その日、全てが始まった
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第2章:奔走
第8話 『不穏の予感』
前書き
第8話です
月曜日の放課後、洸夜はCiRCLEに居た。
きっかけは前日の夜の事であった。
洸夜がいざ床に着こうと思った際に、携帯に着信が入って来て応答したところ、友希那からの着信であり、翌日の放課後CiRCLEに来て欲しいと頼まれたのであった。
そんな洸夜は現在、彼女達の演奏を聴きつつ、ノートと睨めっこしていた。
すると突然、ペンを回すのをやめ、ノートに文字を走らせる。
そして、彼女達の演奏が終わると共に、彼も文字を書き上げるのだった。
「どうだったかしら?」
「流石だな。お前らの初ライブを見たことが無いから、初めから比べるのは不可能だが、確実に延びてる」
そう言ってノートを友希那に手渡した。
「これ。今日の改善点書いといたから」
「そう」
短く返した友希那は、ノートを受け取った。
そして、一同にこう告げるのだった。
「今日はここまでよ」
その言葉で、一同は片付けに取り掛かるのであった。
そんな中、洸夜は椅子に座ったまま考え込んでいた。
「洸夜、どうかしたの?」
「ん、ああ。何でもない」
「何でもない、と言う顔には見えなかったけれど?」
リサの問い掛けに答えた洸夜に対して、紗夜がそう返すのだった。
「いやー、今日の数学の範囲で担当教師が言ってたことがイマイチ分からなくてな」
そう言って洸夜は苦笑するのだった。
「それなら家に帰ってからゆっくり考えればいいのじゃないかしら?」
「一理あるな」
友希那の言葉に頷きながら、洸夜は荷物を掴むのだった。
そして、ドアのノブに手をかけ扉を開き外に出る。
それに続いて片付けを終えた友希那達も、外に出るのであった。
「次の練習はいつだ?」
「明後日のつもりだけれど」
「その日は用事があるから俺は出れないぞ」
分かった、と友希那は返した。
洸夜はそんな彼女の反応に違和感を覚えるのであった。
「どうかしたの?」
受付から戻って来たリサが、2人に尋ねるのだった。
「いや、なんにも」
そう言って、洸夜は鞄を肩に担ぐのだった。
「じゃあ、俺は失礼するよ」
「私も失礼します」
洸夜と紗夜は、そう言ってその場を去るのだった。
それに乗じて、他のメンバーも解散するのだった。
「洸夜、自転車は?」
「今日は一旦家戻ったから置いて来た」
その言葉で、紗夜は納得した。
その隣を歩く洸夜は、相変わらず何かを考えていた。
故に、紗夜が突然足を止めたことにも気付かず、かなり進んだところでそれに気付くのであった。
「……紗夜?」
振り返った洸夜の視線の先では、佇んだまま何かを考える紗夜の姿があった。
「紗夜」
再び呼び掛けると、紗夜は気が付き小走りで洸夜の隣に来るのだった。
「なんかあったか」
「何も……」
そう言った紗夜であるが、その顔色は何処となく暗いものであった。
そんな彼女を見た洸夜は「こっちも何かあるな……」と呟くのだった。
その後、2人は本日の練習の反省を話しながら家に向かうのだったが、終始紗夜の表情は曇ったままであった———
水曜日。
Roseliaのメンバーは、再びCiRCLEに集まり練習していた。
