水の国の王は転生者
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第五十八話 ヌーベルトリステイン
遂に新大陸を発見したベルギカ号。
マクシミリアンとセバスチャンに、アニエスらコマンド隊の4名を含めた上陸隊16名は、手漕ぎ式のカッターボートで上陸する事になった。
予め、ウォーター・ビット32基を周辺に待機させ、コマンド隊もいつでも敵性動物の襲撃に対処できる様に完全武装していた。
「殿下、どうかご無事で」
「艦長も敵の襲撃は無いと思うが警戒はしておいてくれ。上陸したら土魔法で簡単な船着場を造っておく」
「御意」
ド・ローテルは、頭を下げマクシミリアンを見送った。
マクシミリアンは重武装の格好をしていた。登山に行くように何枚の服を重ね着し、カトレア色のマフラーを首巻き、背には以前に秘薬売りの行商の変装をした時に使った秘薬入れを背負っていた。愛用の杖の他に予備の杖を腰に付け、杖と同じ効果のある指輪と腕輪を嵌めていた。他にも『場違いな工芸品』の『FN ハイパワー』を隠し持っていた。
「出してくれ」
「御意」
カッターに乗り込んだマクシミリアンは出発を命じ、沖合いに停泊しているベルギカ号から離れた。
ベルギカ号から離れて数分して、マクシミリアンはセバスチャンに話しかけた。
「セバスチャン。陸から僕達を見ている者は居るか?」
「いえ……見当たりません」
『場違いな工芸品』の双眼鏡を覗きながらセバスチャンは答えた。
「それでは、このまま岸へ」
「御意。お前らしっかり漕げ!」
『おお~!』
上陸組の水兵達は、一糸乱れぬ連携でオールを漕いだ。
……
岸に着いたマクシミリアン一行は、周辺の探索に向かう事になった。
上陸地点の砂浜を抜けると、辺りは青々とした草原と遠方に林が見えた。
「僕は上空で警戒しているから、皆は探索を続けてくれ」
そう言ってマクシミリアンは、『フライ』で空へと昇っていった。
上空500メイルまで昇ると、手付かずの自然が地平線の彼方まで広がっていた。
「良い土地だな、これなら入植も可能だろう」
好奇心を抑えられないマクシミリアンは、さらに上空へ行こうと思った。
背負った秘薬入れから、ドゥカーバンクの戦いで使用した。酸素を放出する秘薬を取り出してそれを呷った。これならば更に高度を上げても酸欠になる事は無い。
マクシミリアンは『フライ』から『エア・ジェット』に変更し、高く高く昇って行った。
高度一万メイルにまで到達すると、マクシミリアンが上陸した場所は、東西に細長い半島である事に気付いた。
東に目を向けると陸地は途切れ、海が広がり彼方には水平線が見えた。次に西に目を向けると、遥か彼方に地平線見えた。
「あ、これは……」
マクシミリアンは、最初見たときは半島と思っていたが、良く観察すると半島を根っこから切り落とす様に大きな河が二つ流れていた。
「あの河の河口辺りに港を作れば、良港になるだろう」
マクシミリアンは背中の秘薬入れから、『場違いな工芸品』の『インスタントカメラ』を取り出し航空写真よろしく撮影した。
『新しい街を作る』
歴史に名を残す行為に、興奮を隠し切れずマクシミリアンはフィルムが無くなるまで空を飛びまわり撮影を続けた。
後で分かった事だが、二つの河の内の一つは、実は河ではなく小さな海峡で、半島と思った上陸地点は実は島だった。
これらを踏まえ、前世の知識からマクシミリアンが上陸した場所は、地球でいうロングアイランドで、河の河口付近はニューヨーク周辺に酷似していた。
……
暫くして、マクシミリアンが捜索隊の所へ戻ると、コマンド隊のデヴィット駆け寄ってきた。
「殿下、周辺の様子は如何でございましたでしょうか?」
「それについては、これを見てくれ」
マクシミリアンは、先ほど撮った航空写真を見せた。
「この形は、我々が上陸した場所は半島のようですね」
