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Sword Art Online -Gun Sword-

作者:咲哉
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Sword Art Online
  prologue

 
前書き
初めまして、咲哉といいます。
少し位はこの名前を知っている人が居るのではないかと。
まあ、小説家になろうで少し駄作を書いているものです。

では、全部ひっくるめてよろしくお願いします。 

 
 何とも言えない背格好の人型モンスター、〈リザードマン〉がその手に持つ湾曲した曲刀を凄まじいスピードで振りかぶる。俺はそれを冷静に見切り右手に握った剣を使い逸らす様にして弾いた。
 リザードマンが持つ曲刀は見た目通り刺突系の攻撃には向いておらず、斬撃による攻撃が主な為防御の為に避けずとも斬撃の軌道をずらしてやることで簡単に防御することが出来る。
 無論、それもその斬撃の軌道を読め、さらにそれを防御するための動きを取れる反射神経が必要な為、そう簡単に出来るものではない。だが、この方法で防御する事には大きなメリットがあり、さらに俺はこの“敵の攻撃を逸らして防御する”と言う防御法を得意とするため良くこの防御法を使う。メリットと言うのは、例えばステップで敵の攻撃を躱すと言った防御法の場合、着地や姿勢の問題で直様敵に攻撃をすることはほぼ不可能だ。しかし逸らして弾くと言った防御法をとった場合、姿勢は兎も角敵の懐に直ぐに潜り込め、かつ即効で敵に攻撃をすることも可能になる。
 俺がリザードマンの攻撃を逸らし、弾いたことによりリザードマンは仰け反る。その隙にリザードマンの懐に入り込み、ソードスキル水平四連撃技〈ホリゾンタルスクエア〉を放った。
 リザードマンは今、態勢を崩しているため俺のソードスキルを避けることは出来ない。パリィをしようとしてもリザードマンが右手に持つ曲刀は俺に弾かれたことにより宙に浮いているためそれも不可能だ。
 俺は重心を下げた姿勢から剣を右に大きく引き、全身の体重と力を乗せた突きの強攻撃をリザードマンの分厚い胸板に打ち込んだ。分厚い鎧を貫きリザードマンの肉を抉る。リザードマンから金属的な悲鳴が上げられ敵のHPバーが大きく減少する。リザードマンのHPは残り数ドットだ。
 俺はソードスキルを打ち終わった直後に右手の剣の柄部分についている引き金を引いた。パンッと言う乾いた音が迷宮内に響いたと同時に、リザードマンのHPバーが音もなく消滅し断末魔の叫びとともに両手足を広げたリザードマンの体が硬直した。刹那の後に無数の煌くポリゴンの欠片となり、消滅してゆく。そのまま戦闘モードが解除され、視界から自分の満タン状態のHPバーが消えた。
 俺はリザードマンに向けていた剣先を口に近づけ、ふぅっとまるで蝋燭の火を消すように息を吹きかけ腰に下げてある鞘に収めた。
 リザードマンはこのアインクラッド第64層の迷宮区域に出現するモンスターだ。上の層に行けば、あのリザードマンが強化された〈リザードマンロード〉が出現するようになる。
 特に最前線でもなく、それでいて中層でもないこの層であるためプレイヤーの姿はどこにもない。一度索敵スキルを使い近くにモンスターが居ない事を確認し、近くにあった壁にもたれ掛かりはぁと息を付いた。
 いくら敵の攻撃を一回も受けず倒したからといっても精神的な疲れはある。殺風景な迷宮内を見渡しもう一度息を付いた。
 俺がこの第64層に来たのは他でもないクエストの為だった。クエスト内容はリザードマン10体討伐で、先ほど倒したので丁度10体目だった。1体と戦闘をしただけで披露を感じるのに、それを10体もとなれば流石攻略組に属する俺でも一休みが必要になる。俺は襲いかかってくる疲労感を感じながら、左手を上げて空中で人差し指を軽く振った。
 甲高い効果音と共に、手の平の下に半透明の主メニューウィンドウが表示される。左半分には人型のシルエットが描かれ、各所の装備状況が表示されている。右には所持アイテム詳細や収得スキル一覧、マップ表示などのメニューが並ぶ。最上部には俺の名前とHPバー、EXPバー。先ほど倒したリザードマンは俺のレベル敵に微妙な敵だった為、経験値も微妙に増加していた。
 俺はクエスト確認画面に切り替え、討伐数を確認した。きちんと10/10と表示されていて、ご丁寧にクエスト完了とまで表示されていた。一応アイテム画面に切り替え、新規入手品リストも確認する。先ほど倒したリザードマンから得たアイテム類と金――この世界では〈コル〉と言う単位で表記される――が列記されている。アイテムは奴が装備していた曲刀に金属鎧だ。売れば、今日稼いだ金と併せて一晩の食事代程度にはなるだろう。