その最中の休憩時間、リサ、あこ、燐子の3人は、談笑していた。
「でね、その時もりんりんがあこを攻撃から守ってくれて……りんりんはカッコイイんだよっ、ゲームでも!」
「ははっ☆あこの向こう見ずは、リアルもゲームも変わらずなんだね〜」
燐子と遊んだゲーム内での出来事を、楽しそうに話すあこに、リサが言葉を返した。
そんなリサの傍に居た燐子が、言葉を紡ぐのだった。
「ゲ、ゲームの話は……。そ、それに……あこちゃんを……守ってくれるなら……お姉さんの方が……」
「あーっ! 巴ね、アタシ仲いいよ? 燐子も知ってるんだ、確かにあれは男前だ」
燐子の言葉に反応したリサが、そう反応するのだった。
そんな3人から少し離れた所で、紗夜は佇んでいた。
紗夜の様子が、普段とは何処か違っている事に気が付いた友希那は、紗夜に呼びかけるのであった。
「紗夜、どうかしたの?」
「……え、私がなにか?」
突然呼ばれた紗夜は、僅かに驚きながら応答した。
「こういう時いつもなら、私より先にあなたが、音楽以外の話をやめさせると思って」
友希那は、普段の紗夜とは異なる点を指摘するのであった。
「おねーちゃんのドラムはこう、どーーーんって! ばーーーーーん!!」
「あははっ! いっつもその説明だよね! 『どーーーん! ばーーーーーん!!』」
リサは笑いながら、あこの言った擬音を繰り返すのだった。
「……わた……しは……」
友希那の問い掛けに応えようとする紗夜だったが、聞こえてきたあこ達により、練習前に起こった出来事が脳裏を過っていた。
———……ん? そう言えば、このギターの子紗夜ちゃんに……———
その言葉が、幾度と無く彼女の頭の中で反響していた。
同時に、彼女の思考は、ある1つの事柄へとのめり込んでいった。
「紗夜? コンディションが良くないなら今日は帰……」
「い、いえ……大丈夫……! ただ少し、この休憩が終わるまで、頭を冷やさせ……」
友希那の言葉を遮りそう告げたが、紗夜の言葉はここで続かなくなった。
再び、3人の会話が耳に入ってきたからだ。
「つい最近まで一緒にお風呂入ってたんでしょー?」
「……! そう……なの……!」
リサの問い掛けに、燐子が驚くのであった。
「えっ? そうだよ? みんなそうじゃないの?」
対するあこは、それが常識なのでは無いかと言わんばかりの返答をするのだった。
「いや〜どうかな〜? アタシには妹いないからなぁ……」
「わたしも……いないから……」
リサと燐子が、そう答えるのであった。
そんな2人に、あこは胸を張ってこう返すのであった。
「ふんっ。2人ともおねーちゃんがいなから、わかんないんだよっ」
誇らしげな様子のあこは、そのまま続けていった。
「おねーちゃんってのはね、ずーっと、一番カッコイイ、妹のあこがれなのっ」
「……っ!」
そんなあこの言葉を聞いていた紗夜は、動揺していた。
自身の考えている事と、あこの話しを結びつけてしまったが故に。
「ちょっとちょっと〜、友希那カッコイイはどこ行っちゃったの?」
リサが、あこにそう尋ねた。
「一番カッコイイのはおねーちゃんだけど、超超超カッコイイのは友希那さ……」
あこが、リサの問いに答えようとした瞬間の事だった。
———ブチンッ!