「そういう事だ。このまま北に向かっても海へ出るだけだから、進路を西へ変更して河に出よう」
「了解いたしました。さあ、みんな行こう!」
「了解」
「了解です」
アニエスとヒューゴが応えた。
「ああ、言い忘れてた。野生動物が居たら捕獲をよろしく」
「野生動物ですか?」
デヴィットが聞いてきた。
「ああ、それはだな……上陸前に予防接種したが、この未知の大陸に僕の知らないウィルスが存在する可能性があるから、未知のウィルスを宿している可能性のある野生動物を徹底的に調べようと思ったんだ」
「そういう訳でしたか、了解しました。ヒューゴ、ジャック、アニエスの三人は、道中に野生動物を見つけたら捕まえるようにしてくれ」
『了解』
三人は敬礼して応えた。
「捕まえてきたら、僕の『スリープ・クラウド』で眠らせるから、頑張ってくれ」
「了解です。殿下の御前だ、無様な真似はしないように」
デヴィットは、アニエスたちに頑張るように言った。
「全くの未知の土地だ。僕への忠誠心を示す為と言って、気張りすぎて怪我をしないように気をつけてな……」
マクシミリアンは、気張るコマンド隊に、注意を促し見送った。
……
野生動物を求めて探索するコマンド隊三人。中でもアニエスが妙に張り切っていた。
「狐だ! 新大陸にも居たんだ……!」
「そんなにでかい声を出したら、狐が逃げちまうだろう?」
声を張り上げるアニエスにヒューゴが、アニエスの口に手を当てた。
「あうあう……」
「早く捕まえないと逃げるぞ」
周囲を警戒していたジャックが言った。
「あの狐以外に獣は他に居ないみたいですね?」
「ちょうど良いや、さっさと捕まえちまおうぜ。そういう訳でアニエス行って来い」
「私に振るんですか……まあ、いいですけど」
アニエスは、ゆっくりと狐に近づき捕まえるタイミングを計っていた。
「よしよし逃げるなよ~」
アニエスが手で触れようとすると、狐はサッと身を翻し逃げ出した。
「逃げた!」
「おい、逃がすな」
「なにやってんの!」
狐と人間の追いかけっこが始まり、最終的に捕まえることが出来た。
その後、合流しマクシミリアン達が河岸に着く頃には、十頭を越す獣が捕獲された。獣を調査した結果、目新しいウィルスは確認しなかった。捕らえられた獣達は野に放された。
☆ ☆ ☆
上陸から一ヶ月経ち、マクシミリアン一行は半島の根っこの部分に流れていた二つの河に挟まれた三角州に、港と砦を築き本拠地にしていた。
三角州は『アルゴルキン島』と名付けられ、マクシミリアンの土魔法で砦や高い城壁が建てられ外敵からの侵入に対処した。
城壁の各所にはベルギカ号から下ろされた24リーブル砲が16門配備されていた。
学者達は、砦内にそれぞれの研究室を構え、日々研究に勤しんでいる。エレオノールもシュヴルーズの地質学の研究室に住み込みで暮らしている。
港にはベルギカ号の姿は無く、彼らは入植者の派遣の要請と周辺の地図、そしてアルゴルキン島郊外に群生していたトウモロコシやカボチャ等の新種の植物をを持ってトリステインに帰国した。
帰国の際、防衛の為に水兵を十数名降ろしたが、それでも『アルゴルキン砦』にはマクシミリアンとセバスチャン、コマンド隊にエレオノールら学術団と僅かな水兵の百名程度しか居なかった。
これら、アルゴルキン島を中心とする入植地は、新トリスタニアと命名され、後は入植者の到着を待つのみとなった。
懸念された原住民との接触は一ヶ月経った今でも無く、奥地への探索は新トリスタニアの防衛、補給などの各体制が整ってから行う予定だった。
……
この日のマクシミリアンは、アニエスとセバスチャンを伴って、農夫の様な粗末な格好でアルゴルキン島の東、地球でいうロングアイランド周辺に探索に出ていた。
マクシミリアンはこの一帯を大規模な農地に変える積りだった。
「アニエス、セバスチャン、下がっていてくれ」
