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その日、全てが始まった

作者:希望光
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第1章:出会い
  第7話 『彼等の原点』

 
前書き
第07話です。 

 
 目を覚ました洸夜は、辺りを見渡す。
 そこはCiRCLEの会議室。
 部屋の中には自分以外の姿は認識できない。

 まだ若干ぼやける重たい瞳で、彼は自身の左腕に巻いた腕時計へと視線を落とした。
 時計は午後0時半を示していた。
 それを目にした洸夜は、飛び起きた。

「……ヤベ、寝過ぎたか?」
「あ、起きたか?」

 洸夜が焦っていると、部屋の扉が開き祐治が入ってきた。

「あ、ああ。たった今」

 そうか、と言った祐治は、洸夜の対面の椅子に座った。

「練習、何時からだ?」
「2時からだ」
「OK」
「それまで、体でも休めとけ」
「そうだな」

 そう言った洸夜は、徐に椅子から立ち上がった。

「どっか行くのか?」
「コンビニ行ってくる。腹減ったから」

 そうとだけ言い残し、部屋の扉に手をかけたところで唐突に振り返った。

「なんか買ってくるものある?」
「え、じゃあ甘いもの」
「ん」

 短く返した洸夜は、そのまま部屋を後にする。
 そして、同様の質問を他のメンバーにも行ってから、近場のコンビニへと足を運んだ。
 自動ドアの前に立つと、扉が開くと共に入店時の音楽が流れる。
 その奥から、店員の挨拶も聞こえてきた。

「いらっしゃいませ〜」
「しゃーせ」
「……え?」

 聞こえてきた挨拶は2人分。
 そのうち片方は、普通では聞く事がないものであった。
 それ故か、洸夜は変な声を上げて考え込んでしまうのだった。

「アレ、洸夜じゃ〜ん☆」

 聞き覚えのある声に呼ばれた洸夜は、意識を現実へと引き戻された。

「……リサと……青葉だっけか」
「そーいうあなたは洸夜さんではありませんか〜」
「なになに〜? 2人とも知り合い?」
「2日前に知り合った」

 するとモカが、洸夜とリサの顔を何度も何度も確認するのであった。

「お二人は、どういう関係なんですか〜」
「……え、なんて説明したら良いんだ?」
「もしかして、これですか〜?」

 そう言ったモカはニヤニヤと笑いながら、右手の小指を上げて見せるのであった。

「モ、モカ ……!」
「そ、そういうのではない……。うん」
「そーなんですか? お似合いだと思いますけどね〜」
「そ、そうなのか……? と、まあ、それは一回置いておいて」

 洸夜は、脱線した話題を本線へと戻した。

「リサ、俺らってどういう関係って説明したらいい?」
「え、うーん……Roseliaのコーチって感じかな」
「おー。じゃあ、さっきリサさんが話してた人って〜」
「洸夜の事だよ〜」

 既に説明してたんかい、と言うツッコミを飲み込んだ洸夜は、口を開き話題を変えるのであった。

「で、2人はバイトか?」
「そうだよ☆そういう洸夜はどうしたの?」

 ああ、と言って洸夜は説明を始めた。

「今日『Crescendo』のライブをやるんだが……」
「え、洸夜達ライブやるの?」
「ああ……で、その準備してて何も食べてなかったから何かを買いに来たってわけ」
「なるほどね〜。じゃあ、バイト終わったら観に行こうかな☆」
「いいんじゃないか? 今回やるのはオリジナル曲だし」
「本当に? 絶対見にいく!」
「ん」

 軽く返した洸夜は、1度レジから離れ陳列棚へと足を運んだ。
 そして、制汗シートをカゴに入れる。
 その後は、他のメンバーに頼まれた商品を探し出してカゴに入れ、レジへと戻った。

