キリトである必要なくね?~UW編~
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第七話 崩壊
倒れていた日から一週間が過ぎた。
この頃になると、ある程度一日の流れができるようになった。
午前中は村の人たちの仕事を手伝い。
出来立ての弁当を持ってユージオの元に行き。
夕方になるまで二人でギガスシダーを打ち付ける。
そして安息日には三人で集まり、央都に行く方法を考えた。
一番可能性のある案が、《青薔薇の剣》を使ってギガスシダーを切り倒すことだ。あの剣ならばおそらく竜骨の斧よりも遥かに早い期間で切り倒せるはずだ。
そしてついにこないだの安息日に、《ステイシアの窓》を開いてわかった。どうやら俺たちがあの神器を扱うにはコントロール権限が足りていないようだった。
このコントロール権限を上げることを今後の課題としてその日は解散したのだが、そのときのユージオの嬉しそうな顔が忘れられない。
ユージオの夢が段々と現実味を帯びてくるのに合わせ、ユージオは俺以外の人と話しているときに笑顔をみせるようになった。
そしてセルカも、ユージオが彼女を避けなくなったことを切っ掛けに、現状を変える希望が持てるようになったようだ。以前よりもよく笑うようになり、本来の彼女の性格が浮き出てきてるようだった。
村の人たちが驚いたような顔でそのことを告げてきたとき、思わずガッツポーズしたものだ。
これで俺が現実世界に戻っても、きっと二人でやっていけるだろう。
今回のダイブはもう週を跨いでいる。なぜ今回こんな長時間ダイブしているのかはわからないが、それでも一週間を大きく超えることはおそらくない。
そう、もうすぐ別れのときが来る。
前回のように記憶にプロテクトを掛けられ、ユージオやセルカのことを思い出せなくなってしまうだろう。
こみ上げてくる寂寥感を、押し込める。
別れが来ても、両親や妹、親友たちとの別れとは、違う。
彼らはこの世界で生きているのだから。
大事な人たちが生きているのならば。
例え思い出せなくなったとしても、構わない。
それ以上はもう、何も望まない。
ああ、そうか。
俺が意地汚くあの世界から生還したのは、きっと彼らと出会うためだったのだ。
都合の良いこじつけなのはわかっている。
でもそう思い込むことで、心が軽くなったような気がした。
前を向いて歩いていこうと、そう思えるようになった。
ありがとう。
ユージオ。
セルカ。
二人と同じように、俺も前を向くよ。
なんとか生きてみようと思う。
あの、理不尽な世界を。
◆
煙をみた。
空を、黒く塗りたくるように。
思わず斧を片づけているユージオに問いかける。
「おい、ユージオ」
「どうしたの?」
「なんかあそこ、煙が立ってないか?」
俺が指を指した方角に、ユージオは目を凝らした。
「本当だ。しかもこれ、村の方だよ!」
「なに!?」
確かによく見ると、ルーリッド村からあがっているように見える。
「前に村で火事が起こったときも黒い煙が立っていたんだ。今回もそうかもしれない! 急いで村に戻ろう!」
「ああ」
同時に駆け出した。
いつもは歩いている道を、全力で駆け抜ける。
胸騒ぎがした。
足が悲鳴を上げていても、走り続ける。
不安に駆られた。
空が橙に染められるも、ひたすらに足を動かす。
状況は全く違うはずなのに。
なぜかあの日と。
同じことが起きる気がした。
石造りの橋を抜け。
茫然とした。
「な、なんだ、これ……?」
村が、破壊されている。
扉や窓は壊され。
家が燃えている。
そして、村をわが物顔で闊歩する小人。
いやあれは、そんな生易しいものじゃない。
あれはまるで、物語に出てくる《ゴブリン》のような。
突如、悲鳴が上がる。
その声に跳ねられるように、硬直していた体を動かす。
そして隣で言葉を失い、凍り付いているユージオを家の裏まで引きずる。
「ユージオ」
「ぼ、ぼくは……どう、して」
「ユージオッ!!」
肩を掴みながら、怒気を強め呼びかける。
「カ、ガト」
「息を吸え。大丈夫だ。俺がいる」
ユージオは息を吸った。
なんとか会話できるくらいには落ち着いた。
「ユージオ。お前は来た道を引き返すんだ」
「何を言ってるのカガト!? みんなを助けないと!」
「俺が村の人たちを助ける」
「え……?」
「今思い出したんだけど、俺は剣士だったみたいだぜ。しかも凄腕の」