そう言って、杖を振るいスペルを唱えると、マクシミリアンの周辺の大地が生き物の様に波打ち、ぺっぺっ、と石や小石を吐き出し始めた。
それも一つや二つでは無い、50アルパン(およそ16キロ四方)もの広大な土地から数百万もの石が吐き出され、各地で石の塚が出来上がった。
「す、すごい」
あまりのダイナミックな魔法にアニエスは、驚愕半分、呆れ半分といった表情でその光景を見ていた。
「よし、次。クリエイトゴーレム!」
マクシミリアンが杖を振るうと、積み上がった石塚が人馬ゴーレムに変貌した。
通常の上半身がウイングフッサー下半身が装甲軍馬の形ではなく、上半身は非武装で下半身は農耕馬の様な形をしていた。最大の特徴は耕作用のプラウが取り付けられ、それを牽引する事で耕作が出来るような形になっていた。
「人馬ゴーレム達、農地を耕せ」
およそ千騎の人馬ゴーレムは、トラクターの様に農地を耕し始めた。
その光景を見て、セバスチャンが感心したように言った。
「今までの歴史で、魔法をこの様な形で使った事は聞いたことがありません」
「そうだろうさ、今までの魔法は大抵が戦争の手段か、貴族の力を誇示する為の手段だったからな。そもそも、農作業は平民の仕事で、魔法で農地を興すなんて発想は、永い歴史の中で生まれなかったみたいだね」
マクシミリアンが答えた。
「流石は殿下、私自身も農作業は下賎の者が行うもの、というイメージが出来上がっていたようですね。反省しなければなりません」
セバスチャンは目を細めてマクシミリアンへ羨望のまなざしを送った。
マクシミリアンは『気にするな』と手を払って、セバスチャンの眼差しに答えた。
人馬ゴーレムが、広大な農地を耕し終えたのは、日が西に傾きかけた頃だった。
「次の農地の候補地に向かおうと思ったが、そろそろ日も傾く頃だし、今日はこの辺にしておこう」
「御意」
「分かりました」
程よく耕された農地を後にして、マクシミリアンら三人はアルゴルキン砦に帰還する事になった。来たときと同じように人馬ゴーレムに馬車を引かせての帰還だった。
岐路の途中、馬車の上でアニエスがマクシミリアンに尋ねた。
「殿下は、あの農地に何を植えられるお積りでしょう?」
「そうだな……新種のトウモロコシも良いし、本国から小麦を持って来させるのも良い、食べ物に限定せずに綿花を栽培するのも良いな」
と、マクシミリアンは上機嫌に答えた。
「楽しそうですね」
「そりゃあ楽しいさ、このヌーベルトリステインには無限の可能性が秘めているんだ」
「ヌーベルトリステイン?」
「新しいトリステインという意味だ、アルゴルキン島周辺も新トリスタニアと呼んでいるだろう?」
「そういえばそうでした……」
「まだまだ、こんな物じゃないぞ。更に版図を広げてヌーベルトリステインを大きくするんだ……今は農業か漁業ぐらいしか産業は無いが、きっと地下資源が唸るほど取れる場所だってあるだろうし絶対見つけてみせる。そうだ、それらを加工する工業だって建てないとな。ハハハ!」
やる事が有り過ぎて、睡眠時間が削られるほどの嬉しい悲鳴だった。
今の所、原住民との接触は無いが、文字通り無人の野を進むが如く版図を広げるのも面白い、とマクシミリアンは思っていた。
マクシミリアンは首に巻いたカトレア色のマフラーを掴むと、アニエスにニヤリと笑った。
その笑みは、普段の笑みとは一線を画していて、まるで肉食獣を連想させるような笑みだった。
その後、マクシミリアンは僅か一年の間に、地球で言えばマサチューセッツ、ニュージャージー、デラウェア、コネチカット等の北米大陸の東海岸の一部をトリステイン領に組み入れた。
トリステイン王国属州ヌーベルトリステインからの未知の交易品がハルケギニアに流れ込み、各国の経済に影響を与えるのはもう少し先の話。
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