ソードアート・オンライン クリスマス・ウェイ
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攻略準備(1)
攻略準備(1)
浮遊城アインクラッド第二十層から上のアップデートが、クリスマスイヴに行われるとの告知に、どこかALO運営体のいやらしさを感じたのは俺だけではないらしい。
その場にいたクラインは頭を抱えて『よ、よりにもよって、クリスマスイヴかよ! 他のイベント参加できないじゃねえか!』と嘆き、すぐさまリズに『あんた、どっちにしろ予定なんかないでしょ……』と突っ込まれ、周囲にいた俺たちの爆笑を誘った。
さて、そのクリスマスイヴがとうとうやってきた。
俺、アスナ、リズ、シリカ、リーファ、クライン、エギルのパーティは、第二十一層主街区への転移門がアクティベートされた瞬間に駆け出して、主街区をつっきり迷宮区を全力で踏破したあと、流れるように迷宮区のフロアボスに挑んで、負けた。
まあ――ここまでは予定通りだった。
ボスに挑んだのは攻撃パターンや戦術構築のためであり、そもそも勝ちを狙いに狙った挑戦ではない。
できればもう少し、ボスのHP減少時の攻撃パターンを検証したかったが文句を言う時間さえ惜しかった。
セーブポイントに戻った俺たちはすぐさま二度目の挑戦を行うべく準備を進め、すぐに迷宮区へと舞いもどった。部屋の前についたときにはすでに二十名近くの攻略パーティがそろってそれなりに騒然としていた。
アスナは集ったパーティのリーダーひとりひとりに声をかけ、時には頭さえ下げて、最終的に五十名近い即席のレイドパーティを作りあげた。そのアスナはいま、第二十二層の攻略組の真ん中に立っている。
三分で終わらせるから、待っていてねーとつぶやき、五十人近いレイドパーティの真ん中に向かったアスナの度胸には感心させられるが――。
「はぁ……アスナ、気合い入りまくりじゃない。キリトはどう? 思い出のホームが手の届くところにあるんだし、なにか感じるものがあるんじゃない?」
隣に立つリズがピンクの髪を揺らしながら呟く。イグドラシル・シティの大通りに店を出す、店主件看板娘のリズベットは、SAO時代からイメージが変わらない檜皮色の上着に同色のフレアスカート、さらに白いエプロンという、ウェイトレスのような格好でいる。もっとも、胸に装備したブレストプレートはレプラカーン領に存在するレアメタルで作られた逸品だし、腰のスリングには同じ材質で作られた戦鎚が吊られていた。腰にはポーション類がセットされているので、ボス攻略への準備は十分だ。
俺もとっくに準備をおえている。先ほどのボス戦偵察で消耗した片手剣は耐久度をフル回復させているし、ロングコートのベルト・スロットにはスローイング・ピックとポーションをくくりつけてある。
「……まあ、ホームのことは俺も楽しみだからさ。アスナもずっと楽しみだって言ってたし」
即席のレイドパーティだけあって、みごとに種族も武器もバラバラな攻略メンバーが、畳一条ほどの大型スクリーンとその横に立つ今回のボス攻略担当責任者、アスナを交互に見る。
白の短衣とスカートを装備したアスナは、四十名近い人垣に囲まれながらも物怖じせず、凛とした声をホールに響かせていた。
アスナは今、先遣隊が(この場合は俺たちが担当した)持ち帰った情報を元にボスの攻略法をメンバーに解説している。
内容は盾役との交代のタイミング、ボスの攻撃パターンなど多岐に渡り、集まった一人一人に「自分がやるべきこと」を浸透させていく。
熱と迫力に満ちたアスナの講義を、集まった即席の攻略パーティは輪を作って聞き入っている。俺は嘆息しながら感想を披露した。
「まあSAOの攻略担当責任者様なら、あれくらいは朝飯前じゃ――」
「それ、まさか本気で思っているわけじゃないでしょうね?」
