カーク・ターナーの憂鬱
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第16話 値踏み
前書き
【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件
宇宙暦728 フォルセティ会戦
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業
宇宙暦738 ファイアザード会戦
宇宙暦742 ドラゴニア会戦
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生
※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています
宇宙暦723年 帝国暦414年 9月末
惑星テルヌーゼン ウォーリック邸
グレッグ・ウォーリック
「年甲斐もなくソワソワしちゃって。そんな貴方を見るのは久しぶりだわ」
「分かるかい?イネッサ。まぁ、君の前では僕もまだまだいたずら少年だからね」
朝食を終え、妻と二人でテラスに備え付けたテーブルセットに腰かけ、まだ朝の涼やかな風を感じながら、シロン産の最高級茶葉を夫婦で楽しむ。結婚してもう少しで半世紀だが、ずっと続けてきた習慣だ。舵取りを誤ればウォーリック商会がつぶれるような判断も何度もここでしてきた。会長職に退き、経営を息子に委ねてからはそういうことは減ったが、設立以来、人材育成に注力し、独立支援も積極的に行った。そうして巣立っていった人材とのパイプが、新たな商機となり、ウォーリック商会の拡大にもつながった。
フェザーンが成立した40年前。当時はまだ商会の一事業部を任されていた時代だが、商会から巣立った人材たちが様々な情報を集め、それを元に連携して対策をとり、結果として多くのパイプを更に持つことができた。亡命業務にいち早く参入を決めたのも、今になって考えれば当たりだった。当時は今以上にバーラト原理派の勢いが強く、潰されるリスクもあった。その判断をしたのも、この場所だ。父に上申する覚悟を決める際は、イネッサが背中を押してくれた。
「うちは設立以来、ずっと独立を支援した人材とのパイプが力になっているものね。井上が見つけて、出光が世に出した人材だもの。きっと良い縁を紡いでくれるわね。それに調査部も動かしたんでしょ?貴方?」
「それもお見通しかい?まぁ、井上はともかく、佐三は商船持ちになったばかりだからね。部下を信じて任せるのも大事だが、手抜かりが無いようにするのも上司の役割だよ」
「そうね。でも、今更あなたの直名で調査部を動かしたら、それだけで現役の子たちは意識してしまうわ。ご隠居様はご隠居様らしく、もう少し隠密行動した方が良かったわね」
嬉し気にこちらを見るイネッサに、私はいたずらが見つかって気まずい悪ガキの様な表情をしていただろう。ただ、こんな事も久しくなかった事だ。現役の時のような気持ちになっているのは、私だけじゃないだろう。こんなに嬉しそうなイネッサも久しぶりなのだから。
「それで、調査の結果も踏まえて、貴方がワクワクしているって事はそういう事よね?私も同席しようかしら?」
「それこそターナー君が注目されてしまうよ。注目どころか嫉妬されかねない。何しろ、私以上にうちの子達は君に頭が上がらないんだからね。良き縁にはなるだろうし、亡命系とのパイプも太くできる可能性があるね」
妻同伴のイベントごとでもない限り、イネッサが商談に同席する事はなかった。それを今更14歳のギリギリ青年と言える若者との商談に同席したとなれば、マイナスに働く可能性もある。既に調査部が取りまとめた商談相手の資料は確認している。経歴だけを見れば、もっと苦労した同世代は過去にいた。今では防衛戦争は優勢だが、建国から同盟はずっといつか起こるであろう帝国との戦争に備えて来た。文字通り『臥薪嘗胆』。効率重視で、いろんな事を切り捨て国家を運営してきた。
経歴を見る限り、独立商人流の表現をするなら一人前の苦労はしていると言った所か?ただ、その経歴で結んだ縁が素晴らしかった。亡命原理派の雄、オルテンブルク家の庶子に、初めて関わった亡命業務でクライアントに見込まれて婚約者になる。出身地のエコニアから飛び出してわずか一年。あまりにも良縁に恵まれすぎている。それに働いていた収容所でも、接していた捕虜たちからだいぶ可愛がられていたようだ。接した年長者を引き付ける魅力も持っている。
ビジネスに於いてキーマンとなる人物のほとんどは年長者だ。いくら能力があっても、年長者に認められなければ成果を出すのは難しい。そういう意味で年長者に好かれるという特性も、ビジネスで成功する為にプラスに働くだろう。彼が14歳という事を踏まえれば、尚更だった。
「それに誠実で、手抜かりがないようで身内には甘いんだ」
「あら、誰かさんみたいね」
「身内に甘いのは、私だけじゃないだろ?」
独立支援も社是のひとつである以上、私も積極的だったのは事実だ。一時はやりすぎな所もあったかもしれないが、それもあって軌道に乗った部下たちは恩に感じてくれ、今では大きな取引になっている所もある。一方でイネッサは、独立していった部下たちとも季節折々に連絡をとり、困ったことがあれば相談に乗り、時に独立した部下同士を仲介したりもした。
私が現役だったころの独立支援は、表の担当は私で、裏の担当がイネッサだったのだ。私の時代に独立した連中のほとんどが、私同様にイネッサに頭が上がらない事も知っていた。
