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その日、全てが始まった

作者:希望光
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第1章:出会い
  第03話 『再起』

 
前書き
第03話です。 

 
 バイトを終えた洸夜は、 荷物を纏めていた。
 荷物を纏め終えると、まりなのところへ向かう。

「自分は今日これで失礼します」
「はーい。お疲れ様。じゃあ、明後日また宜しくね」
「はい。では」

 そう言って、洸夜は外へと出る。

「あ、洸夜」

 外へ出た途端、併設されているカフェテラスにて、洸夜は呼び止められた。

「……今井と、湊か」

 洸夜は2人の元へと向かう。

「何の用だ。と言うかお前ら今までここに居たのか?」
「そう。洸夜が終わるまでね。で、立ち話も何だから座って」

 リサに促された洸夜は、空いていた3つ目の席に座った。

「洸夜、紗夜となんかあった?」

 突然、そんな事を尋ねられた。

「……何でだ?」
「今日の練習中の紗夜、何かを考え込んでるみたいでさ、ずっと沈んでたんだよ。それも、洸夜に会ってから」
「そうか……」

 リサの言葉に短く返した洸夜は、目を逸らした。

「何があったの?」
「……少し、な」
「教えてちょうだい」

 突然、友希那が口を開いた。
 その言葉に、驚きを隠せない洸夜だったが、深くため息をつくと、口を開いた。

「あのライブの後の帰り道で、喧嘩したんだよ。」
「紗夜と?」

 洸夜は、頷いた。

「何が原因なのかしら」

 友希那の問いかけに、洸夜は自嘲しながら答えた。

「つまらない意地と、勝手な被害妄想が原因……かな」
「どう言うこと?」

 リサは首を傾げた。

「俺の昔の話……あまりいい話ではないが……聞いてくれるか?」

 2人はそっと頷いた。
 洸夜は、ポツリポツリと話し始めた。

「アレは、俺が小学校低学年ぐらいまでだったか。俺はピアノの奏者……なんて言う大層なもんじゃないが、ピアノを弾いてたんだ」

 洸夜は、2人の方を向くことなく続ける。

「この時の俺は、自身の演奏を聞いてもらって喜んでもらうのが楽しみだったんだ。でも、ある時から俺はピアノを弾く理由を見失ってしまった。多分、誰かに聞いてもらうことが当たり前になり過ぎたのかも知れない」

 そう言った洸夜は、若干俯いた。

「その後、俺は中学に入学するまでの間に、ヴァイオリンを少し齧った。でも、これもやめてしまった。誰かの為じゃなくて、自分が楽しむ為に始めたはずだったんだが……情けない話だな」

