提督はBarにいる。
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秋の夜長にホットなカクテルを・2
ジョンストンが限界を迎えて千鳥足で店を出ていく。多少心配だが、まぁ鎮守府内を巡回している警備班の連中もいる事だし、部屋に戻る途中でダウンしてもどうにかなるだろう。
「さぁて提督ぅ、もう一勝負といこうか?」
「そうしたいのはやまやまなんだがなぁ隼鷹。客が来た」
「こんばんは、提督。楽しそうな事をしているわね」
「……こんばんは」
ドアの前に居たのはイギリス組の戦艦であるウォースパイトと、睦月型の弥生。何とも珍しい組み合わせだ。
「たまたまここに来る途中で会ったの。聞いたらこの娘も飲みに来るつもりだったと聞いたから」
そう言いながら隼鷹の隣に腰掛けるウォースパイト。そして隼鷹を挟んで隣にちょこんと座る弥生。
「久しぶりだなぁ、弥生。一週間ぶり位かい?」
「……ん。内地の方に、遠征、行ってた」
「あらジュンヨー、そちらの小さなレディとは知り合いなのかしら?」
親しげに話す隼鷹と弥生が気になるのか、話に入っていくウォースパイト。
「知り合いもなにも、弥生はウチの常連だよ。睦月型の中じゃあトップクラスのザルだぞ?」
「……司令官、それはちょっと言い過ぎ」
顔を赤らめて照れちゃあいるが何を隠そう、ウチの弥生はその幼い見た目に反して酒も煙草もイケる口だ。愛飲している煙草はピースだし、好きな酒の銘柄はアードベックと中々に渋い趣味をしている。酒の強さは睦月型の姉妹の仲では『九州艦娘の会』で毎週のように武蔵や霧島の飲みになんだかんだ最後まで付き合っている望月とタメを張る程強い。
「んで、今晩は何にする?お前さんのボトルもまだ残ってるが……」
「……今夜のオススメは?」
「今夜は冷えるからな。ホットカクテルを薦めてるよ」
「焼酎のお湯割りじゃ……ダメ?」
「相変わらず嗜好が渋いなオイ」
「弥生ぃ、今日は悪いけどお姉さん達の趣味に付き合ってくれよぉ。なっ?」
「そうね。私も仲良くなりたいわ」
2人に挟まれて両サイドから説得(?)される弥生。む~……と暫く眉間に皺を寄せていたが、
「……奢り、なら」
と渋々了承した。
「よっしゃ提督、なんかホットカクテル3人前!大至急!」
「急がせる割には注文が適当だなオイ」
まぁ、隼鷹としても弥生の気分が変わらない内にってのもあるんだろうが。
さて、隼鷹に急かされてもいるのでお手軽なホットカクテルを1つ。用意するのは先程と同じコーヒーリキュールのカルーア。こいつの牛乳割りのカルーアミルクは有名だが、今宵はそいつをホットミルクに変えてやる。まず、マグカップにお湯を注いでカップを温めておく。お湯を捨てたらそこにカルーアを注ぎ、次いでホットミルクを注いでステア。割合はお好みだがオススメはカルーア1に対してミルクが3。後はステアすれば完成なんだが、ここで俺なりの一工夫。マドラーをシナモンスティックで代用する。こうするとステアしている間にシナモンの香りと独特の甘味が溶け出し、深みを与えてくれる。
「ハイよ、『ホット・カルーア・ミルク』だ」
「ん~、いい香りぃ♪」
「ん、シナモンの香り……好き」
「私は紅茶派だけど……たまにはコーヒーもいいわね」
3人はシナモンスティックで中身をかき混ぜつつ、少しずつ味わうようにマグカップに口を付ける。ホットのカルーアミルクは酒精の効いたカフェオレといった具合で、冷えた身体を温めるのにも向いている。
「それで?何をしていたのかしら?」
カルーアミルクを飲み干し、前のめりになって尋ねて来るウォースパイト。
「なに、ちょっとしたお遊びさ。俺とギャンブルで勝負して、負けたら奢るってね」
「あら、良いわね。勿論私とも勝負してくれるのよね?」
そう言ってニコリと笑うウォースパイト。穏やかそうに見えて、この笑顔の下はとんだ女狐の顔が隠れていたりするんだが。
何を隠そうこのウォースパイト、戦艦の中でもトップクラスの幸運艦だったりする。ウチの鎮守府にも麻雀のルールをロクに知りもしないのに天和をバンバン和了るビーバーとか、スクラッチやると確実に1等を当てる黒髪おさげとか、ちょっと頭の可笑しいレベルで幸運な奴がチラホラいる。ことギャンブル絡みではウォースパイトは無類の強さを誇る。ポーカーでは相手の手札が透けて見えてるんじゃないかと思える位に読みが正確だわ、相手が音を上げるまで倍プッシュで責めてくる等、運頼りではなくテクニックもあるから手強い。俺との勝ち目は五分五分……いや、若干だが俺が押され気味だ。
