提督はBarにいる。
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棄てられた少女の歩む先は・2
「よぅ、邪魔するぜ」
「あら提督、いらっしゃい」
「だから、俺はお前の提督じゃねぇって何回言えば……はぁ、もういいや」
海で助けた矢矧に、提督が罵倒に近い説教(?)を行ってから3日が過ぎていた。明石のメディカルチェックもクリアし、ようやく退院の日である。
「別に良いじゃない、こっちは呼び慣れてるしそっちは呼ばれ慣れてるでしょ?」
「まぁ、そりゃそうだが」
今回は断りもなく、矢矧の枕元にある椅子に腰掛ける提督。矢矧もそれを咎めない。
「大分マシな顔付きになったな」
「……そうね、誰かさんに死ぬ程メンタルをボロボロにされたお陰かしら?」
「おいおい、誰だそいつは。ひでぇ事する奴もいるもんだな」
「自覚が無いって酷いわね」
「俺のは愛のあるお説教だったろう?」
「アレが愛のあるお説教なら、校長先生のお話はきっと神のお告げに聞こえるわね」
「どっちもありがたいからな、似たようなモンだ」
「……ホント、口の減らない人なのね」
矢矧が呆れたようにクスリと笑う。その顔には救助された直後にあった翳りは微塵もなく、雨上がりのカラリと晴れた青空の様な顔をしていた。
「それで?どうするかは決まったのか」
どうするのか、というのは勿論矢矧の今後の身の振り方だ。
「えぇ、決めたわ。教導艦として他の鎮守府に行こうと思う」
「ほぅ?てっきり艦娘を辞めると思ってたんだがな」
「それも考えたわ。でも……私って艦娘である事を辞めたら何が残るのかなって」
矢矧が苦笑する。
「あの鎮守府に着任して、がむしゃらに頑張ってきたの。休みらしい休みなんてほとんど取らずに、たまの休みでも射撃の訓練だとか戦略の研究とか……そんな事ばっかり」
「だけどここの娘達は違った。私が入院してる間、何人もお見舞いに来てくれたわ。お菓子や本、ゲームにお花……やたらとお酒が多かったのにはビックリしたけどね」
何を恥を量産してんだウチの連中は。仲間内でなら酒が一番喜ばれるだろうが、他の鎮守府の艦娘にまでそれが適用される訳ねぇだろうがよ馬鹿め。
「この鎮守府の戦績は知っているわ。私の所属する……いえ、所属していた鎮守府ではとても比べ物にならない戦果を挙げている。もう、頑張る事が正しいのかさえ解らなくなっちゃった」
「どんな人間であれ、功績を残す奴はすべからく努力してるもんさ。程度の違いはあれな」
ウチの連中だって気を抜く時にはとことん抜けててだらしなく見えるが、訓練とか実戦の時にはしゃんとしてるんだぜ?……本当だぞ?
「そうね。……私、根を詰めすぎて余裕が無くなっちゃってたのかも」
意外と心の余裕って奴は大事なんだ。余裕が無いと常に緊張状態が続き、身体が次第に強張っていく。張り詰めすぎず、かといって弛みすぎず。ベストのパフォーマンスの出せる平常心ってのぁそういうモンだ。
「わかった、そういう事なら俺が責任を持って配属先を世話してやる。それまではお前さんはウチの客分だ、休むなり他の連中に混じって鍛えるなり、好きにするといいや」
「ありがとう……それは?」
矢矧が俺の小脇に抱えていた物に気付く。
「あぁ、これか?お前さんにプレゼントしようと思って持ってきてたんだった」
それは1部の新聞。神奈川県周辺の地方紙だった。
「これが私へのプレゼント?随分とショボくない?」
「中の記事読んでみな。3面だ」
そこには小さく、猿島に置かれた警備府の提督が事故死した事が淡々と書かれていた。飲酒運転で事故ったらしく、車が炎上して遺体も跡形もなく燃えてしまったらしい。
「これってーー!」
「ま、因果応報って奴さ。悪い事してるとお天道様が見ててバチが当たるって、よく言うだろ?」
煙草を咥えてニヤリと笑う。
「無理に忘れろとは言わねぇさ。ただ、お前さんが信頼を寄せて信頼を裏切られた最愛にして最悪の男は消えた……生まれ変わったと思って、心機一転頑張れや」
「ありがとう……提督ってヒーローみたいね?」
「…………いいや」
俺は立ち上がり、医務室を出る。
「俺はお前の基準から言えば………とんでもねぇ悪党さ」
ドアが閉まる寸前、聞こえるか否かと言うタイミングでそう告げた。
「はぁ……楽じゃないねぇどうにも」
「お疲れ様ですねぇ司令!」
「青葉か。目敏いなぁ相変わらず」
「ふふふ、特ダネの在るところ青葉在り!ですよ」
「いい加減にしろこのパパラッチ」
「それにしても……良いんですか?」
「何が?」
「矢矧さんに真実を伝えなくても」
「バ~カ、いいんだよ。立ち直ろうとしてるタイミングでまた世界のどす黒い部分を知って心にトドメ刺したらどうすんだ」
そう。世の中には知らなくていい事ってのが少なからずある。例えば、猿島の警備府の提督の本当死因は事故死じゃなくて寝込みを襲われて斬殺されたとか、その実行犯である元艦娘のどっかのおっかねぇ人妻が怒りのあまりにミンチにしちまったとか、それを隠す為に車をわざと事故らせて燃やしたとか、飲酒運転を演出するためによく通ってた酒場の店員やその夜の客に金を握らせて飲んでいたって嘘の証言をさせたとか、捜査に当たった刑事が『たまたま』俺の知り合いだったとか。そんな事は矢矧に伝える必要がない、知らない方が幸せな事だ。
「いいか?物事には過程があって、結果がある。俺は結果重視なのさ、そこに行き着くまでの過程がどうあれ、結果がよけりゃあそれでいい」
よく言うだろ?結果オーライって。
「あ~……あの矢矧さんの性格だと、過程も結果も気にしちゃいそうですもんね」
「だろ?だから、いいんだよ」
俺はそういう矢矧の基準からしたら、とんでもねぇ悪党さ。でも、悪党は悪党なりに通す筋って物があると俺は思ってる。
「わかってますよ司令、ウチの娘達はみ~んな、ね?」
「当たり前だ、教育したのも俺だぞ?」
「さてと、なんか飲みたい気分だなぁ。たまにゃあ店休みにして飲み行くかぁ」
「おっ、いいですねぇ司令!青葉、特別にお供しますよ?」
「要らねぇよ、どうせお前俺に集るのが目的だろが」
「……あ、バレました?」
そんな会話を交わしながら、青葉と提督は医務室の前から遠ざかっていく。この会話を矢矧が聞いていたのか、はたまたなにも知らぬままで新天地へと旅立って行ったのか。それは、誰にもわからない。
後書き
なんのかんの気付いたら、今回で499話に到達しておりました。恐らく次の話は今年のバレンタインアンケート企画の1人目の話になるかと思います。500話記念の企画はやるかどうかまだわかりませんが、読者の皆様がお付き合いしていただいたお陰でここまで書けたと思っております。ありがとうございますm(_ _)m
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