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Sword Art Online -Gun Sword-

作者:咲哉
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Sword Art Online
  01

 
前書き
2話目投稿っ!
次でようやくオリジナルに入っていけるかな……と思いまふまふ。 

 
 五万のプレイヤーの反応はほぼ一様。みなおずおずと周囲の者と会話を始めていた。

「あ~……面倒くさいことになってきた…」

 俺は近くにあったベンチに腰掛けぎゅっと目を閉じ、最終確認というように自分に言い聞かせる。これは現実だ。茅場が言った通り俺達はこのゲームをクリアするまでログアウトすることは不可能。デスゲームなのだから死んだら、死ぬ。
 周囲の人間たちがドッキリだなんだと話していたが、俺にはそうは思えない。俺が知っている茅場と言う人間は、こう言ったタチの悪いドッキリなど仕掛けない。いや、ドッキリすら仕掛けてこないだろう。
 俺はその前提を受け止め、飲み込んで腹に収めると、一気に頭を冷めさせた。こう言うとき大事な事は、冷静に物事を見極め判断し、直ぐに行動に移すことだ。と言っても、人間冷静になろうと思って簡単に冷静になれるものではない。冷静になろう、そう考えてしまう時点で冷静ではないのだ。しかし、俺の頭は急激に冷えて冷えて――冴えていく。そして、的確に状況を把握し最善のオプションを選択する。
 決して俺はゲーマーでは無い。もちろん、このゲームのβテスターでもなかった。その為、どこに行けばいいのか、どうすれば良いのかは全くと言うほどわからなかったが、ふと視線の端に居たプレイヤーが走り出した。この状況で迷うことなく走ると言う事は、あのプレイヤーはβテスターなのだろうと内心で確信する。確信すると同時に、俺はそのプレイヤーを追って走り出した。
 よく周りを見てみれば、初めに目星をつけたプレイヤーの他に数人のプレイヤー達が走っているのが見えた。彼らもきっとβテスターなのだろう。身のこなしを見る限り、経験者だと思えた。
 予想された状況の中で少しでも生き延びる確率を上げるためには、βテスター達に付いていく事が確実だ。さすがβテスターと言うべきか、身のこなしが他のプレイヤーたちに比べてスムーズで、どんどん差が開いていく。俺はVRMMOなんて初めてで、全くと言っていいほど身のこなしがなっていない。さらに、さらに差は開いていく。
 このままでは置いていかれる。そう思っていた頃、俺がおっていたプレイヤーがふと立ち止まった。その先を見てみると広大なフィールドが広がっている。そのプレイヤーは少し躊躇しているのかもしれない。それは俺にとって好機だった。見て分かるように未だアバターを動かすことに慣れていない走りでそのプレイヤーへと近づきつつ、大声で叫んだ。

「そこの人…っ!ちっと待ってくれっ!」

 するとそのプレイヤーはこちらを一瞥した。どうやら俺の声は届いたらしく、追いつくまでの閒無言で立ち止まっていてくれた。慣れない走りをしたせいか、肉体的な披露はないものの精神的な披露に襲われ息が荒くなる。立ち止まってくれたプレイヤーは俺の息が整うまでのあいだ無言でこちらを一瞥していた。

「悪いな……」
「いや、気にするな。それで、俺に用があったんだろ?なんだ」

 一言謝罪すると、そのプレイヤーは気にしていない、というふうに手を振り苦笑しながら問うてきた。
 そこで、俺はようやくそのプレイヤーの顔を見る。
 まだ子供じゃねぇか!?一番最初に脳裏をよぎった感想がそれだった。目の前のプレイヤーは中性的で線の細い顔立ちで黒髪を無造作に垂らしていた。次に脳裏をよぎった感想は女難だろうな、と言うどうでもいいそうな感想だったのだが、今はそれどころじゃないと脳が告げてくる。