「……え?」
学校から戻った洸夜は、自身の部屋のクローゼットの脇に置いてあるギターケースの中から取り出したギターを掻き鳴らしていたのだが、突如として弦が切れるのだった。
「1年以上触ってなかったからな……。メンテ不足か?」
何故切れてしまったのか考え込む洸夜であったが、前触れも無く弦が切れてしまったことに、何か不吉な予感を覚えるのであった。
「何も無ければ良いんだが……」
そう呟いた洸夜は、ギターをケースにしまうと、そのケースを背負い部屋を出た。
そして、下に居た母親に出かける趣旨を伝え家を出た。
家を出た洸夜は、真っ直ぐに江戸川楽器店へと向かった。
「いらっしゃいませ。あ、紗夜ちゃんのお兄さん」
扉を開くと、間髪入れずにそんな声が洸夜に飛んで来る。
「どうも、鵜沢さん」
洸夜は店員こと『鵜沢リィ』へと言葉を返した。
彼女は、花咲川女子学園の3年生で、紗夜の先輩にあたる。
洸夜とも面識がある。
「今日はどうしたのかな?」
「ギターのメンテナンスをお願いしたくて」
そう言って、背負っていたギターケースをカウンターへと置いた。
「何処をどういう風に?」
「えっと、弦の張り替えをメインにした全面的な補修と……ここに書いてある通りに調整を施してして欲しいんですけど」
そう言って洸夜は、1枚のメモを手渡した。
「はーい。時間かかるけど大丈夫?」
「はい。お願いします」
「あ、ねえ」
そう言って、その場を後にしようとした洸夜であったが、呼び止められるのであった。
「なんですかね?」
「一昨日のライブ、出てたよね?」
「観に来てたんですか」
リィの意外な言葉に、洸夜は少し驚いた様に返すのであった。
「うん。バンドの参考になるかなと思って」
「え、鵜沢さんってバンドやってたんですか?」
「やってるよ。『Glitter*Green.』ってバンドで」
「え、Glitter*Green.で?!」
リィの口から飛び出したバンド名に、洸夜は大いに驚愕するのであった。
「その反応だと私達を知っているみたいだね?」
「ええ。何度かライブを観たこともありますし」
「そっか。じゃあ、今度またライブやる時は観に来てよ」
「都合がついたらですが……是非行かせてもらいます」
「楽しみにしてるよ」
そう会話を交わしたところで、洸夜は店内に設置されたカフェスペースに向かい、そこにある席に座る。
「……さて、どうしたものか」
誰にと無くそう呟いた洸夜は、徐に携帯を取り出した。
そして、何をするわけでも無いが、ネットに潜るのであった。
そんな感じで30分程経った辺りで、店の奥からギターケースを抱えたリィが洸夜の元に現れた。
「出来たよ」
そう言って、洸夜のギターケースを差し出してくる。
「ありがとうございます」
洸夜はお礼を言いながら受け取った。
「じゃあ、お会計するからレジに来て」
「はい」
促された洸夜は、席を立つとレジへと向かう。
「じゃあ、今日は学割込みで3700円ね」
「3700円……これで」
「はい、丁度」
支払いを済ませた洸夜は、財布を仕舞いかけたところで、レジの奥に貼られていた1枚のポスターに目が止まった。
そのポスターは、近々デビューする予定のアイドルグループのものであった。
その中の1人に、見間違えるはずが無い姿があった。
下の妹の姿が。
「どうかしたの?」
「あ、いえ。少しポスターを……」
「あ、この『Pastel*Palettes』のやつね」
「ええ……」
ポスターの中に映っていたその姿を見て、洸夜は複雑な気持ちだった。
そんな事を知る由も無いリィが、こんなことを話すのだった。
「そう言えばさっき、紗夜ちゃんがここに来たよ」
「え、紗夜が?」
「なんかこのポスター見た後、練習があるとか言ってすぐいなくなっちゃったけどね」
その言葉を聞いて、彼の中では不安が募るのだった。
「そうですか……。あの、用事があるのでこれで失礼しますね」