「これお願いします」
「はーい」

 カゴを受け取ったリサとモカは、慣れた手つきでレジを通し商品を袋に詰めていく。

「後、ホットスナックいくつか貰いたいんだけど」
「どれにします〜?」
「えっと、ハッシュポテトとサクッとチキンって奴を1つずつ」

 それを聞いたリサが、ショーケース内の商品を詰めていく。

「あ、温める?」
「そのままで」
「はーい。2548円になります」

 洸夜は、お代をキッカリとリサに手渡した。

「……丁度だね」
「丁度で払わないと気が済まないもんで」

 そう言った洸夜は、リサから袋詰めされた商品を受け取った。

「じゃあ、みんな誘って観に行くから頑張ってね☆」
「私達も行きます〜」
「ああ。2人もバイト頑張れよ」

 そう言い残して、洸夜はコンビニを後にした。
 そして、CiRCLEへと戻って来た。

「買ってきたよ」

 洸夜は戻るなり、各々が所望した物を渡していくのだった。

「えっと……このチョコが祐治か」
「ありがとう」
「で、この炭酸が……あ、雅人か」
「なんだ今の間は」
「さあね〜」

 ツッコミを入れてくる雅人を華麗にスルーしながら、洸夜は品物を渡していく。

「この……お茶なのか、これ」
「そうだ。ありがとう」
「あ、いえ」

 大樹にペットボトルに入った飲み物を渡しながら、そう言葉を交わした。

「で、結弦にはこれね」
「ありがとう、氷川君」

 そう言って、結弦は洸夜からソーダ味のアイスを受け取るのだった。

「溶けてないよな?」
「大丈夫みたい」

 そう答えた結弦は、右手の人差し指と親指で輪を作り、『OK』と言うことを示した。

「なら良かった」

 そう言った洸夜は、会議室に入った。
 そして、自身が座っていた椅子に再び腰をかけると、袋の中身を取り出していくので有った———





 CiRCLEのAスタジオにて、Crescendoのメンバー達は最終調整を兼ねたセッションを行なっていた。

「……こんなものか?」
「うーん、僕としてはもう1回ぐらいやった方がいいと思うけど」
「俺もそう思う」

 祐治の問い掛けに、結弦と大樹がそう答えた。

「雅人は?」
「俺は大丈夫」
「そうか。洸夜は?」

 祐治は、洸夜の方へと振り向きながら尋ねた。

「俺もOKだが……やった方がいいとは思う」

 ただ、と言って洸夜は続けた。

「2人が不安だって思う箇所を重点的にやって、通しはしなくても良いと思う」
「なるほど……」

 洸夜の言葉に、祐治はそう呟いた。

「とりあえず、2人がどの辺りが不安なのか聞いてみてからだな」
「僕はサビからラストまで」
「俺もだ」

 2人の意見を聞いて、祐治は1つの案を導き出す。

「じゃあ、サビ前からラストまでやるか」
「「「「了解(OK)(分かった)(うん)」」」」

 祐治の言葉に、他の4人は各々の反応を同時にするのであった。
 そして、祐治の指示通りにサビ前からラストまでの演奏を始めた。
 他のメンバーの演奏に合わせて、祐治の歌声がスタジオ内に響き渡る。
 そして、最後の小節を終え曲が終了する。

