渦巻く滄海 紅き空 【下】
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三十八 名前
(やっと────見つけた…ッ)
その姿を認めた瞬間、カブトは歓喜に打ち震えた。
黒地に、赤き雲。
漆黒の外套を身に纏う小柄な人物に、カブトは眼鏡をかけ直すふりをして、顔を手で覆う。
手の下に潜む顔には、隠し切れない歓喜の色が溢れていた。
『 』。
その名は、全てを失ったカブトの唯一の救いだった。
天から差し伸べられた蜘蛛の糸だった。
自分は自分であるという自己認識を確立してくれるものだった。
アイデンティティそのものだった。
だから、薬師カブトは彼を捜す。捜し求める。
失われた名を返してくれた、思い出させてくれた、あの救い主を。
己よりずっと若く、幼く、小さな子ども。
金の髪の幼子の行方を追い続ける。
「自分は何者かわからない」と常に焦燥感を募らせ、ひたすらアイデンティティの確立を望んだカブトの願いは今や、違っていた。
カブトに己の本当の名を教えてくれた金髪の子ども。
無梨甚八に変化していた幼子の行方を、カブトは追っていた。
何者なのか、という問いに「ただの忍びだ」と簡潔に答えた小さなその子はそれから忽然と姿を消した。
「もうお前は自由だ。“根”に従う必要もない。好きに生きろ」
その一言だけを残し、子どもは掻き消えた。
夢か幻か、と思えるほど、あっさりした別れにカブトは暫し呆けていたが、やがてハッと我に返る。
結局のところ、あの子どもが何者なのか、自分は知らない。
ましてや名前すらわからない。
好きに生きろ、と言われた手前、カブトは“根”に戻るつもりは毛頭なかった。
ましてや木ノ葉の里へ帰る気も失せていた。どちらにしても木ノ葉に戻れば、“根”のダンゾウに気づかれる。
それよりも、カブトの興味はあの子どもに向いていた。
情報は時として、強力な武器や術よりも強い力を持つ。
スパイとして優秀なカブトは情報を駆使し、あの子どもの行方を捜し続けた。
無梨甚八の遺体が見つかったという情報を手掛かりに、以前潜入していた霧隠れの里へ向かう。
深い森奥に隠されていたという遺体。それは確かに無梨甚八本人のものであり、変化の術が掛けられている様子もなかった。
犯人が誰かわからないという話だったが、スパイとしてそっと遺体を確認したカブトは気づいた。かつて所属していたからわかる。
殺され方が“根”の連中の手口だという事実に。
ならばあの子どもは“根”に殺害された無梨甚八の遺体を咄嗟に隠し、成り代わったというのだろうか。
いったい、何の為に。
────己の正体を隠す為だろうか。
あんな幼い子どもがあれほどの知識・術・力を手に入れている。
それを隠す為に、或いは己の本当の姿を見られないように、大人の忍びになる必要があったのではないか。
様々な推察をしつつも、カブトはひたすら名の知らぬ子どもを追う。
以前は“根”のスパイとして渡り歩いた五大国。あの時は“根”の狗としてただ、情報を集めていたが、今は違う。
目的があった。
そして、カブトはその目的にようやく出会う。
それはもはや、運命と言っても過言では無かった。
『赤砂のサソリ』。
音を消し、匂いを消し、己を消す────まるで俺の傀儡のようだ、とサソリに気に入られ、カブトはある組織に入り込んだ。
『暁』。
各国の抜け忍たちで構成され、構成員のほとんどがS級犯罪者とされる謎の組織。
謎に満ちたあの金髪の子がいるとすれば此処ではないだろうか、と推理したカブトの勘は当たった。
サソリとツーマンセルで組んでいた大蛇丸が、カブトの姿を見て、一瞬、驚く。