「アンタ、見たところβテスターだろ?悪いが俺に基礎を教えてくれないか?……別に一緒に行動してくれと言ってるわけじゃない。戦闘の仕方や色々、その辺の基礎を教えて欲しいんだ」
「………わかった。基礎を教えるだけだからな?」
「ありがてぇ」

 少年は少し考えるように俯き、そして了承してくれた。


「アンタ、名前は?」
「俺か?俺の名前はキリト。そういうアンタは?」
「アルク、アルで良いぜ。これから少しのあいだ宜しくな、キリト」

 そう言って、俺は右手を差し出した。

「ああ、こちらこそよろしく頼むよ。アル」

 キリトは右手を差し出し、握手を躱す。俺達はふと頭上に広がる空、いや、陰鬱な色彩の天空の蓋を見つめた。



 それから俺達はほんの1週間だけ行動を共にした。俺はキリトから攻撃方法、ソードスキルの発動方法からパリィやステップの踏み方などの基礎を教わった。たった一週間でそれ等の基礎を覚え、体に叩き込むのは精神的にきつかったが何とかやり遂げた。
 今日はキリトから出された最終試験日。
 戦闘する敵は〈ルイン・コボルド・センチネル〉と言うモンスターだ。キリトの情報によるとこのモンスターは第一層フィールドボスの取り巻きでもあるらしい。もし第一層のボスレイドに参加するのなら、と言う意味合いも込めてこのモンスターを選んだらしい。もちろん、センチネルはこの第一層では強敵と呼べるモンスターであることには変わりなく、実力を試すといった意味でも丁度いいモンスターだった。

「ま、危なくなったら俺が助けるから。気負い無くやれよ」
「わ~ってる」

 キリトから激励をもらい索敵でサーチしていたセンチネルの目の前へと俺は躍り出る。行き成り飛び出してきた俺にビビったのかセンチネルは甲高い悲鳴を上げ、そして臨戦体勢に入った。センチネルが持っている武器は斧とバックラーだ。一般的と言えば一般的だが、一般的だからこそその組み合わせは強い。例えば剣と盾。どこにでもあるテンプレな組み合わせだが、実際相対するとかなり強い組み合わせだと理解できる。盾でこちらの攻撃を弾きながらもう片方の剣で攻撃をするといった一パターンがあるだけで、それは攻防万能な組み合わせとなる。
 一方、俺の武器は片手剣一つだ。盾を装備してもいいが、どちらにしろ俺が盾を装備したところで機動性が悪くなるだけで意味をなさない。俺の防御の仕方はキリト譲りで、武器防御と呼ばれるものであり、大抵の攻撃はステップか片手剣を使って防ぐからだ。
 センチネルは金属的な声音で絶叫しながら右手に持つ斧を振りかぶりながら走り込んできた。対して俺は自然体で立ち右手に持つ剣は重力に任せている。昔から運動といえば武道だった俺は、小学生の時から空手・柔道・合気道を習っていた。その為、この自然体と言う構えが妙にしっくりくるのだ。
 これはキリトからの受け売りだが、自分の慣れた構えが一番どの攻撃にも対応しやすい、らしい。
 センチネルが無防備な俺を斧で叩き斬らんとばかりにおお振りする。俺はそれを剣の表面で火花を散らしながら斜めにずらし、弾く。その瞬間、センチネルは斧を弾かれ体勢を崩しているため絶好の的となる。長年武道をやっていたおかげか冴える動体視力でその隙を見逃さす、すかさず一撃をお見舞いした。
 センチネルは小さく悲鳴をあげながら後方へ1メートル程押し飛ばされる。しかしやはりモンスター。痛みを感じていないと言わんばかりに素早く起き上がると、直ぐに体勢を立て直した。
 っち、と俺は小さく舌打ちする。これだからモンスター相手は嫌なのだ。斬られることに、殺されることに躊躇いがない。センチネルは直様もう一度俺に攻撃を仕掛けてくる。今度はステップでその攻撃を躱すと同時にセンチネルの背後に回り込み、肩の当たりに剣を構え、ソードスキル垂直斬撃技〈バーチカル〉を発動させる。その一撃は見事にセンチネルの背中に命中し、センチネルの着込んでいる鎧と俺の剣とのあいだで火花が散った。しかし、そこで俺の攻撃は終わるわけではない。もちろん、ソードスキルを使ったことによる反動で硬直時間が課せられるが、所詮下級スキルでその時間は短い。
 センチネルは俺の攻撃によってノックバックをくらい、時間としては俺とほぼ同じ時間で回復する。しかし今、俺はセンチネルの背後をとっている。センチネルは俺に背中を見せている状態で、同時に回復すると言うことはこちらのほうが先に攻撃できると言う事だ。
 俺は硬直から回復すると同時に剣を最大限に引き付け、そして前へ突き刺した。俺の刺突がセンチネルの背後からその体を貫く。金属質な断末魔をあげながらセンチネルは硬直し、そのままポリゴンの欠片となり霧散した。

