その日、全てが始まった
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第1章:出会い
第02話 『剥離』
前書き
第02話です
「洸夜君———あなた、何を隠しているの」
友希那は、そう口にした。
対する洸夜は、友希那に対して見下す様な冷たい視線を送った。
「———逆に聞くが、お前は俺の何を知っている」
「分からないわ」
友希那は、悪怯れる素振りも無く言った。
「でも、あなたが音楽が好きと言うことは分かるわ」
「ふーん。そうか」
洸夜は、友希那の言葉を一蹴した。
「で、分かったことはそれだけか?」
「いいえ。まだあるわ」
友希那の言葉に、洸夜は眉をひそめた。
「なんだ?」
「あなたが———自分の演奏で、他人に喜んでもらいたいと思っていることよ」
そして、と言って彼女は続けた。
「何よりも、演奏することを楽しんでいる。あそこに居た、誰よりも」
「……」
友希那の言葉を聞いた洸夜は黙り込んでしまった。
彼女の言っていることは正しかった。
故に、彼は反論できなかった。
「……図星の様ね」
友希那は腕を組みながらそう言った。
「……だ」
「え?」
「お前は……なにを目指して……バンドをやっているんだ?」
「私は……『FUTURE WORLD FES.』に、『Roselia』のメンバーで出場する。それが私が目指していること」
そう言った友希那の瞳は、迷いのない真っ直ぐとしたものであった。
「そうか……」
それを聞いた洸夜は、何かを納得した様子であり、同時に悟った様でもあった。
そして、口を開いた。
「……安い挑発に乗るわけじゃないが———湊、お前に1つだけ言わせてもらう」
そういった洸夜の瞳は、先程の冷たい視線ではなく、真剣なものであった。
「———お前のその真っ直ぐさが、いつか破滅を招く」
「どう言うこと……かしら」
洸夜の言葉に、友希那は戸惑っていた。
彼に言われた言葉もそうだが、何よりも自分自身の信念が、破滅を呼ぶという事が信じられなかった。
「いずれ分かる事じゃないかな」
そう言い残すと、彼は歩いて行ってしまった。
「……あなたは……私の何を知っているの……」
ただ1人残された友希那は、皮肉にも洸夜と同じ台詞を呟いてしまうのであった。
そんな事など露知らずといった具合の洸夜は、 受付へと顔を出した。
「まりなさんいますか?」
「はーい。あ、キミか」
洸夜に呼ばれたまりなが、奥から現れた。
「さっきのライブ良かったよ。特に最後のアンコールが1番だったね」
「ありがとうございます」
洸夜はお礼を言った。
「で、私に何か?」
「アルバイトの件で」
「もしかして———」
「働かせていただきたいと思いまして」
「ほんと!」
「はい」
短く答えた洸夜は、それでと言って続ける。
「面接とかは……」
「あ、それならオーナーに話を通してあるから気にしなくて大丈夫だよ」
内心緊張していた洸夜は、胸を撫で下ろしたが、同時にここで働いても大丈夫なのかという不安にも襲われた。
「シフトとかは……」
「毎週いつが空いてる?」
「基本的に火曜日と木曜日がフリーです」
「じゃあ、そこに入れておくね」
「お願いします」
「というわけだから、火曜日からよろしくね〜」
「はい」
こうして、洸夜はここ『CiRCLE』で働くことになった。
「自分はこれで」
「気をつけてね」
洸夜はそう言って『CiRCLE』の外へと出た。
そして外に併設されているカフェテラスで、見慣れた2人の姿を見つけた。
「……紗夜、日菜」
其処には、紗夜と日菜が座っていた。
「遅かったわね」
「少し取り込んでたんでな」
紗夜の言葉に、洸夜は短く返すのであった。
「と言うか、待っててくれたのか? わざわざ?」
「そうだよー。お兄ちゃんこの後何かあった?」
洸夜の言葉に日菜が首を傾げた。
