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戦闘携帯のラストリゾート

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護るべき怪盗の矜持

「う……」

 眠っていたのは、ほんの少しの時間だったらしい。わたしはその間に、両手両足を細いロープのようなもので縛られて、大きな倉庫に運ばれたらしい。痛みを感じるほど強い縛り方じゃないけど、力づくで解くこともできない。
 モンスターボールもスズと話すスマートフォンも、耳につけたイヤホンも取り上げられている。今は、本当に一人きり。
 サフィールも、まだここにはいないけどいつ来るのかわからない。
 ……わたし、迷惑をかけてばっかりだ。
 第一予選ではいきなり負けるし。第二予選は始まってもいないのにこうしてシャトレーヌに捕まってる。 
 ポケモン達だって今までわたしのために頑張ってくれたのに……結局、こんな事になって。
 泣きたくて泣きたくて仕方ないのに、わたしを隠してくれるツンデツンデもいない。

『囚われのお姫様になってもらおか』

 ルビアの言葉を思い出す。お姫様。今のわたしは身の丈に合わない綺麗なドレスで飾られて、誰かが助けてくれるのを待つだけの女の子。
 待っていれば、スズは助けるために手を打ってくれるはず。
 クルルクだってリゾートに来てるんだから、もしかしたら怪盗として、囚われたわたしを盗み出してくれるのかもしれない。

 
 ……そんなの、嫌だ。


 アローラから宝を盗みに来た怪盗はわたしだけ。  
 このまま無抵抗にサフィールに渡される訳にはいかない。
 なんとしてでも、ここから脱出してポケモンたちを取り返して、スズにも連絡を取らなきゃ。
 わたしはルビアにサフィールにもポケモンバトルで負けてない。チュニンだって認めてくれたはずなんだ。
 なのに、あんな卑怯な手で嵌められたからって、めそめそ泣きながら誰かに助けてもらうなんて。
 死んでも、ごめんだ。

「ぐうっ……!!」

 覚悟を決めて、右腕を動かす。体の中から、鈍い音がする。自力で右手首の関節を外した。手錠を掛けられた状況からでも脱出できるようにって、やり方だけクルルクが教えてくれたことがあった。
 実際にやるのは久しぶりだけど、めちゃくちゃ痛くて、涙が出る。これを笑顔のままできるクルルクが正直信じられない。やっぱりわたしはクルルクみたいには上手くできない。
 右手をロープから外して、隙間から左手も抜く。なんとか外したけど、痛みが消えるわけじゃない。大声をあげるわけにはいかないから、じっと痛みが引くのを待つ。
 時間は惜しいけど、これを足でもやらなきゃいけないから。脱出するためにも、あまり体に負担をかける訳にはいかない。
 
『ひゅううん』

 誰かの鳴き声が聞こえて、突然わたしの体を『いやしの波動』と同じ光が包んだ。体の痛みが消える。
 もしかして、ルカリオ……?

『……』

 慌てて周りを見ると、いつの間にか後ろに小さな女の子がいた。この前フードコートでアイスを一緒に食べた子だ。
 ふわふわした茶髪に、何より特徴的な赤と青のオッドアイ。このリゾートの管理者であるキュービさんが子供の頃こうだっただろう、と思えるその姿を、忘れるはずがない。

「……あなたは、やっぱり護神のポケモンなのね」

 こくん。ちょっと困った顔で女の子は頷く。サフィールからもしかしたらポケモンじゃないかとは聞いてたけど。ついさっきまでいなかった部屋に突然入ってこれて、『いやしの波動』を使えるなら間違いない。
 女の子の体が僅かに光ったかと思うと、わたしの足を縛るロープがするりと解かれた。『サイコキネシス』だろう。
 彼女はわたしの右手を取る。……わたしが痛そうにしてたから、心配してくれてるんだ。
 その目は、本当の人間と見分けがつかないほどそっくりで。わたしの痛みが直接伝わっているんじゃないかと思うほど悲しそうだった。

「ありがとう。でも平気。わたしは怪盗なんだから、これくらいへっちゃら。脱出だって、自力でできるんだから」

 さっきまで涙が出てしまいそうだったのに、この子に見られると強気に笑うことが出来た。……うん、怪盗なんだから、誰かの前では余裕でいなきゃ。
 護神の子はまだ不安そうだけど、わたしの言葉を信じてくれたのか、ゆっくりと離れてくれた。

