。フォーク=ヒュークで相手モンスターを無力化し、化石融合の爆発力でライフを削る……あのデッキのコンセプトは、おそらくそういうことだろう。だけど、僕だってただやられるためにはるばるこんな海の中まで来てやったわけではない。

「モンスターの攻撃宣言時にスパイダー・シャークの効果発動、オーバー・レイン!オーバーレイ・ユニットを1つ使い、相手モンスター全ての攻撃力を1000ダウンさせる!」

 No.37 希望織竜スパイダー・シャーク(2)→(1)
 新生代化石騎士 スカルポーン 攻2000→1000→No.37 希望織竜スパイダー・シャーク 攻0
 清明 LP4000→3000

 衛星のように周りを飛んでいた光球がスパイダー・シャークの口元に向きを変え、まともに動かない体でそれに食らいついたスパイダー・シャークがその力を一時的に解放する。噴出する純白の糸が四方八方に張り巡り、スカルポーンの体を、槍を絡めていく……しかし、その動きを完全に封殺するには至らない。直後、スパイダー・シャークが受けた槍の一撃と同じ痛みが僕の体にも降りかかる。

「ぐ……!」

 腹に穴をあけられたような感覚。無論穴なんてできていないけれど、痣ぐらいはできてもおかしくない。歪んだ表情を見下ろして、徳川が僕よりもよっぽど歪んだ笑みをこぼす。

「裏目に出ましたねぇ、その戦闘破壊耐性。おかげで私のスカルポーンは、もう1度君のそのモンスターに攻撃ができます」

 新生代化石騎士 スカルポーン 攻1000→No.37 希望織竜スパイダー・シャーク 攻0
 清明 LP3000→2000

 その言葉通り、振るわれる二の矢が再びスパイダー・シャークを打ち据える。次に打ち据えられたのは前ヒレの部分だったからか、こちらにも腕が痺れるような痛み。でも、まだライフは残っている。もしスパイダー・シャークの効果が生きていなかったらきっかり4000ダメージでジャストキルを受けていたことを考えると、十分以上だろう。

「まだまだっ!」
「せいぜい頑張りなさい、その悪あがき。ターンエンドですが、その前にカードを1枚伏せさせてもらいます」

 スパイダー・シャークに降りかかった二重の弱体化は、そのどちらも期限がターン終了時まで。ようやく復活した純白の狩人が、音もなく海中に浮かび上がり僕からの指示を待つ。

 No.37 希望織竜スパイダー・シャーク 攻0→2600
 新生代化石騎士 スカルポーン 攻1000→2000

「僕のターン。2回も殴ってくれちゃって……今度はこっちの番だ、ツーヘッド・シャークを召喚!」

 ツーヘッド・シャーク 攻1200

 僕が呼び出したのは、上下2つに分かれた口を持つ青い鮫。下級アタッカーの基準にも満たない攻撃力しかないこのカードだが、その攻撃性能でこれまでも幾度となく切り込み役を買って出てくれた頼れる子だ。

「このままバトル。スパイダー・シャークでスカルポーンに攻撃、さらに最後のオーバーレイ・ユニットを使いもう1度効果を発動!スパイダー・トルネード!」

 No.37 希望織竜スパイダー・シャーク(1)→(0)
 No.37 希望織竜スパイダー・シャーク 攻2600→新生代化石騎士 スカルポーン 攻2000→1000
 徳川 LP4000→2400

 渦を巻く海流を身にまとい、スパイダー・シャークがスカルポーンへと迫る。再び放つ粘性の高い糸がその動きを確実に鈍らせ、鎧の隙間、無防備な首筋へと捕食者の牙が深々と食い込んだ。

「ちいいーっ……!」

 吹き飛ばされるスカルポーンに、潜水艇の中でダメージがフィードバックしたらしい首を押さえる徳川。いや待て、吹き飛ばされたスカルポーン?消滅していないということは、戦闘破壊が発生していない?