「こんなもんか?」

 歌い終えた祐治が、2人にそう問いかけるのであった。

「そうだね。僕はバッチリだよ」
「俺もだ」

 結弦と大樹は、頷きながらそう返すのであった。

「じゃあ、後は本番だけかな?」
「だな」

 洸夜の言葉に、祐治が短く返すのであった。
 そして、祐治は全員の方へと振り向く。

「今日のライブ……確実にアイツとの別れのものになる。だからこそ、最高の演奏でアイツを送り出してやろう」

 その言葉に、全員は頷くのだった。
 それを見た祐治もまた、頷くのであった。
 そんな具合でラストリハーサルを終えた彼等は、スタジオを後にし控え室へと移った。

「さて、あと1、2時間したら本番だな」

 最後に控え室に入った洸夜が、扉を閉めながらそう全員に投げかけた。

「だな。やれることはやったつもりだ。後は、本番に全力を注ぐだけ」
「だね。アレだけやったんだから、僕達は必ず成功させられるよ」

 祐治の言葉に、結弦が続けてそう答えた。

「だな。それに、俺達Crescendoは、最高の演奏ができるからな」
「おうよ。だから、不安がる事もないな」

 全員の意気込みを聞いて、洸夜は『なるほど』と頷くのだった。

「そういう洸夜はどうなんだよ?」
「え、俺か?」

 突如として雅人に振られた洸夜は、少し驚きながらも返答するのだった。

「俺も、みんなと同じ考えさ。ここにいるメンバーなら、必ず成功させられるって」
「過信してないか?」

 祐治が、そう問い掛けるのであった。

「俺を後任として認めてくれた拓巳が信頼していたメンバーだからこそ言える事だよ」

 その言葉に、一同は驚くのであった。

「おま、そこまでか……?」
「勿の論」

 さて、と言って洸夜は閉めた扉に手をかける。

「どこ行くんだ?」
「まりなさんの所。セトリの最終確認してくる」
「頼んだ。こっちは、ステージリハの準備してるよ。出来たら呼びに行く」
「了解した」

 そう言葉を交わすと、洸夜は受付へと向かう。
 そして、受付に居たまりなに声を掛ける。

「まりなさん」
「んー、どうしたの?」
「セトリの最終確認をしに」

 そう言って、確認を始める。

「ここの部分は照明ここでいいのかな?」
「はい。後、ここの奴も同時にお願いします」

 そんな風に打ち合わせをしていると、不意に入り口が開いた。
 2人は、そっとそちらを振り向くのだった。
 そこに居たのは、Roseliaの5人だった。
 それを見た洸夜は、顔を引きつらせるのであった。

「本当に来た……って、Roseliaの皆さんもお揃いで」
「みんな誘ったら、二つ返事で了承してくれたんだ☆」
「マジか……」

 そうぼやく洸夜の元に、紗夜が歩み寄ってきた。
 その顔は、笑っているにも関わらず、後ろからは何か黒いモヤの様なものが出ている様であった。
 少なくとも、洸夜の目にはそれが映った。

「昨日帰ってこなかったわよね?」
「はい……」

 そう言って、洸夜は視線のみを逸らし、苦い表情を浮かべるのだった。

「何してたのかしら?」
「……今日のライブの打ち合わせを……徹夜で……やってました」

 そう答えた洸夜は、額に冷汗を浮かべていた。
 対する紗夜は、『ふーん』と言って自身の腕を胸の前で組むのだった。

「連絡した?」
「……してません」
「どうしてかしら?」
「それは……その……」

 より一層高まった紗夜の圧に押された洸夜は、先程よりも多量の冷汗を流しながら言葉に詰まるのであった。

「紗夜ー、その辺にしてあげなって」

 そんな彼のもとに、リサによって助け舟が出される。
 リサに止められた紗夜はと言うと、少しばかり不満そうであったが、洸夜から少し下がるのであった。
 それを見た洸夜は、胸を撫で下ろすのであった。

「……今回は今井さんに免じて許すけど、次からはしっかりと連絡して頂戴」
「はい……深く刻み付けておきます」

 洸夜の返事を聞いた紗夜は、小声で「心配したんだから……」と呟くのだった。

「……と、リサ済まない。助かったよ……」
「今度なんか奢ってね☆」
「はいはい……」
「そう言えば、今はなにしてるのかしら?」

 友希那が洸夜へと問い掛ける。

「今はセトリの最終確認中だ。ライブは後45分後ぐらいじゃないかな」
「そう」
「そういうわけだから、暫くお待ちを」

 そう言って洸夜は、まりなの方へと向き直るのだった。

「えっと、どこの話してたっけ?」
「照明の動きの話です」
「そうだったね。ここのところは左右に動かす感じかな?」
「そうですね。で、サビあたりでセンター一択って感じで」
「洸夜」