「うん。じゃあ、今度のライブある時誘うからね」
「はい」
それだけ言って、洸夜は店を出た。
そして、足早に家へと向かう。
「あ、洸夜?」
そんな彼は、途中で背後から声をかけられた。
洸夜は立ち止まると、聞き慣れたその声の方へと振り返る。
「リサ……と湊か」
「こんなところで何をしているの?」
「ギターが壊れたから修理に行ってた」
友希那に問われた洸夜は、自身の背面に背負ったギターケースを示しながらそう告げた。
「洸夜のギター?」
「ああ。1年ぐらい触ってなかったけどな」
と言った洸夜は、リサの少しばかり浮かない表情に気付き、2人にこう尋ねるのだった。
「そういえば、2人はなんかあったのか?」
「どうして?」
「なんか、沈んでるように見えたから」
首を傾げる友希那に対して、洸夜はリサの方を示しながらそう答えた。
「うん……少しね……」
「何があった?」
「実は……」
そう言って、リサは先程起こった出来事を話すのだった。
「紗夜が、突然怒り出して……」
「な、なんでまた……?」
「日菜の事で……」
それを聞いた瞬間、彼の予感は確信へと変わっていた。
「そうか……。それで、紗夜はどうしたんだ?」
「帰らせたわ」
そして友希那は、こう続けるのだった。
「———Roseliaに、私情はいらない」
そう告げた友希那は、何処となく冷徹さを纏っていた。
「そうか」
洸夜はそれだけ言うと、2人に背を向ける。
「どうかしたの?」
「悪い、急用だ」
それだけ告げると、洸夜はギターケースを背負い直し走り出した。
「手遅れになる前に……!」と呟きながら、自宅を目指して———
帰宅した紗夜は、自室に籠もっていた。
ベッドの上で体育座りをした状態で蹲り、様々なことで思考を巡らせながら。
あこ達の前で突然怒ってしまったこと、友希那に言われたこと、そして何より———ポスターに写っていた日菜のこと。
この時の紗夜は、思考の対象となっていたそれらが自身では受けきれない程のモノとなって、彼女に伸し掛かっていた。
———この先自分はどうしたら良いのか。
その答えが出せない状況が、家への帰り道から今に至るまで続いたままだった。
同時に、この感情をどこに向ければ良いのかも分から無いでいた。
すると不意に部屋の扉がノックされ、自信を呼ぶ兄の声が聞こえてきた。
「紗夜、いるか?」
それにより、僅かに顔を上げる紗夜だったがすぐにまた蹲り、沈黙したままでいた。
「入るぞ?」
洸夜はそう告げ扉のノブに手を掛け開けようとしたが、その扉が開くことは無かった。
「紗夜、いるのか?」
洸夜は鍵の掛けられている扉越しに、再びそう問い掛けるのであった。
そこで漸く、紗夜は応答するのであった。
「……なんの用? 放っておいて欲しいのだけれど」
「何があったんだ?」
紗夜から放たれた冷たい言葉に動じること無く、洸夜はそう言葉を紡いだ。
「なんでも良いでしょ?」
「なんでも良くない。お前がそうやって閉じ籠ることは、放っておけることじゃない」
そう言って、洸夜はこう続ける。
「———粗方、日菜のことだろ?」
「……ッ?!」
ほぼほぼの核心を突かれた紗夜は、動揺した。
洸夜は、紗夜が動揺していることを知りながらも続ける。
「今のお前がどうしてそんなに悩んでいるのかの理由も、何と無くだが把握してる」
「……それを知っているからって、どうにかなるのかしら? ならないでしょ?」
紗夜は強めの口調で、洸夜に言葉を飛ばした。
そして、極め付けの言葉を放つのだった。
「———だからもう、放っておいて欲しいの」
そう言葉をぶつけ、洸夜を冷たく突き放すのだった。
対する洸夜は『そうか』とだけ返し、紗夜の部屋の前から去るのだった。
そして、扉の向こう側から、別の扉が閉まる音が紗夜の耳に届いた。
暫くの間、彼女の部屋は静寂が支配する状況に変わる。
「兄さんに……何が分かるの……」
