ソードアート・オンライン クリスマス・ウェイ
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攻略準備(2)
「じゃあ、十分後に突入します。よろしくおねがいします」
アスナは会議終了を宣言する。少々熱を入れすぎてしまい、当初三分で終了する予定を四分近くにまで伸ばしてしまった。
へーい、やら、はーい、やら、それぞれの応答をした妖精剣士の姿を確認しアスナは、攻略会議のじゃまにならないよう安全地帯の壁際にたってくれていた親友に近づいていった。
「おわったよー。リズ!」
ちらりと周囲を見回してみるが、同じように壁際に立ってくれていたはずのキリト、クライン、エギルの姿はみあたらない。
親友――リズベットはにいっ、と笑ってアスナを迎えてくれた。
「おかえり、アスナ。それで、あんたたち。初めてのアスナ主催の攻略会議の感想は、どう?」
「え?」
アスナは後ろを振りかえる。
攻略会議に参加してくれたリーファとシリカの目がきらきらと輝いていた。
「ど、どうしたの、二人とも」
シルフ族で五指の腕前を持つ少女と、ケットシー領で領主アリシャとともにアイドルの道を駆け昇っている少女二人の、熱っぽい視線におされアスナはつい身を引いてしまった。
「もう、なんというか」
「感動しました」
「え……あ、うん。ありがと。リーファちゃん、シリカちゃん」
攻略会議初参加の二人から手放しの賞賛を受け、アスナは思わず赤面した。
「え? そ、そうかな……。普通だと思うけど。たしかにちょっとだけ熱っぽくなっちゃったかもしれないけど」
「ちょっとー? あれがちょっとなら、いつもクエストでやってるあれは、そうとう気が抜けてるってことねー」
リズの揶揄が飛ぶ。アスナは少々あわてて言葉を返した。
「ええっと。ほら。七人でパーティ組むときは、リーダーはキリト君だし……」
「しかも戦略的にあんた前衛でしょ。またほら、例のあだ名が広がっちゃうわね。やっぱり後衛は肌にあわない? 暴れたい?」
「ちがうってば。考えてたよりタンク役の人が多くて、ヒーラー層も厚かったから……予想の範囲内だったけど」
「というか、この即席パーティでそこまで把握できちゃうアスナさんが……」
シリカが背中にまわっているしっぽを「?」の上の部分のように湾曲させた。
たしかにパーティリーダーにラップとスキルの傾向はアンケートしたものの、正直なところアスナは今回あつまるパーティメンバーの、おおよその傾向を把握していた。
シリカに答える。
「そんなに難しいことじゃないよ。だって未踏の迷宮区を攻略する時って、だいたいパーティ構成が決まるじゃない? 支援と壁を厚くしてゆるゆる前進するか、軽装備で駆け抜けるか。どちらか中途半端だと機能しなくなっちゃうし、ここに集まるパーティメンバーの傾向ってほぼ決まっちゃう。そこに――」
「あたしたちみたいなダメージリソースの固まりみたいなのををぶち込めば安定する、か。さすがというかなんというか……」
「これでも昨日の夜寝ないで考えたんだよー……からかわないで」
称賛自体はもちろんありがたかったが、アスナはそもそもボス攻略自体にはさほど興味がない。
ボス攻略は「ホーム」購入を果たすためだけの、手段でしかないからだ。ボスを倒した栄誉も、報酬にも興味がない。
――ごめんね、みんな。
アスナは集まったメンバー全員に心の中で謝った。
各階層のボス攻略といえば、ALOに存在するクエストの中でも花形中の花形だ。黒鉄宮の《剣士の碑》に名を刻む栄誉も、膨大な報酬もながしろにしているアスナは、いちMMORPGプレイヤーとしてどうしてもうしろめたい感情がある。
だからリーファとシリカが伝えてくるまっすぐな感情を、どうにもうまく消化できない。
そして――SAOサバイバーで元攻略組の、アスナも顔と名前を知っている何名かのささやきは、さらにアスナの心を波立たせている。
さすが伝説の血盟騎士団副団長だ、と。
そのささやき声を意識したとたん、くっと息苦しくなった。
少し前から胸に抱いている感情が、ぐずぐずと頭をもたげてきて――
「また、まじめなこと考えてるでしょ」
「え? ひゃっ!」
となりにいたリズベットにわき腹をつつかれ、飛び上がる。