「もし危なくなったら助けてって言うから……ね?」

 そんなつもりはないけど。この子は本気で心配してくれてる。それがサフィールのためなのかわたしを思ってかはわからなくても。
 怪盗として、この子の気持ちを裏切るわけにはいかない。  
 
「出口は……一つしかないみたい」
 
 薄暗い倉庫。出口はドアが一つだけ。ドアには何も鍵はかかっていなかった。
 流石にこのまま出ていけるようにはしていないだろう。……ドアに耳をつけて向こうの音を聞いてみる。

「……センパーイ、本当にあの子が怪盗なんですかあ〜?」
「ルビアさんがただの女の子を縛って捕まえるわけないでしょう?」
「あの人は子供に優しいけど、管理者様は女の子を飼ってるっていうウワサじゃないですか〜?なかなか美少女でしたし」
「滅多なこと言うものではありません。中の子に聞こえたらどうするんです」
「あの毒を受けたならあと二時間はぐっすりでしょう?迎えが来るまで一応見張っててとは言われましたけど、退屈じゃないです〜?」

 ……女の子を飼ってる? 確かキュービさんは女の子が好きって言ってたからそれが変なウワサになってるのかな。
 いや、そんなこと考えてる場合じゃない。問題はどうやってここを出るかだ。モンスタボールも取り戻さないといけない。
 隠れてサフィールが来たときにいないふりをしようか……でも、見つかったら終わりだ。何よりいつ来るのかわからない。その間にクルルクなら助けに来てしまうかもしれない。
 いきなりドアを開けて強行突破をしようにも二人が相手じゃ分が悪い。わたしはチュニンみたいに力持ちじゃない。
 ただ、おしゃべりに集中してるし、わたしが起きてるとは思ってないみたいだから考えて準備をする余裕はある。
 
 だったら、こんなところで……諦めるわけにはいかない。
  
 こっそり抜けることができず、強行突破も難しい。
 だったら、方法は一つ。ドアの向こうの二人に一度離れてもらうしかない。
 どこかに行かせるのは無理だから……リスクはあるけど、この倉庫の中に入ってもらうしかない。

 まず、ドアの側に掃除道具を入れるロッカーを運んだ。中の掃除道具は、邪魔だから出しておく。
 次に、色んな道具をしまう組み立て式の棚から一度中身を出して、底に箒を入れて傾ける。ぎりぎり倒れない程度に中身も戻しておいた。
 そして……『掃除中』と書かれた立て看板をドミノのように並べて。その先に、傾いた棚が来るように。
 
 これで看板を倒していけば、わたしはロッカーの中に隠れつつ、最後に大きな棚が倒れて、大きな音がするはず。
 準備を追えて、ロッカーの側に行く。あとは覚悟を決めるだけ。

「それじゃあ、あなたも隠れていてくれる?」

 護神の子は、不安そうな顔をしているけど言うとおりフッと姿を消した。この子にも助けてくれる事情があるんだろうし、その気になればテレポートか何かでわたしを外に出すこともできるはずだけど。信じてくれてる……のかな。

「わっ……」

 見えないけれど、わたしの顔に何か柔らかいツノか頭のようなものが擦り寄る。もしかして……これが護神のポケモンとしての本体かな。

「側にいるよ、って教えてくれてるのね。うん、安心した」

 ツノらしき部分をそっと撫でる。見えないから変なところに触ってないか不安はあるけど、護神の子は嫌がって離れたりしなかった。
 ……不思議と不安は消えていた。
 まだ怪盗として失敗したわけじゃない。第一予選もクリアしたし、まだ脱出だってできる。
 クルルクが教えてくれた。怪盗は決して無敵の存在じゃないと。負けることも捕まることもあるからこそトリックや変装を駆使して立ち回り、獲物を掴み取ってこその存在だって。

 だから……ここからは、反撃しよう。クルルクが名付けてくれた怪盗乱麻の名前に恥ずかしくないように抜け出して。
 大会に勝って、予告状通り宝も盗む。
 そして、サフィールが家族であるキュービさんに会えなくて苦しんでるって言うなら。
 わたしが怪盗として、二人の間の壁も盗んでみせる。
 

  
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