 そのまま、打ち合わせを継続する洸夜であったが、不意に呼ばれるのであった。

「祐治……って事は、準備できたのか?」
「ああ。というわけだからラスリハ行こうぜ」
「はいよ」
「そちらの方は?」

 祐治と会話している洸夜に、紗夜が尋ねるのだった。
 広野は、祐治をRoseliaのメンバーに紹介するのであった。

「紹介するよ。Crescendoリーダー、鹿島祐治」
「紹介に預かりました。鹿島祐治です。担当はボーカル兼リードギターです。どうぞ宜しく」
「氷川紗夜です」

 紗夜が自己紹介を返した。
 それを聞いた祐治は、洸夜のほうに疑問の顔を向けるのであった。

「氷川って事は……」
「妹だよ。上のね」
「兄がいつもお世話になってます」

 そう言って、紗夜は頭を下げた。
 それを見た洸夜は、少し複雑な気持ちになるのだった。

「どうした、変な顔して」
「いや……俺ってそんなに厄介事運んでくるような人間なのかなーって……」
「「え」」

 その言葉に、祐治と紗夜が同じタイミングで驚くのだった。

「え、何?」
「まさか自覚してなかったのか?」
「え、え?」

 祐治にそう問われた洸夜は、紗夜に視線で尋ねる。
 そんな紗夜は、ため息を吐き洸夜に言葉を返すのだった。

「鹿島さんのいう通りよ」

 紗夜の追い討ちに、洸夜は面食らうのであった。

「そうだったんですね……」

 虚な目をして、洸夜は遠くを見つめるのだった。

「で、そっちの自己紹介は済んだかしら。私達も自己紹介したいのだけれど?」
「ええ、終わりましたよ湊さん」

 そう、と友希那は呟くと名乗るのであった。

「湊友希那よ。バンド『Roselia』のリーダーとボーカルを務めているわ」

 友希那が名乗り終えたところで、残りのメンバーも名乗った。

「私は今井リサ。Roseliaのギター担当だよ。宜しくね☆」
「宇田川あこです! Roseliaのドラマーです!」
「し……白金……燐子です。キーボード……やってます」
「宜しく」

 自己紹介が終わったところで祐治は、未だに遠いところを見つめている洸夜の体を揺すった。

「おーい、戻って来い。リハ行くぞ」
「……え、あ、はい」
「まりなさん、お願いします」
「はーい」

 そう言ったまりなは、ライブ会場の中へと消えて行った。

「さてと、俺たちはこれからリハーサルがあるので失礼するよ」
「分かったわ。貴方達の演奏楽しみにしてるわ」
「ああ」
「ちょ、引っ張らんでも」

 友希那と言葉を交わした祐治は、洸夜を引っ張りながらその場を後にした。
 そして、階段を降り始めたところで、祐治が口を開いた。

「お前、あそこと知り合いだったのか」
「まあ、色々あって。なんでだ?」
「いや、まさかあの『孤高の歌姫』と知り合いだなんて思わなかったから」
「意外だったか?」
「まあな。だけど、バンドを組んだって方が驚きだったかな」
「湊がか?」