『アレは……なるほどな。なんてことはない、あの伏せカード。あれはメタバースだ、マスター』
「私は今の攻撃宣言時にトラップカード、メタバースを発動していました。デッキからフィールド魔法1枚を手札に加えるか直接発動することができます。私が選んだ1枚の名は、岩投げエリア。1ターンに1度自分モンスターの戦闘破壊を、デッキの岩石族に背負わせることのできる優れものです」

 チャクチャルさんの言葉を裏付けるかのように、フィールドゾーンにいつの間にか置かれていたカードをこちらに見せつけてくる徳川。なるほど、あれで戦闘破壊を防いだってことか。

「そして、それだけではなく。私がデッキより墓地へと投げた、今の戦闘の身代わりとなってくれた岩の名は風化戦士(ウェザリングソルジャー)。このカードが墓地へと効果で送られた時、デッキから化石融合またはその名がテキストに記されたカード1枚を手札に加えられる。手札に通常魔法、タイム・ストリームを」
「逆進化のカード……だとしても、攻め込まない理由はない!岩投げエリアの効果はもう使えない、ツーヘッド・シャークで追撃!」

 ツーヘッド・シャーク 攻1200→新生代化石騎士 スカルポーン 攻1000(破壊)
 徳川 LP2400→2200

「ふっ、やはり名も知れぬ野良犬程度の知識しかないようですね。知らないようですので教えて差し上げますが、化石の名を持つ融合モンスターがフィールドで破壊された時、墓地の化石融合は手札に戻すことができるのですよ」
「そっちこそ、知らないようだから教えてあげるよ。ツーヘッド・シャークは、1ターンに2回の攻撃ができる!それもモンスター限定なんてちゃちなもんじゃない、制限も条件もない混じりっ気なしの2回攻撃さ。ツーヘッド・シャーク、ダイレクトアタック!」

 ツーヘッド・シャーク 攻1200→徳川(直接攻撃)
 徳川 LP2200→1000

「ひ、ひいっ!?」

 青い弾丸のように突っ込んできたツーヘッドの頑丈な顎に強かに噛みつかれ、さすがに壊れこそはしなかったもののがっしりと牙を受けた潜水艇のガラスにひびが走る。忘れがちだけどここは海の底、もし本当に噛み破りでもしたら徳川はえらいこと、などと形容するのもはばかられるようなことになる。
 ……さすがに目覚めが悪いし、そうなったら海上まではどうにかしてあげよう。そう決めてエンド宣言をすると、どうやらあちらさんはパニック状態でちらりと見えた僕の表情がよほど気に食わなかったらしい。潜水艇を器用に操って崩れかけていたバランスを取り戻し、一時的に恐怖を上回ったらしい怒りがパニックを押しのけて表に出る。

「ええい、なんですその顔、その目!まったくもって腹立たしい。先ほどよりもさらに強く、後悔させてあげますよ!私のターン、ドロー!メインフェイズ開始時に魔法カード、貪欲で無欲な壺を発動。カード2枚をドローする代償として私の墓地の種族が異なるモンスター3体、昆虫族の増殖するG、岩石族のゴルディアス・ユナイト、機械族のフォーク=ヒュークをデッキに戻し、さらにこのターンにバトルフェイズを行う権利を支払います」

 便利なドローソース、しかしこのターンバトルを行えないという制約の意味は大きい。戦闘によって相手ライフを削りきる化石融合は、このターン動けないからだ。

「スカルポーンの効果を墓地から発動、自身を除外することで2枚目のタイム・ストリームを手札に加えます……おや、どうやら君にも、このカード3枚の持つ意味は理解できるようですね。化石融合-フォッシル・フュージョン!私の墓地の岩石族、トゥスパ・ロケットとあなたの墓地のレベル4以下のモンスター、ライトハンド・シャークを除外します」
「想定内!この瞬間、手札から儚無みずきの効果を発動!このターンのメインフェイズとバトルフェイズ中に相手が効果モンスターを特殊召喚するたびに、その攻撃力分だけ僕はライフを得ることができる」
「なるほど?まあ、どうぞご自由に。2体目のスカルポーンを融合召喚」