静寂を断ち切るかの様に紗夜は、涙ぐんだ声でこの場に居ない洸夜に対しての言葉を零すのだった。
「———そうだな。今のお前の気持ちは分からないな」
この場で聞こえるはずの無い声で、突如として返された言葉に紗夜は思わず顔を上げた。
「お前が話してくれなきゃ、な」
視線の先に立っていたのは、先程まで扉越しに会話をしていた筈の洸夜であった。
「い、一体何処から……!」
「そこ。空きっぱだったから入れた。籠るんだったら、ああ言うところの鍵も確認した方がいいぞ」
そう言った洸夜は、自身の背面側にある窓を親指で示すのだった。
「んで、なにがあった」
「……知って、いるのでしょ?」
立ち上がりそう言った紗夜は、俯いたまま両手を強く握っていた。
その両手は、絶え間無く震えていた。
「……紗夜の口から本当の事を聞きたい」
洸夜は、真剣な眼差しで紗夜へと告げた。
「それで……私から聞いて……何になるの……」
「俺が、全てを知ることができる」
途切れ途切れに紡がれた紗夜の質問に、洸夜は即答するのだった。
そして、こう続けるのであった。
「そうすれば———少しぐらいだろうが、紗夜の力になってやれるかもしれない」
「貴方に……貴方に何が分かるのよ!」
洸夜が言い切った直後、紗夜が金切り声で叫ぶのだった。
「どれだけ努力をしても抜くこともできず、何か新しいことをすれば後から始めて直ぐに追い越される! それを幾度となく繰り返される気持ちが!」
そして紗夜は、こう言うのであった。
「今の私には———ギターしかないのよ!」
2人のみの空間内で反響する紗夜の声。
それが止むと、辺りは静寂に包まれた。
「……本当に、ギターだけなのか?」
すると、静寂を断ち切る様に洸夜が紗夜に投げかけた。
「お前に残されてるのは、ギターしかないのか?」
「そうよ! ……でも、それもあの子が……日菜が……また持っていってしまう……」
そう言った紗夜の瞳には、涙が浮かんでいた。
対する洸夜は、『そうか』とだけ呟いてから、紗夜にこう返すのであった。
「今のお前じゃ———頂点なんか目指せ無いな」
そう告げた洸夜の眼差しは、先程までの真剣なものではなくとても冷たいものであった。
「困難に立ち向かうのではなく、否定して逃げるような奴は絶対上には行けない。今のお前は、正しくそれだ」
そして洸夜は、極め付けにこう言った。
「———ギター、やめた方がいいぞ」
その言葉の直後、パンッと乾いた音が木霊した。
同時に、洸夜の頬に鈍い痛みが走った。
紗夜は無意識の内に、平手打ちを洸夜へと行っていた。
「……ッ?!」
我に帰った紗夜は、自身の咄嗟の行動に戦慄していた。
「悪い……言い過ぎた」
対する洸夜は、平手打ちの反動で顔を右側へと向けたままでいたが、自身の左頬を抑えると、紗夜に対して謝罪するのであった。
その傍らの紗夜は、自身の起こしてしまった新たな過ちが故、彼女の潤んだ双眸から涙を零すのであった。
「……紗夜……ごめん」
洸夜は、紗夜の震える身体を自身の方へと引き寄せると、そのままそっと抱き締めるのであった。
「……ウウッ……アアッ」
抱き締められると同時に、紗夜は声を上げて泣き始めるのだった。
彼の胸に、自身の顔を深く埋め。
洸夜も、そんな彼女を受け入れ抱く力を少し強める。
そして、彼もまた静かにではあるが涙を流すのだった。
そんな感じで対照的に涙を流し続ける2人は、10分程その状態であった。
その後、双方が落ち着いたところで2人はベッドに腰をかけた。
そして紗夜は、今日あった事を洸夜に打ち明けた。
「……そうだったのか」
紗夜の口から聞いた事象に、洸夜はそう呟くのであった。
「私は……どうしたら良いのかしら」
そう言った紗夜は、顔を俯けた。
そんな紗夜に対して洸夜は、こう言葉を返すのであった。
「———それは、紗夜自身が決めないといけない事だ」
洸夜の言葉を聞いた紗夜は、僅かに驚いた様子で顔を上げた。