「ウォースパイトの姐さんが勝負すんなら、アタシも混ざろうかな~っと♪」
そんな事を言いながら隼鷹の奴は、既にカードを混ぜはじめている。
「おいおい、俺は受けるなんて言ってねぇぞ?そもそも弥生がハブになっちまうだろうが」
そんな事を言っていると、ちょいちょいと弥生にシャツの裾を引っ張られた。
「……やる」
「え、マジ?」
コクコクと頷く弥生。
「へへ~、決まりだねぇ?」
やれやれ、逃げ場がない。
「わ~ったよ。やりゃあいいんだろ?やりゃあ」
トランプを切っていた隼鷹が、手札を配っていく。
「それで?テキサスホールデムでやるのか?」
「今回は……そうね、ヤヨイはポーカーをやった事があるのかしら?」
ウォースパイトの質問に、首を左右に振る弥生。
「『ババ抜き』とか『大富豪』はやったことある……けど、ポーカーは、ない」
「なら、今回は普通のポーカーにしましょう」
テキサスホールデムってのは、簡単に言うとカジノなんかで楽しまれるポーカーだ。多少ルールが複雑になるから、初心者の弥生が加わるにはちと厳しいだろうしな。戦略性が増してスゲェ面白いんだけどな、テキサスホールデム。興味のある奴は、ルールを調べてやってみるといい。
「チップがねぇからな、レイズやベットは無し。コールかフォールを選ぶ形でいこう」
「OK」
「……ん」
「よっしゃあ!」
さて、俺の手札は……と。お、Qが3枚、とりあえずスリーカードは確定。このまま突っ張ってもいいが、ウォースパイトの奴は、既にこれ以上の役を持っていてもおかしくない。ここは更に高目の役を狙って勝負だな。
「コールだ」
「当然、アタシもコールさぁ!」
「わたしも」
「ここで降りる臆病者は居ないわよね」
4人とも勝負だな。んじゃあ手札の入れ換えだ。
「俺は2枚ドローだ」
Qを残しつつ、2枚をチェンジ。うまい具合に3のペアが来た……フルハウスの完成だ。9つあるポーカーの役の中では上から4番目の強さだから、弱くも無いがそこまで強くもない。
「んじゃ、アタシは4枚チェ~ンジ!」
「あらジュンヨー、思いきった手に出たわね?」
「へへ~ん。アタシはこうみえて博打打ちなのさぁ!」
「いや、見た目通りだろ」
等と、酔って調子が出てきた隼鷹が大博打に出る。
「……3枚、交換」
弥生も大きく手札を入れ換えた……が、いつもの無表情のせいか感情の起伏が読みにくい。天然のポーカーフェイスって奴だなこりゃ。
「ウォースパイトは交換しねぇのか?」
「えぇ、私はこのままでいいわ」
余程自信のある手なのか、あるいはブラフか。いずれにしろ俺は降りる気はない。他の3人にも確認したが、勝負するらしい。
「んじゃ、ショウダウンだ」
手札を一斉にオープンする。
「Aのワンペア……ちぇっ、これじゃあ勝負にならないねぇ」
「10のツーペア……」
「残念だったな、フルハウスだ」
弥生と隼鷹はこの時点で脱落だ。さて、残るはウォースパイトだが……
「残念だったわね、Admiral」
ふっと笑いながら、ウォースパイトが手札をオープンする。
「Kのフォーカード……私の勝ちね!」
「あっちゃ~……ヤな予感はしてたんだが。ま、仕方ねぇな。で、何を飲む?」
「そうね……じゃあ、その『バランタイン』の12年のボトルを貰おうかしら」
「へっ?いやいや、俺が聞いてるのは何のカクテルを飲むかであってーー……」
「あら、だってさっき貴方言ったじゃない。『負けたら奢る』って。『1杯』とも『1本』とも言っていなかったのだから、ボトルで頼んでも問題ないわよね?」
そう言ってニッコリ微笑むウォースパイト。やれやれ、俺はいつの間にやらこのオールドレディの術中に嵌まっていたらしいや。
「……参った、完敗だよ」
大人しくボトルを差し出す俺から受け取ると、
「さて、祝杯に付き合って貰えるかしら?お二人さん」
「勿論さぁ!」
「……ん!」
激しく頷く隼鷹と弥生。
「さぁ、次の勝負よAdmiral」
「は?次?」
「まだまだ夜は長いもの。付き合って頂けるのよね?Admiral……いえ、my lovely husband(愛しの旦那様)?」
そう言って微笑むウォースパイトの左手の薬指には、シルバーのリングが輝いている。やれやれ、嫁さんのご要望とあらば、付き合わない訳にはいくまい。
……ただ、暫くトランプは見たくない。
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