「おつかれさま」
「おう、なんつ~かこう、物足りないな」
「ははは、まあそう言うなよ。っとまぁ…これでもう俺が教えることは無くなったわけだ」

 キリトは少し寂しそうにそう告げた。俺としても、これ以上キリトの世話になるわけにはいけないと思っていた。現状、キリトは俺に付き合って他のβテスターに少し遅れをとっている。

「そうなるな。これで、俺とお前は一時お別れだ。まあフレンド登録も済ませてあるし、なにかあったらメッセージ使えばどうとでもなるだろ」
「そうだな…」

 やはり、キリトとしても一週間この訳のわからない状況で一緒に過ごした俺と行き成り別れるのは気が引けるのだろう。しかし、このまま俺がキリトと行動を共にしても、足でまといにしかならないことはわかっている。それくらい、俺とキリトの間には実力差というものがあった。

「そう悲しそうな顔すんなって。まだ第一層すらクリアしてねぇんだ。会おうと思えばすぐ会える」
「ああ、わかってるよ………アル、何だかんだ言ってお前と過ごしたこの一週間、楽しかったよ。ありがとな。多分、お前と出会ってなかったら俺は未だに頭の中で色々と考えてた。本当に、ありがとう」
「寄せよ…なんか痒いだろ。それにありがとうは俺のセリフだ。慢心するつもりはないが、お前のおかげでそこら辺のβテスター並には戦えるようになってる。んま、それじゃぁキリト。また、いつかな」

