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提督はBarにいる。

作者:ごません
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提督式ブートキャンプ・改~その1~

 新年会の翌日、大半の奴等が引き続き休みの中俺と神通、響の3人は野戦服に身を包み、新任の艦娘達の前に立っていた。

「お早う諸君、昨日の新年会は楽しんで貰えたかな?」

 返事はないが、その具合の悪そうな顔色からしてウチの連中の歓迎という名の洗礼をこれでもかと喰らったらしい。当然俺らも楽しんではいるが、神通は流石と言うべきか二日酔いの様子など微塵もない。響も俺と共にオールナイトで飲み明かして徹夜の状態でここにいるが、ふらつく様子はない。

「さて、君達が着任して1週間が経過した。最初の1週間は鎮守府の空気に馴れて貰う為にお客様として扱っていたが、今日からはウチの人員として扱う」

 実際、内地や他国から来ればブルネイの気候に身体を馴らしたり、時差ボケしないようにする必要があるからな。

「俺は他国からの預かり物だろうが陸軍のスパイだろうが、差別もしねぇが容赦もしねぇ。ある程度は鍛えてやるが……使えねぇ奴ぁ捨てていく」

 無論、半分本気で半分は脅し……ブラフと言ってもいいかもしれない。見捨てるつもりはないし、戦えないなら後方支援要員として使えばいい話だ。脅しの狙いは、訓練に真剣になって貰う事。

「まぁ、死ぬような目には遭わせるつもりはねぇから安心しな」

 死ぬ程辛いかもしれんが、とは口には出さない。

「さて、まずはウォーミングアップも兼ねてだが……お前ら俺にかかってきな」

 は?という顔で固まる新任一同。

「軽い模擬戦だよ。ここで俺を倒せたら訓練は免除、すぐにでも実戦に出せるレベルだからな」

「……本当に、免除されるの?」

「勿論、勝てたならば私達がその実力を保証しましょう」

「……勝てたら、だけどね?」

 おずおずと尋ねてきたのは、海防艦の平戸だった。そこに神通と響が応じる。まぁ、二人の態度からして『やれるもんならやってみろ』と顔にでかでかと書いてあるが。しかし、その2人の言葉でやる気が出たのか8人の艦娘達が俺を取り囲む。

「さてさて、やりますかねぇ」

 そう言って俺は上着を脱ぎ、バキボキと指を鳴らす。





 周囲をぐるりと新人達に囲まれつつ、腰を落として構える。全く関わらなくなった新人研修に突然参加を決めたのは、突発的な思い付きではなく明確な理由があった。

 数年前、俺は内地への視察に赴いた。その際艦娘の暗殺者に襲われて虚を突かれたとはいえ、軽く死にかけたのだ。結果的には助かったのだが、愕然とした。『これ程鈍ってたのか』ってな。今でも艦娘達に頼まれれば格闘技や武術の技術指導はする……だが、それまでだ。この鎮守府に俺が着任した当初のギラギラとした鋭さが、力への渇望が、ごっそりと失われてしまった様に感じる。刀に例えるなら、今の俺は錆の浮いたナマクラだろう。人からすれば『年相応に丸くなった』と言われて終わりだろう。だが、俺はそんなのは望んじゃいない。未だ現役、かつての鋭さを取り戻す為に。俺自身の錆び落としも兼ねて、今回の研修に参加したのだ。

「さぁ……来な」

 右手を動かし、かかってこいとアピールする。途端に動いたのは背後に立っていたデ・ロイテル。

「後ろからだけど……ずっこいとか言わないでよねっ!」

「当然だ、実戦なら不意打ち上等。寧ろやらなけりゃ怒られるレベルだ」

 ……が、不意打ちなのに声掛けちゃダメだろ。そう言って難なく躱して、その背中をトンと押してやる。バランスを崩した彼女は、目の前に居た平戸を巻き込んでずっこけた。

 それを見てか、手を出さずに構えていた艦娘達に動揺と緊張が走る。当然だろう、人の姿をしているとはいえ、自分達は艦娘。人間ではない。艤装を付けていなくとも、人ならざる膂力を発揮する事が可能なハズなのだ。だが、そんな艦娘を軽々とあしらってみせる目の前のこの男は何者……いや、何なのだ?と。

