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ソードアート・オンライン クリスマス・ウェイ

作者:伊助
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攻略準備(4)

かつてSAOで攻略組と言われたPCを、ALOにキャラクターコンバートをしたプレイヤーは、新生アインクラッドにあって非常に重宝される。
 攻略のキモとなる迷宮区のマップデータこそSAOサーバーの破棄とともに失われたが、その足で迷宮区を探索し、みずからマップデータを作り上げた最前線の高レベルプレイヤー達は、オブジェクト的には同一な、アインクラッド迷宮区の構造を頭の中に刻み込んでいる。

 もちろん宝箱やモンスターのPOP位置、罠の種類、罠の場所は旧アインクラッドと完全に同一ではない。しかし迷宮区の構造を熟知しているプレイヤーがいる、というのはアインクラッドの完全攻略を目指すALOプレイヤーに大きなアドバンテージをもたらした。

 結果、今日のようにはやばやとボス部屋に集えるパーティの中にはけっして交友範囲が広くないはずの俺でも、見知っている顔が二、三人はいるものだ。旧攻略組のよしみ、というやつで。
 先ほどまで目の前にいた男もそうだった。アバターをSAOからコンバートした、第一層のボス攻略からつきあいのある――若干失礼な出会い方をしたショート・スピア使いもまた、大手ALOギルドの一翼を担う古参プレイヤーだ。

 ある理由からさぞ肩を落としているだろうと思われたその男は、俺が近づいただけでなんとなく用件を察してしまったらしい。俺が口を開くより前に「まあ、楽しもうや」などどつぶやき、俺の肩をどん、と叩いた。

 犯人が未成年であったことから、実名報道はさけられたものの《ガンゲイル・オンライン》で行われた《死銃事件》の概要はすでに公表されている。正直にいって俺は、その死銃事件の犠牲者と先ほど話した男が知り合いなのではないか、と疑っていただけで話してどうこうしよう、と思ったわけではない。俺がかの事件に関わっていたという事実を知っているのは仲間内だけだし、ただ話をしたかったという動機以外にはなにも考えていなかった。だからこそ、機先を制されたことには心底驚いたし、楽しもうや、などと言われるとは思いもよらなかった。

 気がつくと胸にぐずぐずと渦巻いていた気分が晴れていた。名前が特徴的な男とは、それきりいくつかの打ち合わせをして、別れた。

 しかし「まあ、楽しもうや」という言葉は自然と胸にしみいっている。

 ALOはデスゲームではない。HPバーの残量を零にしても、死ぬわけではない。まさしく「普通のゲーム」に戻った世界でプレイヤーができることは、結局のところ「楽しむことだけ」なのだと今更のように思い出した。

 だからこそ――美しい微笑を口元にたたえながらボス部屋に踏み込んでいったアスナの姿にどうしようもなく胸がうち震えた。
 戻ってこれてよかったと、本気で思った。

「ママ……」

 頭の上の愛娘――ユイの声も心なしか濡れていた。
 
「パパ……いまママ、笑って……」
「ああ。しっかり見たよ」

 俺とユイは確かに見た。笑いながらボスの待つ薄暗い部屋に踏み出す、アスナの姿を。
 頭の上に座るユイが小さい体をさらに小さくふるわせている。

「ママ……すごいです。パパはどう思います?」
「うん。かっこいいと思う」
「……パパ。それは女性のほめ言葉としてはちょっと微妙かも、ですね」
「……」

 一歳になったばかりの愛娘は、どうやらすでに女心というものを理解しているらしい。
 見習いたい。ものすごく。
 時々、その「女心」が分からなくて女性陣に叱られる身の上としては、是非に。

「ママはすごくて、強くて……ですけど、最近すこし……ほんの少し、元気ないです」
「……ユイ。それアスナに言うのはちょっと待ってくれ。少なくとも、アスナの方から俺たち相談があるまでさ」
「はい……」

 頭の上で頷く気配がした。俺は片手を頭の上にあげて小指を立てる。
 ユイの小さな手のひらが両手で小指をにぎりしめるのを感じた。

 学校帰りの別れ際やログアウトの直前に、アスナの顔に影がさすようになったのは、ユイが言うとおり最近のことだ。
 気が付いているのは、俺とユイ、それにリズくらいなもので、その時には本当に心配した。リズと二人でうんうんうなり、結局アスナから話をしてくるのを待つことにした。

 アスナは、強い。俺なんかよりも、もっと、ずっと。その気持ちはSAOの頃から変わらない。

 つい最近もアスナの強さに甘えて、弱さを吐き出してしまった。
 町中で降ってきた雪と聞こえてきた赤鼻のトナカイにおもわず足を止めてしまった俺を明日奈は心配そうにのぞきこんできた。
 そのあと、茫然自失としている俺を近くのベンチに座らせ、俺の腕を抱き腕の震えが収まるまでずっと一緒にいてくれた。
 そのとき雪と歌に感じていたすべてを白状してしまったのは、きっと俺の弱さだ。

 数値的なステータスでははかりきれない、魂の強靱さをアスナは持っているし、俺はそれを信じて疑わない。

 だが、ずっと強い人間なんていないはずだ。
 仮想世界が認識できる、唯一の場所であったのはもう一年以上前のことだ。俺たちはおのおの折り合いをつけながら、現実世界と仮想世界のふたつをまったく別の役割をもった「人物」として過ごしている。

 アスナが抱えている影は、現実に根ざす問題で、その根底にSAOで過ごした年月が関係していることを俺たちはなんとなく察している。
 もちろん、力になりたいとは常々おもっているが、無理やり彼女の悩みを聞きだすことが、本当の意味でアスナがためになるかがわからない。
 リズが過保護なまでにアスナを心配しているのは、俺と同じでどこまで踏み込んでいいのかわからないからだ。

「信じてるぜ……アスナ……」

 だからボス部屋に踏み込む時に見せたアスナの表情に、俺はほんのすこし安心した。
 だからもう一押し。
 なにかきっかけがあれば、アスナはあの影から解放される気がする。
 残念ながらそのきっかけは昔のSAO時代のアスナを知る、俺たちでは与えることができない。≪閃光≫アスナの強さを知っている人間じゃ、おそらく駄目なのだ。
 いまのアスナを知って、受け止めてくれる誰かが――


「――お兄さん。はやくしないと扉がしまっちゃいますよー」


「え、あ、すみません」

 前方からかかった声に物思いを中断する。

「あれ?」

 反射的に返事をしてしまったが、聞き覚えのない声だった。
 ぞろぞろと扉の中に消えていくアバターのなかに、声の主がいるのは間違いないが結局探し出せなかった。
 不思議な響きの声だった。胸にすとんと落ちるような透明な声。妖精の声なんてものがあるなら、きっと今のような声だろう。

「パパ! 本当に急がないと扉がしまっちゃいます!」
「おっと」

 俺は肩に手を伸ばして愛剣の存在を確認しながら扉に駆けだした。
 
「ユイもしも、アスナが――ママがさ。やりたいことを見つけたら全力で協力しようぜ。だからそのときはユイも力を貸してくれよ」
「も、もちろんです! ママのためなら何だってしちゃいます! だからまず――ここのボスをさくっとやっつけちゃいましょう!」
「お、おう!」

 ……そのちょっと好戦的なところは、似て欲しくなかったなー。
 なんて思いつつ、ユイの言うことは正しい。まずは「ホーム」のためにボスを倒そう。
 俺は半分閉じかかっていた扉に滑りこんだ。
 
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