「……いや、何も無いよ」
そう言って洸夜は踵を返した。
「帰るぞ……。俺は疲れたんだ……」
「そうね。日菜、いくわよ」
「はーい」
こうして3人は帰路へと着いた。特に言葉を交わすこともなく、ただ黙々と。
「……そういえば、どうして今日のライブに出たりしたの?」
その静寂を断ち切るかの如く、紗夜が洸夜へと問いかけた。
「……あのバンドのリーダーの奴に助っ人やってくれって頼まれたんだ。ダメだったか?」
その問いかけに対して、若干不機嫌さを垣間見せながら洸夜は答えた。
「別にそう言うわけじゃ……」
紗夜は、そこで言葉を詰まらせた。
「今日のお兄ちゃんの演奏、るん! ってきたよ」
そこへ日菜が割って入った。
「そうか。るんときたのか。なら良かったな」
洸夜は、日菜の言葉を冷たくあしらった。
「……なんか、今日のお兄ちゃん変だよ?」
日菜は、若干怯えた様子で尋ねた。
「元々だろ。そんなの」
彼は振り返ることなくそう言った。
「それより、なんで2人は、今日会場にいたの?」
洸夜は、2人へと問いかけた。
「私はバンドの皆さんに誘われて」
「私は友達に誘われたからー」
と、紗夜、日菜の順番で答えた。
「なるほど。『Crescendo』って、そんなに人気のあるバンドなのか?」
「私はそう聞いてるわ」
「私もー」
2人の答えを聞いて、洸夜はあれ程の観客が来ていたことに対して納得していた。
「そうだったのか。祐治の奴、大分凄いことしてたんだな」
そう洸夜は、誰にとなく言った。
「それよりも、洸夜はまたバンドをやるの?」
「それ私も気になるなー」
紗夜のその一言で、洸夜は歩みを止めた。
「なん……で?」
2人の方へ振り向いた彼の瞳は、光は無く狂気さと冷徹さが同時に含まれたものであった。
「……今の俺に、バンドを続ける理由があると思うか?」
表情を一切変えることなく、洸夜は言い切った。
「悪いが俺はもう……音楽が好きじゃない。嫌いなんだ。バカみたいに、音楽に熱中していたあの頃とは……もう、違うんだ」
そして洸夜は、顔を背けた。
「……嘘だよ」
そう告げたのは、日菜だった。
「さっきのお兄ちゃんは、心の奥底から楽しんでたよ。それに、今だって辛そうだった……」
「……」
洸夜は、黙り込んだまま日菜の話を聞いていた。
「黙ったままって事は、当たってるのね」
「……」
紗夜に問われても尚、洸夜は黙ったままであった。
「どうして、そんな嘘を……」
「関係……無いだろ……」
洸夜は、絞り出したような、弱々しい声で反論した。
「関係あるわ!」
「そうだよ。私とお姉ちゃんは、お兄ちゃんの事を1番側で見てきたんだよ?」
紗夜に続いて日菜も洸夜へと言葉を投げかける。
洸夜は、片手で額を抑える様な体勢で俯いた。
その彼の脳裏には、今の2人の会話が幾度と無く響き渡っていた。
そして、彼の呼吸は徐々に乱れ過呼吸になり、皮膚からは大量に発汗していった。
「洸夜……?」
紗夜が心配そうな声をかける。
「ど、どうかしたの?」
続けて日菜も心配そうに尋ねる。
「……やめてくれやめてくれやめてくれやめてくれ」
彼は早口で何度も何度も呟いていた。
「ちょっと、本当に大丈夫なの?」
そう言って、紗夜が洸夜の肩に触れた瞬間、彼の中の何かが切れた。
「———やめてくれ!」
彼は叫ぶと、紗夜の手を振り払った。
「洸……夜?」
あまりの出来事に、紗夜は理解が追いつかなかった。
それは、隣にいる日菜も同様であった。
「ハァ……ハァ……」
その肝心の洸夜は、荒い呼吸のまま、自身の目元を右手で覆って俯いていた。
「……帰ろう」
少し落ち着いてはいるが、相変わらず過呼吸の彼は2人にそう告げた。
そして、彼は歩き出した。
2人は、それに続いて恐る恐る歩き出す。
その後、3人は一切言葉を交わすことなく家へと到着した。
彼は、家に入ると直ぐに自室へと向かう。