 洸夜の返に、祐治は頷いた。

「なんで、今まで1人だった奴が急にバンド組んだりしたのかなと思って」
「まあ、アイツなりになんかあるんじゃない?」
「かもな」

 まあ、俺は関係ないだろうけど、と付け加えて祐治は同意するのだった。
 そして、不意に顔を赤らめるのだった。

「なんかあったか?」
「いや。なんでだ?」
「顔赤いぞ? なんだ、タイプの奴でもいたのか?」

 洸夜は不敵な笑みを浮かべながらそう尋ねる。

「まあ、な」
「誰だ?」

 暫く黙り込む祐治だったが、こう答えるのだった。

「……白金さん」

 それを聞いた洸夜は納得するのだった。

「お前、お淑やかな感じの人がいいって言ってたもんな」

 そう返したところで、2人は会場内へと足を踏み入れた。

「んじゃ、かっこいいとこ見せられる様にも頑張らないとだな」
「———だな」

 そう言って、互いに微笑む。
 そして2人は、既に会場入りしていた3人と合流し、リハーサルに取り掛かるのであった———





 迎えた本番直前。
 ステージ脇で、彼等は控えていた。

「相変わらず凄い人気だな」

 薄らと見えるので会場を見て、洸夜は苦笑するのだった。

「ここ最近のいつも通りさ」

 と祐治が答えるのだった。

「さて、そろそろ行くぞ」
「「「「ああ(うん)(分かった)(だな)」」」」

 祐治の言葉に、一同は頷く。
 そして、ステージへと姿を表す。
 途端、会場内に飛び交う歓声。
 それをバックに、各々は配置に着く。
 全員が着いたことを確認した祐治が、マイクを手に取るのだった。