俺が言いきるか否か、リズが素早く返答した。アスナを見つめる瞳には、わずかに不安の色が浮かんでいる。リズの肩にそっと手をおいた。
「……攻略会議や指揮はアスナにとっていい思い出ばかりじゃないよ。ソロをやってた俺には分からない苦労があったはずさ」
――その苦労のなかには攻略組きっての不良ソロプレイヤーへの物理的説得とかもあったはずだが、もちろん口には出さない。
クラインを含めた何人かの命の重さから逃げ出した俺と違い、アスナはKoBの副団長として、重責をずっと担い続けていた。第七十五層まで、ずっと。
あの細い肩にパーティメンバー全員の命をのせて、自身もまた危険なボス攻略に挑んでいたのだ。
リズが半歩ほど俺の方に移動してわき腹を肘で小突いてきた。
「わかってるならしっかりフォローしなさいよね。あの子、最近ちょっと気になるから……」
アスナに対してやや過保護気味のリズに苦笑しつつ、俺は大腕をふるってボスの戦闘パターンを解説するアスナに再び目をやった。
少なくとも今は、無理している様子はない。
青い髪を揺らし、瞳に強い意志の輝きを宿らせるアスナの姿は、恋人であるとか、知り合いであるとか、そういう関係性を無視しても、びっくりするほど魅力的だった。アスナのまわりだけ温度と華やかさが違う。
おそらくパーティを組んでいる何人かも、きっとそんな感情をもってアスナの講義を聞いているのだろう。にやけ面のやつまでいる。
――それがなんだか、無性に気に食わない。
胸元が奇妙にざわいた。たぶん、ユイあたりはこれが嫉妬の感情だと感じ取るだろう。醜い所有欲かもしれないが、どうにも動き出した感情を止められない。
「……そんな顔してるくらいなら、大丈夫そうね。あたしたちをホームから追っ払った後、ちゃーんと、いちゃいちゃするように」
リズが言った。気がつくとリズがいたづらっぽく笑いながら俺の顔を眺めていた。
「……い、言われなくてもわかってる。ちゃんとフォローするよ」
俺は顔が赤くなるのを感じて、あわててリズから目をそらした。なんだか胸の内を見透かされているようで、こそばゆい。
「そ、そういえば、リズ。リズの方はどうなんだよ。リンダースが解放されたら、またあそこの水車小屋で武具店やるんだろ」
照れ隠しのように口をついたのはそんな言葉だった。俺とアスナが「ホーム」にこだわるように、おそらくあのリンダースに存在した水車つきの武具店には、きっとリズも愛着があるだろう。エギルにしてもアルゲートに存在したかつて店を購入する気でいるらしい。
今回のことで大分仲間たちには借りを作っているので、返せるものなら、借りを返したい――精神的に。
んー、とリズが小さく唸りながら腕を組んだ。
「まあ、ね。イグシティのあそこも気に入ってるから迷ってるんだけど、そのときが来たらお願いするかも」
「そのときは――俺とアスナも協力するからさ。資金面から物理的労働まで」
「……仮想的労働、じゃなくて?」
「……精神的、でよろしく」
「りょーかい」
呆れたようにリズが言った。そんな軽口をたたき合っているとアスナの講義が終わった気配がした。アスナを中心に半円を描いていた人垣がとけていく。
「終わったみたいね」
「ああ……俺ちょっと、話をしてくる奴がいるから」
「え? 誰よそれ」
「……北海いくら」
俺はリズの肩をぽん、と叩いた後、旧知のショート・スピア使い、いまはブーカとなった戦友のもとに足を向けた。
途中でこっちにむかってくるアスナの姿をちら、ととらえる。
瞳の色はウンディーネの種族特性で思い出深いはしばみ色からアクアブルーに変わっているものの、その瞳に燃える純粋な感情の炎には覚えがある。俺は覚悟と決意に満ちた瞳を眺めつつ足を進めた。
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