 新生代化石騎士 スカルポーン 攻2000
 清明 LP2000→4000

 妙に余裕たっぷりなその態度が気にかかったが、みずきちゃんの発動を止めるようなカードが出てくるわけではないようだ。どこか嫌な予感がぬぐえないものの、ともあれ僕のライフが一気に初期値まで回復する。

「タイム・ストリーム。この効果により、今より前の世代の化石モンスターを化石融合の効果として融合召喚します。ただし、その世代の化石モンスターをリリースする必要はありますがね。凋落の一途を辿りし騎士の直系、その誇り高き血統の輝きを見せつけるのです!中生代化石騎士 スカルナイト!」

 中生代化石騎士 スカルナイト 攻2400
 清明 LP4000→6400

 一見するとそれは、人間の骸骨が鋼の剣と岩の盾を持ち、恐竜を模した兜をはじめとする鎧マントを身に着けたような姿の騎士。しかしその膝当てからのぞく両足の形は明らかに強靭な肉食恐竜のそれであり、マントに隠れて見づらいがその背面からは確かに尾の骨が伸びている。

「タイム・ストリーム!」

 そしてまた、呼び出された直後だというのにスカルナイトの姿が変化する。体躯はさらにひとまわり大きくなり、骨しかなかったその体には肉が蘇っていく。といってもこれまでのくすんだ茶色から本来の色であろう黄金の骨製へと本来の姿を取り戻した鎧の覆う面積も同時に増えていったため、結果的にはその顔しか拝めなかったのだが。背中のマントも姿を変えて金と赤のトリケラトプスのエリマキのような装飾へと変わり、そこに立っていたのはもはや最初のスカルポーンとは比べ物にならない、いかにも王者の風格漂わせる騎士だった。

 古生代化石騎士 スカルキング 攻2800
 清明 LP6400→9200

「……随分回復させてくれるじゃないの、有難いね」
「もっと差し上げますよ、そんなにライフが嬉しいのならね。スカルキングをリリースし、先史遺産ソル・モノリスをアドバンス召喚。さらに魔法カード、おろかな埋葬を発動。デッキからD-HERO(デステニーヒーロー) ディアボリックガイを墓地に送り、その効果を発動します。このカードを除外し、同名カードを特殊召喚ですね」

 先史遺産ソル・モノリス 攻600
 D-HERO ディアボリックガイ 攻800
 清明 LP9200→10000

 ディアボリックガイ。かつて何度か戦った相手の印象が強いカードだけど、それはそれ、これはこれだ。そしてそれより重要なのは、この特殊召喚によってついに僕のライフが5桁の大台に突入したということ。何を狙っているのかは依然としてわからないままだけれど、ここまで特殊召喚を躊躇わないとなるともはや不振を通り越してうすら寒いものすら感じてくる。

「レベル6のソル・モノリスと、ディアボリックガイでオーバーレイ。これこそ古代の英知の結晶。人の身に余る神の遺産よ、その名のもとに裁きの鉄槌振り下ろしなさい!エクシーズ召喚、ランク6!No.6、先史遺産アトランタル!」

 ☆6+☆6=★6
 No.6 先史遺産アトランタル 守3000
 清明 LP10000→12600

 またしても海底が揺れ動き、地の底に眠っていた「それ」が目を覚ます。しかしそのサイズは、先ほど歴史の闇で覚めない眠りについたフォーク=ヒュークとは比べ物にならないほどのものだった。山ひとつですら丸々その肩にはまるほどの、腰から下が海底に埋まっているにもかかわらずその頭が海面上につき出ないことの方が不思議になってくるほどの巨人。
 巨人が腕を振る……ただそれだけで海水が渦を巻き、危うく足元をすくわれそうになった。あまりといえばあまりのスケールの大きさに小さく毒づくが、これでもまだ終わらせるつもりはないらしい。

「そろそろ、締めに取り掛かりますよ。RUM(ランクアップマジック)-ヌメロン・フォース。私のフィールドのエクシーズモンスターをランクが1つ上で種族の等しいカオス体へとランクアップさせ、さらにフィールドで表側表示のカード全ての効果を無効にします」
「……!」

