ソードアート・オンライン クリスマス・ウェイ
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帰還(1)
白コートだけではく、ボス攻略に参加してくれたメンバー全員に感謝しつつ、「エギル! 後のことよろしく!」と振り向かずに言い、そのままアスナを追った。
「うおおおおお! バーサークヒーラー万歳!」「KoBの副団長のときよりすげえ!」などなど、アスナ本人が聞いたらさぞかし肩を落とすだろう歓喜の声を背後に感じながら、第二十二層主街区へ続く階段を一段飛ばしで駆けあがった。
段を登り切り、階段があるだけの東屋から飛び出す。
「うわっ!」
とたんに視界がホワイトアウトし、冷気に晒された皮膚が悲鳴をあげた。
「さ、さむぃっ!」
地球温暖化の影響でそもそも雪が降ることがすくなくなった関東圏では、お目にかかれないほど大粒の雪が舞っていた。
ボス戦闘には必要かなかったので冷気を遮断する耐寒呪文は切れていた。凍てつく寒さが衣服に染みる。
ひとつ下の第二十一層にも堆く雪が積もっていたのである程度は予想していたが、それにしても寒い。
外からさしかかる青白い月光が雪の一粒一粒を照らしているせいで、時刻は夜でもそれほど暗くは感じない。
そんな白と青の視界のなかに、青い布のようなものが翻る。アスナの髪だ。
追いかけようと一歩踏み出した瞬間、背後の雪をじゃり、と誰かが踏んだ。
「キリト! アスナは――」
俺はアスナを見失わないように、片目だけで隣を見る。リズだ。
鍛冶妖精族のピンクの髪が揺らし、俺の隣につく。
ちらっと、後ろの東屋を見てみるがどうやら他の連中は、アスナの突飛な行動についてこられなかったらしい。誰かが階段を駆け上がってくる気配もない。
「……」
俺は最後にぐっ、と脚に力を入れて雪をにらみつけた。
いまはもういない――助けることができなかった、彼女に感謝する。
このクリスマスに冷たい雪の中を走れるとすれば、きっと彼女と彼女の歌のおかげだ。
彼女の歌がなければ、俺はとっくにSAOの迷宮区で力つきている。
アスナと絆を結ぶことなく、シリカやリズにもう一度、人の暖かさを教わることなく自分を恨みながら一人で死んでいったはずだ。
アスナに出会い、そして雪の日に「結城明日奈」と再会することが出来た。
それからずっと、解放された明日奈と同じ時間を刻み続けている。
だから――走れる。先に行くアスナを、俺は雪を恐れず追いかけることができる。
アスナの背中を指さして、となりで息を切らせるリズに言った。
「あそこだ。俺はこれから追いかけるけど、リズはどうする」
「今日二回目。本気で言ってるの? それ」
あきれた声が雪の狭間からしっかりと聞こえてくる。
いつか俺もアスナもリズに頭が上がらなくなるときが来るんじゃないだろうか。
「じゃあ、飛ばすからしっかりついてこいよ!」
俺はリズの手をむんずとつかむ。
うわっ、驚く声が聞こえたがかまわずにそのまま走り出した。
雪が生む、足裏の摩擦低下のせいで、何時だったかリーファを引っ張り回したときのようにはうまく行かない。
リズを巻き込んでの転倒はさけたかったので、全力より少しペースを落としてアスナを追う。
リズは引きずられながらも、自分の脚もつかってついてきてくれた。
そこでふと思い出した。
「あれ? リズはホームの場所知ってたよな?」
「あ、あんたたち、最後まであたしを新居に呼ばなかったでしょうが!」
「そうだっけ?」
「ちょ、ちょっと! こっちは、どんだけやきもきしたと思ってんの! なんで呼んでくれないのとか思ってたのに! わ、忘れてただけなの――!?」
隣を走りながら、うきーと声をあげるリズ。
そういえば結婚の挨拶はしたものの、新居に招いたことはなかったような。
正直、そこまで恨まれているとは知らなかった。
――そうだ思い出した。新婚生活が落ち着いてから知り合いを案内しようと決めていて、結局生活が、落ち着く前にSAOをクリアしてしまった。
それにまさか帰ってくるまで一年もかかってしまうなんて、あの時は俺もアスナも、夢にも思っていなかった。
「ま、まあ道は俺が知ってるし、ゆっくりついてきたっていいぜ! あとで迎えにくるからさ――」
「じゃあなんで、あんたは走ってんの?」
「それは、その――」
リズへの答えは、すぐには言葉にならなかった。すぐさま伝えるには語彙が足りない。
それきり俺たちは無言で道を走った。雪を踏みしだく音が響く。
顔に当たる空気は氷の刃のようだ。
そんな寒さなど気にもしていないだろう。月明かりに輝く大粒の雪が舞い降る中、青い髪と白の衣装をはためかせて先をいく――アスナの姿はどこまでも透明で。
雪の紗幕の向こうで青い髪が踊っていた。
アスナが針葉樹の並びで作られた十字路を曲がった。
あっ、と声を出すリズに目配せしながらアスナが曲がった道に続く。曲がった先はほぼ一本道だ。見失いようがない。
そして――唐突に、眼前にログキャビンが現れた。
雪のカーテンに視界を封じられ、キャビン自体が記憶に残っている姿から様変わりし、風景に溶け込んでいたので気づくのが遅れた。
俺が脚を止め、慣性で前のめりになるリズを片手で支えながら、「ホーム」を見つめた。
「あった……」
俺とアスナがSAOを去ってからすでに一年と一月が経過していた。
にもかかわらず俺の記憶にある「ホーム」と、目の前の「ホーム」は、外見を雪で白く染めつつも、鮮やかに合致した。
後書き
続きは明日12/25の夜に
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