カーク・ターナーの憂鬱
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第17話 値付け
前書き
【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件
宇宙暦728 フォルセティ会戦
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業
宇宙暦738 ファイアザード会戦
宇宙暦742 ドラゴニア会戦
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生
※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています
宇宙暦723年 帝国暦414年 9月末
惑星テルヌーゼン ウォーリック邸
カーク・ターナー
「あちらでは亡命帝と呼ばれるそうだが、陛下に思いを馳せる時、私は歴史に『もし』はない......。と思いつつも、どうしてもそれを考えてしまう。これは戴冠式直後だろうか?陛下には十分皇帝という地位が務まる能力はあった。隠された話だが、陛下はハイネセン記念大学に合格されていた。
もっとも取り巻きになるはずだった自称爵位持ちの子弟たちの多くが不合格でね。周囲の強引な勧めもあって亡命系の大学に進学されたが、ハイネセン記念大学で過ごされていればバーラト系にも太いパイプが出来た。バーラト系と亡命系の確執はもっと薄まっていただろう。
いや、あの時代ならバーラト原理派も負い目を感じていたはずだ。陛下の旗振りの下、亡命系が融和政策を行えば、現在の確執はもっと違ったものになっただろう」
視線は絵画に向けたまま、俺に解説するかのように会長は話をしている。確かに、亡命系の上層部を上層部足らしめているのは、疑似的な貴族制だ。融和政策に舵を取ることは、自分のバックボーンを否定する事に近しい。とは言え皇室に連なる者の指示に逆らうことは、それ自体が彼らの立つところの否定につながる。彼が帝国に戻ることなく亡命派の指導者になっていれば......。亡命派の同化政策はもっと進んでいただろうし、バーラト原理派も、そんな政局ではそこまで強硬な政策は唱えなかっただろう。
「それに、陛下の治世がもっと長いものなら、陛下を守り育てた亡命派の多くも、帝国に帰還し、要職についたはずだ。そうなれば、同盟への対応も友好的なものになっただろう。短期間では無理だろうが、20年も治世が続いていたら。同盟と帝国の和平が実現していたかもしれない。今頃私も妻と一緒に、帝都に観光旅行をしていたかもしれないな。帝国歌劇場でオペラを見ながら、取引先の侯爵様と談笑していたかもしれない」
そこまで言って、会長はため息をこぼした。帝国に戻り、マンフレート2世は在位一年足らずで暗殺されてしまう。彼の治世が20年続いていたら......。自国で育った皇子が帝国の皇帝となる。同盟市民達からすれば半分身内みたいなものだ。多少の譲歩も黙認しただろう。和平まで進めたかは分からないが、休戦は十分可能性はあった。だが会長の言う通り、歴史に『もし』はない。彼が暗殺された事で、後継者は対同盟強硬路線に戻らざるを得ず、両国の戦争は継続される事となった。
「今も思い返してしまう。帝国に戻るのを止めるべきだったのではないかとね。ご自分が帝国に戻るにあたって、すぐに亡命派を呼び寄せる事は難しいと考えた陛下は、所有されていた美術品の多くを、同盟の資産家に下賜する代わりに献金を求められたのだ。ご自分が帝国に戻ってからの亡命派の生活を心配されてね。その頃からバーラト系融和派が一気に増加した。この屋敷にある絵画のいくつかは、その時陛下に下賜頂いたものでもある」
そこまで話を聞くと、俺も歴史の『もし』を考えてしまう。彼が帝国に戻ったことで、同盟の国力は亡命者が流入したことで帝国に迫った物の、内部対立を解消できずにいる。彼の治世が長いものになっていれば、帝国との和平が成立し、エコニアでも緑化事業が行われていただろう。経済発展を続けるエコニアで、俺は井上商会に在籍したままキャリアを積んでいただろう。少なくとも、こんな風に会長と会うこともなかっただろう。
「そんな存在だからこそ、バーラト系融和派に属するウォーリック商会にとっては手に入れたい絵画だ。私個人の想いは除いても、亡命派にも応接室に飾るだけで友好を示せる。バーラト系原理派も、批判できない唯一の皇帝陛下でもある。さすがに帝国の芸術品が素晴らしいとは言え、ルドルフ大帝の肖像画を飾る気持ちは、私も持てないがね」
自分の冗談を気に入ったのか、会長は少し笑った。俺も正直笑ってしまった。建国の父ハイネセンを正義の英雄だとしたら、帝国を建国したルドルフ大帝は悪の権化と言うのが同盟の価値観だ。会長がもうすこし悪人面なら想定もできる。ただ、紳士然とした容貌の会長には、正直合わないだろう。
「冗談はあまり言わないからね。笑ってもらえて何よりだ」
そう言いながら会長はソファーに戻り、自分のティーカップにお代わりを注ぐ。それに続くようにソファーに座り、紅茶でのどを潤すとお代わりを求めた。会長の歴史講座、すでに晩年を意識している会長にとって、マンフレート2世陛下の事は、心の片隅にシミのように張り付く後悔なのだろう。
マンフレート2世陛下が暗殺されなかったら?そんな本が出版されても、俺は読まなかったと思う。でも、実際に接した会長の熱みたいなものも相まって、歴史の『もし』に思いを馳せずにはいられなかった。
「さて、隠居人の歴史講座はこの辺にして、本題に戻ろうか?ウォーリック商会としてオファーできるのはこの条件だ。ゆっくり確認してくれ。備考欄も併せて確認してほしい」
