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戦闘携帯のラストリゾート

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脱出劇に神の加護を

倉庫から脱出するための仕掛けは終わった。
 こんなに追い込まれたわたしに一人で脱出できるのかとか途中でサフィールに鉢合わせたらどうしようとか色々考えてしまうことはあったけど……いまはまず何よりも。わたしを信じてくれる護神のためにここを出る。
 
 ロッカーの中に隠れて、用意しておいたドミノ倒しの仕掛けで大きな棚を崩す。

「ちょっ、なんですかこの音、中で女の子が暴れてるんじゃないでしょうね〜?」
「まさか……いえ、もしもまだ眠ったままだとしたら危険です、入りますよ」

 派手な音に驚いた……いや、心配した二人が扉をあけて中に入ってくる。

「うわっ、これ掃除するの大変ですよ〜?」
「あの娘がいない……まさか、棚の下に──」

 入り口から倒れた棚の方に足音が遠のく。今だ!

「まんまと引っかかったわね!悪いけどこの程度で諦めるわけにはいかないの!」

 ロッカーを勢いよくあけて、二人に叫ぶ。
 突然のことに固まる二人を一瞥してわたしは倉庫の外へ飛び出した。

「ちょっ、まちなさい!」
「私はルビア様に連絡してきます、ここで食い止めるんですよ後輩」
「は〜い……ってそれあたしに面倒を押し付けようとしてますね?」
「ほら、そんなこと言ってる間に怪盗が逃げてしまいますよ」

 廊下を走る。出たのはいいけどここからどこにいるのかわからない仲間たちのところにいかないといけない。
 ……わたし一人なら多分無理だ。スズと連絡が取れないからこの旅館の構造もわからない。
だけど、きっと。いや、今のわたしには信じることしかできない。

「レイ!」

 呼びかけに答えて天井の端で、赤青の光が小さく瞬く。見間違えるはずがない、わたしの相棒ツンデツンデだ。
 やっぱり見張りに気づかれないようこっそりわたしの近くまで来てくれていた。

「ごめんね心配かけて、みんなの場所に案内してくれる?」

○○
○○

 青い光。肯定のサインだ。
 キューブがふよふよと動いてわたしの進むべき道を示してくれる。
 問題は、わたしを追いかけてくる人。ルビアさんみたいなゆったりした着物姿だったし単純な追いかけっこなら捕まらないはず……

「何をブツブツ言ってるのか知りませんが、逃がしませんからね~?ほら、お仕事ですよロゼリア」

 案の定、背の低い女の人がカードから薔薇を手にしたポケモンを呼び出す。
 リゾートではポケモンで人間にダメージを与えることはできなくても、まとわりついて身動きを封じ込めることはできる。

「さすが怪盗とか言うだけあって縄から抜け出したみたいですけど~ロゼリアの蔓ならぬけだせないでしょう?『つるのムチ』!」

 しならせたつるが飛んでくる。わたしの手持ちはみんな没収されたし、走りながら飛んでくるものを避けるなんて、映画や本の中の怪盗みたいなことはわたしにはできない。
 だから、できることは何でもしよう。わたしの力が足りないなら、こだわりは捨てて何が何でも怪盗としての使命、予告状を果たそう。
 クルルクみたいにできないのは残念だけど。怪盗としてここに来たと決めたんだから──

「来て、メタグロス!!」

 懐に忍ばせておいたカードを引き、鋼の体を持った巨体を呼び出す。飛び来るムチを、技を使うまでもなく弾き飛ばした。

「ちょっ、カード持ってたんですか~?」
「こんなこともあろうかと、隠し持ってたのよ!」

 少し胸が痛む。嘘だ。本当は、アローラからきた人間としてできるだけリゾートの力を借りたくなかった。第一予選に負けて落ち込んでたところをクルルクがカードで遊びに来て、それをお守り代わりに何枚か持ってただけだ。だけど余計なことに拘っていられない。とにかくレイのナビ通り走る。
 メタグロスとロゼリアじゃ力の差は明らか、一般のスタッフがそこまで強いとも思えないしこれで…… 

「まったく手間を……みなさ~ん、ちょっとそこの廊下を全力疾走する悪い子を捕まえてもらえます~?」

 呼び声に反応して。旅館の中に観葉植物のように佇んでいたドレディアが目を覚まし、まだ朝だからか眠っていたランプラーの灯りがつき、インテリアのように置かれていたツボツボがにょきりと岩から顔を出し、わたしを見た。

「ここのポケモン達は飾りじゃなくてクレーマー撃退要員にもなってるんですよ? さあ、観念して……」
「レイ、もう十分近づいた!?」

×○
○○

 肯定と否定が混じったもの。でもこの反応ならもうちょっと。なら。

「メタグロス、『サイコキネシス』で押さえておいて!」

 ちょっと厳しい注文かもしれない、だけど今頼れるのはこの子しかいない。
 メタグロスは四本の足を念力で飛ばして、物理的にドレディア達を釘付けにした。

「随分とまあ、やってくれますね。ポケモンのお手入れも大変なんですよ?でもこれでもうメタグロスは手一杯、というか足一杯ですよね?」
「……だったら?」
「あたしが追加でもう一体出せば、もう逃げられないってことですよ~さあ、マスキッパいきなさい!『からみつく』!」