 俺はそう言って、キリトを抱き寄せた。

「ああ、また、いつか」

 キリトは俺のハグに答えるように一瞬腕に力を込めたあと、お互いに開放した。

「なんかこれだけ見るとホモっぽいよな」
「またお前はそうやってチャラけるっ!」
「ははっ、わりぃわりぃ……そんじゃな!キリト!」
「……ったく、またな!アル!」

 それが、俺とキリトの別れだった。しかし、俺達は近いうちにまた出会うことになる。今度は師匠と弟子と言う関係ではなく、対等な関係として。



 ゲーム開始一ヶ月で五千人が死んだ。
 この世界から出られないと知ったときの皆のパニックは狂乱の一言に尽きた。わめく者、泣き出す者、中にはゲーム世界を破壊すると言って街の石畳を掘り返そうとする者までいた。無論街はすべて破壊不能オブジェクトで、その試みは徒労に終わったのだが。どうにか皆が現状を納得し、それぞれに今後の方針を考え始めるまでに数日を要したと思う。
 プレイヤーは、当初大きく四つのグループに分かれた。
 まず、これが約七割を占めたのだが、茅場の託宣を信じず外部からの救助を待った者たちだ。気持ちは痛いほどよくわかった。自分の肉体は、現実には椅子の上でのんびりと横たわり生きて、呼吸している。それが本当の自分であり、この状況は何と言うか「仮」のもので、ちょっとしたはずみ、ささいなきっかけで向こうに戻れるはずだ。確かにメニューからログアウトはできないが、内部で何か見落としたことに気付けば――。
 あるいは、外部では今必死にアーガスが、そして国がプレイヤーを救おうと最大限の努力をしているだろう。いかに茅場が天才でも、この五万人拉致監禁という最大級の「事件」に対して組織されたであろう救出チームがプロテクトの一つや二つ破れぬわけはない。あわてずに待っていればある日ふと自分の部屋に戻り、家族と感動の対面を果し、学校では英雄の生還を皆が称える。
 そう思うのも本当に無理はなかった。俺自身内心の何割かではそう期待していたのだ。彼らの取った行動は基本的に「待機」。はじまりの街からは一歩も出ず、初期の千コルを僅かずつ使って日々の食糧を買い求め、安い宿屋で寝泊りし、何人かのグループを作って漠然と日々を過ごしていた。幸いはじまりの街は基部フロアの面積の約三割を占め、東京の小さな区ひとつほどの威容を誇っていたため数万人のプレイヤーがそれほど窮屈な思いをせず暮らせるだけのキャパシティがあった。
 だが、助けの手はいつまで待っても届かなかった。何度目覚めても最初に目にする光景は、常に青空ではなく陰鬱な色彩の天空の蓋だった。初期資金も永遠に保つわけもなく、やがて彼らも何らかの行動を起こさざるを得なくなった。

 二つ目のグループは全体の約二割。一万人ほどのプレイヤーが属したのが、協力して前向きにゲームクリアを目指そうという集団だった。リーダーとなったのは、日本国内でも最大級のネットゲーム情報サイトの管理者だった男だ。彼のもと、プレイヤーはいくつかの集団にわけられて獲得したアイテム等を共同管理し、情報を集め、上層への階段がある迷宮区の攻略に乗り出した。リーダーのグループははじまりの街の、時計塔広場に面した〈王宮〉と呼ばれる――と言っても王様などは存在せず、NPCのガーディアンがうろつくだけの場所だったが――大きな建築物を占拠し、物資を蓄積してあれやこれやと配下のプレイヤー集団に指示を飛ばしていた。この巨大集団にはしばらく名は無かったが、全員に共通の制服が支給されるようになってからは、誰が呼び始めたか〈軍〉という笑えない呼称が与えられた。

 三つ目は、これは推定で三千人ほどが属したのだが、初期に無計画な浪費でコルを使い果たし、さりとてモンスターと戦ってまっとうに稼ぐ気も起こさず、食い詰めた者達だ。
 ちなみに、データの仮想世界であるSAO内部でも厳然と起こる生理的欲求が二つある。睡眠欲と食欲だ。
 睡眠欲は、これは存在するのも納得が行く。脳は与えられている外界情報が現実世界のものなのか仮想世界のものなのかなどということは意識していないだろうから。プレイヤーは眠くなれば街の宿屋へ行き、懐具合に応じた部屋を借りてベッドに潜り込むことになる。莫大なコルを稼げば、好みの街で自分専用の部屋を買うこともできるが、おいそれと貯まる額ではない。
 食欲に関しては、多くのプレイヤーを不思議がらせた。現実の肉体が置かれた状況など想像したくもないが、多分点滴なりチューブ挿入なりで栄養を与えられているのだろう。つまり、空腹感を感じてこちらで食事をしたとしても、それで現実の肉体の胃に食い物が入るわけはない。だが、実際にはゲーム内で物を食うと空腹感は消滅し、満腹感が発生する。このへんのメカニズムはもう脳の専門家にでも聞いてもらうしかない。
 逆に言えば、一度感じた空腹感は食わないかぎり消えることはない。多分、食わなくても死ぬことはないのだろうと思う。しかしやはりそれが耐えがたい欲求であることに変りは無く、我々は毎日NPCが経営するレストラン(癪なことにこれも値段によって格付けが存在する)に突撃してはデータの食い物を胃に詰め込むことになる。蛇足だがゲーム内で排泄は必要ない。現実世界でのことは、食う方面よりも更に考えたくない。
 さて、話を戻すと――。
 初期に金を使い果たして、寝るはともかく食うに困ったもの達のうち大半は、例の共同攻略グループこと〈軍〉にいやおうなく参加することになった。上の指示に従っていれば少なくとも食い物は支給されたからだ。
 だが、どこの世界にも協調性など薬にしたくもないという人々が存在する。はなからグループに属するのをよしとしなかった、あるいは問題を起こして放逐された者達は、はじまりの街のスラム地区を根城にして強盗に手を染めるようになった。
 街の中そのものはシステム的に保護されており、プレイヤーは他のプレイヤーに一切危害を加えることはできない。だが街の外はその限りではない。はぐれ者たちははぐれ者たちで徒党を組み、モンスターよりもある意味旨みがあり、危険の少ない獲物であるプレイヤーを街の外のフィールドや迷宮区で待ち伏せして襲うようになったのだ。
 とはいえさすがの彼らも「殺し」まではしなかった――少なくとも最初の一年は。このグループはじわじわと増加し、ゲーム開始一ヶ月で先に述べたとおり三千人に達したと推定されていた。