 迷宮区を構成する巨大な塔を出ると、既に周囲は夕刻の色彩を帯び始めていた。目の前に広がる金色の草原と、その彼方に見える木々の梢をおだやかに揺らす風は少し冷たい。
 俺は迷宮区を抜けた安堵感とクエストを達成した達成感、さらに溜まった披露感に襲われその場に倒れるようにして寝転ぶ。ふと空を仰ぐと石と鉄の組み合わさった巨大な蓋が見え、無機質な金属感にどことなく寂しさを覚えながら目を閉じた。
 この〈アインクラッド〉は単純計算で直径、高さ同じく一万キロメートルのほぼ円錐形をした構造物が屹立した途方もない巨大浮遊城だ。
 開発した会社の規模を差っ引いても、これだけのデータ量を内包する代物がたった三年足らずでプログラムされたのは狂気沙汰だ。いや――修辞でなく狂気のなせる技だ。
 この世界、〈浮遊城アインクラッド〉または〈ソードアート・オンライン〉は、ある一人の男が暴走した脳が生み出し、ゲームであってゲームでないものへと変容させてしまった。
 俺は目を開き、自分の四肢をまじまじと眺めた。どれも普段の生活では違和感を抱かない程リアルであり、この世界がサーバーの中に構築されたデータの集合体なのだということを忘れさせない程度には作り物めいていた。
 俺は再び目を閉じ、程よい脱力感に身を任せるようにして眠りに落ちていく。
 この世界がデスゲームと化した日の事を思い出しながら。