「どうも、Crescendoです。今日は、自分達のライブに足を運んで頂きありがとうございます。早速ですが、本日のメンバーを紹介したいと思います」

 そう言った祐治は、ドラムの方を指差す。

「先ずはドラム担当、森田大樹」

 紹介された大樹は、スティックを回した後に、ドラムを軽く叩くのであった。

「続いてベース担当、本山結弦」

 結弦はそっとベースを構えた。

「リードギター担当、一条雅人」

 雅人は、6弦から1弦までを、一気にかき鳴らした。

「そして前回のライブで助っ人でしたが、正式に加入した新メンバー。キーボード担当、氷川洸夜」

 洸夜は、高音から低音へと一気に鍵盤を走らせた。

「そして我等がリーダー、ギター兼ボーカル、鹿島祐治」

 雅人がそう祐治を紹介した。

「それでは行きます。Crescendoで、『Unknown coming』」

 祐治の合図で、雅人のギターが奏で始め、祐治が歌い始めた。

 ———今を走り抜ける 覚悟を背負って
 ———響き渡らせよう 僕らの音を

 フレーズが終わると共に、一同の音が交わる。

 ———当ての無い 旅路の中で
 ———望んだ未来を 探し続ける

 大樹のドラムが勢いを増し、それに合わせるかの様に洸夜も、演奏を若干強める。

 ———何度繰り返し 見つからなくても
 ———諦めるなんて そんなこと絶対できない

 結弦のベースと祐治、雅人のギターの音が重なる。
 そこの音と、大樹のドラムを繋ぐ様に洸夜がキーボードを奏でる。

 ———さあ未知なる世界への 扉開いたら
 ———迷うことなく その先へと進め

 完璧に混じり合った音で、曲はサビへと突入する。

 ———扉の先どんな 暗闇でも
 ———導いてくれる 僕らの音が

 勢いを保ったまま、終盤へと入っていく。

 ———どんなに迷っても 僕ら必ず
 ———光を見つけ出すよ『Unknown coming』

 5人の揃った声で、ラストフレーズを歌い上げ、曲が終了した。
 数瞬の静寂の後、会場は歓声に包まれた。
 そんな中で、祐治はマイクを手に取る。

「ありがとうございます」

 観客にお礼を言った祐治は、今日のライブの趣旨を観客に説明し始めた。

「実は今日のライブは、自分達Crescendoのメンバーが1人居なくなってしまうため、彼の送別会を兼ねたものです」

 祐治の説明を聞いたギャラリーは、どよめくのであった。

「で、今日来てくれと釘を刺したので絶対に来ている筈の———拓巳! 何処だ?」

 祐治の問い掛けの後、人をかき分けた後に柵を越え、祐治の前に拓巳が出てくるのだった。

「ここにいますよ」
「あ、いたいた。じゃあ———」

 祐治は高らかに宣言するのであった。

「今から、彼にも一緒に演奏してもらいたいと思います!」
「はい?!」

 あまりの事に、拓巳は叫ぶのであった。

「というわけなので、ステージの上にお願いします」
「え、ちょっと待って。聞いてないんだけど」
「そりゃ、サプライズだからね」

 慌てる拓巳に、洸夜がそう告げるのだった。

「恐らく、今の僕達で演奏できる最後の機会だと思う」
「だからこそ、こうしてサプライズみたいな形にした……んだよな?」
「うん。そのつもり」
「つもりってなんぞ?!」

 雅人のツッコミに、会場中から笑いの渦が巻き起こる。

「というわけなんだが……やってくれないか?」

 祐治の言葉に、拓巳は考え込んだ。
 そして、こう答えるのだった。

「分かった。ご一緒させてもらいますよ、リーダー(・・・・)
「ああ」

 そう言って、拓巳は手を伸ばす。
 対する祐治はそれを掴み、ステージの上と引き上げる。
 その際、2人の顔は笑っているのだった。

「んじゃあ、俺はこのポジションを拓巳に譲るとしますか」

 洸夜は、キーボードの前を去る。
 対する拓巳は、キーボードの方へと向かっていく。
 そして、2人がすれ違う瞬間、流れのままにしてハイタッチを交わすのだった。

「頼みますよ、前任者さん」
「ああ。しっかりと見ておけよ、後継者さん」

 フッ、と互いに笑ってお互いが進むべき方向へと進んでいく。

「祐治、ギター」
「え、お前がギターやんの?」
「じゃないと俺入る枠ないし……」
「じゃあ、俺何すんの?」
「ボーカル一択だろ?」

 え、と祐治は驚くのだった。
 そんな祐治を、洸夜はからかうのだった。

「なんだ、ボーカルだけじゃ自信ないのか?」
「そんなわけないだろ。分かった、ギター頼むぞ」
「流石祐治。わかってる」

 そう言って洸夜は、祐治からギターを受け取るのだった。
 その際小声で、「任せてくれてありがとう」と言うのであった。
 そして、洸夜が配置に着いたのを確認してマイクを再び手に取るのであった。

「お待たせしました。準備が整いました」

 その言葉で、再び会場内は歓声で満たされた。

「では、改めましてキーボードの紹介を。キーボード担当、磯貝拓巳」

 拓巳は、洸夜とは逆に、低音から高音へと鍵盤を走らせた。

「それではCrescendo———いや、6人なので『The forte』」
「音楽用語で『強く』か」

 雅人の言葉に、祐治は頷いた。

「今日限りですが、Crescendoよりも強い———The forteのライブ、楽しんで行ってください! 曲は、自分たちが初めて歌った曲———『Shooting sonic』」