 最後に、四つ目のグループは簡単に言ってその他の者たちだ。
 攻略を目指すとしても巨大グループには属さなかったプレイヤーたちの作った小集団がおよそ百、人数にして二千。その集団は〈ギルド〉と呼ばれ、彼らは軍にはないフットワークの良さを活かして堅実な攻略と戦力増強を行っていた。
 さらに、ごく少数の職人、商人クラスを選択した者たち。五万のプレイヤー中一割にも満たない四千人程度の数だったが、独自のギルドを組織して、当面の生活に必要なコルを稼ぐため徐々にではあるがスキルの修行を開始していた。
 のこる千人たらずが、俺もそこに属したわけだが――〈ソロプレイヤー〉と呼ばれた者達だ。グループに属さず、単独での行動が自己の強化、ひいては生き残りにもっとも有効であると判断した利己主義者たち。そのほとんどがベータテスト経験者だった。知識を生かしたスタートダッシュによって短期間でレベルを上げ、単独でモンスターや強盗たちに対抗する力を得てしまった後は、正直に言って他のプレイヤーと共闘するメリットはほとんどなかったのだ。ベータテスター同士でギルドを作った例もあったが、一般プレイヤーから隔絶しているという点ではソロと一緒だった。
 貴重な知識を独占し、猛烈なスピードでレベルアップしてゆくソロプレイヤーとそれ以外の者達との間には深刻な確執が発生した。ゲームがある程度落ち着いてからは、ソロプレイヤーは皆はじまりの街を出て、より上層の街を根城にするようになっていった。