 直接神経結合環境システム――NERv Direct Linkage Environment System、頭文字を取ってNERDLESと呼ばれる――の試作第一号機が日本のとある企業と大学の合同研究機関から産声を上げたのは二〇〇六年のことだった。
 それまで、HMDとヘッドフォン、データグローブの組み合わせによるシステムが主流だった仮想現実系エンタテイメント市場が、この映像その他の信号を直接人間の脳に送り込む新技術によって席巻されるのは確実と思われた。数多の企業が共同研究に名乗りを上げ、最初は部屋ひとつ分もの体積があったNERDLES一号機が冷蔵庫程度の大きさの本体にまでダウンサイズされるのに二年。その翌年には早くも業務用の機械が発売された。さすがに恐ろしく高価な代物であり、アミューズメントセンターやリラクゼーション施設の一部に導入されたのみだったが。
 NERDLESが提供する圧倒的な現実感、HMDや全方位型スクリーンなどものともしないリアリティは全国のゲームマニアを熱狂させた。大手ゲームメーカーがリリースしたNERDLES上で動く初のゲーム――対戦型ガンシューティングだった――は数時間待ちがあたりまえ、ワンプレイ三千円(!)のシロモノだったにも関わらず、全国五箇所の設置店では連日長蛇の列ができた。かくいう俺も乏しい金をやりくりしては並んだものだ。
 そして二〇十一年末、満を持して民生用一号機が共同開発した各メーカーから発表された。コンパクトなヘッドギアと、光ディスクドライブを装備したこれまた小さな本体とで構成されたそれは、無理をすれば若者でも買える程度の価格だった。初期出荷分は予約もおぼつかないほどの人気ぶりで、俺も入手するのには相当苦労した。〈ナーヴギア〉という商標名を与えられたそれが届いた日の興奮は今でもはっきり覚えている。
 新品のエレクトロニクス機器特有の匂いを漂わせた流線型のヘッドギアは、光沢のあるダークブルーの外装に包まれていた。前部には装着時に顔を覆う遮光シールドが装備され、後頭部から延髄部を包み込むようなパッドが伸びている。両脇からは二本のアームが伸びて顎の下で固くロックされる構造になっている。
 使用者は無理のない姿勢でリクライニングできる椅子に座り(専用のシートも同時発売されたがさすがに買えなかった)、ゲームディスクを挿入し必要に応じてWANに繋がれた本体に、光ケーブルで接続したギアを装着する。ヘルメット内部の、柔らかいパッドに埋め込まれたたくさんの素子が多重の電界を発生させ、使用者の脳の、五感を司るそれぞれの部位――詳しく言えば、触覚は延髄、味覚と聴覚は脳橋、視覚は視床、聴覚は脳幹――と精密なリンクを行う。本体から送り込まれる視覚や聴覚情報はそのリンクを通して脳に流れ込む。
 感覚器官から得た情報を整理・再構築して処理したものが人間にとっての「現実の環境」であるとするなら、そういう意味ではギアの生み出す世界は使用者にとって現実そのものとなるわけだ。現実の「現実らしさ」、リアリティはまた別の問題であるが。
 仮想世界内において、使用者はさまざなアクションを起こす。そのとき脳から発せられる運動信号のうち、体を能動的に動かすものだけを延髄部のパッドがインタラプトしてギア内部に取り込み、本体にフィードバックする。このようにしてプレイヤーは椅子の上で体を動かすことなく、仮想の世界で動き回ることが可能となる。
 無論、現実の世界からの刺激はすべてギアがシャットアウトしてしまうため、専任のインストラクターがいない家庭での使用には危険がともなうと予想された。使用者は現実世界においては失神状態にあるのと同様であり、仮に肉体に火災等の危機が迫った場合でも使用者がそれに気づくすべがないからだ。そこでギアには、温度の変化や音、振動など一定量以上の外界刺激が与えられたり、または心拍、体温等の肉体的な異常を検出した場合(付け加えれば生理的排出現象をうながす信号が下半身から発せられた場合を含む)には自動的に接続を切り意識を回帰させるセーフティ機構が与えられた。
 使用者が現実世界で最後に行う動作は、「リンク・スタート」と発声することだ。音ではなく、その発声のために脳が下した命令信号を感知してギアは動き出す。
 シールドの下で閉じられているはずの眼の前にスペクトル状の光が弾け、やがて白に統一されたその中に荘厳な効果音とともにメーカーのロゴが浮かび上がる。ついで基本ソフトのロゴが表示され、その下で各種接続テストがリストアップされては右側に次々とOKの文字を残して消えてゆく。
 それらが終了すると、LOADINGの表示と共にセットされたアプリケーションが読み込まれてゆき、最後にひときわ輝くSTARTの文字。同時に開始画面は中央から放射される白光の中に飲み込まれてゆき、その向こうから徐々に姿を現す仮想の――いや、もうひとつの現実の世界。ゲームフィールドに降り立ったプレイヤーは、もはや椅子の上に横たわる己の肉体を感じることはない。
 本体に同梱されていたゲームソフトは単純な飛行レースゲームだったが、俺はその世界にいつまでも飽くことなく潜りつづけた。とうとう家族に強引に揺り起こされたとき、窓の外がすっかり暗くなっていたのには驚いたものだ。

