提督はBarにいる。
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遅くなりすぎた新年会
「え~……皆さん。先月頭から始まった『第二次南方作戦』、お疲れ様でした」
『お疲れ様でした!』
「普段ならば御用納めから2週間程は年末年始休暇に入る我が鎮守府も、休暇返上でフル稼働して戴きました」
俺の言葉にウンウンと頷く艦娘達。その右手にはグラスが握られている。
「しかし、誰一人欠ける事なく無事作戦終了まで任務を遂行できたのは望外の喜びであります。従ってーー」
「darling、ちょっと話が長いヨ。皆我慢の限界ネ」
「うるせぇなぁ金剛、今日は新入りの歓迎会も兼ねてんの!最初ぐらい威厳見せとかねぇと後々大変だろうが」
「あ、そういうのいいデスから」
いつもの夫婦漫才染みたやり取りに、ドッと笑いが起きる。
「あ~……まぁいいや。今日はいつもの通り無礼講だ、好きにやってくれ。乾杯!」
『かんぱ~い!』
宴会場の至るところからグラスを打ち鳴らす音が響き渡る。今日は年明け最初の鎮守府の大イベント・新年会だ。しかも今年は年末年始にかけて大規模作戦があったせいで、忘年会やらクリスマスパーティやらが軒並み中止、若しくは規模を縮小してささやかに執り行ったモンだから、艦娘達全体にフラストレーションが溜まっていたのだ。今日の新年会がいつもよりもやたらと豪勢なのはその辺のガス抜きの意味も込めてある。料理は鎮守府の予算からケータリングを頼んであり、普段は料理人として大忙しの主計課の面々も今日は飲んで騒ぐ側に回っている。それぞれが飲み、喰い、話に華を咲かせている。俺はそんな人だかりを縫うように進み、どんちゃん騒ぎの中で静まり返っているテーブルを目指していた。
大宴会、と呼んで差し支えない騒がしさの中で、その会場のほぼ中央に位置していたテーブルだけは、火が消えたように静まり返っている。それもそのはず、今回の大規模作戦の報奨という形で着任した新任の艦娘達が緊張したような、戸惑いを隠せないとでも言いたげな表情で固まって座っていた。
「さて、と。改めて挨拶しておこう……俺がこの鎮守府の提督をしている金城だ」
「そして、テートクのwifeの金剛デース!」
はいそこ、俺の腕に抱き付かない。威厳が秒で消し飛ぶから。嫁とイチャイチャしたくないと言えば嘘になるが、今はお仕事の時間。そもそも、『時間と場所を弁えろ』って常々言ってたのはお前だろうに。
「それそれ、コレはコレデース!」
「ひでぇ暴論を見た」
「……あの、話を進めてもらっても?」
俺と金剛の夫婦漫才(?)を目の前で見せられ、話が全く進まない事に苦言を呈して来たのは金髪に薄い紫がかった瞳、チェックスカートのキリッとした印象の面立ちの艦娘だった。
「あ~、すまんすまん。えぇと、君はたしか……」
「……Perth。軽巡Perthよ」
「そうそう、パースだったな」
今回の新規着任は、合計8人。その内日本生まれの3人を除いて、オランダとオーストラリアから1人ずつ。そしてアメリカからは重巡・軽巡・駆逐艦の3人が着任と、あからさまな忖度を感じるのは深読みのしすぎだろうか?……まぁ、日本生まれの艦娘でも3人の内1人は陸軍主導で建造された艦娘だから、ウチの利権に陸軍が食い付こうとしてる匂いがプンプン漂ってはいるが。
「着任おめでとう。ウチは見ての通り大所帯で騒がしい所だが、居心地の良さだけは保証するぜ?」
「……ただのやる気の無い連中の集まりじゃないの?」
ボソリと、だがハッキリと聞こえる程度のボリュームで悪態が聞こえた。その瞬間、俺の腕に抱き付いていた金剛の手に力が入る。自分の築き上げてきた鎮守府を、上部だけ見て貶されたんだから怒る気持ちも解らんでもないが……相手は右も左も知らねぇ新入りだ。怒るのは筋違いってモンだろ。
「やれやれ、手厳しいねぇ。え~っと……」
「アトランタよ、防空巡洋艦」
ジト目で俺を睨んで来てたこいつが、さっきの悪態の主か。口の悪さからいっても、こりゃあ相当なじゃじゃ馬か跳ねっ返りだな。
「まぁまぁ、アトランタさんもそんなに怒らないで……」
と、隣で宥めているのはフレッチャー。ジョンストンの姉に当たるフレッチャー級のネームシップなんだが……ボディラインがスゲェ。浜風やら浦風やら、発育のいい駆逐艦は日本生まれのにも結構いるが、目の前のこれはそいつらと遜色がないどころか、下手すりゃあいつらよりデケェ。流石はアメリカって所か(自分でもよくわからんが)。それにそれとなく場の雰囲気を読み取って丸く収めようとしている辺り、事務処理能力なんかも高そうだ。大淀がこの間からガチの涙目で『総務に人手が足りません』って嘆いてたから、是が非でも欲しがるだろうなぁ。