対する洸夜はだから、と言って続けた。
「俺がその答えを示すことは出来ない。強いてできることと言えば———何事にも向き合う覚悟が必要だ、って事を伝えることぐらいかな」
「そう……」
そう言って俯く洸夜に、紗夜は残念そうに言葉を返した。
「でも、相談に乗るぐらいはできるよ」
紗夜の頭に手を置きながらそう言う。
「ありがとう、兄さん」
紗夜は、感謝の言葉を述べる。
洸夜は、そんな彼女の頭を撫で始めた。
紗夜はそれを拒む事なく受け入れるのだった。
「さっきは……ごめんなさい」
「良いって。寧ろ、謝らなきゃいけないのは俺の方だよ……」
互いにそう言い合った後、洸夜はそっと手を離すのだった。
すると紗夜が、洸夜の左頬へと手を伸ばした。
「……赤くなってるわ。湿布貼らなきゃ……」
「いいよ。どうせこの後風呂入る予定だし」
「じゃあ、入浴後に貼りましょう」
紗夜は食い下がるのだった。
「別にそこまでしなくても……」
「そうじゃなきゃ、私の気が済まないの」
「……分かったよ」
紗夜の言葉に折れた洸夜は、そっと立ち上がった。
そして、扉の方へと歩き出す。
「今すぐどうにかなる事じゃないから、無理だけはするなよ」
そう言い残して、洸夜は紗夜の部屋を後にするのだった———
土曜日。
洸夜は自宅からの最寄駅に居た。
日が日なだけあって、プラットホーム上はそこそこ混雑していた。
そんな中彼は、遠出する為の荷物を背負って次の列車が来るのを待っていた。
すると彼の視界に、何やら辺りを見回している人物の姿が映った。
「なんだ……あれ」
そう呟くと、取り出した携帯の画面に意識を向ける。
普段と同様にネットサーフィンをしていく洸夜だったが、不意に視線を感じ顔を上げた。
すると、自身の傍らに自身を見つめる先ほどの人物が立っていた。
「……ッ!」
そのことに一瞬だけ驚く洸夜だったが、直ぐに視線を画面へと戻した。
だがしかし、隣からの視線が止むことはなく洸夜は流すことを断念するのだった。
「……何かご用でしょうか?」
「え、あ、私に言ってるんですよね?」
「当たり前じゃないですか……」
洸夜は頭を押さえつつそう返した。
そして、こう尋ねる。
「で、何なんですか?」
「実は……ここにはどうやっていけばいいのかを尋ねたくて」
そう言ってその人物———恐らく洸夜と同い年ぐらいの少女は、携帯の画面に映した地図を提示した。
「あー、えっとですね……」
地図を見た洸夜は、戸惑った様子でこう告げる。
「この駅、反対側の路線に乗らないと辿り着けませんよ……」
「え……」
洸夜に告げられた少女は、驚きの色を示す。
「この目的地への最寄駅は、ここのホームに着く列車とは反対の方面に向かう列車に乗らないといけないんです」
洸夜は残念そうにそう断言するのだった。
「そうだったの……」
少女はそう呟くと、何かを考え込んむ。
そして、洸夜に対してこう尋ねる。
「その、もし宜しければそこまで案内して貰えませんか?」
「……ふぇ?」
突然過ぎる事に、洸夜は変な返しをする。
「な、なんでまた?」
しどろもどろになりながらも、洸夜は真意を問い掛ける。
「その……列車の移動が苦手で……」
「……なるほど」
そう返した洸夜は、携帯を取り出し何かを調べる。
そして、少女にこう言った。
「分かりました。時間に余裕があるので案内しますよ」
「ありがとうございます」
洸夜は少女と共に、彼女の目的地へと向かう列車のホームへと移動した。
「……やっぱこっちのホームの方が飲んでるよな」
ホームに辿り着いた洸夜は、誰にと無くそう呟くのであった。
その数分後、ホームに1本の列車が入ってくる。
2人はその列車に乗り込む。
「……凄い混んでるわね」
「今日は日が日ですからね……」
洸夜はそう答えると、少女と共に乗り口とは反対の扉近くの角へと移動する。
「その、急なお願いを聞いて下さりありがとうございます」
