ソードアート・オンライン クリスマス・ウェイ
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攻略準備(3)
「見てたぜ? 気合いはいってるな!」
粗野な笑みを浮かべたクラインがアスナの隣にたった。いつもの趣味の悪い――いいかげん、だれか指摘をしてやればいいのに――バンダナを頭に巻き、皮鎧を装備したクラインは、こちらも準備万端といった様子で獲物の太刀を鞘ぐるみに持っている。
「あの……クライン。本当にいいの? 参加してくれるのはありがたいけど……」
「ああ。ウチのギルドの連中も、景気よく送り出してくれたからな。大船に乗ったつもりでどーん、とよ!」
そう嘯くクラインの顔を見て、アスナは危うく吹き出すところだった。
キリト曰わく「《風林火山》の連中は全員リアルで予定があるんだと。だからクライン誘うのに遠慮はいらないぜ」だそうだ。
ただ、アスナも通り一遍の理由で、クラインが参加していると考えているわけではない。
自分が損をするならまだ納得する、だが他人の得は絶対に許せない、というのはもはやMMORPGプレイヤーの業に近い。ラストアタックボーナスやボスドロップアイテムの分配でプレイヤー同士で口論がおこり、過剰なものになるとボス攻略の前にPVPすら発生するのだ。アスナはその目で何度も見ている。
SAOに存在した《風林火山》の面々は、アスナもよく見知っているが、ギルドマスターであるクラインはこのボス攻略参戦にはかなり気をつかっただろう。SAOの攻略組の一翼をになった《風林火山》は、ALOでも古豪の集うギルドとして認知されている。よって新規の入団者はあとをたたず、ギルドリーダーのクラインもそれなりの苦労があるようだ。人が増えれば個人の考え方も増えて、結果一枚岩ではいられなくなる――。
忙しい合間を縫って、足かけの準備からつきあってくれているクラインには感謝してもしきれない。おなじくリアルで仕事を持ちクリスマスという日にち柄忙しいはずの、エギルにもアスナは感謝していた。
「……クリスマスか」
クラインは一度天井を仰ぎ見た後、アスナの耳に口をよせた。
「あのさ、アスナっち。少しでいいから、気をつけてやってくれないか。あいつ、実はこの時期にあんまりよくない思い出を持っててよぉ……」
「――大丈夫。知ってるよ」
クラインが目を見開いた。
驚いた彼の顔がどこかおもしろくて、アスナは今度こそ笑ってしまった。
「キリトが自分から言ったのか?」
「うん。この前、一緒に買い物に行ったときに」
「……そうか。そりゃそう、そうだよな」
クラインが視線を前に向けた。アスナもつられて視線を向ける。
すると先ほどまでの真剣な雰囲気はどこへやら。
たぶん前衛と話をしているうち楽しくなってきたのだろう。
頭に愛娘のユイを乗せたキリトは、まるで新しいおもちゃの発売をデパートの開店前に待っているような、そんなやんちゃな雰囲気でボス部屋を眺めていた。
そんなキリトの背中を見ていたクラインはずずっ、と鼻をならし、人情家の火妖精族は、一度だけぐうっ、と目頭をぬぐった。
「くそっ……あいつばっかり……ずるくねえか……今日って……クリスマスだぜ?」
「えっと、それは……その……」
それに関して、アスナは何も言えなかった。
「あ、ごめんクライン! そろそろ準備しなきゃ……」
「あ、ああ……俺も確認しとくか……じゃあな、アスナっち」
少々無理やり話を打ち切ったアスナが、自分の装備の確認を終え頭の中でボス攻略のシミュレートをしていると目の前のシリカが尻尾をピクつかせた。
「アスナさん。そろそろ時間ですよー」
「――うん」
シリカの言うとおり、そろそろ会議終了から十分が経過する。
アスナはボス部屋に続く扉の前に足をすすめた。
扉のデザインは旧アインクラッドのものと同じだが、中で待ち受けるボスはALOのシステム変更に合わせて再設定された難敵だ。
アスナは「よしっ」と自分に喝をいれてから、扉の前に集まるメンバーに向けて叫ぶ。
「みなさん、準備は大丈夫ですか! 盾役の方は中に入ったら陣を組んでください! あとの皆さんは打ち合わせ通りにお願いします!」
何かしらの応答を返しつつ、五十名近い即席攻略メンバーが扉の前に並んだ。
土妖精族の盾役が二人先頭に立ち、扉を開け放つ。まだ明かり一つない真っ暗闇のボス部屋にぞろぞろと、まずは盾役のアバターが足を踏み入れていく。続くのはダメージリソースとなる面子だ。この中にアスナも含まれる。
盾役のアバターが全員中に入ったのを確認し、アスナも暗闇に踏み出そうとした。
が、まさしく一歩目を踏み出そうとした瞬間的だった、背後から声が飛んできた。
「どうせだから楽しもうぜ、アスナ。俺も全力で楽しむから」
一番聞きたかった声に振り向くと、キリトがいつものシニカルな笑みを浮かべていた。
頭の上に陣取ったユイも、ガッツポーズと笑顔をアスナに送ってくる。
胸に新しい力が宿るのを感じつつ、アスナは、二人に言った。
「ありがとキリトくん、ユイちゃん。あ、でもキリトくんはちゃーんと、与ダメよろしく」
「な、そっ――もうちょっと、なにか言うことあるだろー!」
もっと別の言葉を期待していたらしく、微妙な声音で叫んだキリトを、心底頼もしく思いながら、アスナはまだ薄暗いフロアボスの待つ部屋に踏み込んだ。
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