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水の国の王は転生者

作者:Dellas
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第五十九話 新世界からの手紙

 マクシミリアンが西へ向かって半年が過ぎた頃。
 トリステイン魔法学院の中庭では、マントを羽織り白いブラウスとグレーのプリーツスカートのカトレア王太子妃が慣れた手付きで編み物をしていた。
 自作第一号のマフラーを夫のマクシミリアンに送って以来、カトレアは編み物に夢中になった。

「♪~」

 カトレアは、白いティーテーブルとそのテーブル同じ色の椅子に腰掛け、鼻歌を歌いながら器用に棒を操った。

「何を編んでらっしゃるのですか?」

 親友で部屋も隣同士のミシェルが、白いテーブルの反対側に座り聞いてきた。

「今はセーターに挑戦してるの」

「そうですか」

「ミシェルも編み物に挑戦してみたら?」

「私はこういった『お淑やか』なものは苦手でして……遠乗りとか、そういうものが性に合っています」

「あらあら。それもミシェルらしいかも知れないわね」

「あはははは……恐縮です」

 お互い笑い合い、和やかな昼下がりを送るはずだったが、それをぶち壊しにする者が居た。

「これはこれは、カトレア様、ご機嫌麗しゅう……」

「あら、ミスタ・グラモン」

「左様にございます。愛の奴隷、ジョルジュ・ド・グラモンにございます」

 グラモン家の三男坊、ジョルジュがバラ吹雪と共に現れた。
 彼は土メイジだが、このバラ吹雪の為に風魔法の特訓をした。

「ちょっとグラモン! あんた何、カトレア様に色目使ってんのよ!」

「はうっ!」

 ミシェルの蹴りがジョルジュを捕らえた。
 ちなみにスカートの下はスパッツだから色々大丈夫だ。

「アンタ、とんでもない命知らずね。もし殿下に知られたらタダじゃすまないわよ」

「あははは……多分大丈夫だよ、本気じゃないから」

「本気じゃないですって!?」

「あ、これは失言」

「アホッ! 無礼者! 女の敵!」

「ちょっ、同じところを蹴らないで!」

「カトレア様に! 謝るまで! 蹴るのを! 止めない!」

「ひぃ~っ」

 ガスガスガスガス!

 グラモン家の血の宿命か、ジョルジュは万事この調子で、女性と見るや老若問わずに口説いて、その都度ミシェルから制裁を受けていた。
 このやり取りは、最早魔法学院の恒例行事となっていた。

「うふふふ……あはははは」

 その光景がよほど可笑しかったのか、カトレアは腹を抱えて笑った。

「ありがとうミシェル、もう良いわ。わたしの為に怒ってくれてありがとう」

「しかし、カトレア様。この野郎はこの程度じゃ反省もしませんよ。何度でもガツンと言ってやらないと」

「いいのよミシェル。それに、いくらミスタ・グラモンが女好きと言っても、余り殿方を責めたらミスタの立つ瀬が無いわ。それに男の子というのは少しくらいエッチじゃないと……」

 以外や以外、カトレアは性にオープンだった。
 もっとも、カトレア自身夫以外に肌を晒す積りはないが……

「ちょ! いきなり何を仰るのですか!」

「流石、カトレア様、話が分かる」

「ここは、わたしに免じて……ね?」

「む……カトレア様がそう仰るのでしたら」

「ありがとうございます~、カトレア様~」

 歯が欠け、ボロボロのジュルジュがカトレアに土下座をした。

「カトレア様。私は甘いを思いますがね。今許しても、何時かまた『やらかし』ますよ?」

「大丈夫よ……そうよね? ミスタ・グラモン?」

「はい! ……はい! やっぱり、カトレア様は女神様や……」

 ジョルジュは、カトレアの手を掴んで涙を流した。

「みんな聞いてくれ! これから僕は一人の女性しか愛さない事を誓うよ!」

『オオォーッ!』

 恒例の行事を見物していた生徒達は、ジョルジュの宣言に概ね好意的だった。
 ……次の日、ジョルジュは昨日の事は忘れたかのように、他の女の子にちょっかいを出していた為、学年の女子総出で報復を受けたのは別の話。





                      ☆        ☆        ☆





 カトレアの学生生活は充実の一言だった。
 欲を言えば、隣に愛する夫が居ない事が唯一の不満だったが、愛する夫は今、国の為、未来の為の大事業の取り掛かっている。カトレア一人我がままをいう訳にも行かない。夫に合えぬ悲しみを微笑みの下に隠して学友達と語らった。