そして、持っていた荷物を無造作に手放すと、力無くベットへと倒れ込んだ。
何も、考えることの出来ない彼は、そのまま意識を手放すのであった———
火曜日。
学校が終わった洸夜は、CiRCLEを訪れていた。
「まりなさん?」
彼は受付で呼びかける。
「はーい。来たわね」
そう言って、奥からまりなが出てくる。
「ええ。今日から宜しくお願いします」
洸夜は、頭を下げた。
「はーい。こっちこそ宜しくね。じゃあ、早速だけど働いてもらうよー」
「はい」
洸夜は、まりなに連れられてバックヤードへと入った。
「じゃあ、これに着替えて。着替え終わったら外に来てね」
そう言って、渡された制服を受け取ると、彼は奥の方へと入っていき、着替えを済ませ再びカウンターの前へと向かう。
「サイズはどう?」
「ピッタリです」
そういった洸夜を見て、まりなは頷いた。
「うん。様になってるね」
「ありがとうございます。で、自分は何をすれば?」
「おっと。そうだったね。洸夜君、機材の点検とかできる?」
まりなは、洸夜へと問い掛けた。
「できますよ」
「じゃあ、今日は機材の点検をお願いしようかな」
「わかりました」
そして、彼は機材庫へと通された。
「じゃあ、このリストに載ってる奴の点検お願いね」
「はい」
彼はリストを受け取ると、即座に点検は取り掛かる。
今の彼は、一刻も早く何かにのめり込みたかったのである。
何かに取り組むことによって、2日前の事を忘れてたかったのである。
「終わったら私に言ってね」
「はい」
そう言い残して、まりなは機材庫を後にした。
残された洸夜は、黙々と機材を調べていく。
チェックリストに記された項目を、手早くこなしていく。
そして、30分程で点検を終えた。
「まりなさん、点検終わりました」
彼は、カウンターの所でそう告げる。
「早かったね。じゃあ、次は掃除をお願いしようかな」
「はい」
短く返事した洸夜は、掃除用具を持ちロビーの床を掃除していく。
そして、20分でロビーの床掃除を終えた。
次に、空きスタジオの掃除へと取り掛かった。
取り掛かり始めて何分経ったのだろうか。
彼は、そんな事に気を止めることもなく、掃除に精を出していた。
すると、スタジオの扉が開いた。
洸夜は、ゆっくりと視線を上げ、そちらへと向ける。
そして、そこにいた少女と視線が合う。
「……湊?」
洸夜は、思わず呟いた。
「洸夜……君」
洸夜は、体勢を前傾姿勢から元に戻す。
「……どうしたんだ」
「……私達が、ここのスタジオを予約していて……」
洸夜は、数舜の後に理解する。
「なるほど。それは済まなかった」
そういった洸夜は、掃除用具を手に持った。
「貴方こそ、何をしているの?」
「俺は、ここでバイトだ」
軽く視線を背けながら、彼は告げた。
「そう……」
彼女は何か言いたげであったが、それ以上は何も言わなかった。
「俺は、これで失礼するよ。他に仕事があるから」
「ええ」
そう言葉を交わすと、洸夜は友希那の隣を通ってスタジオを出る。
その際、後ろに他のメンバーがいたことに気がつき、反射的に目元を伏せた。
1番後ろにいた、紗夜とすれ違う際、彼女が何かを言いたげにしているのを、彼はハッキリと確認した。
しかし、彼は何事も無かったかの様に通り過ぎていくのであった。
その後、頼まれた事を一通りこなした洸夜は、受付で座っていた。
まりな曰く、この時間帯は客足が少ないとのことらしく、実際に人が来ない状況であった。
そんな中、彼は持っていた文庫本を読んでいた。
すると、不意に扉が開き中に人が入ってきた。
洸夜は文庫本を閉じると、そちらへと向き直った。
その人物は、洸夜より若干長いぐらいのショートヘアの黒髪で、中性的な顔立ちをしていた。
同時に、その人物は自身と同じぐらいの年齢だと、洸夜は感じた。
「どうかしました?」
洸夜は、カウンター越しに尋ねた。
