キリトである必要なくね?~UW編~
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第六話 約束
「悪いな。強引に誘っちまって」
道すがら、俺はユージオに謝罪した。
俺に村中を案内しようと教会に訪ねてきたところを無理やり連れだしてしまったのだ。
「いや、いいよ。安息日に誰かと出かけるなんて、久しぶりだったしね」
そう言ってユージオは笑った。
コイツは本当に良いヤツだ。おかげで胸のつかえが取れた。
「でも、どうして急にピクニックに行くことになったの?」
「ああ。実は昨日、うっかりアリスのことをセルカに話ちまったんだ」
「えぇ!?」
ユージオは反射的に少し前を歩いているセルカに目を向ける。
「それで、今日の朝たまたま早く起きて部屋から出たら、廊下でセルカにあってさ。そこで、どうしてユージオがアリスのことを言わなかったのか分かって。それでピクニックに行くから手伝え、て強引に引き留めた」
俺の掻い摘んだ話を理解したのか、ユージオは「よかったぁ」と言いながら深くため息をついた。
「ユージオはわかってたんだろ? セルカがこんな行動を取るってことを」
「ちゃんとした確信があった訳じゃないんだけど……セルカがアリスと比べられているのはわかったから。だからもし、セルカにアリスの話をしたら、後を追いかけてしまうんじゃないかって……」
「……そうか」
「……二人で何を話してるのよ?」
前を歩いていたはずのセルカが、眉毛を吊り上げながらこちらを見ている。
「そ、それはその……」
「今日のこれ、楽しみだなって話をしてたんだよ」
持っていた籠を上げる。
「なにせ、パン屋で腕を磨いたこの俺が作ったサンドイッチが入っているからな!」
「ほんとんど作ったの私でしょ!」
的確な突っ込みに思わず苦笑する。
「もう、絶対に落とさないでね!」
セルカはプイッと顔を前に向けると、そのまま歩き出す。
そんなセルカの行動にまたもや俺は苦笑するのだった。
◇
「今まで気づかなかったが、ここって実はピクニックに最適な場所だったんだな」
ユージオに向かってそう言いながら、悪魔の樹《ギガスシダー》の前で敷物を広げ始める。
ここは、俺とユージオが初めて会った場所であり、ユージオの職場でもある《ギガスシダー》周りの開けた場所。
俺がピクニックに選んだ場所である。
というか、ここ以外思いつかなかった。
「そうだね。僕も初めて気づいたよ。天職以外でここにくることなんて、なかったからね」
答えながら、ユージオは敷物の反対側を広げる。
あらかた敷終わり、その上に腰を下ろした。俺のあとに続くように、二人も腰を下ろす。
初めて来たときから思っていたが、ここは本当にいい場所だ。地面の大きな隆起もなく、この巨木が木陰になってくれる。
「セルカは初めてだったよな? ここに来るの」
「そうね。村から離れてるから、来る機会がなかったわ」
「なら、結構驚いたんじゃないか? コイツのデカさにさ」
俺は《ギガスシダー》を指さす。
セルカも目を向けた。
「この樹は村からでもよく見えるけど、近くで見るとこんなに凄いのね。てっぺんまで見通せないなんて」
「俺も初めて来たときはビビったよ。こんなデカい樹、見たことなかったからな。ユージオは初めて近くで見たとき、どうだったんだ?」
俺の問いかけにユージオは少し目を伏せ、口を開いた。
「そう、だね。僕が刻み手に選ばれて、ガリッタじいに初めてここに連れてこられたとき、僕も圧倒された。こんなに巨大な樹が存在してるって、信じられなかった。でも、それと同時に憂鬱な気持ちにもなったんだ。僕は一生、この樹に斧を振るわなければいけないのか、てね」
図らずも、重い話になってしまった。
ユージオをこの地に縛り付けているのは、その天職のせいだ。それがなければ、ユージオはいますぐにでも央都に向かうはずだ。アリスを助けるために。
「そういや、なんか腹減ってきたな~。持ってきた弁当を開けようぜ」
俺は空気を変えるべく、明るい口調で話す。
呆れ気味にセルカが口を開く。
「まだ十二時にもなってないわよ」
「いいからいいから。昼食を早めに食べてはいけない、なんて決まりはないんだし。なぁ、ユージオ」
「まぁ、そうだね」
セルカがため息をついた。