 表側表示のカード全て。それはつまり、ライトハンドによって直接付与されたスパイダー・シャークの戦闘破壊耐性が消えるということだ。徳川の岩投げエリアもその影響を受けるはずだが、もはや戦闘破壊を気にするような盤面ではないということだろう。
 そして先ほどの比ではない地響きと共に、アトランタルの体が不気味な発光と共に脈動する。やがてその姿はオレンジ色の光の塊となり、光の中で巨人の姿はさらに大きく、より戦闘に特化したものへと……拳は肥大化し、木々の生い茂る緑の山は常に炎吹き出す活火山となり、全身から溢れ出るエネルギーは溶岩となって体表を覆い、それでも抑えきれないほどのエネルギーを持つ溶岩がまるで生きている鞭のように噴出し……これまで以上の異形の巨人へと、移り変わっていった。

「原初の英知に神の御業が降りるとき、無知と無力の罪を犯した文明を焼き滅ぼす巨人の怒りが解き放たれる。世界に終末を刻むのです、カオス・エクシーズ・チェンジ!ランク7、CNo.(カオスナンバーズ)6!先史遺産カオス・アトランタル!」

 CNo.6 先史遺産カオス・アトランタル 守3300
 清明 LP12600→15900

「さて。最後に魔法カード、死者蘇生。甦りなさい、スカルキング」

 化石の名を持つ王者が、カオス・アトランタルの体から噴出する溶岩の橋を伝ってひょいひょいとフィールドに降りてくる。腰の鞘から引き抜いた大剣を構え、こちらにその切っ先を向ける……しかしまた特殊召喚、しかも死者蘇生か。バトルのできないこのターンにまであのカードを使う理由、儚無みずきのことを忘れたかのような特殊召喚の乱発……駄目だ、想像もつかない。

 古生代化石騎士 スカルキング 攻2800
 清明 LP15900→18700

「では、そろそろお楽しみの時間に取り掛かりましょうか。私も正直気分が高揚しますよ、いくら野良犬相手とはいえ初めての経験ですからね、それだけ膨れ上がったライフを一度に削り取るのは」
「……?」

 言葉の意味は分からないけれど、その異様な雰囲気から少なくとも徳川が嘘をついているわけではないことだけは理解できた。しかし何が飛び出してくるか見当もつかないでいる僕の前で、カオスアトランタルがゆっくりとその手をこちらに……いや、正確には僕のフィールドのスパイダー・シャークへと伸ばす。その腕といわず手のひらといわず、無数に噴出した溶岩の鞭が天から降り注ぐ火の雨のごとくスパイダー・シャークへと一斉に襲い掛かった。

「ああっ!?」
「カオス・アトランタルの効果を発動。1ターンに1度、相手モンスターを攻撃力1000アップの装備カードとして自身に装備できるのですよ」

 CNo.6 先史遺産カオス・アトランタル 攻3300→4300

 海中で回転し、急浮上と急速潜航を巧みに使い分け、さらには咄嗟に噴出させた純白の糸を盾にして……しかし、そんな抵抗も長くは続かない。回避されても防がれても減じることなくその数と勢いを増す溶岩の鞭は、やがてスパイダー・シャークを縛り付けてゆっくりとカオス・アトランタルの胸部へと引きずり込んでいく。いったいどれほどのパワーが込められているのかゆっくりと、しかし確実にその体が吸い込まれ、その上からとどめとばかりに溶岩が降り注ぎ……ようやく噴火が収まったそこには、石像と化したヒレの先端と頭部。それに背中の一部だけを露出したスパイダー・シャークの成れの果てが、ただ埋め込まれているだけだった。

「スパイダー・シャーク!」
「なんだ、これが返して欲しいですか?いいでしょう、返してあげますとも。カオス・アトランタルの更なる効果を発動、パニッシュメント・ゲート!コストとして支払うのはこのカードのオーバーレイ・ユニット3つ、及び自身の効果によって装備したNo.の全て。これらを墓地に送ることで、100に書き換えるのさ……君のライフをね!」
『18600の「削り」だと……!?』

