その日、全てが始まった
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第1章:出会い
第04話 『動き出した歯車』
前書き
第04話です。
「俺は……2人に言わないといけないことがある」
そういった洸夜は頭を下げた。
「この前は、ごめん……。勝手に壊れた挙句、勝手に怒ったりして……」
彼は申し訳なさそうに俯いた。
「……許してくれとは言わない。許されることでは無いって言うのは分かってる。ただ、ちゃんと謝罪をしておきたいと思ったんだ……」
「……そうだったの」
洸夜はゆっくりと頷くと続けた。
「俺の事嫌いになったかもしれない。それは人として至極真っ当な事だし、悪いのは俺だっていうことに変わりはない」
そう言った洸夜は、そっと顔を上げる。
眼鏡越しの、彼の瞳からは涙が溢れていた。
「それでも……俺の事を……兄として……見てくれるか?」
その言葉に、2人は顔を見合わせてから洸夜の方へと向き直った。
「……当たり前じゃない」
そう言ったのは、紗夜だった。
「そうだよ。だって、私とお姉ちゃんにとってはたった1人しか居ないお兄ちゃんだよ?」
紗夜に続けて日菜もそう言った。
「貴方を含めて……私達は、たった3人だけの兄妹……でしょ?」
紗夜は微笑みながら、優しく言った。
その言葉で、何かが吹っ切れたらしい洸夜は声をあげて泣いた。
掛けていた眼鏡を外し、目元を右腕で抑えながら。
「お兄ちゃん……」
日菜の言葉を、紗夜は手を出して制した後、ゆっくりと首を横に振った。
それで理解した日菜は、それ以上は何も言わなかった。
そして、暫くの後に落ち着いた洸夜は服の袖で涙を拭った。
「「え?」」
顔を上げた洸夜を見て、2人は揃って驚いた。
「……どうかしたのか?」
2人の反応に、洸夜は首を傾げた。
「……お兄ちゃん、眼の色が」
日菜の言葉を聞いた洸夜は、そこで漸く2人が驚いている理由に納得した。
今の洸夜は、普段の茶色の瞳では無く、2人と同じ翡翠色の瞳だった。
「あー、これか。……って、覚えてない?」
洸夜の言葉に今度は2人が首を傾げた。
「……覚えてないか。まあ、普段家の中に居る時は眼鏡かけてて見えないもんな……」
そう言った洸夜は、眼鏡を畳んで机の上に置くと再び口を開いた。
「俺、普段はカラーコンタクトしてるんだよ」
「な、なんで……」
「父さんと母さんがそうしてくれって……言うからさ」
「そうなの?」
日菜の言葉にそっと頷いた洸夜は、ゆっくりと言葉を紡いでいった。
「俺には普通であって欲しかったんだってさ」
「なんでまた?」
洸夜の言葉に紗夜が首を傾げる。
「俺は産まれた時、生死の境目を彷徨ってたらしい」
「「え……!」」
洸夜の言葉に、2人は揃って驚く。
「なんで……?」
「詳しい事までは俺自身も聞かされていない。だから、そこに関してはなんとも……」
そう答えた洸夜は、顔を若干俯かせ続ける。
「で……そんなことがあったから、父さんと母さんは俺に普通に生きて欲しいと思ったんだって」
「それは分かったけど、なんでそんな変装みたいな……」
「周囲に馴染む為……だよ」
「馴染む……?」
「……何処にでも居る普通の人間。それになる事が目的って言った方が分かりやすいか」
顔を上げた洸夜は、机の上のエナジードリンクを手に取った。
「あまりこう言うのは良くないけど……2人みたいな髪色や瞳の色はとても目立つ。特に男子となれば余計に」
そう言って洸夜は、エナジードリンクを口に含んだ。
「……お兄ちゃん」
「んッ、なんだ?」
エナジードリンクを飲み込んだ彼は、日菜に尋ねた。
「さっきの言い方的に、お兄ちゃん髪色まで変えてるの?」
エナジードリンクの缶を再び机に置いた洸夜は言った。
「そうだ。元々の髪色は2人と同じ色」
「でも、周囲に溶け込む為に茶色に染めた……と」
紗夜の言葉に、洸夜は頷いた。
