カーク・ターナーの憂鬱
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第15話 テルヌーゼン
前書き
【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件
宇宙暦728 フォルセティ会戦
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業
宇宙暦738 ファイアザード会戦
宇宙暦742 ドラゴニア会戦
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生
※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています
誤字報告感謝です!
宇宙暦723年 帝国暦414年 9月末
惑星テルヌーゼン 宇宙港
カーク・ターナー
「吉報をお待ちしております。ターナー様ならきっと成し遂げられますわ。ご武運を!」
シャトルのタラップを下り、テルヌーゼンの地表を踏みしめる。初めての大商いに緊張しているのか?一度目をつむるとハイネセンのホテルユーフォニアにいる婚約者、クリスティンが、戦地に夫を送り出すかの如く、俺を見送る際にかけて来た言葉が頭に流れた。出会いの際に、ある意味騎士の様に現れ、彼女目線では危機から救った俺を、無条件に信じている所がある。同じくその場にいたウーラント家の嫡男、ユルゲンにも多少の差はあれ、そんな傾向がある。
そしてウーラント家の現当主であるグスタフ様。まぁ、俺の義理の父になる人だが、彼は帝国騎士としての生き方しか知らない。誠実であり好ましい人物だが、ビジネスの場で活躍できる素養は無かった。必然的にウーラント家の未来は俺の双肩にかかっている。実際にテルヌーゼンで立ち上げる事業計画を立てたのは俺だし、その事業計画が義父の意思決定を最後に後押しした以上、その実現に向けて資産を預けられては、最善を尽くすのが義務だろう。
タラップを降りて、宇宙港ターミナルへ向かう。階段を上り、リーダーに身分証を通してチェックアウトすると、エントランスへ足を進める。テクテク歩きながら、俺はフェザーンからテルヌーゼンまでの旅路を思い返していた。この3か月は前世を含めても、多忙で事の多い日々だった。
ウーラント家の亡命業務を請け負い、フェザーンを発った日から、俺はキャプテンに付きっきりで同盟流のビジネスの進め方を仕込まれた。機関長が寂しがっていたが、首都星ハイネセンについたら俺はクリスティンと婚約し、自分がプレゼンしたビジネスプランを、ウーラント家の代理人として実現すると言われれば、時間は足りない位だ。本来なら辺境星域出身の若造が得ることができないチャンスに恵まれた事は理解していた。キャプテンが厳しくなるのも無理はなかった。
往路で取った最短ルートではなく、ランテマリオ、ガンダルヴァ、バーミリオン、ローフォーテン、リオベルデと、大回りしたのも、実務経験をさせる為だろう。資料では認識していたが、各星系で不足しているものを売り、特産品を買い入れていく経験は、金では買えない学びがたくさんあった。交渉の場にも同席したし、キャプテン自身も、俺が考えたビジネスプランが成功するために投資してくれているのだと思った。
『またのご利用をお待ちしております』
そんなアナウンスを聞きながら、エントランスを抜けて、宇宙港に併設された乗車場へ向かう。手元にはキャスター付きの美術品運搬ジュラルミンケースがひとつ。それを引きながら歩みを進める。首都星ハイネセンに向かう中、兄貴分のトーマスや、シロンで世話になったジャスパーから連絡を受けた。
あのトーマスが、一目ぼれしたのは正直意外だった。もしかしたらエルファシルで新兵訓練を受け、その間に恋仲になった可能性もあるが、教練施設はバーラト星系に集中している。任地に移動する過程でエルファシルを訪れ、その際に情を交わす。誠実で奥手だったトーマスの印象からすると意外だったが、前線に赴く前ともなれば、そういう事もあるのかもしれなかった。
万が一の時は......。なんて事を書いて来たので、言霊の話をしてそういうことは言うなと連絡しつつ、トーマスへのメールにCCでお相手のヤン・シーハンの宛先を入れ、シーハン嬢へのメールにCCでトーマスを入れた。シーハン嬢へのメールは、まぁ当たり障りがないと言うか、トーマスの弟分で航海士見習いをしている事、トーマスは弟分の俺から見てもお人好しの甘ちゃんなので、愛想が尽きない程度に迷惑でなければ付き合ってほしい旨を連絡した。
シーハン嬢は看護師をしており、軍人の相手は慣れているらしい。トーマスの無事を祈るとともに、無事ならまた会いたい旨を綴っていた。ちゃんと恋愛をしているトーマスが、妙に羨ましかった。俺はいきなり婚約して、しかも家の浮沈にも責任ありだ。無いものねだりなのはわかっているが、責任の重さを理解している俺にとって、普通の恋愛が自分にはもう望めない物であるからなのか?変に羨ましかった。
「ウーラント家のターナー様ですね?ウォーリック商会のオルグレンと申します。お迎えに上がりました」
乗車場に近づくと、ダークスーツに身を固めたビジネスマン風の男性が声をかけてくる。彼にジュラルミンケースを預け、トランクにしまわれるのを横目に後部座席に乗り込む。ウォーリック商会はテルヌーゼンを代表する商会の一つだし、キャプテン佐三と井上オーナーの出身商会でもある。彼らの弟子と言っても良い俺は、ウォーリック商会からすると孫弟子ってところか?ただ、俺への対応と、荷物への配慮を見ると、それなりに評価しているのかもしれなかった。出だしはぼちぼちってとこか?
