| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

彼願白書

作者:熾火 燐
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

at sweet day
  デアレスト・ドロップ

 
前書き
書き始めた時は1月だったのに。 

 
「茶会?」

「はい。茶会です」

霧島から渡されたシンプルながら品のある封筒に自分の名前と差出人の金剛の名前が書かれている。
それだけでも妙なのに、やたらと凝った紅い封蝋を外し、中の便箋に書かれた内容に更に顔をしかめる。

「御姉様が、是非にと」

「金剛の部屋で?」

「はい。御姉様の部屋で」

寮舎にある金剛の部屋は東南の角部屋で少し広めの部屋になっている。
一応、そこら辺の1Kのアパートの一室よりは広い間取りだが、茶会をやるような広さはないハズだ。

「この招待状は、他に何枚配ってるんだ?」

「その一通だけです」

キャパシティの問題は解決したが、別の問題が増えた。
問題の総数で言うなら、悪化している。

「つまり、君と金剛と私でお茶をしようと?理由がわからないな」

「私はその茶会に招かれていません。給仕もいません。御姉様と二人きりです」

問題はまたひとつ減り、またひとつ増えた。

「私に用があるだけなら、こんな形式張った茶会の形でなくても、ここに顔を出せばよいだろうに。私と何を交わすつもりかね?」

「そこまでは聞いておりません。私は御姉様から預かったこれを届けに来ただけですので」

霧島もやや不機嫌な態度で答える。
なるほど、霧島にとってもこれは不本意らしい。

「疑念は尽きないが……わかった。行くと伝えてほしい」

「わかりました。では、失礼しました」

霧島はそれだけ言って軽く頭を下げ、そして執務室を出ていく。
丁寧とも、粗雑とも遠い、適切という表現がピタリと当てはまる力加減で閉められた扉を見ながら考える。

霧島は今回の金剛が招いてきた茶会の詳細を知らない。

霧島が知らないふりをしている?
それについては霧島の性格を考えれば否であろう。
そのような演技派であったなら、もっと上手な立ち回りが出来る。
それが出来ないから、霧島はここにいると言ってもいい。

つまり現在の関係者の中では金剛一人だけの企てとなる。
では、金剛以外の他にまだいない登場人物がいる可能性はどうか?
こちらは大いに有り得る、は誇張表現になる程度の可能性だろう。
金剛の交遊関係は見える限りでは霧島、そして作戦中にほぼ同じ編成に入る五航戦姉妹、あとは鈴谷と熊野くらいだ。
水雷組とはほぼ縁がないと見ていい。
そして、あったとしても何かを企てるような間柄であるかは、疑問符が付く。

そして、金剛の性格を考える。
何かを企てる時に、人を巻き込むタチかどうか。
こちらについても否だろう。
半ば世捨て人に近い、厭世的で自己否定の強い性格だ。
誰かを巻き込むことはヨシとしないだろう。

ここまで考えて、やはり金剛が一人で考えて行動したことと判断する。

では次はその目的だ。

新しく気に入った茶葉が見つかった?
だったら暇を見て、こちらに顔を出してくる。
このような形式張った茶会を、それだけで開くようなことではない。
そもそも私と茶を交わすのは、彼女からしたら代償行為に過ぎないのだ。
もういない者への手向け。
法要や墓参りみたいなものなのだ。
私に付き合わせるのは、まぁ、当て付けなのだろう。
今回もまた、それと同じものだろうと判断する。
だからこそ、この形式張った茶会を開く理由がわからない。
結局、いくら考えても答えに辿り着きそうにない。
ならば大人しくその日を待つしかないか、と思考を止めた。





「さすが、時間通りの訪問ネ。待ってマシタ」

「世にも珍しい、お前からの招待状だ。無碍には出来ないだろう?」

その日は思っていたより早く、しかし1日ずつ日を刻んで、三日後にやってきた。
昼下がり、ティータイムの時間。
飾り気の少ない、質素というには少々の趣味のものが散見される、なんとも生活感の欠ける部屋。
それが金剛の自室だった。
窓際にあるそれほど大きくない丸テーブルと椅子がふたつ。
どうやら本当に金剛と二人しかいない茶会をやることになるらしい。

「金剛、他には誰が」

「来ませんヨ。テートク一人だけ、呼びマシタ」

本気か?
そう思ったのが一瞬、顔に出ていなかっただろうか。
気付かなかったのか、気付かなかったフリをしたのか、金剛はカップふたつに紅茶を注ぐと、お互いの席に置いて向かい側の席に座る。