「おはようございます、カトレア様」

「カトレア様、見目麗しゅう……」

「皆さん、おはようございます」

 人徳のお陰か、カトレアの行く先々ではいつも取り巻きが出来た。
 皆でワイワイおしゃべりをしながら教室へ行く。
 カトレアは学院での成績も座学が常にトップで、魔法も多少は制御に難があるが概ね好成績だった。
 また、平民にも気兼ねなく声を掛け、コック長のマルトーという男は最初は警戒していたが今では態度を軟化させ、カトレアの料理の訓練の為に厨房を貸したりしていた。

 何もかもが順風満帆のカトレア。
 ある日、自室にて刺繍に挑戦していると、メイドコンビの一人のフランカから、ヴァールダムにベルギカ号が帰港したと知らせが入った。

「まさか、マクシミリアンさまが乗っておられるのかしら?」

「残念ながら、王太子殿下は乗っておられないそうです」

「そう……」

 カトレアの顔がパッと華やいだかと思ったら、その表情はみるみるうちに陰った。

「ですが、手紙を預かっております」

「本当!?」

 再び、カトレアに華が戻った。

「良かったですね、王太子妃殿下」

 そう言ってフランカは、カトレアに手紙を差し出した。
 手紙を受け取ったカトレアは、レターナイフでの封を切ると、手紙と一緒に写真と押し花のカードが入っていた。

「あら、これは……」

 写真には、マクシミリアンと地平線の彼方まで見える大草原が描かれていた。

 押し花は北米原産のコレオプシス・ムーンビームというキク科の花だ。
 爽やかなレモンイエローの花びらに、鼻を近づけると押し花カードの裏にはマクシミリアン直筆で『新世界より愛をこめて』と書かれていた。

「……マクシミリアンさま」

「……」

 写真と押し花カードを胸に抱くカトレアを見て、フランカはそっと部屋から出て行こうとした。

「あ、待ってフランカ」

 出て行こうとしたフランカはカトレアに呼び止められた。

「これから、お返事を書かこうと思うんだけど、ヴァールダムに寄航しているフネはどれ位まで留まっているのかしら?」

「申し訳ございませんが、そこまでは……一両日中に確かめておきますので、暫しお待ちを」

「ありがとう、よろしくね」

「畏まりました」

 フランカは深々と頭を下げると、チラリとカトレアの方を窺った。

「王太子妃殿下、報告しようか迷いましたが、一つ報告がございます」

「なにかしら?」

「アルビオンに派遣されていたベティが、数日中に帰国するそうです」

 アルビオン王家の連なるモード大公の妾、エルフの女性シャジャルとその間に生まれた少女ティファニアの秘密を知ったマクシミリアンとカトレアは、メイドコンビに隠れ場所のウェストウッド村へシャジャル母娘の護衛をとして派遣されていた。

「どういう事かしら? たしか二人は三ヶ月に一度の割合で交代するはず……ねえフランカ、交代にはまだ間があったはずよね?」

「はい、そうだった筈なのですが。ひょっとしたら、王太子殿下の手紙に何か書かれているかもしれません」

「そうね、何か書いてあるかもしれないわ」

 カトレアは、封筒に入った手紙を取り出して読み始めた。

「……」

「如何でしたか?」

「マクシミリアンさま……」

 手紙にはこれでもかと、口説き文句が書かれていて、カトレアはうっとりした顔で頬に手を当てた。

「王太子妃殿下、御気を確かに」

「あらあら、ごめんなさい」

 気を取り直して、手紙を読み直す。
 目的の文面は、しばらくして見つかった。

「……マクシミリアンさまは、シャジャルさんとティファニアちゃんを、新世界に呼び寄せる為にモード大公宛に手紙を送ったと書いてあったわ」

「王太子殿下の指図でしたか。それならば一安心ですね」

「……上手く事が運べば良いけど」

「何か不安な事がお有りで?」

「……そうねぇ」

 カトレアは押し黙り思考をめぐらせた。
 新婚旅行の際に、モード大公の人となりを持ち前の直感で読み取った時に、大公が妾のシャジャルにかなり入れ込んでいた事が分かった。カトレアの心配は、モード大公がお気に入りのシャジャルを、そう簡単に手放すかどうか不安だった。