「それよりさぁ、このお酒とか料理ってマジで食べ放題なん?ヤバない?」
そしてフレッチャーの隣でギャルっぽさ全開で喋っているのがデロイテル。オランダ初の艦娘らしいが、初の艦娘がこんなキャラでいいのか?まぁ艦娘の個性は調整しようがないだろうが……もう少しどうにかならんかったのか。
「ウチは大本営からの予算におんぶにだっこじゃなく、稼ぐ手段を確立してるからな。その辺の鎮守府よりも金持ちなのさ」
「提督殿、この鎮守府は何れ独立を考えているのでありますか?」
と、尋ねてきたのは神州丸。陸軍主導で建造された貴重な揚陸艦娘ーーだがその実、陸軍が俺の弱味を握ろうと送り込んできた謂わばスパイらしい。何せ、
『自分とまるゆも、情報収集やら外部との秘密裏のやり取りに協力するように言われたであります』
って、あきつ丸が報告しに来たからな。伝統か何か知らんが、現代でも陸軍と海軍の仲はよろしくない。下手すると、この戦いに於いては陸軍の出番なんぞ皆無に近いからな……太平洋戦争時よりも険悪ムードまである。その上に俺は何度か陸軍の連中と揉めているからなぁ。何とか弱味を握って立場を逆転したい、とか考えてるんだろうなぁ……筒抜けだけど。あきつ丸もまるゆも今更陸軍に帰るつもりもないし、居心地の良いこの鎮守府を潰されるのは業腹だと思ってくれているらしい。ありがたい事だが、暫くは泳がせておこうと思う。
「独立?ないない。独立なんてしたら今以上に俺が忙しくなっちまう」
「NO!それはNOデスよdarling!そしたらワタシとラブラブする時間が無くなるネー!」
だから、おっぱいを腕に押し付けて来ない。真面目な話してんのにムラムラしてくるでしょうが。仕事しろ筆頭秘書艦。
「まぁ、アホな話は置いといてだ。何度も言っている通りウチは大所帯で且つこのブルネイ近郊の鎮守府の纏め役を担っている。大規模作戦の時には海域の攻略も行うが、他鎮守府への支援艦隊の派遣や落伍した艦娘の捜索・救助なんてのも業務の内だ」
なので、大規模作戦となるとウチは他の鎮守府よりもてんてこ舞いになってしまう。
「当然、要求される艦娘の錬度も高水準だ」
数値として表れる物だけじゃなく、地力とでも呼べばいいのか肉体的・精神的な強さが求められる。
「その為にもウチでは特別な教育カリキュラムを組んでてな。新規着任した艦娘達には全員、1ヶ月の特別訓練を受けてもらう事になっている」
「へぇ、ブートキャンプってワケ」
今まで静かに話を聞いていたが、初めて口を開いたのはヒューストン。青葉曰く、少しおっとりとした感じの人ですよ!との事だった。
「まぁな。基本的には基礎体力の向上とウチの業務に必要な最低限の知識、それと格闘術を学んでもらう事になっている」
「格闘術ぅ?ウチらに必要なの、それ?だってウチら艦(ふね)だよ?」
そう言って疑問を呈して来たのは夕雲型の……えぇと、18番艦だったか?の秋霜だ。
「それには私からお答えします」
俺が答えようとしていたが、どうやらその役目は『教官』に任せた方がいいらしい。
「紹介しよう。明日からの訓練でお前達の指導教官になるーー」
「川内型2番艦・神通です」
「副教官のヴェールヌイこと響だよ」
今回は陸軍のスパイが居たり肝の据わってそうな奴が多そうだったからな。厳しいが教えるのが巧い奴等をチョイスした。
「提督に替わって教官の私から。私達は『艦』ではなく『艦娘』です。その最大の違いは、人の姿をしているという事。即ち、過去の艦としての戦い方では不十分なのです」
神通が秋霜に対してそう説明する。俺の基本理念はちゃんと根付いているらしい。
「弾薬が切れた、装備が壊れた、敵に捕まって捕虜となった……それだけで戦えなくなるなんてナンセンスだよ」
そこに響が更に補足。手厳しい言葉だが、的確な物言いだ。
「あぁそれと、今回の訓練は俺が見直した新しい訓練プログラムを使用する。その為、俺も参加させてもらう」
そう俺が言った瞬間、会場がざわついた。
「まぁ、死ぬようなマネはせんから安心しろ」
そう言ったんだが、何で新人連中は青ざめる。そして後ろの連中の中に合掌してる奴がいる?それも多数。解せぬ。
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