 民生用機器の発売と同時に、無数のアミューズメントタイトルが発表された。ナーヴギアの基本ソフトは非常に汎用性のあるもので、極論すればそれまで存在した3Dゲームですらちょっと手を加えるだけでギア上で動かすことができた。もっとも、ギア最大の売りであるリアリティを最大限に生かすためには従来より遥かに作りこまれたモデリングが必要だったため、プレイヤーの多くはナーヴギアネイティブに開発された家庭用ならではのソフトを待ち望んだ。ことにアミューズメントセンターでは運営の難しいRPG、それもネットワーク対応型のものを。
 ナーヴギアのNERDLES環境で動くオンラインRPG、それこそまさに前世紀から多くのゲーマーが夢想した究極のロールプレイングゲームの姿だ。その市場は途方もない規模になると予想され、立て続けにいくつものタイトルがアナウンスされた。だが、フィールド限定型のアクションやシューティング系のゲームとは違い、RPGともなればその世界を構成するデータの量は膨大なものとなる。発売時期はどのタイトルも未定、雑誌やネットで発表される先行スクリーンショットにゲームマニアが煩悶とする日々が続いた。
 二〇一二年春。あるゲームタイトルが発表され、即座にベータテストが開始されたことはファンの度肝を抜いた。開発したのは、かつて業務用NERDLESゲームで日本中のゲーマーを熱狂させた〈アーガス〉という大手メーカーだった。報道によれば、アーガスは業務用ゲームの開発が終了した直後から、まだ存在もしなかったコンシューマ機器用ゲームの開発を始めていたという。
 それにしても、二年たらずの開発期間を経て姿を現したそのゲームの規模は途方もないものだった。舞台は、空に浮遊する巨大な城。プレイヤーはそこで戦士や職人となって、協力や敵対をしながら最上部を目指す。RPGには必須と思われていた〈魔法〉の要素は大胆に排除されていた。ゲームの主役は無数とも思えるほどに設定されたさまざまな種類の刀剣と、それらに与えられた剣術体系だった。戦士を目指すプレイヤーはひとつの武器を選び、それを修練することによってさまざまな剣技を習得してゆく。職人プレイヤーは鍛冶、冶金の技を鍛えて剣を生み出し、商人プレイヤーがそれを流通させる。
 そのゲーム内容は、タイトル名に如実に表現されていた。曰く――〈ソードアート・オンライン〉。剣の技がプレイヤーの人格を象徴する世界。
 SAOの世界観と、偏執的なまでに造り込まれた巨城の壮観はたちまちゲーマーの話題をさらった。千人限定のベータテスター募集には応募が殺到し、抽選は百倍を超える狭き門となった。濃紺の巨大なプラスティック・パッケージに包まれたベータキットが宅配便で届いた日は、人生最良の一日かと思えたものだ。
 半年に及んだテスト期間は夢幻のごとき日々だった。俺は学校から帰ると取るものもとりあえずSAOにログインし、我ながら呆れるほどの熱意で剣技の習得に打ち込んだ。
 ゲーム内では、自分の思うとおりに五体を動かすことができる。現実世界で剣道の達人ででもあれば、あるいはSAOの中でも強力な剣士となれるのかもしれない。だがもちろん、俺を含めたほとんどのプレイヤーは救いがたいゲームマニアであり、剣の振り方など知るよしもない。
 しかし、SAO内で会得した剣技に沿った動きであれば、ゲームシステムがそれを支援、加速してくれるため、プレイヤーは技の動きをイメージしながらモーションを起こすだけで剣を自在に操り、華麗な動きで攻撃することができる。最上位剣技ともなれば十連撃に及ぶまさに芸術と言うべき美しい技の数々を、自分の体がなめらかに動きながらすさまじいスピードで繰り出し、敵の体に吸い込まれるようにヒットさせてゆくときの快感は筆舌に尽くしがたい。
 考えてみれば派手な魔法攻撃はシューティングやアクション系のゲームと被る要素が多い。「プレイヤー自身の肉体をデータ化できる」というナーヴギア最大の特徴をもっともよく活かし、超人願望を充足させるという意味では、SAOの剣技に特化したシステムは実にうまく考えられた代物だと言える。テスト期間が終了し、自分のキャラクターデータが消滅したときはまるで体の半分を奪われたような気がしたものだ。
 結局、千人のプレイヤーが半年がかりで攻略できたのはたった十層足らずだった。オンラインRPGには明確なクリア目標がないのが普通だったため、アインクラッドの最上階を目指す、という設定には驚かされたがなるほどこの難易度とボリュームなら、と納得したのを覚えている。
 