そう言いながら数枚の資料が応接セットのテーブルに置かれる。一枚目にはテルヌーゼン郊外にある農場の評価格と運転資金に使えるであろう現金。そして株式会社化した際の持ち株比率に関する事。2枚目以降は農場に導入されている設備、テルヌーゼン都心部の大き目の邸宅の詳細が記載されていた。
「会長、青写真しかない段階で、出資を募るのはどうなんでしょうか?軌道に乗ってからの方が、失礼にならないのでは......。とも思っていたのですが」
「設備投資がさほど必要ないプランなら、実際に動き出してから株式会社にするのも良いだろう。だが、君のプランはバーラト系融和派と亡命系融和派、双方の協力が必要だろう。なら、先に出資を求めてしまった方が良いだろう。出資以外の協力も得やすくなるし、協力が得られれば、優遇もしやすくなるだろう」
株式会社化のタイミングは俺も迷っていた。別に上場する必要はない。ただ継続的な利益配分が、協力関係の維持につながる以上、早めに株式会社化したいが、事業計画しかない段階で出資を募る事が失礼になるのではないかと不安に思っていた。俺がカウフみたいに既に大成功をおさめていただならともかく、今の俺は亡命貴族の使用人でしかないのだから。
「では20%引き受けて頂く代わりに、1000万ディナール投資していただきたく存じます」
「なるほど、残りの配分は?」
「ウーラント家が50%。私の取り分として、婚約者のクリスティンが10%。実質的には亡命融和派ですが、立場上亡命原理派のジャスパー家に10%、亡命融和派のベルティーニ家に10%と考えております」
会長は視線を俺に向けつつも、この割合の意図を考えられているようだった。外形的には亡命系の資本が80%。これなら、上層部の意向を無視しずらい亡命融和派も出資しやすい。また名目上は亡命原理派のジャスパー家が出資していれば、協力もしやすいだろう。そして割り当ては20%とは言え、創業家を除けば、バーラト系融和派のウォーリック商会を上位に置く。バーラト系融和派の意向も、無視はできないという事だ。
「なるほどね。クリスティン嬢名義ではなく、君個人の名義ならもう少し交渉しただろうが、そう来るなら首を縦に振ろう。それにしてもターナー君は思ったより欲がないんだね」
「そうではありません。嫡男のユルゲン様を徴兵名簿から外す意味で、いずれ士官学校に入学し、任官するつもりです。戦死の可能性もあるのですから、わざわざ相続税を支払う形にするのが惜しいだけです」
「そうだね。それにこのプランでは、直系のだれかが従軍しないと成功は難しい。そういう意味でも君が身体を張るってわけだね」
会長は俺の思惑を見透かしたのだろう。仕方のないやつだ......。とでも言うかのように苦笑している。ただ、俺からすれば初対面のガキんちょのビジネスプランに、お家の将来をかけてくれたんだ。この話が無ければ、高確率で徴兵されて、良くて薄給で10年機関担当の下っ端。下手すりゃ戦死って未来だった。それに比べたら輝きに満ちた将来への道を、俺は歩んでいる。身体を張るくらい、むしろ当然だった。
「20%引き受けられれば、関連会社として扱える。設立業務はウォーリック商会の法務部で行おう。法人向けの口座も必要だな。北極星銀行の頭取とアポを取っておこう。同席してもらいたい。亡命系の金融機関にも口座を作った方が良いな。その辺はジャスパー家かベルティーニ家と相談するとよい」
「ありがとうございます。それと甘えてばかりで恐縮なのですが、食品業界に精通した営業職と、企業立ち上げに関わった人事職でこれはと言う方がおられましたら、出向をお願いできれば幸いです」
「分かった。ただ、ウォーリック商会は独立を推奨している。長くても勤めるのは10年と思ってもらいたい」
どうせ協力を頼むならトコトンかじり倒せばよい。その分、恩を返せるときに返せばよいのだ。俺の意図に気づいた会長は苦笑していたが、商談の締めに握手を交わすときには笑顔だった。これで何とかウーラント家がテルヌーゼンに根を張る前提は整った。後は走るだけだ。なんとかウーラント卿に良い報告が出来る。そう思うと、不思議とクリスティンの笑顔が頭をよぎった。
ちなみにこの数日後に頭取とのアポイントで北極星銀行に会長のお供で行くのだが、その帰りのランチの際に、シーハン嬢の妊娠の可能性を知らされた。軍のDNAデータベースで血縁関係の確認をシーハン嬢にお願いしながら、ミラー家にどう伝えたものかと悩まされるのはまた別の話だ。シーハン嬢は看護師だから経済力もあったし、トーマスが戻るまで伝えるつもりはなかった。ただ、トーマスが志願兵である以上、その子弟は徴兵リストの下位になる。前線にいるトーマスの負担になりたくないとゴネるシーハン嬢を説得する方が、会長との商談より大変だったかもしれない。
後書き
亡命帝は、某ココアが好きな提督の同盟版でも触れられてますが、歴史のifを感じる存在でもあります。治世一年で暗殺されちゃうとね。タイロンさんは少し早めに生まれることになります。こっちの方が色々ネタが生まれそうなので。
今作では為替の話は使わない予定なので、1ディナール=約100円で想定しています。原作準拠だと150円くらいが良いんですが、円建て換算しにくいと思うので。
えっ、そんなに言うなら許してやるがつまらなかったら解ってるな!って?零細作者が不用意な発言で火だるまになった所で、今日のお話はお仕舞です。逃走も立派な戦術ですからね。
※日間トップ頂いたので一章まで追加投稿しました。(20/7/31)
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