 今度は、苦笑しながらそう言った。

「それから、俺は中学に上がるまでは何もしなかった」
「じゃあ、中学に上がってからは何かしていたの?」

 リサの問いに、洸夜は頷いた。

「ああ。中学に上がって2年目からだが、俺はギターを始めた。その時は、音楽がこれ程まで楽しいものなのかって思うぐらいに熱中してた」
「じゃあ、何で……」

 リサの言葉に、洸夜一瞬黙り込んだ。
 そして、ゆっくりと口を開く。

「『天才』と……『秀才』が……俺の側に居たからだよ……」

 洸夜は、苦しそうにそう言った。

「バカみたいな話だが、俺はいつも前を進んでいた。横に並んで追い抜いていくのを見ると、凄く悲しくなったんだ……」
「だから、楽器を手放した……?」

 無言で洸夜は頷いた。

「本当は、心の奥底では、1番じゃないと嫌だって言う思いがあったんだろうな。でも、俺はそれを表にも出せない臆病者」

 そして、と洸夜は続けた。

「気がついたら、俺は……家族に演奏している姿を見られたくない、って思い始めたんだ」

 洸夜は後悔を含んだように言った。

「だから、あの時1人にして欲しいって……」

 リサの言葉に、洸夜は頷いた。
 すると、不意に友希那が口を開いた。

「あなたの言う通り、貴方は臆病者。そして、目の前のことに背を向け逃げ出した」

 友希那は、洸夜に対して辛辣に言った。

「そう言うこと。いつも、何をやっても、あの2人から逃げ出したかったんだと思う」
「……紗夜は、洸夜と一緒に演奏したかっただけらしいよ」
「え……」

 リサの突然の言葉に、洸夜は戸惑った。

「この前、紗夜から聞いたの。洸夜がどうしてあんな事をしたのか」

 リサは淡々と続ける。

「その時、紗夜に洸夜とはどうしたいかって聞いたの。そしたら、『洸夜と一緒の舞台に立ちたい』って言ってた」

 それを聞いた洸夜の洸夜の目からは、涙が溢れていた。

「……洸夜?」

 リサが心配する傍ら、洸夜は両目を右手で覆った。

「……本当に俺ってバカだよな。こんなつまらないことで、自分にとって大切な妹達と喧嘩した挙句に……一方的に突き放したんだぜ……」

 より一層自嘲した洸夜は、そのまま続ける。

「サイテーな人間だよ……。しかも……相手の思いも汲み取らずに……」
「それは、貴方が自分を自分として見ていないからじゃないの?」
「……どう言う……こと?」

 洸夜は、友希那の言葉に首を傾げた。

「聞いてれば、貴方は一度も自分のやりたい音楽をできたようには思えない。それは、貴方が自分を自分として見ていない証拠じゃないのかしら?」
「……」

 洸夜は、その言葉に返すことが出来なかったら。
 彼女の言う通り、彼は今まで誰かの為に音楽を奏でていた。
 自分の為に、と言ってやっていたヴァイオリンですら、そうではないのだろうかと思えてきた。
 だからこそ、何も言葉を返せなかった。

「図星……みたいね」

 そう言った友希那は、先程とは打って変わって心配するような口調だった。

「……お前に言われて初めて気付いたよ」

 洸夜がそう答えるのと同時に、携帯電話が振動(バイブレーション)した。
 洸夜は不思議に思いながら携帯を取り出した。
 そこには、メールの受信を伝える画面があった。

 彼は、そのメールを開いた。
 送り主は———磯貝拓巳。
 彼は即座に本文へと目を通す。

『今日はいきなり押しかけたことを申し訳なく思う。だけど、こちらも引けない状態にあった。我儘であることは重々承知しているが、それだけは分かってもらいたい』

 そう記されていた。

「……悪い、ちょっと電話してくる」

 洸夜は、そう言って荷物を置いたまま、席を立つと少し離れたところへ移動する。
 そして、電話をかける。
 数コールの後に電話が繋がる。

『もしもし?』
「もしもし、磯貝の電話……であってるよな?」
『あってるよ。どうかしたのかい、氷川君』
「ちょっと、謝りたくて……」

 そう言った洸夜は続けた。

「さっきはその……いきなり怒ったりして悪かった」
『気にしてない。こっちこそいきなり押しかけたのにあんなこと言ってごめんよ』
「こっちも気にしてない」

 で、と言って洸夜は尋ねた。

「磯貝は、何でアイツらに何も言わないんだ?」

 その言葉の後、僅かな沈黙があった。

『俺は……アイツらに打ち明けるのが怖いんだ』
「何でだ?」

 間髪入れずに洸夜は聞き返した。

『アイツらがどんな表情をするのか。どんなことを言うのか。それが、わからないんだ』

 洸夜は、拓巳の言葉に納得していた。

「なるほど。だから、切り出そうにも切り出せなかった、と」
『……そう言うことだ』

 電話越しの拓巳は、歯切れ悪く答えた。

「……でもさ、それはアイツらには言わなきゃいけないことだろ?」

 拓巳の返事はなかったが、洸夜は構わず続ける。

「代わりを探す云々以前に、どうしてそうなるのかをちゃんと説明しなきゃ俺はダメだと思う」
『氷川君の言う通りだな……』

 電話越しの拓巳は、そう返してきた。

「……わかった。こうしよう」

 唐突に洸夜が言った。

「俺は、お前の代わりにバンドに入る」
『……?!』

 その一言に、電話相手の拓巳は愚か、洸夜の少し離れたところに居るリサと友希那も驚いていた。

『き、急にどうしたんだい? さっきはあれ程までに拒んでいたのに……』

 拓巳の言葉に、洸夜は決意のこもった口調で言った。

「もう、目を背けて逃げ出すのは止めにしようと思ってね」
『そうか……。でも、本当に頼んでいいのか?』
「もちろん」

 だが、と言って洸夜は続ける。

「そっちが、他のバンドメンバー全員に引っ越すことを打ち明けたらな」
『……なるほど。分かった。俺は正直に話してくる』
「ん。まあ、そう言うことだから、なんかあったら連絡してくれ」
『うん。あ、最後に1ついいかな?』
「なんだ?」