                      ☆        ☆        ☆





 アルビオン王国内のウェストウッド村の農地では、収穫の季節を迎えていた。
 深い森の中にあるウェストウッド村は、稀にしか人の行き来がない為、人を隠すのには打ってつけの場所だった。
 メイドコンビの一人ベティは、シャジャル、ティファニア親子の護衛の傍ら収穫の手伝いをしていた。

「お疲れ様、ベティさん」

「お疲れ様です」

 採ったばかりの桃林檎をカゴに積み込んで、農婦が着る様な粗末な姿のシャジャルがベティに挨拶をした。粗末な姿でもその美しさは衰えることは無い。
 ベティも、いつものメイド服から作業着に着替えていた。

「ベティさん、麦の状態はどうでしたか?」

「あ~、芳しくありませんね~」

 今年は、例年にない冷夏のせいか、作物の生育はよろしくない。
 ウェストウッド村に隠れ住む三人は、モード大公の支援の他にも、基本的に食料を自給自足で賄っていた。お金が必要なときは、母屋(おもや)に備え付けられていた古い織機を使って毛織物を作成し、ベティかフランカが近くの町に足を運び手織物を売って生計を立てていた。

 夏を過ぎても気温は正常に戻ることは無く、アルビオンの国民全体が不安そうにしていた。

 実は、この気温の低下にはカラクリがあった。半年前にドゥカーバンク海域でマクシミリアンと北海の王が激突した時に、北海の王の精霊魔法でドィカーバンク近海の気温が氷河期クラスにまで下がった。マクシミリアンの破壊光線で精霊魔法は効果を失ったはずだったが、その時の低気温の影響が尾を引いているのか、ドゥカーバンク海域の気温は例年ほど上がらず、ハルケギニア全土で冷夏となり、各所に影響を与え始めていた。

「そう……ちゃんと冬が越せるか心配ですね」

「いざとなれば、トリステイン(ウチ)が何とかしますよ」

「ありがたいけど、そんな安請け合いして大丈夫かしら?」

「だ、大丈夫ですよぅ」

「まあ、越冬用の蓄えなら多少は有るから心配しないで。それよりも、早い所収穫を済ませてしまいましょう」

「そうですねぇ」

 にこやかに語らいながら、二人は収穫業に戻った。
 海上から三千メイルの上空を漂っているアルビオン大陸では、それほど多くの作物は採れない。
 アルビオン大陸の住人は、長年、如何にして越冬の為の糧を得るか苦心していた。

「そう言えば、ティファニアはどうしているかしら?」

「テファちゃんなら、子山羊達と遊んでましたよ」

「……ちょっと心配だから見てくるわ」

「そうですか、でしたら作業は私が進めておきますね」

「ありがとう、お願いするわ」

「分かりました~」

 ベティはニッコリを笑いシャジャルを見送った。

 ……

 シャジャルが、ティファニアの様子を見に行くと、黒いローブに身を包んだ人物がティファニアと何やら喋っていた。

「ティファニア!」

「あ、お母様」

 刺客と思い、ティファニアに駆け寄ると、ローブの人物は、フードを下げて顔をシャジャルに向けた。
 フードの人物は、モード大公その人だった。

「あ、大公様……!」

「シャジャル!」

 モード大公とシャジャルは抱き合うとキスをした。

 辺りにはモード大公の他には誰も無く、シャジャル達が暮らす母屋の方には馬が繋がれていて、お供も連れずにお忍びでウェストウッド村に来たようだった。

「大公様、お忍びで来られるなんて如何されたのです?」

「ううむ、実はな……」

 大公は、トリステインのマクシミリアンから手紙が届いた事を告げ、その中に誰にも見つからない格好の隠れ場所を見つけたと書かれてあった。そして手紙の最後に『すぐにでも二人を移して欲しい』と、締めくくられていた。
 手紙にはヌーベルトリステインの事は一言も書かれていない。いくら同盟関係でもおいそれと国家機密を漏らすわけには行かなかった。モード大公は何処かの無人島に、二人隠すとばかり思っていた。

「これは……」

「うむ、私としてもお前達を手放すのは心苦しいが、マクシミリアン殿に迷惑を掛ける訳にはいかない。数日中に村を引き払ってくれまいか。トリステインへのフネの手配は私がしておく。もっとも怪しまれないように定期便うを使う予定だが……」