準備にとりかかっていたメンバーが何事かとこちらに視線をよこした。
なんでもありません、と手振りで伝え、アスナはリズベットに振りかえる。
「もおー。いきなりなにするの?」
「真面目なことを考えてる顔してたから。当たりでしょ?」
「……うん。大当たり」
またわき腹をつつかれないように警戒しながらアスナはリズベットにうなずいた。
はあ、と大きくため息をついた後、リズベットはするっ、とアスナの胴に腕をまわした。
十分に警戒していたにもかかわらず、絶妙な呼吸で腹部に回された手をアスナは弾けない。
普段こういう、積極的なスキンシップをしてくるリズベットでないだけにアスナは体を固くして、リズベットの言葉を待った。
「アスナが今日のためにどれだけがんばってきたのか、あたしたちはよく知ってる。何時間もダンジョンこもってさ。だから――最後くらいわがままになってもいいんじゃないの? そもそもボス攻略に最速で参加したって、そのままクリアできるわけじゃないもの」
「そうですよ」
こくこく、にこっと、春の日差しのように微笑むリーファが続ける。
「アスナさんが指揮をとるから攻略の可能性もあがるんです。 アスナさんも知ってると思いますけど、フロアボスってかなり手強くて十分に準備をしないと撃破は難しいです。だから指揮するアスナさんがちょっと我が儘するくらい、どうってことないですよ」
「うん、いまリーファが良いこと言った」
リズが手をリーファに差し出す。そのまま格好良くぱしんっ。リーファと手のひらを打ち付ける。
空気のはじける小気味のいい音に、アスナはほんの少し胸を軽くした。
「まったくこういうフォローをしてほしかったのに、あの朴念仁」
と、リズベットは最後に小さくつぶやいた。
誰に向かってのつぶやきなのかは簡単に想像がついた。
アスナはちらっと、件の人物――キリトを目線で探した。
いた。
キリトはアスナ達のいる壁際からわずかに離れた場所で、ダメージディーラーの剣士となにやら話し合っている。アスナも顔をしっているSAOからのコンバートプレイヤーだ。
会話の内容までは聞き取れないが、真剣な表情だった。
「あ。あいつ、あんなところにいた……。まあ、あいつもあいつで思うところはあるんじゃない? なんたって懐かしの我が家なんでしょ?」
「んー、どうかなー。正直どんな風に喜ぶのか、わかんないんだよねー。キリトくんの場合」
頭のなかで何度かシミュレートしたものの、どうもうまくいかなかった。
手をとってくれて一緒に喜んでくれるかもしれないが、もう少し違うものになる予感がある。
そもそもキリトが「そのとき、どんな行動をとるか」を予想するのはかなり難しい。
ほんの二週間前|《ガンゲイル・オンライン》の《BoB》にキリトが参戦した際、十分に彼のプレイスタイルを熟知しているはずのアスナ達でさえ、彼がどのように勝ち残るかで意見が割れてしまったのだ。SAO第一層からの付き合いであるアスナでさえ、いまだにキリトの行動には肝をぬかれて驚く事が多い。良い事、悪い事、ひっくるめ。
「ねえ、リズ……」
腹部をまわるリズの腕に手を這わせながら、アスナは呟いた。
「リズ……リンダースが解放されたらまたあそこでお店やってね。今度はわたしたちが手伝うから。リズが嫌だって言っても、絶対に手伝うから……!」
「……さっきキリトにも同じことを言われた」
「え?」
「まったく、こんなときにまでいちゃつかなくても……」
リズはどこか疲れたような、呆れたような表情でため息をついた。
「まあ、いいか。さて、準備準備っと」
話題が変わるやいなや、リズベットはアスナからぱっと離れた。そのまま背をむけてごそごそと準備をしはじめる。
アスナは思わず頬を緩めてしまった。
リズベットの獲物の戦槌は彼女の腰のスリングに引っかかっているし、腰のポーチにはポーションが満載だ。照れ隠しにしては隠れる穴が少々、大きすぎる。
――伊達に親友やってるわけじゃないよ。
――ありがと、リズ。
照れ屋の親友に心の中で感謝していると、
「よお、アスナっち」
別方向から声がかかった。
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