魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~
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無印編
第46話:透の選択
前書き
どうも、黒井です。
今回は透の過去に触れる話になります。
時を少し遡り、ウィズの隠れ家では容体が回復した透がウィズと対面していた。
透の隣にはクリスが居り、もしウィズが透に何かしようとしても即座に動けるように身構えている。尤も、今のクリスはシンフォギアを取り上げられているので、ウィズが力技に訴えた場合何の役にも立てないのだが。
因みにアルドは何をしているかと言うと、話の邪魔にならないようにとキッチンで洗い物をしていた。
「さて……熱もすっかり下がり、体力も回復しただろう。そろそろこちらからの質問に色々答えてもらいたいんだが……構わないな?」
訊ねてはいるが、その声からは否とは言わせないと言う強い気迫が感じられた。それを感じ取ったクリスは彼を睨み付けたが、透はそんな彼女を宥めて用意されたメモ帳にペンを走らせた。
〔構いません。何を答えればいいんですか?〕
「話が早くて助かるな。とりあえず今聞きたいのは連中が次に何を仕出かそうとしているかだ。何か知らないか?」
ウィズが問い掛けると、透は暫し考え込んでからペンを動かした。
〔すみません。僕は確かに幹部候補でしたが、組織が次に何をしようとしているかまでは知らされませんでした〕
「そもそも透は1年以上も前に連中と手を切ったんだぞ。次に連中が何しようとしてるかなんて知る訳ねぇだろ」
透の返答にクリスが続けて補足する。クリスの補足にウィズは小さく唸りながら彼女を睨み、それから小さく溜め息を吐き次の質問をした。
「まぁそこは仕方ない。ならば次だ。君が知る限りの幹部を教えてほしい」
幹部は非常に強力な戦力だ。早々増えるものではないが簡単に減らせても居ない。事実颯人と行動を共にしていた時は、結局1人も幹部を倒す事は叶わなかった。
こちらに関しては透も特に迷う要素は無かったのか、スラスラとペンを動かしメモ帳に幹部の名を書いていく。
〔僕が知る限りでは、メデューサにヒュドラの2人だけです〕
「他に幹部は居ないのか?」
〔分かりません。僕は組織に所属していた期間はそんなに長くはありませんでしたから。精々メデューサに魔法の使い方を習い、ヒュドラに何度か実戦に駆り出された程度でしたから〕
それを知りウィズは落胆を隠せなかった。期待したような情報は何もない。骨折り損のくたびれ儲けだった。
ウィズが肩を落としたのを見て、クリスが堪らず笑みを浮かべる。彼の思い通りにいかなかったことが愉快なのだろう。隠す事もせず鼻で笑い、ウィズに睨まれた。
何やら険悪な雰囲気になってきた室内だが、そこにアルドが一石を投じた。
「一つ、私からもお聞きしたいことがあるのですが?」
「アルド?」
〔何でしょう?〕
「その、透君は何故ジェネシスを抜けようと思ったのですか?」
アルドがその問い掛けを口にすると、明らかに透の表情が強張った。その表情には明らかに後悔と自己に対する嫌悪が表れており、彼にとってはそれに関わる事は忌まわしい記憶であることが伺えた。
それを理解していながら、ウィズが追い打ちをかける様に問い詰めた。
「ふむ、それは確かに気になるな。ジェネシスの魔法使いは洗脳されワイズマンを裏切る事はしない。何故君は、自らの意思で組織を抜ける事が出来た?」
ウィズから見て、透が嘘を吐いているようには見えなかった。2人がメデューサ達に命を狙われたのは演技ではないだろう。
だがだとすると、彼が組織を抜ける事が出来たことそのものが不自然であった。彼からすればあり得ない事態である。
もしかすると、彼がウィズに助けられることもジェネシスの描いたシナリオかもしれない。そう考えると、こうして透と共に居ること自体かなり危険な事である可能性があった。
警戒心を交えてウィズが透を見据えると、透はその視線から逃れようとするかのように顔を逸らした。辛そうにする透を見て、クリスが彼を庇う様に2人の間に割って入った。
「もういいだろ!? お前らが聞きたいのは魔法使い連中の事であって透個人の事じゃない筈だ!?」