なにか話がある、という程度のことではなさそうだ。
初めて見たかもしれない、金剛の私服姿。
それが、余計に事態の深刻さを浮き彫りにしている。
薄桃色の、少しだけ飾り気のあるブラウスに、白い毛糸地のカーディガン。
そして薄紅色で長丈のフレアスカート。
率直に言えば似合っている。
問題があるとすれば、着ているのが、似合っていることを安直に褒めるべきかすら悩むような相手であることだ。

「キーマンのいいのが入ったノ。口に合えばいいデスガ……」

「珍しいな。普段は「キーマンは死んだというのに、どうして空はこうも青いのか」と嘆いている君が、ね」

「だからこそ、デスヨ。キーマンのいいのを探すのはなかなか難しいのデース」

そう微笑む金剛は今回の茶葉をなかなか気に入っているらしい。
ますます、私と二人で飲むようなものではなさそうなのだが、金剛はこうして私を自室に招いた。
こんなことは、今まで一度としてなかったことだ。
全てが例外、全てが異常、全てが非日常。
目の前のティーカップの静かな紅い水面に、いつものフラットな自分の顔を確かめる。
大丈夫だ、判断力に鈍りはない。
紅茶に口付け、一飲みするまでが異様に時間が遅くなったように感じた。
風味を評するには不適な感想だが、いつもより、暖かな、緩やかな、そんな感じがした。

「どうデスカ?」

「なんだろうな。落ち着く」

「なら、よかったデス」

一言で言うなら、そう、落ち着く。
立っていた気が撫でられて寝かされるような、そんな感覚がした。











最初は、ほんの少しのいたずら心だったのかもしれない。
飲んでると眠くなるような風味の茶葉。
キーマンとは言うものの、まるで感覚の違う風味の怪しい茶葉が出回っているのを聞きつけ、物は試しと探してみたら、割とアッサリと、一般的ではない流通手段ではあったが出てきたのだ。
で、もちろん自分で飲む前に中身を改めたがもちろん毒物になるようなものは確認されなかった。
ただ、少しリラックスしやすい成分が多く見られる、という明石の分析を聞きながらふと、思ったのだ。

本当にリラックスしやすいというのなら、この泊地で一番、リラックスから程遠い人間が飲んだらどうなるのだろうか?

その結果が、金剛の目の前にある。

一度として見せたことがない自身の私服姿、招いたことがない自室、呼んだことのない茶会、それら全て込み込みで緊張していたであろうテートクを、カップ一杯で微睡ませるとは、流石に予想出来なかった。

テーブルに突っ伏すようなことはなく、椅子に座った姿勢のまま、目を閉じて細い寝息を立てている。

何かしらのファイルをアイマスクに背もたれに身体を預けて昼寝している姿なら幾度か見たことはあるが、実際には呼べば反応するくらいには神経を尖らせているのだ。

そんなテートクが、呼んでも反応がないレベルで落ちている。

いつもなら有り得ない光景に、自身の中でいろんなことが頭を過る。
長年の間に積もり積もったもの、この前のブルネイで見たもの、心の奥底にしまっていたものが、自身の背中を突き飛ばすように圧してくる。

分の悪すぎる賭け、あるいはヤケ。
そんなことを試みようとしている自分がいる。
ダメだダメだ、と踏みとどまろうとする自制心すら逆に煽りに感じる。
踏み出せば、もう今までのようにはいかなくなる。
それを一番、自身がわかっているハズなのにだ。

「テートク、起きてマスカ?」

確認はした。
反応はない。
反応がないなら仕方ない。
ワタシは悪くない。

こうやって自身の行動に言い訳を始めた。
これは致命的だろう。
自分の責任じゃないと言い訳して、保険をかけて、好き勝手にしでかそうとしているのだ。

「テートクが、悪いんデスヨ」

なんて、ひどい言い掛かりだ。
全ては自分で仕組んだことなのにだ。
ワタシは、今から最低な女になる。
いや、元から最低な女だったのが、自分に暴かれるだけか。
彼をお姫様抱っこするのは、いささか引っ掛かるところがあるが、出来てしまうのだから仕方ない。
自分と大差ない背丈で、軍人とは思えない細身で、下手をすれば自分より軽いかもしれない。
彼がそんな体格なのが、悪いのだ。
そう、悪いのは彼で、ワタシじゃない。
自己肯定と責任転嫁で、ワタシはもうマトモな判断力を失っている。
自覚しておきながら、自分を止められない。
やはりワタシは、最低な女だ。