直後、愉しげに「生きていたのねぇ…」と呟く大蛇丸の値踏みするかのような視線に、サソリは顔を険しくさせた。
「おい…大蛇丸てめぇ…なんだ、その眼は?」
「あら?ただ、良い駒を拾ったものね、と感心していただけよ。貴方の傀儡よりも役に立ちそうじゃない」
「……それは俺への侮辱か?」
傀儡の天才造形師であるサソリに対しての大蛇丸の物言い。
己が造る傀儡を馬鹿にしているような口調を耳にして、サソリは傀儡人形『ヒルコ』の中で顔を顰める。
「前々から気に入らなかったが…よほど死にてぇらしいな」
「貴方の傀儡になんて願い下げだわ」
「ハッ、安心しろ。カサカサの蛇の抜け殻なんざ、傀儡の材料にもなりゃしねぇよ」
売り言葉に買い言葉。険悪な空気を感じ取って、カブトはその場からそっと後退した。
途端、サソリは傀儡人形『ヒルコ』の口許を覆っていた布を取り払った。
口の開閉部分から、数多の毒針が大蛇丸目掛けて飛び交う。
それを蛇の如き柔軟な動きで回避した大蛇丸は、服裾から蛇を口寄せする。蛇は『ヒルコ』の尾を締め付け、その動きを止めた。
だが、そこで終わるサソリではない。
黒衣の裾から射出した筒。一見、木の棒に見えるそこから、再び毒針が飛び交う。
蛇で『ヒルコ』の尾を取り押さえている大蛇丸は、くっと口許に弧を描いた。笑った口から飛び出した蛇。
数多の蛇が咥える刀が、数多の毒針を弾く。
地面に刺さる毒針と、蛇の刀。針地獄と化したその場には、毒針に串刺しにされた蛇の躯があちこちに横たわる。
攻防一体の傀儡『ヒルコ』の中で、サソリは獰猛な笑みを口許に湛えた。
片や、周囲の砂を赤い血で染めた傀儡師。
片や、獲物に狙いを定める狡猾な蛇。
一時の沈黙の後、双方が動いた。決着をつけんと、同時に仕掛ける。
直後、カブトの眼は目の前の戦闘よりもある一点に釘付けになった。
「────いい加減にしろ」
刹那、大蛇丸の蛇が瞬く間に消し炭と化し、サソリの傀儡人形『ヒルコ』が完膚なきまでに粉砕された。
弾き飛ばされた毒針がカカカッ、と地面に突き刺さる。
一瞬で破壊された傀儡人形の中で、本体であるサソリが驚愕の表情を浮かべた。
同じく、愕然とした大蛇丸がすぐさま地を蹴る。
サソリと大蛇丸。両者と同じ黒衣を身に纏った存在がふわりと音もなく降り立つ。
ただ、その身体は大蛇丸やサソリに比べると随分小さく、小柄だった。
にもかかわらず、あれだけ険悪な空気を醸し出していた二人は、その存在に気圧されるかのように一歩退く。
割って入ってきた存在から距離を取り、大蛇丸は両手をあげて降参のポーズを取ってみせた。
「ごめんなさい。ちょっとしたじゃれ合いよ」
「お前らのじゃれ合いは洒落にならんだろうが」
全身を漆黒の衣で覆う小柄な人物が呆れたように肩を竦める。
フードの影から垣間見える双眸が、大蛇丸とサソリを非難していた。
その眼を、カブトは知っていた。
赤色にも紫色にも角度によって変わる、青の瞳。
ふと、突風が吹いて、目深に被っていたフードが取り払われる。
さらさらとなびく金の髪。
両頬に髭のような三本の痣があるが、それすら愛嬌に見えるほどの愛らしい顔立ちが、カブトを認めて、ほんの一瞬、驚きの表情を浮かべた。
だが、それを悟られず、彼はサソリに向き合う。
「すまないな、お前の傀儡を壊してしまって」
「ム…俺自身を壊されるよりはマシだ」
かつて本体である人傀儡の己自身を完膚なきまでに破壊されたサソリは、砕かれた『ヒルコ』から気まずげに抜け出す。
若々しい十五歳の容姿を惜しげもなく晒し、溜息をつきながらサソリは周囲を見渡した。
「あ~あ…もっと頑丈に造らねぇとな」