「気にしないで下さい。自分が好きでそうしただけなので」
「ありがとうございます。ところで、今日はどちらに向かわれる予定でしたの?」
少女の問い掛けに、あー……と唸ってから洸夜は口を開いた。
「郊外の方にちょっとその……瞑想しに……」
「めい……そう……?」
苦笑を浮かべた洸夜は、目の前で首を傾げる少女から、そっと目を逸らすのだった。
「まあ、少し違った場所に行ってみたかったんです」
「そうだったんですね」
頷いた洸夜は、車窓へと視線を移した。
流れる景色を茫然と見つめながら、彼は列車に揺られる。
そして、いくつかの駅を過ぎ目的の駅へと到着する。
「ここです。降りましょう」
洸夜は少女と共に列車から降りる。
そして、人の流れに乗って改札の外へ出る。
「目的地はどっちですか?」
「流石にこれ以上は悪いです……」
そう言って申し訳なさそうにする少女。
対する洸夜は食い下がるのであった。
「そこまでやらないと、自分の気が済まなくて」
「なら、お願いします」
「はい」
そう言って、2人は歩き出す。
「目的地まではどのくらいですか?」
「駅からだと……歩いて十数分ってところね」
ふーん、と洸夜は頷いた。
そして歩く事10分弱。
「ここです」
そう言って少女は、1つの建物の前で立ち止まった。
「じゃあ、ここまでで良いですね」
「ええ。本当にありがとうございました」
「いいえ。では、自分はこれで失礼します」
そう言って洸夜は踵を返す。
そして、懐から携帯を取り出す。
「……はぁ!?」
その直後、彼は驚愕の声を上げた。
「ど、どうかしました?」
「あ、いえその……」
洸夜は、少し言葉を濁した後に打ち明けた。
「さっき乗ってきた路線……人身事故で止まっちゃったんですよ……」
「え、そうなんですか?」
「みたいです……。これじゃ行きたいとこに行けそうにないな……」
そう言って、洸夜は落胆するのであった。
そんな洸夜を見た少女はこんな事を言うだった。
「その、この後お時間ってありますか?」
「え、あ、はい。一応ありますが」
「私、この芸能事務所に入ってるんですが、御礼の代わりというのは何ですが、宜しければ見学して行きませんか?」
「え、え……?」
あまりの状況に、洸夜はテンパるのだった。
「え、えっと……先ず、芸能人の方なんですよね?」
「ええ。ここの事務所に所属してます」
「で、ええっと……その、活動の様子を見せていただけると?」
「はい」
洸夜はその申し出に対して悩むのであった。
「その、本当に見せて貰っちゃって大丈夫なんですか?」
その言葉に、目の前の少女は頷いた。
「なら、折角ですし見せて貰いたいです」
「分かりました」
そう答えると、洸夜は少女と共に建物の中へと入った。
そして、少女が受付と思しき人に何かを話した後、その奥へと通される。
「……本当に入れたよ」
洸夜は、誰にとなくそんな事を呟く。
「半分位疑ってましたね?」
「正直なところ……はい」
そう言って洸夜は、少し申し訳なさそうにするのであった。
その直後、廊下を歩いていた彼は不意に足を止め、キョロキョロと辺りを見渡し始める。
「……どうかしました?」
「なんか、嫌な予感がしたので……」
すると、何処からともなくドタドタという音が近づいてきた。
「……?」
その音が自身の背後から近づいて来ることに気が付いた洸夜は、即座に振り返る。
瞬間、彼に少し強めの衝撃が走る。
「とわッ……」
咄嗟の事でよろけてしまう洸夜だったが、何とかその場に踏みとどまった。
「やっぱりそうだった!」
「———え、日菜?」
そんな彼の視界に映ったのは、紛れもない下の妹だった。
「……日菜ちゃん知り合いなの?」
「……あれ、なにやってるの?」
行動を共にしていた少女が日菜にそう尋ね。
それと同時に、少女の背後の扉が開き、中からピンク髪の少女が顔を覗かせた。
「え、あー、ん?」
