戦闘携帯のラストリゾート
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奪われた■■■■■■
「ルカリオ、まだどくは大丈夫ね!」
「カッ!!」
気丈に声を返してくれる。体は紫色に染まってて、普段どく状態には滅多にならないルカリオも辛いはず。
ルビアの手持ちは後二体。わたしの手持ちは三体だけどルカリオもハッサムもどくのダメージが進行してる……ほとんど互角。
スズ曰くウツロイドのGX技がわたしから■■■■■■を奪った……わたしにはそれが何かわからない。
【……アーゴヨンはどく・ドラゴンタイプです。今までのポケモンと違って攻撃的な能力をしています。どくが回りきらないうちに、的確に弱点をついていきましょう。】
「わかってる! 『竜の波動』!!」
「アーゴヨン、『竜の波動』」
「避けてルカリオ!」
ルカリオの拳から放つ波動とアーゴヨンの針から噴射する波動がぶつかり合う。相殺は一瞬で、アーゴヨンの波動がルカリオのそれを貫通して襲いかかった。ぎりぎりで躱す。
「まだ立てるとはいえ、どくは進行しとるからねえ。強烈な一撃を一発でも食ったらおしまいよ? 『火炎放射』」
「言われなくたって! 『神速』!」
吹き出る爆炎を、ルカリオは超高速で回避しながらアーゴヨンとの距離を詰める。そしてお腹に蹴りを放った。アーゴヨンが苦痛の声を漏らす。
「一気に決める! 『コメットパンチ』!!」
アーゴヨンの強力な攻撃は尻尾の先から出る。なら頭の近くにいれば攻撃は仕掛けられない。飛び上がったルカリオが波動を逆噴射して、アーゴヨンの頭に強烈な拳を放つ。
「だったら目には目、歯には歯、星には星。『流星群』」
歌うようなルビアの声と共に、アーゴヨンが尻尾から黄金のエネルギーを天井に放つ。それが届くよりも拳がアーゴヨンを捉えて地面に叩きつけるほうが早かった。問題は──
「ルカリオ、逃げて!」
天井に届いたエネルギーが分裂し、無数の流星となってフィールドの広範囲に降り注ぐ。ルカリオは逃げようとしたけど、毒が回ったダメージと大技を放った隙で躱せない。
「……ありがとう」
戦闘不能になったルカリオを戻して、次に出すポケモンを考える。ルビアの残り一体はわからない。ならここは辛くてもハッサムに頑張ってもらって相手に合わせて有利なポケモンを出したほうがいい。
「ああ、倒されてもうたねえ。じゃあこの子は返そか」
ルビアがそう言って、わたしにモンスターボールを投げてくる。キャッチして中を見ると、そこにいるのはわたしを心配そうに見る、ツンデツンデ。……なんで、ツンデツンデをルビアが……いや。
おかしい。だってさっきわたしはスズに言われて自分の手持ちを見た。その時ツンデツンデはいなかった。なのに、わたしは何も思わなかった!
「……レイ!! もしかして、わたし……レイのこと、忘れてたの?」
ボールの中のツンデツンデが○の形を作って肯定する。……そんなことって。
ごめん、後でいっぱい謝るから。
今は、このふざけた女をコテンパンに打ち負かす。
「ふふ、怒った? せやなあ。サフィールのための言いつつサフィールの本意じゃないことをして嬢ちゃんの記憶を弄るうちは人でなしやさかい。じゃあ最後のポケモンはドヒドイデにしよかな」
【自嘲のつもりですかね……ドヒドイデの特性は毒状態の相手だと必ず急所に当たる『ひとでなし』です。水・毒タイプなのでスターミーでもツンデツンデでもシ■■ァデ■でも優位に立てますが……】
「関係ない、ハッサムでも十分有利だしすぐに倒し切る!」
またよく聞こえない名前が交じる。その子も多分わたしの記憶から奪われたんだ。
早く、取り戻さないと……!