 CNo.6 先史遺産カオス・アトランタル(3)→(0) 攻4300→3300

 さしものチャクチャルさんも、こんな桁違いな数値の変動は驚愕に値するものらしい。無論、僕だってそうだ。効果ダメージでも戦闘ダメージでもなく、数値そのものの書き換え。18700のライフを、100に。そんな無茶苦茶な効果が最後に控えていたのなら、儚無みずきの効果すらも通用しない。ライフを回復して守りを固めた気になる僕の姿は、徳川の目からすればさぞかし滑稽に見えたことだろう。
 思わず後ずさる僕の前で、カオス・アトランタルの火山に溶岩の鞭が一斉に吸い込まれる。不気味な沈黙、死刑宣告までのわずかな間ののち、山が文字通りに噴火した。海水による冷却をものともせずに赤熱する火山弾が、僕をめがけて無数に降り注ぐ。

『さすがに荷が勝つな。下がっていろマスター!』

 言うが早いが僕の頭上、迫りくる火山弾の雨との間に半透明の巨大なシャチ、本来の姿を現した地縛神 Chacu(チャク) Challhua(チャルア)が立ちはだかった。その全身から濃い紫色のオーラが立ち上ると、こちらに向けて直撃コースで降り注いでいた火山弾が見えない壁に誘導されたかのように途中で向きをわずかに変えて数メートルほど離れた場所に着弾した。それでも視界が真っ白に染まり、爆音で何も音が耳に入らなくなる。砂煙と耳鳴りがようやく収まった時には、あたり一面に月面もかくやというほどにクレーターだらけの惨状が広がっていた。これを完全に捌ききるとは、さすがは守りと権謀術数の地縛神。

 清明 LP18700→100

「わお……ありがとね、チャクチャルさん」
『少し過保護だったとは思うが、まあ念のためな』

 照れ隠しなのかつれない言葉を残し、また引っ込んでいくチャクチャルさん。一方こんなことをしでかしてくれた徳川はというと、どうやら僕がまだちゃんと2本足で立てていることにご立腹だった。どうやらあまりの噴火の激しさに、うちの神様が直撃を防いでくれた様子は向こうから見えなかったらしい。

「なんだなんだ、どうしてまだぴんぴんしている?全く不愉快なことこの上ない、せっかく人がいい気分でライフを書き換えたというのに!カオス・アトランタルがモンスター効果を使ったターン、君はあらゆるダメージを受け付けない。そしてバトルを行うことも不可能、なぜなら貪欲で無欲な壺を使ったからね。よって、私はターンエンド」

 なるほど、それなりのデメリットはあるということか。さすがにあの効果の使用後に戦闘ダメージまで与えられたら、さすがの僕でも勝負を投げたくなる。
 だけどターンが回ってくる限り、僕はまだ戦える。僕がデッキを信じていれば、デッキもそれに応えてくれる。これに関しては、たとえ世界を越えようとも絶対に変わらない。

「僕のターン、ドロー!サルベージを発動、墓地から攻撃力1500以下の水属性、儚無みずきとサイレント・アングラーを手札に。そして同じく魔法カード、強欲なウツボを発動!手札から水属性モンスター2体、レフトハンド・シャークと儚無みずきをデッキに戻して、カードを3枚ドローする」

 手札増強のコンボによって、僕の手札はサイレント・アングラーを合わせて3枚。徳川には手札も伏せカードもないから、もう何か妨害や牽制が飛んでくる心配はない。そして場には先のターンを生き残れたツーヘッド・シャーク……よし、これならいける。このデュエル、僕の勝ちだ。

『ああ、先ほどやりたい放題してくれた礼だ。見せてやれマスター、本物の理不尽というものをな』
「水属性モンスターのツーヘッドが存在することでサイレント・アングラーを特殊召喚し、そのままレベル4のツーヘッド・シャークと、サイレント・アングラーでオーバーレイ!千夜一夜の切なる願いに、錨を上げよ救済の方舟!エクシーズ召喚、ランク4。No.101、(サイレント)(オナーズ)Ark Knight(アークナイト)!」