「……来ないのか?」

 瞬間、男の纏う空気が変わる。

「なら、こっちから行くぞ?」

 獰猛な笑みを浮かべた男が、地面を蹴って目の前の艦娘に飛び掛かった。




「……終わり、ですね」

 状況を見守っていた神通が、ポツリと呟いた。

「全員倒れた訳ではないから、まだ逆転の余地はあるんじゃないかい?」

 その隣に立っていた響が、眦を上げて疑問を呈する。響とて、提督に直に鍛えられた艦娘の1人だ。目の前で暴れる化け物の異常性は誰よりも知っていると言っていい。だが、それでも複数の艦娘で連携して戦えるならば勝てない訳ではないと思っている……勝率は極々僅かながらでも、だ。しかし神通は頭を振り、

「連携が取れていませんし、提督も連携をさせないように個別に叩いています。何より、全員提督の初動を見て腰が引けていますから……あれでは勝てる訳がありません」

 とぶった斬った。言っておいて何だが、それもそうかと納得してしまう響。そもそも新任の艦娘に連携を取れ、というのがどだい無理な話である。提督は『自身の錆び落とし』と言っていたが、先に新入りの鼻っ柱を圧し折るどころかバキバキに粉砕するのは提督のいつもの遣り口なのだ。『艦娘は強くて特別』という少なからず抱えている意識を捨てさせ、自分達の足らない物を自覚させる。自分達も通ってきた道なだけに、その効果の程は身に染みて解っているだけに、神通達は手出しも口出しもしない。やがて最後まで粘っていたアトランタも地面に叩き付けられ、模擬戦は終了となった。




「ダメだなぁ……全くなってねぇよテメェ等」

 泥だらけ、砂埃だらけの艦娘達を見て提督が溜め息を吐く。

「折角数で上回ってんのに、協力しようって意思が見えねぇ。その上艦娘の身体を活かしたといえば聞こえは良いが、ただ闇雲にブンブン振り回すだけの攻撃が当たる訳がねぇだろうがバカ野郎」

 新人達は俯いたまま、一言も発しない。艦娘ではなくただの人間……それも40も半ばを越えたオッサンにズタボロにされたと言われれば、凹まない方がおかしいだろう。

「お前らの頭は飾りか?その中身は空っぽか?これが実戦なら、お前ら初陣で轟沈だぜ」
 
 内心、少し言い過ぎだなぁと思いつつ強い言葉で否定……いや、ここまで来ると罵倒に近いな。無反応な新人達に言葉を投げ付ける。

「お前らは『艦娘』だ。『軍艦』じゃねぇ。艦は物だ、思考し、策を練るのは乗り込んだ人の仕事だったろう……しかしな、お前らは何の因果か人の姿と頭脳を得た」

「常に学び、思考しろ。生き残る為に、強くある為に。それが出来なきゃここじゃ生きてけねぇぞ?」

 だが、それが出来るようになった時には……ウチが『艦娘の楽園』なんて呼ばれる意味を理解できるだろう。

「さぁて、準備運動前の準備運動はこんなもんでいいだろう。まずはランニングだ、ペースメーカーの響に抜かれた奴は罰ゲームだぞ」

 さんざん痛い目に遭わされた俺の罰ゲーム、という言葉に顔が青ざめる新人達。

「司令官、抜いたらご褒美は無いのかい?」

「そうだなぁ……1人抜く毎にボトル1本」

「ハラショー、1人3周は周回遅れにしてみせよう」

「……あくまでペースメーカーだぞ?」

「解ってるよ?」

「さぁ、位置について」

 神通の号令にそそくさとスタート位置に着く新人達。

「用意……ドン!」

 楽しい1ヶ月になりそうだぜ。
 
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