ソードアート・オンライン クリスマス・ウェイ
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ボス攻略(2)
尾広がりの短衣の裾をはためかせ、アスナがボスモンスターにつっこんだ。
十分助走をのせ、威力をブーストさせた細剣のソードスキルをウェンディゴの胸元にたたきつけた。わずかなノックバックが発生し、後ろにむかってよろめいたボスを追撃する愚行は犯さず、地面に降りたった瞬間、バックステップ。
すみやかにターゲットをアスナへ変更したウェンディゴが、すぐさまアスナを両手昆で攻撃するものの、すでにアスナはウェンディゴの有効攻撃範囲から抜け出していた。突いて下がる。細剣を自分の相棒と定めてから磨き続けてきた剣術は、ボスモンスター相手にも有効だ。
本来はタゲ取りして、さきほどリメンライト化したメンバーのスイッチを助けるだけ、なのだがそこは旧アインクラッドで五指の腕前をもつと言われた細剣使いだけあって、モーションの大きい横殴り攻撃と出は早いが横方向に判定のない突き込み攻撃をステップでいなし、ついでとばかりに細剣をボスの胴体に突きいれる。
猛襲といってよいほどのアスナの乱舞におおー、とパーティの一部から歓声があがった。
「あのお姉さん、助けなくていいの? おにーさん」
「ああ、たぶん大丈夫……」
言いつつ、俺は振り返った。声音に覚えがある。
綿厚の白いロングコートに、暖かそうなフードケープを目深にかぶっている。手には銀色の片手剣。ボス部屋の前で俺に声をかけてきたアバター……のはずだ。
それとなく装備に目をはしらせてみる。
こういっては申し訳ないが、あまり装備のグレードは高くない。手にしている片手剣はイグドラシル・シティで売っているそれほど高価でないNPC品だったはずだ。
しかし、装備品にはまるで耐久度の減少が見て取れない。布系の装備品は消耗するとすり切れたり、布がほつれたりする。俺のコートもまだまだ耐久度には余裕があるが、それでもボスの攻撃を何度か受けているため少し傷んでいる。
じゃあこの白コートアバターは、ずっと待機して、攻撃に参加していなかったのかといえばそんなことはない。その鮮烈な白色のコートの裾を翻し、ボスに切り込んでいく姿を俺は確かに目にしている。
単純に、まだこのアバターは一撃ももらっていないのだ。
その事実にすこし驚き、戦慄していると白コートがつぶやいた。
「ああ……すごい。本当に大丈夫なんだね、あのお姉さん」
感嘆すら混じった言葉に、俺は戦場に目を戻した。
蝶のように舞い、蜂のように刺す――を地で行くアスナの剣技は、細剣使いの見本そのものだ。
ぴょんぴょん飛び回り、ぶん回される両手昆を避け続けている。
戦場を見守りつつ、隣のアバターに返事をした。
「まあ、あれくらいなら。前情報なし、準備なしのレイドパーティだから苦戦してるけど、パターン自体は単純だしブレイクポイントも多いから、ボスとしては弱い部類だぜ、あれ」
「そうなの?」
ころっ、と楽しげに白コートのアバターが言う。
……ネットマナーとしては初対面では敬語が基本だし、俺自身もよけいなトラブルを生みたくないので極力敬語をつかうようにしている、のだが、となりの少女はそんなのしらん、とばかりに親しげに声をかけてくる。
不思議に不快に思わないのは、声音が透き通っているからだろうか。
とりあえずおにーさんと呼ばれてしまったので、解説する。
「ああ。それにHPバーもコンスタントに減らしているし、ぼちぼち総攻撃のしどきだな」
「総攻撃かー。あのボク、ボス戦はじめてなんですけど、その……あいつの弱点って、もしかしてあそこ?」
今更のように敬語を使いつつ、白コートアバターがウェンディゴの頭上を指さした。
動きに少々驚いた。仮想空間でアバターを手足のように動かすのには慣れが必要だ。