「なんだい、それ」
「俺ならアイツらを全員殺せる。けど、守りながらだと少しキツいんだ」
「君は、なにを……!」
「だから、ユージオが守ってくれ。村の人たちを」
ユージオが目を見開いた。
「助けた人をギガスシダーに誘導する。ユージオは斧を持って、彼らを守ってくれ」
「そんなこと、できないよ……僕は、アリスすら守れなかった」
「今のお前ならできると信じてる。そんな俺を、ユージオは信じてくれないか?」
一瞬の逡巡。
ユージオは力強く頷いた。
「気を付けろ」
「カガトも」
拳を突き合わせ、ユージオは駆けていく。
家の裏から、様子を伺う。
どうやらゴブリンどもは単独で行動しているらしい。
ならば隙を突けば殺せるんじゃないか。
そのためには武器が必要だ。
丸腰で勝てるほど生半可な相手ではないだろう。
辺りを見渡していると、道の真ん中に倒れている人を見つけた。
彼の右手には長剣が握られている。
すかさずゴブリンを見る。
ヤツはこちらを見ていない。
反射的に体が動いた。
最短距離で剣に手を伸ばす。
長剣を持ち上げた瞬間、ゴブリンがこちらを向いた。
目が合ってしまった。
瞬間に悟る。
コイツらはあのゲームにいたNPCモンスターなんかじゃない。
黄色い眼球から放たれる強烈な悪意は人間のそれと全く同じだ。
俺は。
心の底から安堵した。
やるべきことが、あのゲームと同じだったから。
剣を握りしめ、地を踏みしめる。
同時に長剣を左脇に置く。
そして、ゴブリン目掛け矢のように飛び出した。
ゴブリンの目が驚愕に染まるのを意に介さず。
何かに押されるように距離を詰める。
間合いに入った瞬間。
閃光を纏った刀身を左下から斬り上げ、ゴブリンの右腕と首を落とす。
血が飛び散り、ゴブリンは絶命した。
そのまま勢いを落とさずに別の家の裏に隠れた。
息を整える。
「はぁ、はぁ……」
あの刀身の光に、突き動かされる感覚。
間違いない。
あれは《ソードスキル》だ。
なぜこの世界にそんなもの実装されているのかはわからない。
だがこれは好都合だ。
これでみんなを助けられる確率が上がる。
問題はこれからどうするかだ。
結局《ソードスキル》を使えたとしても多勢に無勢。
正面切ってやり合えば十中八九嬲り殺されるだろう。
見たところ、そこまで街中には死体がなかった。
あのそれなりに広い道にもこの剣を握っていた青年の死体しかない。
ヤツらの目的は虐殺ではないのだろう。
奴隷として闇の国に連れ去るつもりなのか。
もしそうなら、どこかに隔離されているはずだ。
だが、隔離場所を見つけたとしてどうする。
避難しようにも、この近くに村はない。
近隣の街までも馬で三日かかると聞いた。
その道のりを、歩きで追われながら進むのはあまりにもリスキーだ。
やはり敵のリーダー格を殺すしかない。
それで他のゴブリンが引いてくれるかはわからないが他に方法がない。
「だずげでぇぇぇぇ!!!!!!!」
近い!
誰かが襲われているのか?
どうする?
助けに行くか?
だがここで助けたらゴブリン共と正面から戦うことになる。
それは避けたい。
「おどうさぁぁぁん!!!!!」
重ねてしまった。
声の主と親を失った自分を。
体が動いてしまった。
声の主にあの感情を味わってほしくなかったから。
家の影から飛び出す。
何体かのゴブリンが親子を取り囲んでいた。
父親らしき人物が倒れている。
石畳を疾駆した。
一番近くにいたゴブリンの頭を切り落とす。
血が噴き出た。
俺の襲撃に気づいた他のゴブリンが一斉にこちらに剣を向ける。
だが俺の攻撃は止まらない。
勢いのまま真横へ振りかぶる。
《ホリゾンタル》と呼ばれていたソードスキルを食らったゴブリンは、腰から真っ二つになった。
間髪入れずに遠くにいて油断していたゴブリンに突進技・《ソニックリープ》をお見舞いする。
一気に三体も殺され、ビビったのか他のゴブリンは逃げていった。
おそらく仲間を呼びにいったんだろう。
一刻も早くこの場から離れる必要がある。
倒れていた父親を服を千切って止血し、肩を貸し立ち上がる。
「大丈夫か?」
「アンタは……ベクタの迷子の……」
「ヤツらがまた来る。急いで離れるぞ」
「わかった……」
男は懸命に足を動かしているが、思うように動かないらしい。
俺は引きずるようにして歩く。
「に、兄ちゃんっ!! 後ろからアイツらがっ!!」
もう仲間を呼んできたのか!?