 二〇一二年十一月最初の日曜日。大きなバグを出すこともなく半年間のベータテストが終了し、満を持して〈ソードアート・オンライン〉は発売された。回線の安定を最優先して第一期出荷分は五万本に限定され、ベータテストの時ほどではないにせよ再び発売前からの争奪戦が過熱したが、サービスのいいことに希望する元テスターには無償で製品版ソフトとアクセスIDが与えられた。無論、俺を含むほとんどすべてのテスターがその恩恵に与ったはずだ。
 発売日の正午ちょうどにアーガス本社に設置されたゲームサーバーが正式運営を開始することになっていた。秋葉原で開かれた大掛かりなイベントでは巨大なスクリーンにゲーム内部の様子がリアルタイムで映し出され、現実世界と同時進行のセレモニーが開催される予定だった。数年前にオープンした駅前のITセンターを借り切って行われたそのイベントには、アーガスの社長やナーヴギア発売各社の重役陣、都の役人にいたるお歴々が出席し、マスコミはカメラの砲列をステージとその後ろのスクリーンに向けてカウントダウンを今や遅しと待っていた。
 その日、俺は自室で即席のナーヴギア専用シートにもたれてその様子をギリギリまでテレビで眺め、昼食のピザの最後のひとかけらを飲み込むと、興奮を抑えながらギアを装着した。プラスティック越しにかすかに届くイベント司会者の声を聞きながら、俺は言った。リンク・スタート――現実世界の重力を消し去る魔法の言葉。ギアから発せられた電界が俺の意識を包み、肉体から解き放つ。
 正午少し前、五万人の幸運なプレイヤーは各々の自宅から一斉にアクセスし、現実世界を飛び出して巨城アインクラッドへと降り立った。