に、対していまの挙動はあきらかにアバターの使い方を熟知しているなめらかな動きだった。
「……」
思考が壁にぶつかった。
そもそも、隣の白コートアバターは本当に少女なんだろうか。だってほら、男性型アバターなのに、見目麗しいまるで女性型アバターをなんてものも存在し、それを引き当ててしまう、ウルトララックのプレイヤーも世の中にはいるわけだし。隣のなぞアバターは分厚いコートとその上からブレストプレートという格好なので、女性的な特徴は皆無、でしかもこれがちょっと高めの少年ボイスということも、むにゃむにゃ。
再びはじめてしまった、取り留めのない思考を収斂させて白コートに答える。
「そのとおり、あの角があやしいよな。他のスケルトン系のモンスターにはない特徴だし、ねらってみる価値はあるんだけど……。ただねらいにくいんだよな」
弱点らしき赤角は、直立すると五メートル以上に達するウェンディゴの天頂部にある。あそこを意図的にねらうのは実質不可能だ。場所が高すぎる。
「――両手昆の縦攻撃時には、ちょうど頭がさがってくるから、それをねらいに行くって手もあるけどタイミングがピーキーすぎるし、現状はちょっとむずかしいな」
「んー……飛べればいいのにね、ボスフロアでも。そしたらあんなところにある弱点なんて狙いたい放題でしょ」
「そりゃ……まあ、そうなんだけどな。アインクラッドの迷宮区は飛行禁止だし……いや、でも飛ぶ、か」
ALOニュービーと思われる少女?の発想に何かが思考をかすめる。いまウェンディゴはアスナを追いつめようと突進しながら、壁際へと向かっていた。壁を背にしたアスナの動きがウェンディゴから離れる縦軌道から、横軌道に変化した。こうなると厄介なウェンディゴの横振り回し攻撃だが、そもそもバックモーションが大きいため、アスナは余裕で回避を行っている。
アスナが引き付けているウェンディゴの周辺に、リバフを終えた盾役がじりじりと距離をつめていた。
アスナと盾役がスイッチすれば、ウェンディゴは逆に壁際に縫いとめられることになる。
「壁際……か。ALOの仕様に縛られすぎてたな……」
「んんっ? おにいさん、どうし……?」
「いや、いまのナイスアイデアかもしれないってさ。ユイ!」
手を挙げてユイの名前をよぶ。すぐさま涼やか翅音と一緒に桃色のワンピースに身を包む《ナビゲーション・ピクシー》が姿を表した。さきほどまでアスナに一緒にボスの攻撃タイミングをささやいたり、伝令役としてメイジ隊、ダメージディーラーの間を忙しく飛び回っていたユイだが、アスナが前線にでているので今はちょっとお暇を貰っているらしい。
「なんですか、パパ――ふにゃっ!?」
俺の眼前からユイの姿がかき消えた。あれ、どこ行ったと周囲をみわたすと興奮した声が隣から。
「な、ナニこの子やっぱりかわいい! 君さっきおにーさんの頭にいた子だよね!」
「うううっ、ちょ、パパ! たすけ――」
ユイは白コートアバターの腕に収まっていた。驚愕すべきは――俺ですら見切れないほど素早くユイをさらっていった白コートの俊敏能力だったが、とりあえず白コートの掌からユイをスナッチ。目を回しているユイに言う。
「ユイ。あいつの弱点――クリティカルポイントに攻撃したときのダメージ比率、わかるか?」
「え、ええっと……一度だけ偶発的ではありますが、クリティカルポイントにクラインさんのソードスキルがあたっています。そこからHPの減少効率を計算すると、大体物理攻撃で三倍強のダメージ期待値ですね……データが少ないので属性攻撃分のダメージ上昇率までは判断できませんが……それがどうかしました?」
「ユイ……いっこ聞きたいんだけど」
ユイの眼を見つめて聞いてみる。
「ユイは、あの家に早く帰りたいか? あいつをとっとこぶっ倒す、妙案があるんだけどさ――」
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