 頭以外の全部がツタのようなポケモンが、わたしに向かって近づいてくる。
 チラリと振り返るけど、やっぱりマスキッパの方が早い。
 わかっていても、追いつかれるわけにいかない。全力で走る、走る、走る。
 それでも、ほんの十秒くらいでマスキッパの影がわたしを覆った。

「子供がポケモンと追いかけっこして勝てるわけないでしょう~? さあ、観念しなさい!」
「レイ、お願い!!」

○○
○○

 体にかかる浮遊感。それはマスキッパのツタがわたしを捕まえたからじゃない。
 ツンデツンデの『サイドチェンジ』が、わたしの居場所をツンデツンデの本体がいる場所に飛ばしたからだ。
 ある程度ツンデツンデの本体が近くにいないと使えないから、そこまでは全力で走るしかなかったから……本当、ギリギリのところで間に合った、みたい。
 あの女の人は突然消えたわたしに驚いているだろう。付いてきてくれた護神の子には申し訳ないけど……今はまだそんなこと考えてる場合でもないらしい。

「……みんな、お待たせ!レイ、出てきて!」

 ツンデツンデの居る場所、つまりボールのすぐ側にワープしたわたしの目の前には奪われたモンスターボールが全て揃っていた。真っ先にそれを身につける。
 黒い煙突のような体がわたしの後ろに控える。わたしの目とたくさんの瞳が、同じ部屋にいるわたしを捕まえた人──ルビアを見据えた。
 ルビアは心の底から信じられないというように、わたしを捕まえようとするでもなくあっけに取られている。

「……驚いた。怪盗といっても眠らせとけば普通の子と変わらん思ってたんやけど」
【スズの言ったとおりでしょう? あの子は囚われのお姫様になんかなりませんって」
「キュービも似たようなこと言うし、坊も捕まえたいうても信じてくれへんしなあ。結局、うちの独り相撲やったんかな……」

 サフィールは、ここに来ていないらしい。わたしが捕まったことを信じなかったのは嬉しいけど、裏切ってしまったような気もした。

「どうやって、どうやって目を覚ましたん?眠る前に何か仕込んだんかなあ」
「正直に教える必要があるかしら?スズ……心配かけて、ごめん」
【ラディなら諦めたりしないって信じてましたとも。予想より数時間早かったですけど】

 スズの声はルビアの胸元から聞こえる。そう、数時間。目が覚めてから必死に脱出したとはいえ、目を覚ましたのは、ただの偶然のはず。

『……ひゅううん!』

 その時。部屋の中にまた突然オッドアイの女の子が現れた。
 まるでルビアからわたしを守ろうとするようにルビアを睨んだ。わたしが突然消えたからルビアのせいだと思ってるのかもしれない。

「ああ、そうか。ふふ、あの子らしい……やっぱり、うちのやることはままならんなあ」

 よくわからないことをつぶやいて、ルビアが胸元からスズの入ったスマホを出し横の机に置く。

「……もうお帰り。うちはもうお嬢ちゃんに何もせん。お役目、せいぜい頑張り」
「なに、それ。ふざけてるの」

 ……彼女の目は、わたしのことを見ていなかった。いや、言葉すらわたしよりも護神に言っているように聞こえる。
 バトル中はあんなに執拗に捕まえようとしておいて、ぞんざいに過ぎる。
 わたしをチラリと見たルビアは、子供の癇癪を受け流すようにゆるゆると手を振った。

「大丈夫、リゾートの怪盗の仕事は必ず上手くいく。……なあ、『護神』?」
『ひゅううん』
「……なんでわたしじゃなくてその子に言うの。言いたいことがあるならはっきり言いなさい!!」
【ラディ。これ以上構っていても仕方ありません。毒を受けた体のチェックもしたいですし、早く帰りましょう】

 スズの声とともにスマホがふわふわと浮かんでわたしの手元に戻ってくる。その声は、どう聞いても急かしている。それが余計に気に障る。
 ルビアに浮かんだ表情は、冷笑だった。

「なら、せめてもの詫びにはっきり言おか。お嬢ちゃんは、キュービに本気で盗むと約束して。キュービもうちらに本気で阻止するよう約束した。そのつもりやろ?」
「……そうよ」
「キュービはお嬢ちゃんが盗むのを阻止する気なんてさらさらなかった。むしろ、何があっても盗ませたかったんやろうね」
「ふざけないで!わたしを捕まえ損ねたからって、負け惜しみにもほどがあるわ!!」
「負け惜しみも何も──怪盗を護神たるその子が守ってるのがその証拠やろ?」
『……』

 護神の子は、何も言わない。護神の子は、おろおろとわたしとルビアを交互に見始める。
 どんな力を持っていても、喋ることはできないみたいだからこうした話し合いはどうにもできないのかもしれない。だけど、否定してほしかった。

「じゃあ、わたしが脱出できたのはこの子のおかげでわたしには何もできないって!?」
【ラディ!! 落ち着きなさい!!】
「っ!!」

 スズに大声を出されるなんて、初めてだった。頭が真っ白になる。

【あなたもルビアさんも、予想外の状況で気が立っている。今話してもまともな議論になりません。・・・・・・ここは一旦帰りましょう、ラディ。護神も、来てくれますね】
 

 
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