「そう。でも、髪を染めてる今の理由は、学校の校則に引っかかるからが1番大きいな」
そう言った洸夜は、眼鏡を掴むと再び掛け直した。
「話が逸れたか。まあ、いいや。で、この話でまだ質問ある?」
「あ、私聞いてもいい?」
「どうした日菜」
「お兄ちゃんはいつから髪染めてるの?」
「……小学校の時位からだったかな。まあ、その時は偶に染める程度だったが」
あ、と言って洸夜は続けた。
「中学の時は1回も染めてないな。代わりにウィッグ着けてた。だから染め始めたのは大分前だけど、本格的に染めてるのは最近からかな。と、まあこんなところか」
再びエナジードリンクを手に取った洸夜は、その中身を飲み干した。
「じゃあ、次の話に移るか」
空になった缶を机に置いた洸夜は、口を開いた。
「これは、絶対2人には伝えないといけないと思った事だから今この場で伝える」
洸夜は、2人の方を真っ直ぐ向いて言った。
「俺、もう一度舞台に戻る。バンドメンバーとして」
「本気……なの?」
洸夜はゆっくりと、それで持って力強く頷いた。
「本気だ。俺は、もう逃げ出さない。背を向けないって決めたんだ。だから、2人も俺のことを見守って欲しい」
「勿論よ」
「私も」
2人はそう言って頷いた。
「ありがとう」
そう言った途端、洸夜の携帯電話が振動した。
「……ん?」
洸夜は携帯を手に取った。
「どうしたのお兄ちゃん?」
「電話だ。話してくる」
そう言って、ベランダへと向かう。
そして、窓を開けたところであ、と言ってた洸夜は振り返った。
「夜遅くに呼び出してごめんな。話は、取り敢えずこれで終わったよ」
「なら、戻ってもいいの?」
紗夜の言葉に、洸夜は頷いた。
「紗夜はまだ勉強の続きがあるんだろ? それに、日菜も観たいテレビがあるんじゃないのか?」
「ええ。もう少しばかり残ってるわ」
「確かに観たいテレビあるよ。お兄ちゃん良く分かったね」
洸夜は微笑んでこう告げた。
「伊達にここまで2人の兄貴はやってないよ」
そう言って、ベランダへと出て行った。
そんな彼を見送った2人は、そっと笑うのであった———
翌日の放課後。
洸夜は昨晩掛かってきた拓巳からの電話で、今日の放課後に商店街の羽沢珈琲店に呼び出されたのであった。
カランカランと言う音ともに、洸夜は入店した。
「いらっしゃいませ。あ、洸夜さん」
パタパタという足音ともに、茶髪の少女が洸夜の前に現れた。
「羽沢。久し振り」
彼女は、ここ羽沢珈琲店の1人娘である『羽沢つぐみ』。
洸夜は、頻繁に出はないがこの店に通っているため、彼女とは顔馴染みである。
「今日は1人ですか?」
「いや、待ち合わせを……。ここに4、5人組の男子高校生みたいな奴ら来なかった?」
あ、それならと言って、つぐみは告げた。
「1番奥の席に」
洸夜は示された方向を見た。
「……アレだ」
其処には、拓巳を除いた『Crescendo』のメンバーが居た。
洸夜はそちらへと歩み寄っていく。
「……洸夜か。どうしたんだ?」
側へ行くと、祐治が声をかけて来た。
「呼ばれたんだ。ここへ来いって」
そう言って、祐治の隣の席へと座る。
因みに、今の席の配置は壁側の座席に結弦と雅人、通路側の席に大樹と祐治といった具合で座っている。
「拓巳に……か」
雅人の言葉に、洸夜は頷いた。
「にしても……拓巳の奴、何の用なんだ?」
大樹が呟いた。
「それに、氷川君をここに呼ぶなんてね……いつ知り合ったんだい?」
「CiRCLEでバイトしてる時に、ね」
結弦の質問に手短に答えた洸夜は、メニューに目を通し始める。
「今日は……何頼もっかな」
などと呟きながら。
「お前、もう頼むのか?」
「来たのに、何も頼まないのは失礼だろ? あ、すいません」
洸夜が呼ぶと、はーいという声とともに、つぐみが現れた。
「えっと、いつもの頼めるかな?」
「はい。承りました」
「皆んなは?」
他のメンバーは顔を見合わせた。
「じゃあ、コーヒーのブラックを4つ」