 アインクラッド第1層、通称基部フロアと呼ばれる直径十キロメートルの広大な空間の北端に、ゲームのスタート地点となる〈はじまりの街〉がある。街の中央には巨大な時計塔がそびえ立っている。SAO内では現実世界と同期して時間が経過するため、時計の表示する時間は東京の標準時間とまったく同じということになる。時計塔の周囲は中国の天安門もかくやという石畳の広場で、五万のプレイヤーはほぼ同時にそこに出現することになっていた。
 光の世界を突き抜けて、前方からテスト中に見慣れた〈はじまりの街〉の風景が広がり、初期装備のブーツの靴底が石畳のリアルな感触を捉えた――と思った次の瞬間、俺はひと月ぶりのアインクラッドに降り立っていた。まず自分の格好を見下ろして、登録時に選択してあったとおりの革製のロングコート姿であるのを確認する。続いて周囲に続々と出現しつづけている他のプレイヤーの顔を見渡し――そして心の底からぎょっとした。
 プレイヤーは、SAOのアカウント登録時に初期のキャラクターメイキングも済ませている。キャラクターの性別はプレイヤーのそれと変えることはできないが、体格や容貌は複雑なパラメータを操作することで自由に決定することができる。そうなればすこしでも見栄えのいいものを、と考えるのが人間の常であり、ベータテスト中はそれはもうありとあらゆるタイプの――恥ずかしながら俺を含む――美男美女で溢れたものだ。当然製品版でもその状況は再現されるものと思っていたのだが――。
 周囲の人間の容姿は、その雑多なバリエーション、そして何より美形顔がろくに見当たらないという点において現実世界とまったく一緒だった。絶望的なまでの既視感。間違いなくそれはゲームマニアの大集団だった。眼球に頼らないギアのシステムゆえ眼鏡をかけている者こそごく少ないが――つまり初期装備で選択した者だ――、これはどう考えても……。
 俺はあわてて腰に装備されたポーチの中をまさぐった。スタートキットと呼ばれる一連の道具の中から、無骨な金属製の鏡を引っ張り出す。おそるおそる覗き込むと、そこには予想したとおりの見慣れた顔があった。見紛うはずもない現実世界の俺だ。登録時に四苦八苦しながらパラメータをいじくってつくりだした御面相とは似ても似つかない。いや、顔だけではない。俺はベータの時の経験から、動きの違和感を少なくするために身長は現実と同じ高さに設定してあるが、当時の分身が持っていたしなやかかつ逞しい筋肉などかけらもない。
 これはどういうことだ――!? 俺は混乱した頭で必死に考えた。見れば、他ののプレイヤー達も続々と鏡を睨んだり周囲を見回して呆然としている。アカウント登録時に写真提出の義務はなかった。仮にあったとしても、五万人分の顔を3Dオブジェクトで再現する時間など到底なかったはずだ。唯一考えられるとすれば、ギアの発生する多重電界――あれには、使用者の脳の形状を正確に把握するための立体スキャン機能があった。それを使って顔のつくりや体格をスキャンし、再現した――? しかし、何のために? これは明らかなサービス提供契約違反ではないか。
 そこまで考えたとき、重々しい金属音を響かせながら時計塔の巨大な二本の針がきっちりと重なった。正午、SAO正式運用開始の時刻だ。文字盤の下に設置された大小多くの鐘が壮麗な和音を奏ではじめ、同時にどこからともなく鳴り響くファンファーレ。いかにもRPGのオープニング然としたその重厚な旋律に、皆の顔が戸惑いながらも明るく輝いた。
 広場の上空は無論青空ではなく上層部の底で覆われていたが、そのグレイをバックにSAOの凝ったタイトルロゴが光り輝きながら出現した。ロゴの周囲を派手なエフェクトの花火が彩る。周囲から湧き上がる歓声と拍手。とりあえず目先の疑問は先送りし、俺も両手を叩いた。この光景は、現実世界のイベント会場でも中継されているはずだ。 花火のエフェクトが終わると、ロゴの下部にこれまた輝く飾り文字で「Welcome to Sword Art Online World!!」というメッセージが表示された。一際高まる歓声。
 不意にBGMと鐘の音がフェードアウトした。巨大なタイトルロゴが無数の光の粒となって消滅し、その中から新たなオブジェクトが姿を現した。ロゴと同じくらいの大きさで天を埋め尽くしたそれは、半透明の光で表現された人の顔だった。
 これもオープニングセレモニーの演出の一部と誰もが思い、再び拍手が巻き起こった。だが、俺は打ち合わせようとした両手を途中で凍りつかせた。まだ若い男の顔。両の頬は削いだように薄く、半眼に閉じた切れ長の目の奥から表情をうかがわせぬ瞳が覗いている。
 俺はその顔を知っていた。いや、俺だけではない。ほとんど全てのプレイヤーが知っていただろう。
 アーガスSAO開発部長。ゲーム業界の風雲児。若き天才。彼を形容する言葉は両手の指でも足りない。つまり、このSAOをほとんど一人で企画し、開発した人物。茅場晶彦というのがその顔の持ち主の名前だった。
 彼は、当時のゲーム業界最大のカリスマと呼ばれていた男だった。中学生の時に作成したゲームプログラムが大手メーカーから商品化されて大ヒットしたことにその伝説は端を発する。十八歳にして株式会社アーガスの開発陣に加わるや立て続けにリリースしたゲームはすべてそれまでの常識を打ち破る発想で世界中を熱狂させ、弱小メーカーだったアーガスを業界トップに押し上げる原動力となった。SAO発売時には弱冠二十六歳、大のマスコミ嫌いでも知られた彼は業界の生ける伝説と言ってもよい存在だった。ゲームマニアとして彼に傾倒していた俺は、その人となりをよく知っているつもりだった。だから、そのときも断言できた。茅場晶彦は、こんなセレモニーにこんな演出で顔を出す人物ではない。これはなにかの間違いだ。
 その時、巨大なクリスタルの茅場の顔がゆっくりと口を開いた。歓声は波を打つように静まり返り、すべてのプレイヤーが彼の言葉を聞こうと耳を澄ませた。