ベッドの上に彼をそっと寝かせて、その上に四つん這いで覆い被さる。
こんな茶会の時でもジャケットにワイシャツとネクタイを欠かさないことに半ば呆れつつ、勝手に震える指先でネクタイを緩めていく。
指先がまるで自分の身体ではないようだ。
箸で指先の仕事をしているのだろうか?というようなぎこちなさ。
まどろっこしい。
でも、なけなしの理性が指先で丁寧に彼のワイシャツのボタンを外していく。
彼の喉元が見えた。鎖骨が見えた。
胸板が見えた。

彼とは確かに違う、彼の身体を見た。

あぁ、やっぱりか。

ワタシは、














息苦しい。
なんか重い。
そんな感覚で目を覚ました。
確か、金剛と二人で茶を飲んで……というところで自分が右腕で金剛の肩を抱き寄せていることに気付いた。
金剛はうつ伏せで覆い被さっていて、自分はその金剛を抱き締めているわけだ。

何が起きた?

茶会でどうやら意識が落ちた、ということはわかる。
今回の茶にアルコール類などは入っていないのに酩酊した?
いや、今は原因を考える時ではない。
現状、見慣れぬ天井を仰ぎ見るこの状況。
腕の中に金剛。
日の落方を考えれば二時間弱の空白。
もう一度、腕の中にいる金剛の姿を見る。

眠っているのでわかりにくいが、目元が赤い。
口から漏れる細い吐息が首元に当たる。
ひとまず、金剛を起こそう、と考えた。
そして、彼女の肩を叩こうと思って、手を止めた。
今は、寝かしておいたほうがいいのではないかと。
ふと、そう思ったのだ。

「仕方ない」

彼女からそっと離れて、ベッドに寝かせる。
ブラウスの赤いリボンタイを弛めて、ボタンを上から3つほど外して、顔にかかっている前髪を払って、ここまで済ませてから、自身の脱がされかけの状態のシャツのボタンとネクタイを直して、改めてベッドの上の眠り姫の姿を見る。
起きては……いない。
もしくは、起きていないと思っておいたほうがいいのかもしれない。
ひとまず、部屋を出るとしよう。
起きた時に、私の顔を見たくはないだろう。
そっと扉を開け、閉めるまでほとんど音を立てずに、部屋を出ることは出来た。
幸い、廊下には誰もいない。
こういう時は下手に周囲を気にせず、そそくさと退散するのが一番だ。
そう思い、私は早足で廊下を抜け、階段を降り、寮舎から出た。
今日はなにも起こらなかった、と言い張るために。











ダメだった。
今、自分はもしかしたら、彼に惹かれてここにいるのかも知れない。
そんな疑問を持って、彼に接近してみた。
でも、そんなことはなかった。
どうしても、彼を思い出してしまう。
手が、いや、全身が止まった。
未だに、ワタシはあの時から歩き出せていないのだ。
どこにも行けないワタシは、ここですら置き去りなのだ。
いっそ、彼が襲ってきたら、拒まないつもりだった。
そんなことも、当然起きなかった。
わかりきっていたことだ。
ワタシを必要としているのは、彼だけだ。
彼が必要としているのは、戦艦としてのワタシだけだ。
それでも、求められているだけ、必要とされているだけ、まだマシなのだろう。
この、時の流れからはぐれた泊地さえ、ワタシを置き去りにしていくのだろうか。
きっと、ワタシは彼を忘れることはないのだろう。
それを、再認識させられた。
ベッドボードの小物入れを引き出して、中から指環を取り出す。

彼、気付かなかったな。

気付いたとしても、茶会の準備で邪魔にならないように外したのかくらいにしか思わないのだろうけど。
ルビーの指環を改めて薬指に嵌める。
やはり、これがあってこそのワタシかもしれない。
今となっては、なんの意味もないただの古びたルビーの指環。
これ以外の指環を嵌める日は、今のワタシにはきっと来ない。
それがいいのか、悪いのか、そんなことは未だにわからない。
ただ、ひとつだけ言える。
ワタシはきっと、こんなワタシを置いてくれるここを護るために、まだワタシでいるのだ。
だから、この指環はまだ、外せない。
ワタシはまだ、ワタシをやめられない。 
 

 
後書き
バレンタインデー的な何かを書こうとして大脱線したなにか。大遅刻ってレベルじゃない。
もうやだこの未亡人。何を持ち込んでも変な反応する劇薬かよ。
そんな感じの話でした。ここまで読んじゃった方はお疲れ様でした。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