祐治がそう告げた。
「はい。少々お待ちください」
そう言って、つぐみは奥へと入っていた。
「……なあ」
祐治が洸夜に問いかけた。
「何?」
「お前、ここの常連か?」
「うん。頻繁ではないけどね」
「じゃあ、さっき頼んだ『いつもの』って言うのは何を頼んだの?」
今度は、結弦が問いかけてきた。
「ああ。えっとチョコレートケーキに———アイスティー」
「「「「……え?」」」」
「へ?」
洸夜の回答に、一同は声を揃いて驚いた。
対する洸夜も、素っ頓狂な声をあげた。
「なあ、ここって珈琲店だよな」
「うん」
雅人の問いに、洸夜は頷いた。
「なんで、珈琲店でコーヒーじゃなくてアイスティーなんだよ」
「それは……俺がコーヒーより紅茶派だから、かな」
と、答えになっているようでどこかずれているようなことを言った。
「そういえば、洸夜って昔から紅茶好きだよな」
祐治が思い出すような仕草とともに言った。
「うん。ドリンクバーとか頼んでも、紅茶があればそればっか見たいな感じ」
「意外な一面……」
洸夜の言葉に、大樹は驚くのであった。
「まあ、ここのコーヒーは美味いから頼んだりもしてるさ」
「お前、気分によって飲む物変えるもんな」
「そうそう」
祐治の言葉に、洸夜は相槌をうった。
「まあ、はい。そういうわけです」
「なるほど」
と、結弦が反応してくれるのであった。
暫くすると、入り口の扉が開き、新たな客が訪れたことを知らせた。
「来た……かな」
祐治がそう呟いた。
「じゃないかな」
洸夜は、祐治に対してそう返した。
そして、今日呼び出した張本人———拓巳が現れた。
「……お待たせ」
そう言った拓巳の表情は、暗かった。
「お前が遅れてくるなんて珍しいな。体調の方は良いのか?」
席に着いた拓巳に対し、祐治はそう声をかけた。
その際の拓巳は、心ここに在らずといった様子だった。
「……みんな、ごめん」
そう言って拓巳は、頭を下げた。
「何が……だ?」
雅人は、突然の行動に驚きが隠せなかった。
「俺、嘘をついた」
「「「え?」」」
拓巳の言葉に、祐治と洸夜以外は驚いた。
「なんで……そんなことしたの?」
結弦は信じられないといった具合であった。
「怖かったんだ……皆んなに、この話をして拒絶されるのが」
「で、どういう理由があってそうなったんだ?」
祐治が、拓巳へと問いかけた。
「今度……関西へ引っ越すことになったんだ」
「……なるほど」
そう呟いた祐治は、何かを納得したような表情をとった。
「その様子だと、前々から何かに感づいてはいたのかな?」
「まあ、な」
洸夜の問いかけに、祐治は歯切れ悪く答えた。
「お待たせしました。コーヒー4つと———チョコレートケーキにアイスティーです」
直後、品物を持ったつぐみが洸夜の側へとやってきた。
「はーい。よっと……」
洸夜は、受け取ったコーヒーを1人ずつに渡して行く。
そして、最後に自分が頼んだものを受け取る。
「あ、羽沢……」
「はい……?」
洸夜は、つぐみに対して誰にも聞こえないような声で、何かを告げた。
「わかりました」
洸夜の言葉に頷いたつぐみは、再び店の奥へと入っていった。
「何を話してたんだ……?」
「まあ、そのうちわかるさ」
雅人の質問を、洸夜は何事もなかったかのように流した。
「さてと……」
そう言って、洸夜はフォークを手に取りケーキを食べ始めた。
「……美味い。反則級だ……」
そう呟くと、幸せそうな表情をした。
「女々しいな……」
「よく言われる」
祐治の言葉に短く返答すると、再びケーキを口に運ぶ。
「……お前、状況わかってるのか?」
そんな洸夜に対して、雅人が苛立ったように言った。
「ん? ああ、まあそれなりには」
言葉とは裏腹に、洸夜はそんなことなど御構い無しといった具合でケーキを食べ進めていた。
「お前なぁ!」
「あのさ」
そんな雅人に対して洸夜は、先ほどとは打って変わり、真剣な口調で告げた。