 ☆4+☆4=★4
 No.101 S・H・|Ark Knight 攻2100

「Ark Knight……しかし、私のカオス・アトランタルは守備表示。一方そのカードで狙うことができるのは攻撃表示の特殊召喚されたモンスター、スカルキングのみですね。無駄な足掻きにしか見えませんがね」
「言ってな、アークナイトの効果発動!オーバーレイ・ユニット2つを使いスカルキングを自身のオーバーレイ・ユニットに吸収する、エターナル・ソウル・アサイラム!」

 No.101 S・H・|Ark Knight(2)→(0)→(1)

 純白の方舟、アークナイトの船体から飛び出した数本のアンカーが、化石騎士の王者の手足と腰をその鎖で締めあげるそのまま巻き上げ機構によってアンカーが格納されると、そこに結びつけられたスカルキングもまたアークナイト内部へと強制収容された。
 これで、まずは1体。そして、次はカオス・アトランタルの番だ。

「といっても、正攻法なんて使う気はないけどね!魔法カード、妨げられた壊獣の眠り!フィールドのモンスターをすべて破壊し、デッキから壊獣2種類を1体ずつ互いの場に攻撃表示、かつ強制攻撃のデメリットを付与した状態で特殊召喚する!」
「私の……カオス・アトランタルを……!」
「海の底から出てくるのは、昔から大怪獣って相場が決まってるもんさ。古代都市にはやっぱり、歴史の闇で大人しくしててもらうよ!」

 力強い大渦、壊獣の眠りを妨げるエネルギーの塊が、クレーターだらけになったあたりの砂をまたしても巻き上げる。破壊の嵐はカオス・アトランタルのみならず、僕の場のアークナイトさえも巻き込もうとして……。

「いまだ、アークナイト!このカードが破壊される場合、そのオーバーレイ・ユニット1つを身代わりにできる返すよ、スカルキング」

 No.101 S・H・|Ark Knight(1)→(0)

 再び放たれたアンカーが、そこら中に開いたクレーターの縁に引っかかる。これにより僕の方舟は破壊の嵐に吹き飛ばされることを免れたが、カオス・アトランタルはそうもいかない。巨体の内側から溢れ出る無尽蔵かに思われたそのエネルギーも絶え間なく押し寄せる海水によって強制的に冷やされ、奪われ、急激な温度の低下によって脆くなったその体が次第に崩れていく。最初はほんの砂程度、しかしその全身に入り巨体を蝕むひび割れは加速度的に広がった。落ち行く砂は石になり、その石のかけらもまた、より大きな岩に。巨人の体が、ゆっくりと崩れ落ちていった。

「さあ、おいで!雷撃壊獣サンダー・ザ・キング、粘糸壊獣クモグス!」

 雷撃壊獣サンダー・ザ・キング 攻3300
 粘糸壊獣クモグス 攻2400

 3つの首を持つ帯電した雷龍は僕のフィールドへ、陸地で構える巨大な蜘蛛の姿をしたもう1体の壊獣は徳川のモンスターゾーンに。僕の可愛い壊獣が、フィールドを一気に埋める、
 しかしこれが理不尽とはえらい言われよう、大変遺憾である。

「さて、大分僕好みのフィールドになってきたわけだけど」
「ひっ!?」

 ぎろりと睨みつけると、潜水艇のガラス越しに徳川が身を固くする。もっとも、それも無理はない。ここまで盤面が出来上がってしまえばもはや敗北が確定したことぐらい、小学生でも理解できる話からだ。

「このまま攻撃すれば、それだけで終わるわけだけど……散々好きに言ってくれたうえ、1万オーバーのライフをここまで書き換えてくれたんだ。それじゃあ、僕の気が済まないよねえ?」

 何か言おうとして言葉が出ないのか、パクパクと酸欠の金魚のように蒼白になった顔で口を開いては閉じる徳川。申し訳な……くはないけれど、あと一手だけ付き合ってもらうとしよう。