 ながい、ながい悪夢のはじまりだった。



 茅場の顔は、何処か非人間的な、いや、機械的な響きのある声音でゆっくりと告げた。

「プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ」
 
 と。
 私の世界――。その言葉を聞いたとき俺は対して気にもとめなかったに関わらず、全身に凍るような悪寒を感じた。昔から良く当たる自分の勘が、なにかがどうしようもなく間違っていると告げていた。

「最初に言っておく。諸君らが今存在している世界は最早単なるゲームではない。諸君らにとっての、唯一の現実だ」

 朗々とした、しかし金属質な茅場の声が複音のごとく響き渡る。その時点では、大多数のプレイヤーはまだ以上を感じていなかったのだろう。茅場の大仰な台詞に再び完成が沸き起こった。だが、俺は違った。未だ全身に凍りつくような悪寒が纏わりついている。そして、次の言葉で自分の勘が当たっていたことを実感した。

「残念ながら諸君らは二度とログアウトできない」

 刹那、大多数のプレイヤーが凍りつく。
 何を言われたのか、大体の事は理解できた。しかし、そんな馬鹿なことがあるものか。と思う自分もいる。徐に慣れた手つきでメニュー画面を呼び出し、〈ログアウト〉ボタンを探す。しかし、そこにログアウトボタンは――存在しなかった。
 一瞬頭のなかが空白になったあと、俺は完璧に理解した。俺たちプレイヤーは、茅場の手で、茅場の夢見た世界に閉じ込められた、と。どうあがいても、俺たちプレイヤーを現実世界に帰せるのはこのゲームの製作者、茅場しか居ないのだと。
 この後続けられるはずの茅場の言葉に、俺は全身全霊をかけて集中した。

「付け加えれば、ゲームサーバーあるいはナーヴギアからの強制切断が起こった場合でも諸君らは現実世界に復帰することが出来ない。その場合は正常な意識回復シークエンスが発生しないようにプログラムを組んである。回線切断後二十四時間以内に再接続すれば諸君らの意識はこの世界に戻ることができるが、それ以外の場合は――」

 茅場は俺たちに次の言葉を刻み込むように一瞬間を置いた。
 俺も茅場の次の言葉を聞き逃さないよう、集中する。

「諸君らの意識は永遠に消失し、肉体は植物状態となる」

 ここにきて、大多数のプレイヤーが、何か予定外の、容易ならざる事態が起こりつつあるのだと気付いたようだ。五万人を飲み込んだ時計塔広場はしんとした静寂に包まれる。
 成程、と俺は脳内で話を完結させる。
 つまり俺たちプレイヤーは――逃げることのできないデスゲームの中に、閉じ込められたのだと。
 微かな絶望感を感じていると、まるで託宣のような茅場の言葉が再開された。

「諸君がこのアインクラッドから脱出する方法はただ一つ――」

 皆が押し黙り、固唾を飲んで次の言葉を待った。俺は、なんとなくその条件とやらを察していた。

「誰か一人が最上階に達し、このゲームをクリアすればよい」

 その後も、茅場の声は容赦なく続く。

「誰か一人でもクリア者が出た時点でゲームは終了し、生き残ったプレイヤー全員が順次正常にログアウトされるだろう。最後に、マニュアルから二点変更になった部分を伝えておく。まず、もう気づいているだろうがメニューからログアウトコマンドが削除されている。諸君らが自発的にログアウトする方法は一切存在しない。そしてもうひとつ――」