次々と起こる出来事に、洸夜は頭の処理が追いつかなくなっていたのだった。
「とりあえずここ入ろっ」
固まっていた洸夜は、日菜に促され他の2人と共に部屋の中に入るのであった。
中に入ると、銀髪を三つ編みに結った少女と眼鏡をかけた茶髪の少女がいた。
「え、あ、え?」
更に人間が増え、洸夜の思考は停止手前まで行っていた。
そんな彼を他所に、彼と共にここへ来た少女が日菜へと問い掛ける。
「えっと、日菜ちゃんはこの人とどういう関係なの?」
「え、どういうって———」
「「兄妹」」
思考が戻った洸夜と日菜は、声を揃えて答えるのだった。
「え、日菜ちゃんのお兄さん?!」
ピンク髪の少女が、両手の平を口の前に持ってきて驚く。
「そーだよ。ほらお兄ちゃん、自己紹介して」
あー、と言ってから洸夜は自己紹介をするのだった。
「氷川洸夜です。日菜の兄です」
「氷川……洸夜? もしかして、コウ君?」
「……え?」
「私よ、白鷺千聖。昔よく遊んだじゃない。覚えてない……?」
洸夜と共にここへ来た少女———千聖が洸夜へ問い掛ける。
対する洸夜は、額を押さえながら考え込んだ後、言葉を紡いだ。
「……ごめん。全く覚えて無い」
「そう……」
申し訳なさそうに答えた洸夜に対して千聖は、残念そうに肩を落とした。
「あ、えっと私の番かな?」
そう言って、ピンク髪の少女が自己紹介を始めた。
「まん丸お山に彩りを。丸山彩です♪」
「……は、はぁ」
彩と名乗った少女に対して、困惑した表情を向ける洸夜。
そんな彼に対して、今度は銀髪を三つ編みに結った少女が自己紹介をする。
「若宮イヴです! 宜しくお願いします!」
「ん。宜しく」
「最後は自分ですね」
そう言って残っていた眼鏡の少女が名乗るのだった。
「後ろから読んでも『やまとまや』、大和麻弥です。宜しくッス」
「やまとまや……マジだ。上下どっちから読んでも同じだ。あ、宜しく」
自己紹介が終わったところで、洸夜は一同を見渡す。
そして、今この場にいる彼女達が先日見たポスターに写っていた5人であることに気が付いた。
「……もしかして、ここにいる5人って『Pastel*Palettes』?」
「そーだよ。お兄ちゃんもう知ってたの?」
「ああ。ポスター目にしたんでな……お?」
そう答えた洸夜の目には、室内に置かれた楽器が止まる。
彼はそのうちのギターの前に足を運んだ。
「……なんでギター?」
「あ、それ私のだよ」
「日菜のか」
そう呟いた洸夜は、日菜の方に振り向き尋ねる。
「ちょっと借りてもいい?」
「いいけど、なにするのー?」
「弾くに決まってんだろ」
「……なんで急に?」
洸夜に対し、彩が問い掛ける。
「ギター見たら弾きたくなった……からだな」
そう答えると、彼はギターを構える。
「……『Shooting sonic』でいいか」
そう呟くと、ギターをかき鳴らし始める。
彼が演奏するのは、宣言通りShooting sonicのギターパート。
そんな彼の圧巻の演奏に、5人は魅了されていた。
そして、1番の歌詞が終わる小節のところで彼は手を止めた。
「ふぅ……」
深い溜め息を1つ吐く洸夜。
直後、扉の方から拍手が届いた。
一同はそちらへと視線を向ける。
「素晴らしい!」
「……誰?」
「あ、緒方さん」
緒方と呼ばれたスーツの男が、洸夜の前に歩み寄る。
「申し遅れました。Pastel*Palettesチーフマネージャーの緒方です」
「あ、えーっと……氷川洸夜です」
「氷川……ということは日菜さんの?」
「兄です」
「そうでしたか」
「で、なんの御用で?」
はい、と言って緒方はこう告げた。
「君もこの事務所に入りませんか?」
その一言に、部屋の中にいた一同は固まるのだった。
後書き
今回はここまで。
次回もお楽しみに
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