 突然の事に、洸夜は僅かだが動揺していた。

『どうして……連絡先を置いていったんだい?』

 それは、洸夜としてはあまり聞いて欲しくなかった事であった。

「……気まぐれにしか過ぎない。それだけだ」
『そう言うことにしておくよ。じゃあね。俺はいかないとだから』
「……んな?! ちょ、おい……」

 そうして通話は終了してしまった。

「……マジかよ」

 呟きながらも、洸夜は席へと戻る。

「えっと……洸夜は、またバンドをやるの?」

 リサが洸夜へと問いかける。

「……さっきの聞こえてたのか」
「ええ。全部ね」

 溜息を1つ吐いた洸夜は、改まって言った。

「そうだ。俺はもう一度やってみようと思う。さっき、湊に言われた通り、今までずっと逃げてきただけだったからな」

 それに、と言って洸夜は続けた。

「……俺は試してみたいんだ。自分の実力で、どこまで通用するか。だから、俺はステージ(あの場所)へともう一度戻る」

 そう言った洸夜の言葉は、多大な覚悟を秘めていた。

「……随分と急な話ね」

 友希那は、洸夜へと言った。

「かもな。でも、さっき2人に言われて自分に嘘ついて生きるのはやめようと思ったんだ」
「その結果が、再びバンドをやるってことなの?」

 洸夜は頷いた。

「本当は……もっと音を奏でたい、ってずっと思ってた位だからな」
「そっか。じゃあ、また洸夜の演奏が聴けるのかー」

 リサがそう言った。

「まあ、そうなるのかな。後———」

 洸夜は、友希那の方へと向き直った。

「この前は、悪かった。カッとなって変なこと言った事……」

 そう言って、頭を下げた。

「良いわ。別に気にしてない」

 その言葉を聞いた洸夜の脳裏には、一瞬だけだが『ツンデレ』なる言葉が浮かんだ。

「……何か変なこと考えてないかしら?」
「……何も」

 内心ドキリとした洸夜であったが、何食わぬ顔のままそう答えた。

「あ、そうだ。洸夜、連絡先交換しよー!」
「……何で?」

 リサにそう言われた洸夜は、豆鉄砲を食らったような顔をした。

「いいじゃん。減るものでもないし」

 そう言われた瞬間に、『容量が減る』と言いかけてしまったが、グッとその言葉を飲み込んだ。

「……仕方ないな」

 そう言って、洸夜は携帯を取り出す。

「……これの連絡先でいいか?」

 某トークアプリの画面を見せながら、洸夜は尋ねた。

「うん! じゃあコード出して。読み取るから」

 言われた通りに、コードを出した画面を提示する。

「登録完了……っと。追加しといてね!」

 そう言われた直後、『今井リサ』と表示された後に、スタンプが送られてくる。

「……追加したぞ」
「うん。これで洸夜を遊びに誘えるね!」

 あ、と言ってリサは友希那に言った。

「友希那も、連絡先教えてもらったら?」
「そうね。どうせだから交換しましょ」
「……はいはい」

 こうして洸夜は、序でに(・・・)友希那とも連絡先を交換した。
 そして、携帯の画面に表示されている時計を確認してから言った。

「もういい時間だし、俺は帰る」
「ほんとだ。もうこんな時間。友希那、私達も帰ろう」
「そうね」

 3人は席を立つと、カフェを後にした。

「で、俺はこっちなんだが」
「あ、アタシ達もおんなじ方向だよ」
「そうなのか」

 洸夜は、そう言って歩いて行く。

「あ、なんなら送ってってくれても良いんだよ?」

 リサにそう言われた洸夜は、盛大にズッコケた。何もないところで。

「ちょ、洸夜?! 大丈夫?」
「大丈夫……な訳ない……」

 洸夜は、立ち上がると埃を払った。
 そんな彼を見て、友希那は笑いを堪えている様子だった。

「……オイ、コラ、そこ」

 洸夜は友希那へと言った。

「ごめんなさい……あまりにも可笑しくて……」

 等々、笑いを堪えられなくなった友希那は、笑いを表へと出した。
 それに吊られて、リサも笑い出した

「……そんなに面白かったのか、俺」

 洸夜は、2人が落ち着くまで困惑していた。

「あー、面白かった。あ、ゴメンね。待たせちゃって」
「……別にいいさ」

 そう言った洸夜は、微笑んだ。
 その様子を見た2人は、固まっていた。

「……ん? どうかした?」
「あ……いや……」
「貴方も……そんな表情するのね」

 2人はそう言った。

「……俺をなんだと思ってんだよ」

 そう言った洸夜は、踵を返した。

「さて、行くぞ。それから、お前らの家は何処だ?」
「「……え?」」
「……送ってくよ。最近、この辺は物騒なんだろ?」
 洸夜は尋ねた。
「そうね……お願いするわ」
「ん」