 仮想世界の賢者然とした茅場の顔は何ら表情を変えることなく、その先を告げた。

「ゲーム内での死亡はすべて実際の死として扱われる。蘇生等の救済措置は一切無い。HPがゼロになった時点でプレイヤーの意識はこの世界から消え、現実の肉体に戻ることは永遠になくなる。厳密に言えば脳死状態で、完全な死亡とは言えないが――そう大した差はあるまい」

 嫌に働く俺の脳内は既に今後のことについて考えていた。飲み食い、レベリング、最前線の攻略。多分、この五万人いるプレイヤーの中でそんな事を考えているのは自分だけだろう。自分でも薄々気付いていたが、やはり俺は頭のネジが少し外れているようだ。
 間を置いていた茅場の口が再び開きだす。

「それから、これは現実世界の関係諸氏に告げておくが――」

 半透明の巨大な水晶のような茅場の瞳が、まぶたの下でわずかに動き、焦点を移した。多分その方向に、例のイベント・スクリーンのカメラ視点が設定してあったのだろう。

「もしSAOゲームサーバーを一時間以上停止すれば、全プレイヤーが一生植物状態となるだろう。さらに、このプログラムには私の最高傑作と言っていいプロテクトが施してある。解除を試みるのは自由だが、もしシステムに検知されればその時も同様の結果が待っていることをお忘れなく。私の行方を探してもいけない。五万の若者諸君の未来と引き換えにする覚悟があるなら結構だが――」

 イベント会場の混乱が思いやられるようだった。俺はふと、こっちからも会場の様子が見られればよかったのに、などとのんきな事を考えた。

「そしてこれは政府当局への助言だが、早急にプレイヤー諸君の現実の肉体を保護する手段を講じることをお勧めする。私としてもこのゲームがクリアされるのにどれほどの時間が必要なのか見当もつかない。回線切断猶予は二十四時間であることをお忘れなく。私の資産はすべて現金化してあるので、必要に応じて使ってくれたまえ――」

 そこで茅場は不意に言葉を切り、誰かの声に耳を傾けているかのような気配を見せたが、数秒後、一つまばたきすると再び口を開いた。

「なぜ――。なぜ、か」

 そこではじめて、上空に神聖なモニュメントのごとく顕現していたクリスタルのマスクが人間らしい表情を見せた。うすい唇がゆがめられた。欲しかった玩具を盗み出した子供のような笑み。

「私にとってこの状況は手段ではない。最終的な目的だ。この世界を作り出すためだけに私は――」

 そこで言葉を切ると、茅場の顔はもとの陰鬱さを取り戻した。視線が再びこちらに向けられた。

「以上でソードアート・オンラインのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の――健闘を祈る」

 半透明の光で描かれていた巨大な顔が、一瞬にして無数の星となって弾けた。茅場の姿はもうどこにも存在しなかった。光の残滓がきらきらと舞い散りながら消えていった。
 聞き覚えのある音楽がどこからともなくフェードインしてきた。はじまりの街のBGMとして設定してある陽気なワルツだ。奏でているのはメイン商業区にいるNPCの楽団だが、音楽は街のどこにいてもかすかに聞こえるようになっている。気付くといつのまにか時計塔広場のまわりでは商人や住民のNPCがせわしげに歩きまわり、物売りの賑やかな声が広場に響いていた。職工街のあたりからはもうもうとした蒸気がいく筋もたちのぼり、剣を鍛える槌音がBGMに花を添えた。 
 

 
後書き
ストック?なにそれ美味しいの?
まあ……はい。
え~、最初のうちは原作の設定を壊さないように抜き出しや同じような書き方が多々ありますが、冒頭を抜け出せばそれも無くなりますのでご了承を。 
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