「仕方ないわね。あたしも少しお腹が減ってきたし、開けちゃいましょうか」
そう言って、セルカは俺が持ってきた藤籠を開ける。
中には、色とりどりのおいしそうなサンドイッチと、かなり形が崩れているまずそうなサンドイッチが入っている。
言わずもがな、おいしそうなヤツがセルカの作ったサンドイッチで、まずそうなのが俺が作ったサンドイッチだ。
多分、この不格好なサンドイッチは誰も食べないだろう。
俺が作ったヤツは、俺が全部食うか。
いただきます、と呟き自分が作ったサンドイッチを口にする。
「おお、結構うまい」
セルカが作ったものより形は不格好だが、味は意外に美味い。
まぁ、形が少し歪なだけで味が変わるほど繊細な料理ではないんだけどな。
「そうだね、確かに味は美味しい」
「もう少し形を整えれば、おいしそうに見えるのに勿体ないわね」
各々、俺手製のサンドイッチに感想を付けていく。
「ていうか、なんで食べてるんだ? 俺が作ったヤツは誰も食わないだろうから、残らないように全部俺が食おうと思ってたのに」
「なんでって……」
「そんなの、カガトが一生懸命作ってくれたからに決まってるでしょ」
二人は当然のような顔をしている。
俺が一生懸命作ったから、まずそうなものでも食べる?
なんだそりゃ。
胸の中に、懐かしさがこみ上げてくる。
なんだ。
俺だって、経験があるじゃないか。
妹が分量を間違って、おにぎりが凄くしょっぱくなって。
そのとき、俺はどうした?
同じように食べてたじゃないか。
お茶を飲みながら、なんとか完食してたじゃないか。
あのとき俺が感じたような気持ちを、感じたってことなのだろうか?
だとしたら、コイツらにとって俺は、そういう存在になれたってことか?
「どうしたのさ、カガト。急に黙り込んじゃって」
「なんだかすごく、懐かしい気持ちになってな」
「カガトは昔、ピクニックに行ったことがあるのかもしれないわね」
「ああ。そうかもしれないな」
もし俺が、ユージオやセルカにとってのそんな存在になれたんだとしたら、これほど嬉しいことはない。
そんなことを考えながら、最後の一切れを口に放り込む。
そのあとセルカ手製のサンドイッチをいくつか口に入れてから二人を見れば、やっぱりというかなんというか、一言も会話せず、目も合わせないでただ黙々とサンドイッチを口にしていた。
二人とも、なにを話していいのかわからないのだろう。
今日までのユージオの態度を見れば、間違いなく彼はセルカを避けている。それには十中八九、アリスのことが関係しているだろう。
今のセルカを取り巻く環境を、間接的に作り上げてしまった罪悪感。
顔が似ているらしいセルカを見ることでこみ上げてくる、当時味わった自分に対する嫌悪。
そんな感情がない交ぜになって彼女を避ける、そしてそんなユージオの態度にセルカもどうしていいか分からなくなって、お互い避け合うという今の現状を作り上げてしまったということだろうか。
そんな現状があったからなのか村の人が言うには、二人ともあまり笑わなくなったらしい。ユージオは明確にアリスが連れ去られてから、セルカは物心がついてから。
けれど俺は、この数日間でたくさんの二人の笑顔を見てきた。
きっとそれは俺がアリスを知らない大人だったからだろう。
この村に住んでいれば、村長の娘であり、神聖術の才能に溢れ、将来を嘱望されていたアリスを知らないはずがない。
きっと初めてだったのだ。
自分より年上の人間が、アリスという人と関係なしに自分を見てくれるのが。
だから、ユージオは俺のことを村の人たちには見せないような目で見てくるし、セルカは教会にいる子供たちに向けるのと似たような目で見てくる。
それだから、コイツらのことを放っておけないんだ。
そしてやはり俺は、この二人の溝を少しでも埋めてあげたいと思っている。
俺が、二人の傍にいられなくなってしまったときのために。
「なぁ、ユージオ」
「ん、どうしたの?」
「ユージオは央都に行きたいんだろ? アリスを助けに」
「カ、カガト? なな、なにを言ってるんだい? 僕は別に、央都に行きたいなんて思ってなんか……」
「なら物置においてあるあの剣はなんだ? どうしてあんな重いモノを三か月もかけて運んできたんだ?」
「そ、それは………………僕にも、よく、わからない」