傀儡『ヒルコ』の破片を見下ろして肩を竦めたサソリは「おい」とカブトに声をかける。
「『ヒルコ』の破片を集めろ」
「……………」
「おい、聞いてんのか?カブト」
「……は、はい…!すみません…っ」
呆然と立ち尽くしていたカブトはサソリの声で我に返る。
命令通り、『ヒルコ』の散らばった破片を拾いながらも、カブトの全神経と意識は突如現れた子どもに向いていた。
(やっと────見つけた…ッ)
その姿を認めた瞬間、カブトは歓喜に打ち震えた。
黒地に、赤き雲。
漆黒の外套を身に纏う小柄な人物を前にして、カブトは眼鏡をかけ直すふりをして、顔を手で覆う。
手の下に潜む顔には、隠し切れない歓喜の色が溢れていた。
「……自由に生きろと言ったはずだ」
『暁』の外套を風に靡かせる小さな子ども。
崖の上から眼下の森を俯瞰していた彼の後ろにそっと近寄ったカブトは、求めていた存在の一言に、即座に返した。
「ええ。だから自由にアナタを捜したんです」
『暁』に加入したカブトはずっと機会を窺っていた。
子どもと対面できる機会を。
サソリの眼を盗み、大蛇丸の視線を避け、そしてようやくカブトは子どもと二人きりになれた。
振り返らずの子どもの言葉に、自分を憶えてくれていたのだ、と安堵し、カブトは口許に笑みを浮かべた。
カブトの率直な返答に、子どもは振り返る。金の髪の合間から覗く瞳が訝しげに細められた。
「“根”から解放された身。何処へでも行けたはずだ」
“根”のスパイとして五大国を渡り歩いたカブト。今や、彼はノノウに殺されたと“根”は見做している。
一方のノノウも大蛇丸が糾弾したせいで、自責の念から自ら死んでいる。
“根”の命令でカブトとノノウをずっと監視していた大蛇丸の発言により、助けようとしていたカブトを自身が殺してしまったのだという真実を知り、亡くなったノノウ。
故に、あの状況で身を隠せば、カブトは自由に生きることができた。
しかしながら、よりにもよって、木ノ葉の里から抜けた大蛇丸がいる『暁』に、カブトはやって来たのだ。
何故、自ら虎穴に入ってきたのか。
理解に苦しむといった風情で、眉を顰める小柄な背中に、カブトはずっと聞きたかった問いを投げた。
「君の名を、教えてください」
カブトに本当の名を返してくれた、思い出させてくれた、アイデンティティを確立させてくれた。
その崇高な存在に、名を問う。
自分にだけ名をくれて、彼の名を知らない事実がカブトには許せなかった。
「君の…本当の名前を、知りたいんです」
カブトの切なる問いに、そこでようやっと子どもは振り返った。
緊張し、ごくりと生唾を呑み込むカブトを見据える瞳には、何の感情も窺えない。
どれほどの時間が経っただろうか。
辛抱強く、じっと待ち続けるカブトに折れ、子どもは溜息をつくと吐き捨てるように答えた。
「────うずまきナルトだ」
「……うずまき…ナルト、くん……」
その名を、カブトは大切に噛み締める。
素っ気ない態度を取る子どもの──ナルトの様子など気にも留めず、カブトは心の底から歓喜した。
同じ『暁』の外套が崖から吹き荒れる風に大きく靡く。
カブトの運命の歯車は、その瞬間から回り始めた。
「大蛇丸が僕を勧誘してきましたが、如何しますか?」
『暁』入りをして数日も経たないうちに、接触してきた大蛇丸に関して、カブトはナルトに伺いを立てる。
“根”から抜け、木ノ葉から抜け、『暁』に入った大蛇丸は、カブトの生存を喜んでいた。
てっきりノノウに殺されてしまったのだと思い込み、彼女を糾弾し、死に追いやったのも、カブトの才能が惜しかったからである。
故に、カブトが生きて、更にサソリの部下として『暁』に入ってきた事は、大蛇丸にとっても都合が良かった。