かなり身軽らしい。
男を道から見えないところに座らせる。
止血したとはいえかなり血が流れてしまったらしい。
もう意識がない。
俺は少年の肩を掴んだ。
「いいか? 俺がヤツらを別の場所へ誘導する。お前は父親を連れて、ギガスシダーへ向かうんだ。あそこにはユージオがいる。守ってくれるはずだ」
「そんなこと……できないよ」
「父親が亡くなってもいいのか?」
「そんなの、いやだ!」
「なら、頑張るしかないだろ?」
少年は瞳に残った涙拭い、覚悟を決めたようだ。
「じゃあな。父親のことは頼んだぜ」
「うん!」
力強い返事を背に受けながら、表へと躍り出る。
そしてゴブリンどもに中指を立てた。
「かかってこいよ低能ども。皆殺しにしてやる」
挑発が効いたのか、優に数十を超えるゴブリンが青筋をたて一斉に襲い掛かってきた。
俺は親子の進行方向とは逆向きに走り出す。
当然ゴブリン共も追いかけてくる。
あの場所から十分離れたのを確認してから、後続のヤツらに三連撃技・《シャープネイル》をお見舞いする。
仲間が目の前で殺されてもコイツらには一切動揺はなく、次々と襲い掛かってきた。
殺しても殺しても、コイツらはゴキブリのように湧いてきた。
長時間の戦闘のせいで体に疲労が溜まり、意識が散漫になってくる。
そして二十体を屠ったあたりで、まともにダメージを食らってしまった。
咄嗟に後方に下がり、体術スキル・《弦月》を喰らわせたおかげで距離は取れたが、あまりの痛さに膝を突きそうになる。
歯を食いしばり耐える。
肋骨をいくつか折られたらしい。
動くたびに抉るような痛みが体を走った。
この負傷を皮切りに、ゴブリンの攻撃を躱せなくなっていった。
肩や腕、足に食らうたび、針で串刺しにされているような痛みが全身を襲う。
脳が焼き切れるんじゃないかという痛みに耐えながら、ゴブリンを殺していく。ただただ殺していく。
ついに限界がきた。
ゴブリンの棍棒を頭に食らった。
意識が飛びそうになった瞬間、誰かが俺を呼ぶ声がした。
なけなしの気力を振り絞り、意識を繋ぎ止める。
「カガトォォォォ!!!!!!」
ユージオが俺を呼んでいた。
麻袋を引きずりながら。
俺は強引にゴブリンを引きはがし、ユージオに駆け寄る。
「何で戻って来たっ!」
「こ、これを……カガトに渡したくて……」
引きずっていた麻袋をユージオは広げた。
そこにはかつて小屋で見た美しい剣が光輝いていた。
「《青薔薇の剣》が、必要なんじゃないか、て思って」
確かにコイツは、ジリ貧の現状を脱する鍵になる。
だが本当に扱えるのか?
コントロール権限とやらが足りないんじゃなかったのか?
そんな疑問を見透かしたようにユージオは口を開いた。
「大丈夫。今のカガトなら、きっと使えるはずさ」
俺は、《青薔薇の剣》を鞘から引き抜いた。
重さを感じるが、以前までの反発するような重さとは違う。
手に馴染むような、そんな重さだ。
思わず笑みがこぼれる。
どんな仕組みかはわからないが、本当に使えるようになっているようだ。
これでまたコイツらを殺せる。
親指を立て、下に向けた。
「さぁ、殺ろうぜゴブリンども。地獄へ落としてやる」
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