「ハッサム、『バレットパンチ!』」
「『トーチカ』」
鉄の鋏が唸り、ドヒドイデを殴りつける。刺々しい守りを固めた殻はいともたやすくそれを弾いた。
「単調単調、助かったわ。『とげキャノン』」
至近距離から放たれる棘の連射が、ハッサムの毒に染められた体に刺さり、吹き飛ばす。ハッサムは立ち上がるけど、どう見てももう限界だ。慣れないどくのダメージが大きい。
「最後の一体……お願い、終わらせてスターミー!」
交代で出たスターミーもどくに染まる。ルビアの手持ちは残り一体。タイプ相性もこっちが有利。
「『サイコキネシス』!」
「『トーチカ』」
強力な念力を棘の守りが防ぐ。予想通りの反応。
「Zワザで終わらせる……スターミー、受け取って!」
「……『トーチカ』で守り」
スターミーがZパワーを受けて、赤いコアが眩しく輝き始める。
ドヒドイデはまた殻にこもって守ろうとしているけど、攻撃を無効にする技は連続で使うと失敗しやすくなる。
何より、Z技は守る効果を貫通して大ダメージを与えることが出来る。
「よくも罠に嵌めてくれた……痛い目、見せてあげる!」
スターミーの念動力がドヒドイデを守る殻ごと吹き飛ばし、自身も高速移動で吹き飛んだ背後に回り込む。
コアから零距離で放つ念動力がまたドヒドイデを弾き飛ばし、何度も何度も回り込んでは吹き飛ばした。
バトルフィールド中に強大な念力がたまり、空間そのものが蜃気楼のように撓む。
直接念力で物体を歪めるのではなく、不自然に撓んだ空間が元に戻る自然の法則を相手にぶつけるエスパータイプのZワザ。
「『マキシマムサイブレイカー』ッ!!」
空間があるべき姿に戻り、歪みの中心にいたドヒドイデが殻をガラス細工のように砕き、本体にダメージを与える。
倒れたドヒドイデがカードに戻っていく。これで5体倒して、わたしの勝ち……!
「……メガシンカにZワザ。小さい体で頑張りますなあ。うちの負けや……」
「さあ、早くその子を返して!」
「とはいかへんねんなこれが。もう一度おいで、ウツロイド」
「なっ!?」
再びウツロイドが出てきて、特性の『うつろなひかり』がスターミーを混乱させる。どうして……
【『バレットパンチ』を受けた時点でぎりぎり体力が残っていたのに倒されたフリをして戻したんです。あと体力がほんのわずか。一撃決めれれば勝ちです!】
スターミーは混乱状態だ。もし自分で自分を攻撃したり、外したら負けるかもしれない。
考えろ、怪盗として道を切り開く方法を。
偶然に頼らず確実にトドメを指せる技は……
「『スピードスター』ッ!」
無数の星のエネルギーが、自動的にウツロイドへと飛んでいく。タイプ一致でもないし、岩タイプのウツロイドにはほとんどダメージはないだろう。
でもスズは残り体力はあとわずかって言ってた。
ルカリオの『バレットパンチ』だって、綺麗に決まっていたはずだ。だったら、発動できれば確実に当たる技で十分。
わたしには、頼れる仲間達がいるから。それを信じる。
「……御見事。まさか負けてまうなんてねえ」
今度こそウツロイドが力を失って、ゴミだらけの地面に倒れる。すると赤い粒子となってカードに戻っていった。
「……シルヴァディを返して!!」
やっと思い出せた。にやにやしたままのルビアがボールを投げて渡すのをキャッチする。シルヴァディはとても不機嫌そうだった。
「わたしを守るために噛み付いてくれたんだよね。ありがとう……」
他にもいいたいことはたくさんあるけど、まずはここから逃げてルビアに捕まらないことが先決だ。
ゴミだらけの映像が消えて、元の大きな畳のお座敷に戻る。これで部屋のロックも解除されたはずだ。
バトルに頭や体力を使ってかなり疲れたけど、もう勝負は終わったしあとはここを出ていくだけ…………………………
【……ラディ?】
「体が……動かせない……」
体が鋼になってしまったみたいに重い。歩いて出ていくどころか、立っていることさえできずへたり込んでしまう。呼吸で息を整えようとしても短く息を吸って吐くことしかできない。
ルビアはそんなわたしを見て、自分の顔を隠すように煙管から煙を吐く。
いったい、何が……