「連中にも関わる事だから聞いておきたいんだ。もし理由があまりにも曖昧だった場合、ここにこうしている事も連中の差し金によるものである可能性だってある」
「そんなのそっちの都合だろ!? もういい加減あたしと透の事は放っておいてくれ!?」
クリスはもううんざりだった。大人の勝手に振り回され、命まで狙われ、挙句の果てに思い出したくない過去の記憶をほじくり返されようとしている。
いい加減、我慢の限界だ。
しかし、透の方はそうではなかった。彼は憤るクリスの肩に手を置くと、静かに首を左右に振った。
「え、何でだよ透!?」
「…………」
「こんな奴らに付き合う必要はねえ!?」
「…………」
「そんなのどうでもいい!? 透が昔何してたかなんて──」
必死に透を思い留まらせようとするクリスだが、それまで静観していたアルドがここで口を挟んだ。
「クリスさん、落ち着いてください」
「ッ!?」
「彼が……透君が頑なに過去を話そうとしているのは、他ならないあなたの為なのですよ」
「あたしの、為────?」
訳が分からないと言いたげなクリスに、アルドは優しく丁寧に言葉を続けた。
「クリスさんのお気持ちは分かります。透君の過去に頓着せず、彼の全てを受け入れようとしているのでしょう。ですがそれでは…………前へ進む事は出来ず、いずれ必ず目を背けてきた過去が牙を剥き平穏を奪い去るでしょう」
過去を無かったことには出来ないし、過去から目を背け続けて進展することは絶対にない。アルドの言う通り過去が牙を剥くか、目を背き続けた過去が気になって本当の意味で心が安らぐことはない。
透が過去を話そうとしているのはそれが分かっているからであり、また自分が過去を少しでも乗り越えることでクリスにも過去を乗り越え前へと進んでほしいと願っているからであった。
「透────!」
クリスは改めて透の強さを認識した。彼は本当に強い。逃げる事しか考えなかった自分に対し、過去と向き合い前へと進み続けようとするとは。
彼の強さに感心を抱いたのはウィズも同様であった。自分の為ではなく、他人の為に己の過去を乗り越えようとするとはなんと強い心の持ち主なのだろう。
そんな風に感心するウィズに気付いているのかいないのか、透はクリスと再会する前…………ジェネシスに保護されてからの事をメモ帳に記し始めた。
***
バルベルデで武装組織の心無い者に喉を掻き切られ、生死の境を彷徨っていた透はギリギリのところでメデューサに救出された。
その後、彼は最低限の応急処置だけを施された後、その時集められていた多くの者と共にサバトに掛けられた。素質はあったが既に虫の息だった彼が魔法使いとして覚醒する保証がなかったので、メデューサも適当な手当だけで済ませていたのだ。
覚醒すればその瞬間活性化した魔力で死は免れるだろうし、覚醒しなければ手当しても無意味だからだ。
幸か不幸か、生死の境を彷徨う程意識を失っていた事で透はサバトを行う際に伴う地獄の苦痛を知る事は無かったのである。
「よくぞ目覚めた。喜べ、お前は魔法使いとして生まれ変わったのだ」
目覚めた透に、メデューサが最初に掛けた言葉がそれである。突然魔法使いとして生まれ変わったと言われても訳が分からなかった透だが、ドライバーと指輪を渡され魔法を使わされたことで自分の現状を嫌でも理解させられた。
自分の声と、夢が永遠に失われたことも、だ。覚醒の瞬間の魔力は彼を死の運命からは救ってくれたが、声までは取り戻してくれなかったのである。
声が失われた事で意気消沈した透だったが、彼にはまだ希望があった。クリスだ。共に夢を誓った彼女がいてくれれば、彼には生きる価値があったのだ。
早速メデューサに筆談でクリスの事を訊ねる透だったが、素質を感じさせなかったクリスには興味が無かったので意識していなかったのである。
その事を聞き再び消沈する透だったが、そんな彼に声を掛けたのがワイズマンであった。
「安心しろ。お前の言うクリスとやらは生きている。だがこのままでは彼女は過酷な人生を歩むであろうな」
自身の希望である少女が過酷な目に遭うと聞かされ、何とかならないかと縋る透。
そんな彼にワイズマンは、優しく導く様に話し掛けた。
「その少女を救いたいのだろう? ならば、私に従え。我々はこの魔法の力で新たな世界を作り上げる。無用な争いを排除した新たな世界だ。その世界でならば、お前の大切な者も平和に暮らせるだろう」