「サソリのことをスパイしろとの話ですが…」
高い木の上。
幹に背を預け、己の瞳と同じ青い空を見上げていたナルトは、傍らの木陰から投げられた言葉を耳にして、視線をそのままに口を開く。
「そうだな…大蛇丸はいずれ『暁』を抜けるだろう。その時に、何をしでかすかわからないからな」
「承知いたしました」
言外に、大蛇丸のほうへつけというナルトの言葉を即座に悟り、カブトは了承の意を示す。
従順にこうべを垂れるカブトを、ナルトは胡乱な眼つきで見遣った。
「何度も言っているが、俺に従う必要など無いんだぞ?『 』」
「いいえ。僕の主人は貴方だけです。本当の名を呼んでくれる貴方だけが、僕の主だ」
二人きりの時は、カブトという名ではなく本当の名を呼んでくれるナルトに、感謝の念と共に、再び頭を下げる。
自身よりもずっと背の高いカブトを、ナルトは見上げていたが、やがて深く溜息をついた。
「………好きにしろ」
素っ気なく答えると、ナルトはカブトに忠告めいた言葉を投げた。
「だが、俺のことは表向き、嫌悪していろ」
「……わかっています」
ナルトとカブトの繋がりを周囲に悟られるわけにはいかない。
渋々承知するカブトを見上げ、ナルトは面倒くさそうに眼を細めた。
いい加減、周りに会話を聞かれる危険性を考慮せねばならない。
自分と相手にしか声が聞こえない【念華微笑の術】を編み出したナルトは、カブトにその術を教えると、やにわに木からひょいっと下りた。
「ナルトくん。仕事だ」
「ああ」
高所からいきなり降下したにもかかわらず、音もなく地面に降り立ったナルトは、さりげなく、カブトの姿が見えない術を施して、声をかけてきた相棒の許へ向かう。
その効果のほどは、どれほど瞳術に優れている者でもなかなか気づけない。その術を降下中に施した事からもナルトの力量が窺えた。
術で姿が見えないように施されているとは知らず、カブトは木陰に潜みながら、ナルトの傍らにいる人物を睨みつける。
うちはイタチ。
カブトと、そして大蛇丸と同じく木ノ葉から抜け、若くしてその才能を『暁』に見せつけている青年。
ナルトの相棒であるイタチは、『暁』の黒衣を翻して隣に佇む小柄な子どもを見下ろしている。
「長期任務か?」
「いや。君と俺なら一日で終わるだろう」
「そうか」
身長差はあれど、その実力はどちらも折り紙つきだ。
ナルトと気兼ねなく会話するイタチを、カブトは人知れず睨みつける。
カブトの視線を背中に感じたナルトは、彼の存在をイタチに勘付かれないように話題を振った。
「チャクラ量が普段より少なく見えるが?」
「ああ。先ほど、大蛇丸にね…」
「またか」
うちは一族の『写輪眼』を目当てに度々奇襲してくる大蛇丸を蹴散らしたばかりのイタチの溜息雑じりの返答に、ナルトは面倒くさそうに頭を掻いた。
「なら、お前は飯でも食って待っとけ。任務は俺がする」
「そういうわけには…」
「大蛇丸にチョッカイかけられたばかりなんだろ」
一蹴したとは言え、大蛇丸を相手にしたとなると多少のチャクラは使う。万全の状態ではないイタチに、ナルトは小さな布を投げた。
布に包まれたソレを見て、寸前まで遠慮していたイタチの頬が僅かに緩む。
「具は?」
「……昆布だよ」
渡された握り飯をほくほくと懐に入れるイタチに、ナルトは呆れた口調で溜息を零した。
「お前、ほんと…昆布のおむすび、好きだよな」
ナルトと並んで歩くイタチの背中を、木陰から睨んでいたカブトは、やがてその場から立ち去った。
イタチに返り討ちにされたということは現在、大蛇丸は負傷している。その怪我を医療忍術で癒し、大蛇丸の警戒心を緩ませ、その懐に飛び込む良い機会だ。