「今の俺は、部外者なんだぜ? そういう話は、そっちだけでやってくれない?」
そう言って、拓巳を指差した。
「そもそも今日の主役はあっちだろ? 俺じゃない。聞きたいことなら、そっちに聞くんだな」
最後まで、口調を変えることなく洸夜は告げた。
「……洸夜の言う通りだ。今日の主役は拓巳であって、洸夜は飽く迄も部外者だ」
「祐治……!」
雅人は反論しようとしたが、言葉が続くことは無かった。
「リーダーもこう言ってることだし。お茶ぐらいゆっくりさせてくれよな」
そう言い終えると、洸夜は自身の前にあるアイスティーにガムシロップと、コーヒーフレッシュを入れるとストローで混ぜ始めた。
「で、磯貝の言いたいことはそれだけなのか?」
アイスティーを混ぜ終えた洸夜が問い掛けた。
拓巳は、そっと首を横に振った。
「だとさ。リーダーさん」
「拓巳、どうして言ってくれなかったんだ」
洸夜に話を振られた祐治は、拓巳にそっと尋ねた。
「最初に言った通り、怖かったんだ。皆んなに、何か言われるかもしれないって思うと……」
「なるほど……。俺達の事、信じられなかったか?」
祐治の言葉に、拓巳はゆっくりと首を横に振った。
「逆だよ。信じてるから……辛かった。皆んなと、別れるのが……」
「そうだったのか……」
祐治は、少し俯いた。
「……確かに、ここまで一緒にバンドやってきた奴が、突然いなくなるってのは信じ難いな」
大樹がそう言った。
「僕も同じさ。大切な仲間がいなくなるのは辛いよ」
でも、と言って結弦は言った。
「本当に辛いのは、何も言わずに居なくなられることなんだよ」
「……ありがとう」
そう言った拓巳の瞳からは、涙が溢れた。
「俺達は、バンド『Crescendo』の仲間だろ? 当然のことさ」
祐治がそう、声をかけた。
「そうだぜ。仮に遠く離れても、一緒に演奏したって事実は消えないはずだ」
雅人もそう言った。
「……ありがとう。本当に……ありがとう」
そう言って、拓巳は泣き続ける。
「あの……」
そこへ、ティーポットとティーカップを乗せたお盆を持った、つぐみが現れた。
「ん、ああ。ありがとう。カップは俺の前の彼のところに置いてあげて。で、ポットは俺の前にお願い」
つぐみは、洸夜に言われた通りに、ティーカップを拓巳の前に置き、ティーポットを洸夜の前に置いた。
そして、『ごゆっくり』という言葉とともに、厨房へと入っていった。
「さて、1段落着いたのかな?」
洸夜の言葉に、少し落ち着いた拓巳は頷いた。
「取り敢えずさ———」
洸夜は、そう言ってティーポットを掴むと、拓巳の前にあるティーカップに中身を注ぎながらこう続けた。
「拓巳、お茶でも飲んで話でもしようか」
「え?」
突然の事に、拓巳は言葉を失った。
「な、なんでだよ……。お前は部外者だから、話には参加しないんじゃなかったのかよ」
雅人が洸夜へと問いかけた。
「そうだね。『Crescendo』内での事柄だったから、俺は傍観してた」
「じゃあなんで」
「まだ、俺がここに呼ばれた理由を話してもらってないからだよ」
その言葉に、一同はハッとした。
「たしかに……氷川君の言う通り、氷川君が呼ばれた理由を聞いてないね」
「そういう事です。で、俺を今日此処へ呼んだ理由はなんだ?」
少し躊躇うような動作を見せた後、拓巳はそっと口を開いた。
「彼に……俺の後任として『Crescendo』のベースをやってもらう」
その言葉に、他のメンバーは慄いた。
「洸夜が……か?」
今まで冷静を貫いてきた祐治ですら、拓巳の一言に驚きを隠せなかった。
「それは、氷川君も了承してるの?」
結弦の言葉に、洸夜は首を縦に振った。
「ああ」
「……確か、もう楽器は握らないって」
洸夜の言葉に、大樹が言葉を漏らす。
「それも言ったな。あのライブが終わった後に」
「じゃあ、なんで」
祐治が不思議そうに尋ねた。
「……止めたんだよ。嫌な事から目を背けて、逃げ出すって事を」