「ふふ、ギリギリ間に合ったみたいで助かったわ。うちらシャトレーヌもなんだかんだ客商売やさかい。上手に負ける技術も大切なんよ? 試合に負けて勝負に勝つ、ってことやねえ」
【まさか……バトル中も毒をラディに浴びせていたんですか。しかし人体に影響を及ぼすような毒物はなかったはず】
「毒とはちょっと違うけどね。ウツロイドのGX技を使ったときにチクッとな?塵も積もれば山となる。弱り目に祟り目。世の中健康な人間には何の影響もなくても、体力の少なくなった人間にだけ効くもんもあるからね。いっぱい指示だして、体力も使って。うちのやることに怒って。疲れたやろ?」
ルビアは近づいて、立ち上がれないわたしの顎を持ち上げる。……なのに、触られている感覚がない。
至近距離で見る彼女の目は、わたしの傷ついた腕に向けられている。バトル中に笑っていたときとは全然違う。後悔と憐れみに満ちていた。それでも紡ぐ言葉は淡々としていて。
「あれだけ頑張ったら、線の細い子は体の感覚さえなくなると思うよ? まあ毒というより麻酔みたいなもんや。体に後遺症は残らんから安心してな?」
バトルが始まったときははっきり感じていたシルヴァディの噛み跡の痛みをいつの間にか感じなくなっていた。それはバトルに集中していたからじゃなくて……ルビアの毒のせい?
ルビアが少しわたしを押す。全然体に力が入らなくて、座っていられずにぐらりと仰向けに倒れてしまった。
「わたし……負けた、の?」
みんなの力を借りてバトルに勝ったのに、何もできない。悔しくて悔しくて、涙が溢れるのが止まらなかった。それを拭おうにも、指は動いても腕が動かせない。
「ううん……お嬢ちゃんは間違いなくうちに勝ったよ? うちの予想ではバトルの最中にお嬢ちゃんが麻痺して動けなくなってはいうちの勝ちーって算段やったからなあ。そのためにウツロイドで時間稼ぎもしたんやし、疲れさせるためにわざと大切な仲間を奪った。負けるのも仕事のうち、とは言うたけど負けてしもうたときは内心焦ったし」
チュニンも昨日褒めとったけど怪盗ってすごいんやねえ、と。いけしゃあしゃあと動けないわたしの頭を撫でる。優しく優しく、今にも眠りそうな幼子をあやすように。
こんな手、今すぐ払い除けて堂々と怪盗として逃げたかった。なのに体は動いてくれなくて、声が震える。
「サフィールに、わたしを……殺させるの?」
「まさか、お嬢ちゃんの体に傷一つ残さへんよ。うちの事はいくら恨んでくれても構わへんけど、サフィールのことは信じたってくれるか? あの坊は、何も悪くないんや」
自信があるのか、ピシャリと言い切った。
「ただサフィールが願いを叶えるまでの間……堪忍やけど大人しくしとってな。うちはそっちの管理者さんと話もせなあかんし」
【……いいでしょう】
「ス、ズ……わたし……」
【大丈夫です。スズとキュービには怪盗をここに招いた責任があります。あなたを死なせはしません。助けを、待っていてください】
早口で、まるで機械のように遊びのない声だった。それはもう、わたしが自力でここから逃げられないと判断しているということ。
ルビアが呼びつけたらしい着物姿の女の人が、わたしの体をお姫様抱っこで抱き上げる。
わたしをまんまと捕らえた彼女は、煙管の煙をふっーと優しく私に吐いた。お香のようないい香りが、意識を奪っていく。
……どこで間違えてしまったんだろう。
クルルクは……こんなふうに捕まるわたしを見たら、がっかりするかな。
シルヴァディも、ツンデツンデも……ポケモンの技一つで自分のこと忘れちゃうような人間なんて嫌いになったかもしれない。
サフィールだって、自分で捕まえるって言ってたのにこんな形になったら裏切ったことになるよね。
キュービさんがサフィールの願いをもし聞かなかったら……殺されちゃうのかな。
怖くて叫んで泣きたいのに、そうする力さえもわたしには残ってなくて。嫌な想像だけがぐるぐると頭を回る。
次に目を覚ましたときはどうなっているのかもわからないまま、あるいは目を覚ませるかどうかもわからないまま。奈落の底みたいな深い眠りに落とされた。
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