そう言って頭を撫でるワイズマン。彼の言葉は透の心に甘く広がり、得も言われぬ安心感を齎した。
思えばこれはワイズマンによる洗脳だったのだろう。心が弱ったところで甘い言葉に乗せて魔法を掛ける。嫌らしいが効果は抜群だ。
それから透はメデューサに魔法を、ヒュドラに戦い方を教わった。争いを好まない彼にとっては皮肉な事に、戦士として天性の才能に恵まれた彼はまるで砂漠の砂に水が沁み込むようにその腕を上達させ、あっという間に幹部候補にまで上りつめた。
この頃の透は組織に忠実だった。ワイズマン他組織の幹部の言葉は絶対だと思い込み、彼らの言葉には忠実に従っていた。
しかしその脳裏から、クリスの姿が消える事は無かった。彼は何時でも、クリスを何時か救い出す事を目標に行動し続けていた。
そんな彼が組織から決別したのは、魔法使いとして覚醒してから1年経ってからだった。
ある日、彼はサバトに邪魔が入らないようにする為の警備として儀式の場に配備されていた。
彼にとっては初めて目にするサバトに、これから何が行われるのかとメデューサに問い掛けた。
「これから行われるのは大いなる選別だ。素質ある者は我らと同じ魔法使いとなり、新たな世界を作り出す為の尖兵となるのだ」
誇るように言うメデューサだったが、サバトに掛けられようとしている者達の怯えた様子に透は僅かな違和感を覚えていた。何かがおかしい。
その時、彼の心が大きくざわついた。サバトに掛けられようとしている者の中に、自分やクリスと同年代だろう少女の姿を見たのだ。
少女の怯える様子が、記憶の中で捕虜として不安に身を震わせていたクリスの姿に重なる。
少女に透が目を奪われている間に、遂にサバトが始まった。
唐突に発生した不気味な日食。そして地面に魔法陣が広がり大地がひび割れ怪しい光が溢れ出すと、魔法陣の上に乗せられた人々が苦痛に悲鳴を上げた。
突然の阿鼻叫喚に透が唖然としていると、1人が溢れる自身の魔力に耐え切れず体を弾けさせ塵となって消えた。それを皮切りに次々と人々の体がひび割れ弾ける。
「……!? ……!?!?」
「ん? おい!?」
それはあの少女も同様で。地獄の苦痛に叫び声を上げ涙を流す少女の姿に、透は堪らず飛び出し少女とたまたま近くに居た人の手を引き魔法陣から引きずり出そうとする。体内の魔力を強制的に活性化させるサバトは透をも蝕み、全身を激痛が襲うが構わず2人を引っ張る。
しかしそれは一歩間に合わず、どちらも耐えきる事が出来ず体を弾けさせた。透の手からは2人の手だったものが零れ落ち、それと同時に魔法陣は消えサバトは終わった。
結局、この時のサバトで魔法使いに覚醒した者は1人も居らず、全員がその命を散らす事となった。
自分の手から文字通り零れ落ちた命に透が呆然としていると、メデューサが近付いてきた。
「何をしている?」
ワイズマンの配下となったメイジにあるまじき行動に、不信感の様な物を抱いたらしい。呆けている彼の首筋にライドスクレイパーの穂先を突き付けるメデューサ。
今し方の地獄絵図。クリスと重なった少女が命を散らし、刃を突き付けてくるメデューサが武装組織の者と重なった。
その瞬間、透の頭の中でガラスが割れるような音が響いた気がした。それはワイズマンによる洗脳が解けた瞬間でもあった。彼の中にある他者を思い遣る優しい心と、未だ消えないクリスに対する愛が彼の心を解き放ったのだ。
〈コネクト、ナーウ〉
「ッ!? 貴様ッ!?」
正気に戻った透はカリヴァイオリンを取り出すと、ライドスクレイパーを弾きメデューサから距離を取った。
この時点で他のメイジ達も異変に気付き、武器を手に透を包囲し始める。
「貴様、よもやワイズマンの意思に逆らうつもりか? いやそもそも、何故反抗できる!?」
「…………」
問い掛けられても、声が出せない透では答えることは出来ない。筆談でなら返答できるが、この状況では暢気に文字を書いている余裕もない。
問い掛けてからそれに気付き、メデューサは舌打ちをした。
「チッ、お前に聞いても意味が無いか。まぁいい、反抗的な態度を取った貴様にはお灸を据えてやる必要がある。やれッ!!」
メデューサの命令に周囲のメイジが一斉に透に襲い掛かる。琥珀メイジに全て任せるつもりなのか、彼らが動くと同時に彼女は下がった。
周囲から襲い掛かる琥珀メイジ。透はカリヴァイオリンでそれらを全て捌くと、反撃をお見舞いした。持ち前の素早さを活かし、蹴りも混ぜて襲い掛かってきた全ての琥珀メイジを返り討ちにした。