きっとユージオの中で、ブレーキがかかっているんだろう。
もしここで認めてしまえば、天職を放棄したいと言っていると同義になる。
「セルカ」
「な、なに?」
「禁忌目録には、夢を語ってはいけない、なんて決まりが存在するのか?」
「え? そんな決まりなかったと思うわよ? でも、なん……」
「だとさ、ユージオ。だから教えてくれ、お前はどんな夢を持っているんだ?」
ユージオは狼狽した。
心の中で葛藤しているのだろうか。
「俺はユージオの本音が聞きたいんだ」
「……………僕は、アリスを………………助けに行き、たい」
絞り出すように、ユージオはそう口にした。
この世界の人間は、なぜか決まりを破れない。
原理はわからないが、きっとユージオの中ではアリスを助けに行きたい気持ちと、決まりを破ってはならないという感情がせめぎ合っていたはずだ。
助け船は出したが、それでも最終的にユージオはアリスを助けることを選んだ。きっとこれでユージオは前に進める。
「お前の夢を手伝うぜ、ユージオ」
「ほ、本当かい!?」
「ああ。ユージオには返しきれない恩があるし、なにより俺の親友だからな」
「ありがとう!! カガト」
「セルカは、どうする?」
ユージオのやり取りを黙ってみていたセルカに言葉を向ける。
「どう、って………?」
「セルカも、ユージオを手伝わないか?」
「え……?」
「俺はまだまだこの村には疎い。もし知識不足で困ったとき、セルカの力を借りれればこんなに心強いことはない」
少し強引な勧誘だが、もし乗ってくれれば二人の溝が埋まるかもしれない。それに夢を知っている人がいれば、ユージオもある程度安心できるはずだ。
そしてセルカも、今まで避けられていたユージオと会話を重ねることが出来れば、姉と比べられる視線が気にならなくなるかもしれない。
懸念があるとすれば――
「………ユージオは、良いの……?」
――ユージオがセルカにアリスを重ねてしまわないか、だろう。
ユージオの辛い気持ちもわかる。俺も経験してきたことだ。
でもだからといって何の罪もない少女を避け続け、心を傷つけていい理由にはならない。
けれど本来これは、当事者たちが乗り越えるべき問題だ。俺のような外野が強引に解決していい問題じゃない。
でもそうでもして繋ぎ止めていないと、行ってしまうような気がしてしまった。セルカがまた、あの北の洞窟に。
ユージオは少し躊躇いがちに、でもセルカの目を見て口を開いた。
「僕は……セルカに、ひどいことをした。君が傷ついているのがわかっていても、見て見ぬ振りをしてしまったんだ」
「……」
「許してくれるくれるかは、わからない。けど、こんなことしか出来ないから。……本当に、ごめん」
セルカに向かって、ユージオは頭を下げた。
ほんの少しの間のあと。
「許すに決まってるでしょ。ユージオにとって、アリス姉様が大切な存在だったのは知ってたから。顔の似ているあたしを避けてしまうのは仕方ないと思っているわ」
「………ありがとう、セルカ」
「あたしは許したんだから、次はユージオが頑張ってね!」
そう言ってセルカはにこやかに微笑んだ。
本当に強い娘だ。
辛くなかった筈がないのに、気丈に笑顔を浮かべている。
きっと、セルカも前を向けるようになるだろう。
「これで三人になったわけだ。なら、名前を付けないとな」
「名前?」
ユージオが怪訝な顔をする。
「そうだな。『アリス助け隊』なんかどうだ?」
「そ、それは……」
「ちょっと……」
二人には気に入らなかったらしい。
「まぁ、名前なんてなくてもいいか」
そう言いながら、俺は無意識に右拳を前に突き出していた。
「それはなんだい? カガト」
「え、あ、ああ、これは、俺たちは仲間だ、ていう約束みたいなものだ」
あのゲームの中で、ギルドメンバーとクエスト前にやっていた合図が自然と出てきてしまった。
「せっかくだから、みんなでやろうか」
そう言ってユージオは俺に拳を突き合わせる。
セルカも合わせて拳を突き合わせてくれた。
心から、感情が溢れてくる。
二年前、同じように拳を合わせていた。
デスゲームという恐怖の中で、俺たちは必死に生きていた。
俺はもう、逃げない。
二度と、大事な人を失わないために。
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