 黒鉄宮の、もとは〈蘇生者の間〉であったところには、ベータテストの時には存在しなかった金属製の巨大な碑が設置され、その表面には五万人のプレイヤー全ての名前が刻印されていた。なんとも有難い配慮で、死亡した者の名の上にはわかりやすく横線が刻まれ、横に詳細な死亡時刻と場所、死亡原因が記されるというシステムだ。
 最初に打ち消し線を戴く栄誉を手にする者があらわれたのは、ゲーム開始わずか3時間後のことだった。死因はモンスターとの戦闘ではなかった。自殺である。
 ナーヴギアの構造上、ゲームシステムから切り離された者は自動的に意識を回復するはずだ、という持論を展開したその男は、はじまりの街の北端、つまりアインクラッドそのものの最外周を構成する展望テラスの高い柵を乗り越えて身を躍らせた。浮遊城アインクラッドの下には、どんなに目を凝らしても陸地等を見ることは出来ず、ただどこまでも続く空と幾重にも連なる白い雲が存在するだけだ。たくさんのギャラリーがテラスから身を乗り出して見守る中、絶叫の尾を引きながら男の姿はみるみる小さくなり、やがて雲間に消えていった。
 男の名前の上に簡潔かつ無慈悲な横線が刻み込まれたのは、それから二分後のことだった。二分のあいだに彼が何を体験したのかは想像もしたくない。実際に男が現実世界に復帰できたのか、それとも茅場の言葉どおり意識消失という結果を招いたのかはゲーム内部からでは知る術がないのだ。ただ、そのように手軽な手段でここから脱出できたのなら、すぐに全員が外部から回線切断・救出されていてよいはずだ、というのがほとんどのプレイヤーの共通する見解だった。
 それでも、男がゲーム世界から消えたあともこの単純な決着の誘惑に身を任せる者は散発的に出現した。俺を含めたほとんど全てのプレイヤーは、SAO内での「死」に実感を持つ事がどうしても出来なかった。それは現在でも変らないだろう。HPがゼロになり、体を構成するポリゴンが消滅するその現象はあまりにも俺達が慣れ親しんだ、いわゆるゲームオーバーに近似しすぎていた。多分、SAOにおける死の意味を本当に悟るには実際に体験する以外の方法は無いのだろうと思う。その希薄感が、プレイヤーの減少に拍車をかける一因となったのは確かだろう。
 さて、〈軍〉やそれ以外の集団に属したプレイヤー、特に待機組に属した者たちが遅まきながらゲームの攻略を開始するにつれて、やはりモンスターとの戦闘で命を落とす者も現れはじめた。
 SAOでの戦闘には、多少の勘と慣れが必要となる。自分で無理に動こうとせずシステムのサポートに「乗っかる」のがコツと言えるだろうか。
 例えば、単純な片手剣上段斬りでも、〈片手直剣スキル〉を習得して剣技リストに〈上段斬り〉を備えた者が、その技をイメージしながら初期モーションを起こせば後はシステムがほぼオートでプレイヤーの身体を動かしてくれるのに対し、スキルの無い者が無理やり動きを真似ようとしても振りは遅いわ攻撃力は低いわでおおよそ実戦で使えるシロモノにはならない。つまりある意味では格闘ゲームでコマンドを出すのに似ていると言える。
 が、それに馴染めない者たちは握った剣をやたらと振り回すばかりで、初期状態で習得できる基本の単発技を出していれば勝てるはずのゴブリンやスケルトンと言った下等なモンスターに遅れをとる結果となった。それでも、HPがある程度減った時点で戦闘に見切りをつけて離脱・逃亡していれば、死という結果を招くことはなかったはずなのだが――。
 スクリーンを通してグラフィックの敵を攻撃するのと違い、SAOでの戦闘はその圧倒的なリアリティゆえに原始的な恐怖を呼び起こす。どう見ても本物としか思えないモンスターが凶悪な武器を振り回して自分を殺そうと襲ってくるのだ。ベータの時ですら戦闘でパニックを起こす者がいたというのに、現実の死が待っているとなればなおさらだ。恐慌に陥ったプレイヤーは、技を出すことも逃げることすらも忘れ、HPをあっけなくゼロにしてしまいこの世界から永遠に退場することとなった。
 自殺。モンスター戦における敗北。すさまじい速さで増えていく無慈悲なラインを刻まれた名前たち。その数がゲーム開始一ヶ月で五千人という恐るべき数にのぼった時、残った全プレイヤーを暗い絶望感が包み込んだ。このペースで死亡者が増えつづけるなら、一年経たないうちに五万人が全滅してしまう。
 だが――人間というのは慣れるものだ。一ヶ月後にようやく第一層の迷宮区が攻略され、そのわずか十日後に第二層も突破された頃から、死者の数は目に見えて減りはじめた。生き残るための様々な情報が行き渡り、きちんと経験値を蓄積してレベルを上げていけばモンスターはそれほど恐ろしい存在ではないという認識が生まれた。このゲームを攻略できるかもしれない――、そう考えるプレイヤーの数は、少しずつ、だが着実に増えていった。
 最上層は遥かに遠かったが、かすかな希望を原動力にプレイヤー達は動きはじめ――世界は音を立てて回りだした。 
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