イタチへの嫉妬はあれど、最優先事項を忘れないカブトは自身を大蛇丸に信用させるべく、動き始めた。
大蛇丸が『暁』から抜け、音隠れの里をつくり、『木ノ葉崩し』を起こす中、カブトは彼の従順な部下として振舞い続ける。
久方ぶりの木ノ葉の里で中忍試験を受けた際に、大蛇丸からもたらされた忠告に、カブトは内心せせら笑った。
「ナルト君にちょっかい出すのは止めておきなさい。お前じゃ彼には敵わないわよ…」
その台詞に、何を今更、とカブトは失笑する。
大蛇丸以上に至高の存在であるナルトに自分が敵うわけがない。
そんな事実、とっくの昔から知っていた。
そして、中忍本試験が開幕される数日前。
『木ノ葉崩し』をするにあたって、砂との密会を木ノ葉の忍びたるハヤテに覗かれたことを大蛇丸に非難され、危うく命の危機に瀕したカブトは、急に現れた敬愛する本当の主の声に戸惑う。
砂との密会を覗かれたことは自分の失態だ。ナルトのお手を煩わせるわけにはいかない。
大蛇丸の手前、嫌悪するふりをしてカブトはナルトを退けようとする。だがナルトは素知らぬ顔で、大蛇丸と真夜中のお茶会と称して自白剤入りのお茶を飲み干した。
即効性の強力な自白剤を物ともせず、しれっとカブトを救うと、ナルトは立ち去る。
ナルトに迷惑をおかけしてしまったと内心恐縮しつつ、それを億尾にも出さずに、カブトは大蛇丸の前で嫌悪感を露わにした。『暁』にいた頃からナルトが苦手だというカブトの演技に騙され、大蛇丸は二人の繋がりに気づかない。
滅多に顔を合わせないものの、時折、自身をさりげなく助けてくれるナルトにカブトが益々傾倒している事実など、大蛇丸は知らなかった。
それこそ、完全に信用させ、実験体の管理・治療だけでなく、薬物を使用した大蛇丸本人の肉体の調整をカブトに任せるまで。
大蛇丸の片腕の座に君臨したカブトの本心を、大蛇丸本人は知らなかった。
「暁のサソリは来ない」
窓から射し込む月光。
実験に熱中していたカブトは、突然降ってきた声にハッと我に返った。
【念華微笑の術】で幾度かやり取りはしたものの、実際に会ったのは久方ぶりだ。
待ち望んでいた声音に、カブトは眼鏡の奥で瞳を輝かせた。
「……頬に血がついてるぞ」
カブトが何か言う前に、窓辺に腰掛けたナルトは指摘する。
先ほどまで遺体を取り扱っていた為、頬に浴びた血をカブトは慌てて拭った。
「十日後の天地橋。其処でサソリと落ち合う手筈になっていただろう」
サソリと大蛇丸。双方をスパイしているカブトに、ナルトは確信めいた言葉を投げる。
以前、ナルトに【念華微笑の術】でカブト自身が報告した事柄だ。
何かあれば逐一報告している故、ナルトが知っているのは当然であった。
「えぇ。それがなにか?予定変更ですか?」
「サソリと木ノ葉隠れの忍びが衝突した結果、情報を漏らした。来るのは木ノ葉だ」
「そうですか…」
事前に天地橋に来るのが木ノ葉の忍びだとナルトから知らされ、カブトは眼鏡を軽くかけ直した。
衝撃の知らせを聞いても、カブトは慣れた様子で試験管を振る。
試験管の中で揺れる液体がどす黒い色から透明な色へ変化してゆく様を眺めながら、カブトは訊ねた。
「それで?それを僕に言うということは、大蛇丸様には前以って知らせて良いという事ですか?」
「木ノ葉は伏せろ。言うのはサソリだけでいい」
磨り潰した粉を丸く捏ねながら、カブトは思案顔を浮かべた。そして得心がいったように、笑う。
「なるほど。サスケくんに、僕と大蛇丸様の会話を聞かせるわけですね」
「察しが良いな」
木ノ葉の忍びが『暁』の罠ではないか、と勘繰って天地橋へ向かうのを躊躇するのを防ぐ。