もちろん、もう少しでここを訪れる商談相手が、縁を持った貴族の若様から投資案件の相談を打診されている事。シロンでも有数の農園のオーナーの3男が、その若様と行動を共にしている事。前線に向かった彼の兄貴分から、エルファシルで関係をもった女性を気にかけてほしいと打診された事。そしてその女性が最近産婦人科を受診した事も......。
まぁ、ビジネス面での孫みたいな存在だ。手厳しくするつもりはなかった。
「まもなく到着するとのことです。応接間にお通しして宜しいでしょうか?」
「ああ、よろしく頼むよ」
秘書の一人が彼の到着を報告してくる。指示を出して私はティーカップを手に取り、残っていた紅茶を飲み干すと席を立った。
「良きご縁を」
イネッサの声に応えながら、私は応接間へ向かう前に身支度を整えるために自室へ向かった。
宇宙暦723年 帝国暦414年 9月末
惑星テルヌーゼン ウォーリック邸
カーク・ターナー
「大旦那様はまもなくお見えになります。しばらくお待ちください」
そう言って、先導役のオルグレンは応接間の扉を閉めた。俺はジュラルミンケースを開け、ベルベットにくるまれた絵画を取りだす。その為に用意されたであろうイーゼルに絵画を飾り、ベルベットで覆いをする。前世で言うとF25号って所だろうか?そこまで作業を進めた時点で、俺も緊張していたのか?応接間に意識が向く。
玄関から応接間までの通路同様シックに纏められた応接間。ソファーもイーセンブルク校にも設置されていた帝国式の高級品だ。右手に大きくとられた窓は、上半分がステンドグラスになっており、晴天もあって部屋の雰囲気を温かく、和やかなものにしていた。
『コンコン』
ノックとともにウォーリック会長であろう初老の男性が部屋に入ってくる。事前に確認した写真は彼の現役時代のものだ。もう70歳近いはずだが、背筋はピシッと伸びていてあまり老いは感じなかった。
「お待たせしたね。会長のグレッグ・ウォーリックだ」
「ウーラント家の代理人として参りました。カーク・ターナーと申します」
グレック会長は自然に笑顔で右手を差しだしてくる。俺も彼に倣うように右手を差し出し、握手を交わした。彼の手は分厚く、そして温かかった。
「まぁ、かけてくれ。最近は妻にしか入れる機会がない。すこし待ってくれるかね」
そう言いながら、置かれていたティーセットを手元に引き寄せ、素人の俺目線でも見事な手さばきで紅茶を用意していく。イーセンブルク校のフラウベッカーにも勝るとも劣らない手並みだ。ドラクールのマスターもそうだったが、回数を積み重ねた先にある職人技のような手並みは、観ていて飽きないものだ。あっという間に、2つのティーカップに紅茶が注がれ、一つが俺の手元に置かれた。カップから登る湯気から、紅茶特有の良い香りが広がる。
「頂戴します」
会長にお礼の気持ちを込めて少し頭を下げ、ソーサーを左手で持ち上げ、カップを手に取った。香りを少し楽しんだ後で、一口、紅茶を口に含む。少し濃いめだが、好みに近かった。
「砂糖は必要ないかな?妻は私の好みだと少し濃いみたいでね。いつも砂糖を少し入れるんだ」
「砂糖は大丈夫です。私はこの位の濃さの方が好みですね。もっとも紅茶に接したのは、シロンのイーセンブルク校が初めてでしたから、好みをうんぬん出来るほど、飲みなれてもいないのですが......。」
苦笑する俺を見て、会長は少し嬉しそうだった。
「ターナー君は正直で良い。安定したビジネスには安定した関係性が必要だ。物になりそうなプランを考えられる人材はそれなりにいる。ただ、自分の適性に合ったものを考えられる者は少ない。そうだなあ......。君の雇い主だった井上がそうだった。もう少し山っ気を出しても良い気もしたが、誠実で人を押しのけるのが苦手な彼には、入植に伴って商会を立ち上げるのは適性に合ったプランだった」
「そうですね。井上オーナーには良くして頂きました。入社の際は良い条件を出してくれたと嬉しく思いました。ただ、社員になってからは、お人好し過ぎて、商売が傾かないかと心配しました。後輩たちもそうでしたし、お客様もそうでした。商会をつぶすわけにはいかないと社員は励みましたし、お客様もなんだかんだと足を運んでくださいました。人徳と言うのはこういう事なのかと驚いた記憶があります」
井上オーナーの話を、会長は嬉しそうに聞いてくれた。彼にとって井上オーナーは弟子みたいなものだ。共通の知人でもあるし、話題としても最適だろう。その後も世間話をしばらく続けた。会長も話題は豊富だったし、イーセンブルク校の話は、入学経験者にしか語れない笑い話でもある。10時から始まった商談は、本題に入ることなく一時間余りが経過していた。
「すべてとは言わないが、ターナー君がどんな人物なのか感じることはできた。では、見せてもらっても良いかな?」
俺が了承すると、会長は応接セットの脇に置かれたイーゼルに近づき、ベルベットの覆いを慎重にめくった。
「うむ。このお姿は正に陛下だ。良く描けている」
絵画に視線を向けたまま、じっと佇む会長の雰囲気は、どこか声をかけにくいものがあった。永遠にこのままという事もないだろうし、商品をじっくり見てもらっていると思えば、急かす必要もない。気のすむまで待とうと、俺は心に決めた。
後書き
グレッグ・ウォーリック(オリジナル)
ウォーリック商会 会長 ウォリス・ウォーリックの祖父 と言う設定です。
※日間トップ頂いたので一章まで追加投稿しました。(20/7/31)
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