幾ら雑魚の琥珀メイジだからとは言え、あまりにも一方的な展開にメデューサも流石に面食らった。
「くっ!? 所詮候補と甘く見ていたか。ならば私が直々に相手をしてやる!」
〈アロー、ナーウ〉
魔法の矢を放ち牽制してくるメデューサ。透はカリヴァイオリンで矢を弾きながら接近し、攻撃できる距離に近付くと斬りかかる。メデューサもライドスクレイパーで反撃するが、接近戦では透の方に分があるのかメデューサは防戦一方だった。
「ぐっ!? くそっ!?」
ライドスクレイパーを薙ぎ払うメデューサだったが、透はそれを伏せて空振りさせると一気に懐に入り込み剣を振るった。この距離での斬撃、これは躱せない。
だが斬撃が当たる直前、メデューサは後ろに飛んでダメージを最小限に抑えた。これで決めるつもりだった透は思わず仮面の奥で苦い顔をするが直ぐに追撃すべく次の攻撃に移った。
その時────
〈ライトニング、ナーウ〉
「ッ!?」
突然明後日の方向から飛んできた雷撃を、透は回避も防御もできずまともに喰らって吹き飛ばされてしまった。
地面に叩き付けられた衝撃と電撃のダメージで声も無く喘ぐ透が、何とか立ち上がるとそこにはヒュドラを引き連れたワイズマンの姿があった。
彼がその姿を確認すると同時に、ワイズマンの追撃が襲い掛かる。
〈ライトニング、ナーウ〉
「ッ!」
〈バリア―、ナーウ〉
再び放たれる電撃を今度は魔法で防ぐ透だったが、ワイズマンの魔法は強力で障壁毎彼は吹き飛ばされてしまう。それだけでなく、今度はヒュドラが接近し剣で斬りかかってきた。
「オラァッ!!」
ワイズマンの魔法を防いだばかりの透にはこの攻撃に対処するだけの余裕がなかった。放たれた斬撃が透を切り裂き、堪らず膝を突いた彼の首をヒュドラが掴んで持ち上げる。首を絞められ、苦しさに剣を手落とし首を握るヒュドラの手を掴むが、首を絞める力は微塵も緩まない。
「馬鹿な野郎だ、俺らに歯向かうなんてよ。ワイズマン! こいつどうします?」
「そうだな…………とりあえず再教育だ。今度は反抗すると言う考えも起こさないよう、徹底的にな」
ヒュドラとワイズマンの会話に危機感を感じた透だが、二度に渡るワイズマンの魔法に加えてヒュドラの攻撃で大きくダメージを受け、更に首を絞められて酸欠になった透にはもう抵抗するだけの力はない。
徐々に意識が薄れ、手足の感覚も無くなりつつあった透は自身の力の無さ、そして彼らを容易に信じてしまった己の迂闊さを嘆いた。こんな事をする連中だと分かっていれば、もっと早くに行動を起こして彼らを助ける事も出来たかもしれないのに。
誰一人助ける事も出来ず、後悔しながら意識を手放しそうになった透だが、そんな彼の脳裏に1人の少女の歌声が過った。
「ッ!!」
幻聴だったのかもしれない。しかし彼にとっての希望である少女の歌声は、消えつつあった彼の心の炎を再び燃え上がらせた。
〈イエス! キックストライク! アンダスタンドゥ?〉
「なにぃっ!?」
手探りで右手の指輪を素早く付け替え、ハンドオーサーに翳すと透は己の首を掴むヒュドラの手を強く握りしめた。ヒュドラは手を掴んで離さない透の足に魔力が集束されていくのを見てまずいと彼を振り払おうとするが、それよりも早くに透が至近距離からヒュドラの腹に蹴りを叩き込んだ。
「ごはっ?!」
逃げ場がない状況で相手の腹を踏み台にするように放たれた蹴りに、ヒュドラは肺の中の空気を全て吐き出しその場に膝を突く。同時に透の首を掴む手の力が緩んだ。その好機を見逃さず、透はヒュドラの手を振り払うとダメ押しに蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされて距離が離れるヒュドラ。それを入れ違いになるようにメデューサとワイズマンの魔法が放たれた。
〈アロー、ナーウ〉
〈ライトニング、ナーウ〉
自分に向けて飛んでくる魔法を直感で察知した透はヒュドラを蹴り飛ばすと同時にその場を飛び退く事で回避すると、コネクトの魔法でライドスクレイパーを取り出しその場を飛んで逃げ去った。
これ以上ここに居ては結局負けた挙句、心の底からワイズマンの手駒にされてしまう。今はどう足掻いても勝ち目がないと察してその場を逃げる事を選んだのだ。
あっという間に小さくなる透の姿に、ワイズマンはメデューサに命令した。