 大樹の3カウントの後、拓巳のキーボードが走り始め、祐治が歌い始める。

 ———宇宙(そら)駆ける光の筋が 僕らに降り注いで
 ———心の奥底へと 染み渡っていく

 拓巳のキーボードに、洸夜・雅人のギターが合流する。
 それに続いて、ベースとドラムも重なるのだった。

 ———儚い日々 何も掴めない
 ———くる日も来る日も 虚空に手を伸ばし

 歌詞に合わせ、少しばかり寂しげな表情で祐治は歌う。
 それに合わせて、演奏も少し弱まる。

 ———深淵の空 落ちる光
 ———目にも止まらぬ 速さで

 徐々にテンポを早めて行く。
 そしてサビ前の間奏で、一同はアイコンタクトを取ると一斉に頷く。

 ———消えそうな言葉じゃ 不安でしかないよ
 ———だからもっとはっきり言ってよ 必ず掴み取ると

 キーボードを中心に構成された音に、祐治の歌声が重なる、
 そして、この曲最大の盛り上がりへと突入する。

 ———その大事な言葉 約束を果たしてよ
 ———いつまでも潰えぬ 夢を追いかけると

 ラストフレーズの後、彼等の演奏はピタリと止まる。
 そして、会場内は本日1番の歓声に包まれるのであった。

「ありがとうございました。最後に、拓巳から一言貰おうかな?」

 そう言って、MCを拓巳に渡すのだった。

「えーっと……先ず、先程言われた通り、自分はこのCrescendoを抜けることになりました。ただ、2度と戻らないのではなく、また戻ってくるつもりです」

 真っ直ぐとした視線で、拓巳は会場内の人々に自身の意思を告げる。

「それと、これからもどうかCrescendoの方を宜しくお願いします。じゃあ洸夜、キーボード任せたよ」

 拓巳にそう言われた洸夜は、「お任せを」と返すのだった。

「以上です。今日は本当にありがとうございました!」

 拍手に包まれ、この日の彼等のライブは幕を閉じるのだった。
 そして迎えた翌日。
 羽田空港に、彼等はいた。

「そろそろ行かなきゃだ」
「もうそんな時間か」

 時計を見る拓巳の言葉に、祐治が少し残念そうに返すのだった。

「そんな顔するなって。拓巳と二度と演奏ができないわけじゃないんだからさ」

 そんな祐治に、洸夜がそう言葉掛けるのだった。

「拓巳君、気をつけてね」
「向こうでも、頑張れよ」

 結弦と大樹が、そう言うのであった。

「ああ。ありがとう」

 そう言った拓巳は、不意に全員に向けてこう提案した。

「最後に、約束してもいいか?」

 一同は即座に頷いた。

「また、この6人(・・)で演奏しよう。必ず」
「あ、俺も入ってんの?」
「当たり前だろ。お前も大事なメンバーなんだから」

 そう返された洸夜は、少しばかり恥ずかしそうにするのだった。

「じゃあ、約束な」
「ああ」
「うん」
「約束」
「分かった」
「了解」

 拓巳が伸ばした手の上に、祐治、結弦、雅人、大樹、洸夜の順に手を重ねていく。

「じゃあ、行くよ」
「ああ。行ってこい」

 祐治はそう言って、拓巳を送り出す。
 拓巳は、そのまま搭乗口の中へと入る。
 一同は、その背中が見えなくなるまで見送り続けるのだった。

 その日の晩。
 自室にいる洸夜は、携帯でネットサーフィンをしていた。
 すると、メッセージの通知が届いた。
 彼はそのバーナーをタップする。
 すると、グループトークの画面に移った。

「あ、今日の写真か」

 そこに貼られていたのは、拓巳が発つ前に6人で撮った集合写真。
 洸夜はその画像を保存すると、画面を閉じ自身の机の上に置いた。
 直後、彼のベッドの上から、『ピロン』と何かの音がした。

 洸夜は首を傾げながら、ベッドの枕元にあった赤いケースの携帯を掴み、画面を開く。
 その画面が示したのは、メールが届いたという通知。
 洸夜はそのメールの中身を確認すると、携帯を閉じた。

「どうするかな……」

 誰にとなく呟いた洸夜の言葉が、彼の部屋の中を木霊するのであった。 
 

 
後書き
今回はここまで。
これにて第一章は終わりとなります。
次回からは第二章をお送りいたしたいと思います。

後、今回のオリジナル歌詞の補足を少々。
まず『Unknown coming』ですが、題名の意味は『未知なる未来』です。
中身としては、何があっても進み続けるという意味が込められています。

続いて『Shooting sonic』ですが、『音速を放つ』をいじって『音を放つ』と言った具合です。
歌詞の意味は、彼等Crescendoの走り始めという意味合いが込められています。
と、解説はこの辺りで。

次回もお楽しみに。 
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