勿忘草-ワスレナグサ-
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
大きな罪
万屋「春」
放課後。僕は部活に向かうべく、教室を出たところだった。すると背後から、聞き慣れた人物の声が聞こえた。
「宏。明日の打ち合わせの時間、知ってる。」
「いや、先生は言ってないのかい。」
「そうなんだよね。後で聞きに行こう。」
「そうしておきなよ。」
その時、少女の携帯が鳴った。
「ちょっとごめんね。」
そう言って少女は、遠ざかっていった。
「相変わらず、忙しそうだな。玲は。」
少女の後姿を眺めながら、宏は呟いた。
彼女の名は、柏木玲。彼の所属している部活の部長だ。一年のときに知り合って、今でも仲良くしてもらってる。
「先に行っても良かったのに。」
玲はそう言って、駆け寄ってきた。
「行こうか。」
「そうだね。二人とも、先に行ってるだろうしね。」
僕達は、部室に向かって歩きだした。しばらく歩いて、部室に着いた。扉を開けて中を見ると、予想通り二人がいた。
「やあ。玲、宏。」
「二人とも来てたんだ。」
「早かったな。結城、拓真。」
四人が揃って、話が始まった。部長の玲ですら止める様子もなく、むしろ一緒になって話をしている。拓真と結城、そして玲は中学校が一緒だと聞いた。三人は仲が良いな。そんなことを考えていると、話はいつの間にか最近の噂話になっていた。
「なあ。最近、噂されている『万屋春』って知ってるか。」
「あれだろ。すぐに解決してくれるって、有名だよな。」
「そうだよね。」
「でもさ、不明な点が多くないかい。」
みんなが頷いた。
「万屋春」
式川春という、女性と思われる人物が運営しているのだが、サイト上にも不明な点が多い。しかし迅速な対応により、依頼客が後を絶たない。そのため、噂が広がっている。
会話も減っていき、全員がそれぞれの作業に取り掛かった。拓真と玲は、油絵を。僕と結城は彫刻と言っても、粘土を使った彫刻なのだが。僕達四人は、美術部に所属しているのだ。
「玲。さっき先生が、呼んでいたよ。」
「ありがとう、宏。」
そう言って走り去っていく後ろ姿を眺めていると、隣から結城が話しかけてきた。
「玲は、いつも走っているよな。」
すると、拓真も話しに加わってきた。
「昔から、あんな感じだったじゃん。」
「そうなんだ。」
「そういえば、拓真。玲は昔、今より怒りやすかったよな。」
「短気だったからな。」
「そうだったな。」
二人の会話を聞きながら、昔の玲の姿を想像していた。だが情報が少ないので、なかなか想像できなかった。藤森拓真や今村結城、そして柏木玲は一体どんな時間を過ごしたのだろうか。
「ただいま。」
「おかえり、玲。」
「明日の打ち合わせの時間が決まったから、教えるね。」
玲がみんなに時間を教えていた。しっかりしているな。
「分かった。」
「そろそろ、帰ろうか。」
「そうだね。」
四人は部室を出て、並んで廊下を進んでいく。そんな日常が、「当たり前」のように感じていた。正門につくと、拓真と結城が帰っていった。いつもは一緒に帰るのだが、今日は用事があるそうだ。
「すごい所にまで、噂が広がってるな。」
「何がだ。」
二人並んで、帰るのは久しぶりだった。
「サイトのことだよ。」
「ああ。あのサイトか。」
今日、話していたことか。玲の方を見ると、何か言いたそうな顔をしていた。
「どうした。」
「実は私。」
底で一旦間を置いてから、玲が言葉を続けた。
「万屋春の式川春は、実は私なの。」
ページ上へ戻る