その声に気付いた青年は、洸夜の方へと向いた。
そして、目を見開いた。
「あ、あの?」
「はい?」
「確か、この前の『Crescendo』のライブの時、ベースやってましたよね?」
「は、はい……。それが?」
あまりの事に、洸夜は頭の整理が追いついていなかった。
「お願いです。このまま、Crescendoのベースを続けてください」
洸夜は、言われたことの意味が分からなかった。
「……は? え、えっと……?」
「お願いします!」
頭を下げる青年を見ながら、洸夜は頭の中の整理を急いだ。
「ちょっと待て。いきなり過ぎる。序でに、話すなら別の場所がいいんだが」
洸夜はそう言って、まりなの元へ向かう。
「なになに、どうしたの?」
「少し、席を外しても?」
「いいよ。今は特にやることないから」
洸夜はお礼を言って、青年の元へと戻る。
「許可が出たから、場所を変える」
そう言った洸夜は、併設されたカフェのテラス席へと移動する。
2人がけのテーブルに、洸夜と青年は向かい合って座った。
「こっちから質問させてもらうが、まずお前は誰だ」
洸夜は、若干強めに当たる。
「磯貝拓巳。バンド『Crescendo』のベース担当だ。君は?」
「俺は氷川洸夜。何処にでも居るしがない高校2年生だ。序でに言うと、ここのアルバイト店員でもある」
そう言って、そっぽを向いた。
「で、なんで俺がお前の代わりに活動を続けなきゃいけないんだ?」
洸夜は、本題を切り出した。
「実は……俺は近々この街を去るんだ」
「引っ越すってことか?」
洸夜の問いかけに、拓巳は頷いた。
「そう。ここから遠いところへ。だから、俺は必然的に彼らとバンドを続ける事が出来ない」
そう言って、拓巳は俯いた。
「……あのさ」
洸夜が唐突に口を開いた。
「何?」
「俺助っ人頼まれた時、お前がぶっ倒れたから代わりに入ってくれって頼まれたんだよ」
洸夜の言葉に、拓巳は理解できていないと言った表情をした。
「つまり、お前はあの日倒れていた筈だ。だから、必然的にライブにも来れないことになる」
洸夜は、続ける。
「なのに、なぜ俺のことを知っている? お前は、嘘を付いてライブをサボったのか?」
「それは……」
洸夜睨まれた拓巳は、萎縮していた。
「何でお前がそう言うことしたのかは聞かない。どうであろうと、今の俺には微塵も関係ないからな」
洸夜は、そう言い切った。
「……君の言う通りだよ」
拓巳は、ポツリとそう言った。
「……そうですか。と言うかさ、その言葉を向ける相手が違くないか?」
洸夜の言葉に、拓巳は首を傾げた。
「何で、お前のバンドメンバーに言わないんだよ」
「それは……」
拓巳が口籠った瞬間、バン! と洸夜はテーブルを勢い良く叩いた。
「……いい加減にしろ。結局何なんだよ。俺の時間を無駄にしに来たのか? もう、帰ってくれない? 俺仕事があるの」
洸夜は、そう言って立ち上がった。
「序でに言っておくが、俺はもう楽器を握らないと決めた。だから、いくら頼まれたところで、俺はバンドをやるつもりはない」
そう言って洸夜は、 CiRCLEの中へと入って行ってしまった。
拓巳は、ただただその背中を見送っているだけだった。
数瞬の後に、彼は立ち上がりこの場を去ろうとした。
その際、とあるものが目に入った。
「……これは?」
彼が見つけたのは、いつの間にかテーブルの上に置かれていた、1枚の折り畳まれたメモ用紙であった。
拓巳は、そのメモを広げた。
中には、1つのアドレスと、伝言が添えられていた。
『話があるならここで話せ。俺は忙しいんだ』
拓巳は、目を通し終えると微笑した。
「……案外、素直じゃないだけなのかな?」
そう呟きながら———
後書き
今回はここまで。
次回もお楽しみに。
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