その為に、あえて大蛇丸の許へ忍び込んだうちはサスケに、会話を聞かせる必要がある。
カブト自身がサソリと落ち合う手筈だったと大蛇丸に語っていることを耳にすれば、当然、スパイであるサスケの口から五代目火影の耳にその情報が入る。
それをも見越してのナルトの発言に感嘆しながら、カブトは手元の薬に視線を落とした。
「出来ました。これが例の兵糧丸です」
天地橋へ赴く際、木の葉の忍びに雑じって、“根”からは鬼童丸・右近/左近が派遣される。
その際、右近/左近の内、一方は大蛇丸を騙す為に、鬼童丸に変化し続けなければならない。だが変化の術をし続けるとなるとチャクラがもたない。
故に、チャクラ増強剤としての丸薬をつくるようにナルトに頼まれていたカブトは、ようやく仕上がった丸薬を指でつまむ。一見、ただの兵糧丸だが、チャクラを増やし蓄える効果を持つ丸薬だ。
それらに不備がないか確認してから、カブトは丸薬をナルトに手渡した。
「貴方自らがわざわざお出でにならずともよかったのに」
「大蛇丸の眼を盗んでアジトから出るのは至難の業だろう?それに、顔を見に来ただけだ」
「そ、れは……大蛇丸様ですか?それとも、僕個人ですか?」
「後者だ」
丸薬を取りに来るという目的があるとは言え、自分の顔をわざわざ見に、大蛇丸のアジトへ人知れず訪ねてきたナルトに、カブトは口許を緩める。
「安心してください。僕ほど忠誠心が篤いものはおりませんよ」
幾度となく、大蛇丸に語った詭弁を、ナルトには本心から告げる。
一途に己に従うカブトへ、ナルトは苦笑を零した。
「眼鏡が曇っているんじゃないか?最初に言っただろう。俺はただの忍びだ」
盲目的だと言外に指摘するナルトに対し、カブトはかぶりを振る。
己は理性的な判断は出来ている。“根”から解放され、自由に生きろとナルトは言った。
だから自由に生きているだけだ、と答えるカブトに、ナルトは眉間を指で押さえる。
「…とにかく。天地橋へ向かえば、木ノ葉の忍びと右近/左近・鬼童丸との戦闘は免れない。お前の役目は鬼童丸達が死んだと見せかけることだ」
ナルトの言葉に耳を傾けながら、カブトは右近/左近・鬼童丸と同い年くらいの遺体を巻き物にストックしておくことを脳裏に焼きつけた。
「…大蛇丸様を更に信用させるのですね?」
裏切者には死を。元・音忍である彼らを殺し、大蛇丸への忠誠心を示す。
故に、右近/左近・鬼童丸には死んでもらう必要がある。そう、彼らそっくりに整形した遺体とすり替えることで。
月の光を浴びて、キラキラと輝く金の髪をカブトは見上げる。
視線の意図を察して、ナルトは口を開いた。
「頼んだぞ────『 』」
「はい。お任せください」
カブトの本当の名前を告げたナルトへ、深々と叩頭する。
顔を上げた時には、ナルトの姿は何処にも無かった。
窓から射し込む月の光が試験管に反射する。丸薬が消えている事だけが、寸前までナルトがいた証拠であった。
あの時、自分の本当の名を知った瞬間、カブトの願いは変わった。
己のアイデンティティの確立を望んでいた彼の望みは、今や違う。
カブトの現在の願い。
それは、うずまきナルトの中で、己の存在が絶対的になる事。
それだけを望んでいた。
後書き
カブト視点。
今までの話の伏線を回収してます。
上の十五話の「交渉」・三十二話の「真夜中のお茶会」、下の二十七話の「的」と比べてみると面白いかもしれないです。
あと、イタチさんの好物は昆布のおむすびと知って、つい…(笑)
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