「アークナイトとサンダー・ザ・キングをリリース。これが僕の切り札、その攻撃力はリリースしたモンスターたちの合計値。アドバンス召喚、霧の王(キングミスト)!」

 霧の王 攻5400

 満を持して、まあ今回に限っては出す意味が戦術的には特にないけれど、ともあれ僕の切り札にして最高最大のフェイバリットカード。霧の魔法剣士がカオス・アトランタルやフォーク=ヒューク、化石モンスターの骨鎧の残骸とその大暴れした証拠であるたくさんのクレーターに溢れる海底へと音もなく着地した。

「バトル……の前に。そろそろ空気も恋しくなってきたし、上に行こうじゃないの。下手に抵抗して逆に変なとこに当たったら目覚めも悪いしね。クモグス、頼むよ」

 そうウインクすると、やっぱりかわいいうちの子には言いたいことがちゃんと伝わったらしい。細長い脚を器用に動かして潜水艇を持ち上げ、内側からの抗議の声も構わず背中に乗せてひらりと水中に身を躍らせて浮上していく。

『親バカだな』

 そんな言葉を後ろに聞きながら、同じく海底を蹴って水面へと飛ぶ霧の王の手に掴まって僕もその後を追うように浮上した。僕が自力で潜った時よりもはるかに速いスピードによって周りの風景がぐんぐん明るくなり、すぐに水面に顔が出る。
 さて、これで多少の無茶をしてもまあ命にかかわることはないだろう。隣で同じく立ち泳ぎの姿勢で頭だけ水面に出している霧の王に頷くと、もう1度水を蹴って水上へと飛び出した。水しぶきを立て、大上段に構えた剣がクモグスの背に転がった潜水艇へと叩きつけられる。

「やっちゃえ霧の王!最後の攻撃、ミスト・ストラングル!」

 霧の王 攻5400→粘糸壊獣クモグス 攻2400(破壊)
 徳川 LP1000→0

 悲鳴がしたような気もしたが、それも真っ二つにされた潜水艇が爆発、炎上する派手な音にかき消されてほとんど聞こえなかった。その直後、徳川の首根っこを掴んで炎から飛び出した霧の王。





「……さて。どーしようかねこれから」

 デュエルが終わった今、次に何をするか考える必要がある。とりあえず足場が欲しいと実体化してもらった海亀壊獣ガメシエルの甲羅の上で胡坐をかき、傍らに浮かぶ壊れた潜水艇とその上で途方に暮れる徳川を見る。まあどうしようと言ったって、こんこまで首突っ込んでおいて終わったから帰ろうなんて選択肢はないわけだけど。

「へいへーい、ちょっと聞きたいんだけど。この迷いの霧、どうやったら抜けられるのさ」
「馬鹿馬鹿しいね。そんなこと教えるはず……!」
「え、なに、それ沈めてもいいって?」

 まだ抵抗できるのは偉いけれど、もう少し自分の立場というものを考えて欲しい。これ見よがしに耳に手を当てて聞いてやると、徳川から最後の空元気がみるみる抜けていくのが感じられた。救難信号を出したのは見ていたが、だからといってこんな海のど真ん中に助けが来るまでにはまだ時間がかかる。その間ずっと1人で浮いていることのリスクに、今更思い至ったのだろう。
 そこからは、特に語ることはない。やはり知っていた霧の抜け方を聞き出し、この手のことには適任のチャクチャルさんに嘘をついている様子がないか確認してもらい……この野郎見かけによらず粘りよる、案の定でたらめ教えてやがったので潜水艇の残骸に本気でとどめを刺そうとすると、今度こそようやく観念したのかやっと正しい道順を教えてくれた。

「じゃ、行くとしますかね。頼むよガメシエル、糸巻さんとどっちが早く着くかな?」

 再び霧の中へ踏み出そうとして、少し振り返る。ま、いいか。あの様子なら、救助が来るまでは持ちこたえられるだろう。なんだか浦島太郎にでもなった気分になりながら、甲羅の上でまるで見えない前方を見据えてのんびりと進みだす。 
 

 
後書き
フォーク=ヒュークの番号、36というのはあのカードのイメージされる使い手であろうⅢの名前を足してホープの39と同じになることにこれ書いてて今更気づきました。 
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