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提督はBarにいる。

作者:ごません
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艦娘とスイーツと提督と・41

       ~ウォースパイト:桜餅~

 季節は3月。南方のブルネイにも本土より早い春がやって来ていた。鎮守府敷地内に植えられた桜の花は満開に咲き誇り、正に見頃を迎えている。そんな中、鎮守府中庭に植えられた桜の樹の下に人影が2つ。片方は紋付き羽織に袴という出で立ちの提督。そしてもう片方は英国からやって来た戦艦・ウォースパイト。彼女も普段来ている豪奢なドレスではなく、艶やかな着物に袖を通している。

「……綺麗ね、サクラって。私も何度か見たけれど、毎年見ても飽きないわ」

「そりゃ良かった。桜を見ながら桜餅を食べるなんざ、中々風情がある」

 ウォースパイトが引き当てたスイーツチケット、リクエストは桜餅。折角ならばと提督の発案で野点がセッティングされ、今日は2人だけの茶会という運びになった。

「そうね。花を眺めながらその花を使ったお菓子を食べつつ、お茶を楽しむなんて……とても贅沢だと思うわ」

「まぁ、桜餅の味はともかく茶を点てるなんて俺も初めての経験だからな。美味いかどうかは保証できんが……」

「あらそうなの?随分と手慣れて見えたけれど」

「嫁さんの前で醜態を曝すのもアレなんでな。必死に勉強した付け焼き刃さ」

 最近はネットで調べれば大概の物は出てくるからな。茶の点て方も動画を見つつ勉強させてもらった。少しはその成果が出ているといいんだが。

「ふふ、本格的なpowderd green tea(抹茶)を飲んだ事が無いからわからないけれど、私は好きよ?イメージしていたgreen teaの味よりもとても甘いの。けれど、甘いのにこの甘い桜餅にもマッチしてお互いがお互いを引き立てている様に思えるわ」

「抹茶ってのは高級になると甘味や旨味が増していくんだ。逆に苦味や渋味は薄れていく……香りは増すけどな」

 抹茶というのは摘んだ茶葉を蒸して乾燥させ、石臼で挽いて粉にする……という、お茶の加工の工程からみても大変にシンプルな加工しかしていない。その分茶葉の品質に味が大きく左右される。『抹茶は苦い、渋い』というイメージは、高級品に触れる機会が少ない為に安い抹茶の味のイメージが先行してしまうからである。

「それに、この桜餅もとても綺麗。サクラの花に合わせてピンク色にしてあるのでしょう?」

「そうだな、出来た当時はピンク色にしなかったらしいが最近はピンク色に色付けしてあるのがほとんどだ」

 色付けも桜の花とかを使っている訳じゃなく食紅だしな。





「それにしても……同じ桜餅でも形が全然違うのね」

「あぁ……関東風と関西風があるからな、桜餅には」

「へぇ……どんな違いがあるのかしら」

《関東風桜餅》
 東京にある長命寺の門前にある茶店が発祥の店で、その場所の名前から長命寺餅と呼ばれる事もある。材料はあんこと塩漬けにした桜の葉、皮は餅ではなく小麦粉や白玉粉、上新粉等を水で溶いて焼いた物であんこを包んでいる。

《関西風桜餅》
 全国的には桜餅というとこちらのイメージの方が強い。餅米から作る道明寺粉と塩漬けにした桜の葉、あんこと関東風と大差ないように見えるが、作り方は大きく違う。道明寺粉に水を加えて捏ねて蒸かし、餅(道明寺)を作る。砂糖と色付け用の粉を餅に練り込み、平らに延ばしてあんこを包んだら桜の葉で巻いて完成。原材料の道明寺粉に倣って別名道明寺餅と呼ばれる事も。似たようなお菓子に、桜の葉の代わりに椿の葉で上下を挟んだ椿餅というお菓子もある。


「……とまぁ、同じ桜餅でも似ても似つかねぇお菓子なんだよなコレが」

「でも面白いわ、同じ国で同じ名前のお菓子なのに見た目が違う。けれど、どちらも同じ花をモチーフにするなんて……日本人はサクラを愛してるのね」

「まぁ、確かにな」

 ウチの連中は桜よりも桜の下で飲む酒を愛して止まない連中ばかりだが。

「それに、愛しい人と一緒に過ごす時間はとても有意義で尊い物だわ。そこに美味しいお茶とお菓子があるなんて最高の贅沢よ?」

 そう言いながらウォースパイトがスススと隣にすり寄ってきて、コテンとこちらに体重を預けて微笑みかけて来る。ウチの嫁艦共は肉食獣の様に見境無く襲い掛かって来るからな、意外とこういうお淑やかな好意の向けられ方はされた事が少ないせいでちょっとドキッとした。