車窓を流れていくテルヌーゼンの街並みを横目に、俺はタブレットに視線を向ける。ジャスパーとおそらくあのバールの常連の熊、ベルティー二は士官学校対策のために、テルヌーゼンのローザス家に転がり込んだらしい。バーラト系融和派とのパイプを作りたい旨や、亡命融和派を支援するために、投資先の相談に乗ってほしい旨の打診を受けていた。俺のビジネスプランには亡命融和派とのパイプが必須だ。とは言えこちらの体制が固まる前に、希望的観測を前提で金が絡む話をするのは揉め事の素だ。お互い落ち着いたら、一度会おうと返信していた。
車が速度を落とし、ある邸宅の門の前で停車する。オルグレンの姿を確認したのだろう。門が開き、車は邸宅の敷地内へ進み始めた。さすがはウォーリック商会の本宅だ。整えられた庭園は貴族もかくやと言う感じだった。近づく大物との会見の機会に緊張は高まるかとも思ったが、思った以上に落ち着いていた。それもそうだろう。前世でもそれなりの修羅場はくぐったが、まあ、それを含めてもしんどい場面を、主役として経験したばかりだ。
ハイネセンのホテル・ユーフォニアに腰を落ち着けた俺を含めたウーラント一家は、そのまま併設されたレストランの一間を貸し切り、キャプテンを立会人にして俺とクリスティンの婚約の場とした。クリスティンは普段はお転婆な所があるのにやけにしおらしいし、ユルゲンは婚約の意味が解っていないんだろうが、うれし気で、上司兼義父になるウーラント卿は、ホッとしたの半分、娘を取られるむしゃくしゃ半分の、なんとも表現しがたい表情をしていた。
嬉し気な表情をしなければクリスティンとユルゲンが悲しむ。とは言え嬉し気にしすぎれば義父が気を悪くする。あんな修羅場はそうそうないだろう。そういう意味ではビジネスの場に飛び込む前に、良い経験が出来たのかもしれなかった。ウーラント家の嫡男であるユルゲンを守る意味で、俺はビジネスを立ち上げながら士官学校も目指す必要があるが、俺が士官学校を卒業して任官すれば、ユルゲンだけじゃなく、エコニアで生まれるであろう弟妹の徴兵リストの順位も下がる。
もともと陸戦隊を避ける意味で、航海士見習いになり、徴兵された際は艦船勤務になる様に画策していた。予備校に通うかは未定だが、士官学校へ入学するための支援も約束されており、ウーラント家には感謝しかなかった。縁のあるジャスパーやヴィットリオが同期になる可能性が高いことも、むしろ嬉しかった。
車は屋敷のロータリーで止まり、オルグレンがトランクからジュラルミンケースを取り出してから後部座席のドアを開けた。俺はジュラルミンケースを受け取り、先導するオルグレンに続く。見るからに重厚なドアをオルグレンが押し上げ、宅内にいざなう。
「本日はウォーリック商会の会長グレッグが対応いたします。応接間へどうぞ」
オルグレンに続くが、まあ内装には金がかかってる。ただ、変な成金趣味ではなく、シックにまとめられた内装には好感が持てた。そして所々に飾られた出元が帝国であろう絵画が、商談相手にウォーリック商会を選んだことが正解であることを示していた。あとはしくじらなければ大丈夫。自分に言い聞かせる俺の頭には、不思議と笑顔で送り出してくれたクリスティンの姿が浮かんでいた。
後書き
ん?ウォーリックって苗字に見覚えがあるだって?そう言えば730年マフィアの一人がウォリス・ウォーリックってやつだ!
※日間トップ頂いたので一章まで追加投稿しました。(20/7/31)
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