「はい、準備をしておきます」

「護衛役の者は、任を解かれ帰国する事になっている。ここを発つまでに、別れを済ませておくと良い」

「畏まりました。それで、今日はお泊りになられるので?」

 シャジャルの美しい顔がほんのりと赤く染まった。

「ああ、勿論だ。その為に来たのだから」

「本当!? お父様と一緒に寝られるなんて、とっても嬉しいわ」

 ティファニアが嬉しそうに大公に抱きついた。
 この日、モード大公は自身の居城とは比較にならないほどの小さな家に泊まり、親子水入らずの時間をすごした。ちなみに部外者のベティは、空気を呼んで隣の納屋で寝た。

 数日後、シャジャルとティファニアはウェストウッド村を引き払い、フェイスチェンジの指輪をしてロサイス港からラ・ロシェールまでの定期便に乗りトリステインへと向かった。
 ベティも、ヌーベルトリステイン行きのフネが出るヴァールダムまで同行し、短い間の共同生活は終わりを告げた。
 ヴァールダムに到着した三人に、いよいよ別れの時がきた。

「テファちゃん向こうでも元気でね……」

「うん、お姉さんもさようなら」

「ベティさん、今までありがとう。フランカさんにもよろしく伝えてね」

「勿論ですよぅ」

 ベティはしんみりしながらも、手を振って二人を送り出した。シャジャルとティファニアも手を振り返し、ヴァールダム・(ヌーベル)トリスタニア間の定期便用に新造されたクリッパー船に乗り込んだ。
 定期便と言っても、ご丁寧に『新世界行き』とは書かれておらず、『アルビオン王国ロサイス行き』と書かれており、途中まではロサイスまでの航路を取るが、その後進路を変え、アルビオン大陸を北側に迂回し、新トリスタニアへの航路に入ることになっている。

 ……

 シャジャル親子が、ヴァールダムからの定期便に乗っている頃、モード大公は居城に戻り家臣達にあれこれ指示を出していた。
 実は最近、アルビオン王国では重大な出来事が起こっていた。
 反トリステインの急先鋒の空軍卿が解任されたのだ。

 解任された詳細はというと、アルビオン王国軍部、取り分け空軍卿は同盟国であるトリステインに大きく水をあけられた事を悔しがり、

『同盟の主導権を取り戻す為、アルビオン王立艦隊の栄光を取り戻す為、我々は大艦隊を作らなければならない』

 と、気は強いが頭は弱い貴族達を煽って、大規模な建艦計画を実行していた。

 だが、彼らは金の出てくる魔法の壷を持っている訳でもなく、建造の費用を当てるに際し、財務を取り仕切る大蔵卿を取り込み、無理矢理建造費を捻出させた。
 これにより国庫は空となり、更には備蓄していた食料を売ってしまい、蔵には僅かなカラス麦しか残っていない状態になった。これでは冬を越すには明らかに足りない事は子供でも分かる程度の備蓄量だった。
 国王のジェームズ1世は、国庫を省みない空軍卿の暴挙に大いに怒り空軍卿を罷免し、空軍卿は前空軍卿となり領地に蟄居される事となった。更に大蔵卿も解任され、アルビオン国内に綱紀粛正の暴風が吹き荒れた。
 建艦計画も中止されたが時すでに遅く、空っぽの国庫と僅かな備蓄、建造途中で中止となりドックに放置された船体のみの軍艦。そして貴族達の不満が残った。
 金に困れば平民から搾り取るのは、昔から変わらない権力者の習性だ。貴族達はそれぞれの領地で重税を課し、民衆は貴族とジェームズ1世の治世に怨嗟の声を上げ始めた。

 モード大公は、王室と貴族達の不和を敏感に察知し、仲裁に奔走していた。
 大公が、寵愛するシャジャルらをあっさり手放したのは、最悪の自体を想定したからだ。

(いざ内乱となれば、アルビオン国内に安全な場所など無い)

 と、そう考えての行動だった。

(お互い生きてさえいれば再会する機会は回ってくる。それまで安全なところに居てくれ、私も死力を尽くす)

 大公は自慢の塔の上から、遥かトリステインの方向を見やった。

 だが、モード大公の奮闘をあざ笑うかのように、ボロボロのアルビオンに更に追い討ちが掛かる。
 この冬、空前の大寒波がハルケギニアを襲う事をまだ誰も知らない。
 
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