「逃がすな。地の果てまでも追い詰めて始末しろ」
「御望みのままに、ミスター・ワイズマン」
***
その後透は度重なるジェネシスの魔法使いからの追撃を何度も撃退し、何度も傷付きながらも日本に帰り、力尽きた所でクリスとの再会を果たしたのである。
透の話を聞いたウィズは、改めて彼の心の強さと何よりも優しさに感銘を受けた。
彼が知る限り、ワイズマンの洗脳は強力でちょっとやそっとの事では解くことは出来ない。それを彼は、他者を思い遣る心と離れ離れになったクリスへの愛情だけで解いてしまった。普通に考えればあり得ない事である。
だがそこまで考えて、ジェネシスに参加する以前の透の過去を思い返して考えを改めた。周りに頼れる者が居ない中で彼はクリスや他の子供達の為に、危険を冒して歌を歌い、死に掛けているにもかかわらずクリスを少しでも安心させようと笑みを浮かべて見せた彼である。
その心の強さは常人を大きく上回るのだろう。
「なるほど、君の過去は分かった。何故組織を抜けたのかも理解できた。それで? 今後君はどうするつもりなんだ?」
透の事がある程度理解出来たウィズは、先程よりは柔らかな口調で訊ねた。
そう、問題はこの後なのだ。
このまま解放しても、ジェネシスからの追撃は続くだろう。そして彼と行動を共にする限り、クリスもジェネシスに狙われる。いや、透とクリスの関係は既に連中に知れているのだから、彼の弱点を突く為に今後はクリスも積極的に狙われるだろう。
透はそれをどう思っているのだろうか?
〔実は、二課の人達に協力しようと思っています〕
「ほぉ?」
「透ッ!?」
透の答えにウィズは興味深そうに、クリスは驚愕に声を上げる。
「正気か!? ついこの間まで敵対してたんだぞ? そう簡単に受け入れてくれる訳ねぇだろうが!?」
〔僕はそうは思わない。あの響って子はクリスの事を助けてくれた。颯人って言う魔法使いの人も、他の人達も誰かの為に頑張れる、良い人たちだよ〕
透の言い分は分かる。二課の装者や魔法使いは善人だろう。これまでの事を謝罪すれば、受け入れてくれるかもしれない。
「それは……でも────」
それでも不安や納得できないものがあったクリスは食い下がろうとした。
その時、突然ウィズが立ち上がり玄関から死角になる位置に移動した。同時にコネクトの魔法でハーメルケインを取り出し、ドアから見えないように構える。
彼の様子にただならぬものを感じた残りの3人は、彼に倣って玄関から見えない位置に移動した。
直後、インターホンが数回鳴ったかと思うと鍵が開けられるガチャリと言う音が聞こえてきた。クリスが物陰から少しだけ顔を出し玄関を見ると、鍵を開けたと思しき手が魔法陣の中に引っ込んでいくのが見えた。
──魔法使い!? 見つかったのか!?──
咄嗟にシンフォギアを纏おうとするクリスだったが、まだギアペンダントを返してもらっていない事を思い出しウィズを恨めしそうに睨む。
そうこうしているとドアが開かれる音がしたので、クリスは慌てて頭を引っ込め息を潜めた。この状況では戦えない自分は役立たずだ。臨戦態勢のウィズと体力の回復した透に任せるしかない。
物陰に隠れながらなので正確には分からないが、足音から察するに入ってきたのは1人ではないらしい。複数人が足音を忍ばせながら近づいてくるのを感じ、心臓が緊張に高鳴る。
足音は次第に近付き、遂にこの部屋に入ろうとしてきた。
「動くな……ん? お前は……」
同時に、鼻っ柱を出した相手の首にウィズがハーメルケインを刃を突き付けた。だが続いて彼の口からやや困惑した声が出た事に、クリスと透は顔を見合わせると意を決して顔を出した。
そこに居たのは、ウィズにハーメルケインを突き付けられた颯人であった。
後書き
と言う訳で第46話でした。
透が最初メデューサ達に大人しく従っていたのは、サバトが死人を出す儀式だと知らなかったからです。気絶している途中になんかされて、気が付いたら魔法使いにされていたので何が行われたのかは知りませんでした。それに加えてクリスに対する強い想いが、裏切ると言う行動を起こさせたわけです。
執筆の糧となりますので、感想その他お待ちしています。
次回の更新もお楽しみに!それでは。
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