「ふぅ……それにしても、和菓子って結構お腹に溜まるのね」

「まぁ、原材料が米とか豆だからな。主食になりそうな物を甘味にしてると思えば不思議でもない」

 ウォースパイトがお腹を擦っている。しかも、体重は俺に預けたままだ。普段からあまり俺に密着してこない奴がくっついてくると、馴れている筈なのにドキリとしてしまう。

「そういえば、桜餅の葉っぱは食べても大丈夫なの?」

「あ~……桜の葉の塩漬けな。まぁ、食べても問題は無い」

「?……何だか含みのある言い方ね」

 全国和菓子協会の見解としては、桜餅の葉は菓子本来の味を楽しむためには食べない方が良い、とされている。何故なら桜の葉の役割は餅に桜の葉の香りを移すのと餅の乾燥を防ぐ目的で巻かれている物であり、食用ではないとされている。更に、桜の葉の役割である香り付けの主成分・クマリン(球磨は関係ないぞ、念のため)は僅かにだが肝毒性(肝臓に害を及ぼす毒性)があるとされている。大量に食べなければ問題ないらしいが、あんまり食べる事はオススメしない。

「毒性があるの?それなのに食べようとするなんて、日本人の食べ物への探求心には驚かされるわ」

「まぁ、毒のある奴は意外と美味いからな」

 河豚とかその代表格だろう。毒キノコも実は美味いらしいぞ?喰いたいとは思わんが。

「そうね……人間も毒のある位の方が魅力的だと思うわ?」

 そう言ってウォースパイトが俺の頬を撫でながらうっとりとした表情をしている。

「おいおい……その毒のある人間ってのは俺の事か?」

「あら、自覚があるのかしら」

「生意気な口は塞いでやろうか」

 そう言ってウォースパイトの唇を俺の唇で塞ぐ。うっすらと抹茶と桜餅の香りが口から薫る。何とも味わいのあるキスだ。

「ふふ、やっぱり貴方は猛毒を持ってるわね。軍艦である私達を女に狂わせてしまう猛毒……」

「そんな毒はお嫌いかな?オールドレディ」

「いいえ?私はもうその毒の味の虜だもの。いつまでも味わっていたいわ」

 流石に真っ昼間の中庭でおっぱじめる訳にもいかんので、夜までお預けだ。

「そういえば、桜餅みたいに葉っぱを巻いたお菓子や料理って結構あるわよね」

「あぁ、柏餅とか粽とかな。でもあれは食べる為に巻いてあるワケじゃないぞ?」

 柏餅の柏の葉や粽の笹なんかは香り付けや保湿の他に葉の殺菌成分で長持ちするようにと巻かれているだけで、一緒に食べる様に加工はされていない。柏餅の葉っぱも一緒に食っちゃいかんという訳ではないが、ぶっちゃけあれ餅の味を邪魔してるだけで美味くはねぇだろ。

「な、なん……だと…………!?柏餅の葉は食べる物ではないのか!」

 ん?と思って、声の方を見ると、愕然とした表情の長門が立っていた。

「長門、まさかお前……」

「残さず、食っていた……。流石に笹は食えんが、柏餅の葉は餅と一緒に食べていたのだ!不味いと感じながらも!」

「あ~……まぁ、ドンマイ?」

 俺もウォースパイトも、膝から崩れ落ちた長門に憐れみの視線を送っている。まぁ、そんな残念なビッグセブンはともかく、その日の夜は春の陽気よりも『アツい』夜だった事はここに記しておく。 
 

 
後書き
ちなみにですが、柏餅を軽く濡らしてラップで包み、30秒ほどレンチンすると餅はふっくら葉はしんなりで、多少は美味しく食べられます。どうしても食べたい方はお試しあれ!



……という事で、拙作『提督はBarにいる』が500話を迎えました。いやぁ、記念の話でも書けばいいんでしょうが、企画の話でそういうメモリアルを迎えるのも何だか俺らしいかなと思いましてwここまで続けてこられたのは、読者の皆様のお陰です。ありがとうございましたm(_ _)m 
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