ソードアート・オンライン クリスマス・ウェイ
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ボス攻略(4)
「ふへ?」
「ぱ、パパ――?」
白コートのアバターからは単純に驚愕が、ユイの口からはなにやってんの、的な驚愕。
「いや、ダメージが必要だしさ。このボス戦の間だけこれ、使ってみてくれるか?」
「う、うん……ありがと」
鞘ぐるみの片手剣をおっかなびっくり受け取った白コートは、即座に剣を引き抜き、びゅっと振った。フードの向こうから笑みの気配。
「いい剣だね……これ。エンシェント・ウェポン? だっけ? 頼もしいけど、本当にいいの? ボク持ち逃げしちゃうかもしれないよ?」
「持ち逃げする奴が、自分から持ち逃げするかもなんて言うわけないだろ。それにそいつも、アイテム欄に格納されっぱなしじゃ、かわいそうだからな」
正直にいうと、手に持っている剣とほぼ同じ能力をもつ十五層ボスドロップ品、現状でフル強化済みの武器なので、持ち逃げされるとリズからおっかない鉄槌が下るのは間違いないのだが――。
わずかにダメージが足りず、ボス攻略失敗しましたはやっぱり格好つかない。白コートのアバターの持つ、NPCの汎用品よりも高ランクの武装だし、あのボスの猛攻をほぼノーダメージで切り抜けるプレイヤースキルの持ち主を遊ばせておくのももったいない。
「パ、パパ! バフ開始します! 急いで――!」
ユイのせっぱ詰まった声に視線を再び戦場に戻す。
ダメージディーラーが全員ひきあげ、盾役がヘイトをとり続けている。普段はHPを半分ほど割り込めば、ヒーラー役が回復魔法を唱える――。だが、いつまでたっても盾役のHPは回復しない。なぜならヒーラー役が口にするスペルは、すべて支援系――俊敏上昇支援、腕力上昇支援、またはメイジ用の魔法攻撃力上昇支援で埋められている。盾役の回復を後回しにすることでバフの厚みを増す。総攻撃の準備だった。
色とりどりの光がダメージディーラーやメイジ隊の身体に降り注ぐなか、後から声がかかる。
「必ず返すよ……ありがと、おにーさん。この子に応えてみせるから」
「よろしく――そろそろはじまるぜ?」
振り向かずに応える。タイミングが命なので戦場から目を離すことはできない。
「うん!」
背中から投げかけられる、元気のいい返事が終わった瞬間、支援魔法がすべて終了した。HPバーの端にいくつかのアイコンが並び、ほぼすべてのステータスに上昇補正がかかった。中には短時間しか効果がないのに、高価な触媒とバカにならないマナポイントを使用しなければ発動不可などという支援魔法も含まれていた。
いまこのときが、第二十一層ボス攻略の剣が峰だ。
俺はわがままな作戦に乗ってくれた攻略担当者の姿を確認する。
青い髪を踊らせ、自らも支援系のスペルを唱えるアスナがふと、俺に視線よこした。一刹那だけ、絡んだアスナの瞳には全幅の信頼がある。それに応えるべく、剣を握りなおす。
「よし……行け!」
俺は自分を叱咤しつつ、フロアボスに向けて全速力ではじりはじめた。
ウェンディゴはさきほどアスナを追い立てた壁際で盾役の連中を攻撃している。例のデバフ満載の炎に捕まるとそもそも作戦自体がファンブルしそうだったので、ボスを中心に円形に広がるはずの攻撃範囲内に入らないようにしながら走る。
あいつなにしてんだろ的な視線を背中にびしびし感じつつ、俺は全力で疾走し――。
リズと一緒に落っこちたドラゴン山の斜面を今度こそ登り切ろうと取っていた《壁走り》スキルが意外なところで役に立ちそうだだった。できうる限りの助走をしたあと、俺は壁に向かって脚をかけた。
足裏が壁に吸着する。大昔、まだ小学校低学年の時にさんざんやった、ザ・ニンジャ走りでいっきに壁を駆け上がる。
徐々に歪曲する天井に足裏を吸着させつつ、俺はウェンディゴのクリティカルポイントを睨み続けた。やがてダッシュスピードとウォール・ランの補正が限界に達し、足裏の吸着が弱まる。
その時点で、俺はウェンディゴの真上……にはわずかに届かない位置にいた。壁を蹴って肉薄する必要がある。もう少しウェンディゴとの距離が近ければ、連撃系のソードスキルを使用していたが、ややリーチが心配だった。
「はっ――!」
一度強く曲げた膝を引き延ばし、燃えるような一本角めがけて飛んだ。
歪曲している壁を蹴ったので、俺の身体はほぼ百八十度、天地を逆さまにしていたが、慣れ親しんだソードスキルの初動モーションを呼び起こすには、何の影響もない。右腕を担ぐように引きつけ、左腕を前に突き出す。
が、ソードスキルの発動でゆるやかに流れ出した時間のなか、イレギュラーな形で反応圏に侵入した俺にウェンディゴがじろり、燃える瞳を向けた。
「う――っ!?」
視線の圧力におもわずうめく。ウェンディゴが足下の壁役に向けていた増悪値を無視し、両手昆をもちあげた。
通常攻撃ではない。両手昆カテゴリに設定された、ソードスキルのモーションを感知しそれを阻害するカウンター・ソードスキルだ。
これを貰ってしまうと、現在発動中のソードスキルをキャンセルされてしまうだけでなく、わりとしゃれにならないダメージをもらってしまう。
が、壁走りからの奇襲は、明らかにウェンディゴの反応を鈍らせている。そのわずかな反応の鈍りがソードスキルを先当てできる可能性を生んでいた。そもそも発動したソードスキルを止めることなどできない。
今の俺にできるのは――。
「うおおおおおおおおっ!」
此彼の関係上、真下から頭に迫ってくる両手昆から意識をそらし、半自動で突き動かされる腕に喝をいれた。システムアシストで操縦される腕をさらに加速させる。
やや後方から、ジェットエンジンめいた爆音が近づき走り抜けていく。音は剣へと流れこむように収縮し、剣先に赤黒い光が生まれる。
ソードスキルに包まれた片手剣の切っ先が、ウェンディゴの赤い角へとゆるゆると伸び――。
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