 友希那の言葉に、洸夜は短く答えると、2人を家まで送るのだった———





 その日の夜、紗夜は自室で今日の授業の復習をしていた。
 すると、彼女の傍にある携帯電話がメッセージを受信した。

「……何かしら?」

 彼女は携帯を手に取ると、メッセージを開く。
 其処には、『氷川洸夜』と表示されていた。
 何事だろうか? 

 態々同じ家にいるのに、何故メッセージを飛ばしてきたのだろうか? 
 そもそも、今は自身も日菜も突き放されているのに、何の用なのだろうか、と。
 そんな思いと共に、本文へと目を通す。

『今日の9時に俺の部屋へ来て欲しい』

 その文面は、とても簡潔的なものであった。
 だが同時に、何処と無く決意を含んだものでもあった。
 紗夜は、時計を確認する。

 現在の時刻は7時28分。
 呼び出しの時間まで、後1時間半以上もあった。
 紗夜は、携帯を元の位置に戻すと、再び復習の作業へ取り掛かる。

 しかし、洸夜からのメールの内容を考えてしまい、それどころでは無くなってしまった。
 仕方なく紗夜は、作業をやめ1階のリビングへと向かった。

 リビングへ向かうと、ソファーに体育座りしてテレビを観ている日菜が居た。
 紗夜は何も言わずに、その隣へと座った。

「……」
「……」

 お互い、何かを言うこともなく、ただただテレビに映るバラエティー番組を観ていた。

「「……ねぇ」」

 そして、2人は同時にお互いへと問いかけた。

「……何?」
「……お姉ちゃんから良いよ」

 日菜にそう言われた紗夜は、頷くと口を開いた。

「貴女は……今の洸夜をどう思う?」

 少し考え込んだ後に、日菜は口を開いた。

「……なんだろう。うまく言えないんだけど……何かにずっと怯えてる様だった。だから私は……昔みたいに笑って貰いたかった」

 そう言った日菜は俯いた。

「……そう言うお姉ちゃんは……どうなの?」

 ゆっくりとあげた顔を、紗夜の方へ向けながら問いかけた。

「……私も、日菜と同じ考えね。私自身も昔みたいに……笑っていたいわ」

 紗夜は、そう言って正面を向き俯いた。

「……私は部屋に戻るわ」

 そう言って、紗夜は部屋へと戻った。
 机の前に座り直すと、再び復習へと取り組むのであった。
 そして、呼び出された時刻の5分前。

 紗夜は、部屋を出ると洸夜の部屋の前へと向かう。
 扉を2回ノックしてみた。
 しかし、反応が無かった。

「洸夜? 入るわよ?」

 そう言って、扉を開けた。

「あ、お姉ちゃん」

 そこに居たのは、洸夜では無く日菜だった。

「……日菜?」

 今の状況に、紗夜は整理が付いていなかった。

「お姉ちゃんもお兄ちゃんに呼ばれたの?」
「ええ……」

 なんとか答えられる事であった為に、紗夜は答えたが相変わらず頭の中は追いついていない。
 すると、スライド式の窓が開く音がした。
 そして、カーテンの裏から眼鏡をかけた、呼び出した本人(洸夜)が現れた。

「洸夜……」
「……来てくれたか、2人とも」

 そう言った洸夜は、手に持っていたエナジードリンクの缶を机の上に置いた。

「……取り敢えず、ベッドの上にでも座ってくれ」

 洸夜に促された2人は、ベッドの上に座った。
 対する洸夜は、机の前にある、キャスター付きのチェアに座った。
 そして、クルッと回って2人の方を向き、口を開いた。

「俺は……2人に言わないといけないことがある」 
 

 
後書き
今回はここまで。
次回もお楽しみに。 
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