それに、と言って続ける。
「気付いたんだよ、いろんなやつらに言われて。何してる時よりも、演奏している時が1番自分が楽しんでいる時だってことに」
そう言った洸夜は、自嘲していた。
「……なるほど。洸夜の意思は分かった」
祐治そう言って、自身の前にあるコーヒーカップを手に取り、そのまま口の前まで運んだ。
「俺は、洸夜を拓巳の後任として迎えたいと思う。他の3人はどうだ?」
そこまで言うと、コーヒーを口中へと含ませた。
「拓巳が後任として連れてきたなら、そいつが最も相応しいってことだろ?」
大樹の言葉に、拓巳は頷いた。
「なら、俺は反対する理由はない」
「僕も……賛成さ。彼の技量はこの前のセッションでよくわかってる。それに、僕も彼なら拓巳君の後任を任せられると思うからね」
続けて、結弦も賛成の意思を示した。
「俺は……正直……人間性的にあまり好きじゃないけど……実力は確かだからな。一応、賛成にしておく」
と、あまり気乗りしない事を雅人は告げた。
「……それでも、何だかんだ賛成してくれる辺り、雅人は優しいと思うけどね」
「……は?! 調子乗るなよ?!」
洸夜の言葉に、雅人は過剰に反応していた。
「雅人君は、少し素直じゃないところがあるからね〜」
「だな」
結弦の言葉に大樹が頷いた。
「誰がツンデレだ!」
「いや、誰も言ってないから」
雅人の言葉に祐治冷静に突っ込むのを、洸夜はアイスティーをストローで啜りつつジト目で見届けるのであった。
「まあ、みんな承認してくれたから———洸夜、お前は今日からバンド『Crescendo』のキーボードだ。宜しくな」
「こっちこそ、こんな自分を認めてくれたんだ。全力でいかせてもらう」
洸夜は笑顔で全員にそう告げた。
「頼むよ氷川君」
「改めて宜しく、だな」
「……フン」
「引き受けてくれて、ありがとう」
各々が、そう答えるのであった。
「……と、まあ、この話終わったみたいだけどさ」
直後、洸夜が視線を机に落としながら話し始めた。
「皆んな……飲まないの? 冷めてると思うけど……」
「「「「あ……」」」」
祐治を除いた4人が、飲み物の存在を忘れているのであった。
「来てからだいぶ経ってるから……冷めてるみたいだね」
結弦が苦笑しながら言った。
「俺は……このぐらいの温度がちょうどいい」
「お、同じく」
大樹と雅人は、そう答えるのだった。
「……この、俺に注いでくれたのなんだ、洸夜」
「あー、それは……」
「まさかお前、アレとか言わないよな?」
答えようとしたところで、祐治に尋ねられた。
「ンなわけないだろ。流石に俺はあそこまで鬼畜じゃねぇよ。ただのレモンティーさ」
と、洸夜は中身を打ち明けた。
「レモンティーか」
「ここのレモンティーは香ばしいが飲みやすい。俺が保証する」
そう言われた拓巳は、カップの中身を口に含んだ。
「……本当だ。スッキリしている」
「僕も頂いていいかな?」
「はいよ。まだ余ってるから飲んでくれ」
そんな感じで、30分程お茶をしてから会計を済ませ、彼等は店を出た。
それから、出てすぐに各々用事があると言ってその場で解散となった。
そして現在、洸夜は祐治と共に帰路へと着いていた。
「ありがとな洸夜。アイツの後任を引き受けてくれて」
「こっちこそ、頑なにやらないって言い張ってた俺を、迎え入れてくれてありがとう」
そう言って、互いに笑い合った。
「相変わらずお互い様、だな」
「そうだな」
と言い合って、彼らは歩き続ける。
「にしても……拓巳に何かしてやりたいな」
突然、祐治が呟いた。
「あ、俺に考えがあるんだけど」
「どんなのだ?」
洸夜の言葉に、祐治は聞き返した。
「———『Crescendo』最後の、ライブをやろうぜ」
その言葉に、祐治は足を止めるのだった。
後書き
今回はここまで。
次回もお楽しみに。
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