Episode.「あなたの心を盗みに参ります」
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本編
本編2
「なに?」
「俺、婚約決まったんだ」
どきりとした。心臓を直にぎゅっと握られたのかと思うくらい、胸が締め付けられる。
「うん……昨日お父さんに聞いたよ」
「おお、そうだったのか」
「よかったね。おめでとう」
顔は見えていないけど笑顔を作って、明るい声を出すように努めた。アオイは、今どんな顔をしているのだろう。
「お前は?そういう話ないのか?」
「私は……お父さんには、お見合いしろって言われてるけど」
「うん」
「……あんまり、したくない」
「そっか」
声色は、お互い変わらない。それ以上のことは、なにも聞かなかった。
私は、アオイのことが好きだ。いつから好きだったのかは、もうわからない。ただ、ずっと好きだったのを、私は全く気づいていなかったのだ。
『えっ、お見合い!?』
『そう、親に言われててさ……今度、初めて相手の人と会うんだよ』
初めてそう聞いたとき、言葉の意味はわかるものの、あまりにも飲み込めなかったのを覚えている。
『で、でも、私たちまだ高校生だよ?』
『うん。まあ、早いに越したことないんじゃないか?』
笑ってそう言うアオイを見て、私は一瞬ポカンとしてしまって、返事ができなかった。
アオイの言っていることが、よくわからなかった。
結婚って、早い方がいいものなの?親に言われたからって、こんなに早くしないといけないものなの? ……嫌じゃないのかな。
『アオイは……その、好きな人とかいないの?お見合いなんてしちゃったら……』
『いないよ』
いつもより少し強めの声だった。私の言葉を遮って、それ以上言うなというように。驚いてアオイの顔を見上げると、なんだか辛そうな笑顔を浮かべていた……気がする。
というのも、そんな表情をしていたのは一瞬で、すぐにいつものへらっとした笑顔に変わっていた。そのあとも、いつも通り他愛のない話をしていたように思う。
だけど、それから私は、お見合いの話を聞く度になんとなく辛い気持ちがして、すごく寂しくなった。お見合いがうまくいかなかったと聞いたときは、妙にホッとしていたし、うまくいきそうだと聞いたときは、胸が苦しくてどうしたらいいかわからなくなった。そうなったとき、やっとアオイのことが好きなんだと気づいた。
そのうち私の両親も、私にお見合いの話を持ちかけてきた。どうしても嫌だった私は、両親の話をちゃんと聞かないではぐらかした。その話はしたくないとでもいうように、話がお見合いのことになると、すぐに自分の部屋に逃げた。……でも、お見合いなんてしたくないと、面と向かって言うことはできなかった。私がしないとしても、アオイがお見合いをやめてくれるわけではないからだ。
「ごめん、もう切るね。警察の人とも、少し話さなきゃいけないし」
「おう、わかった。じゃあまた学校でな。キッドの話、聞かせてくれよ」
アオイは冗談っぽく笑ってそう言うと、私の返事が聞こえたのを確認して電話を切った。
警察の人とは、もう話すことはないと思う。電話を切るための口実だった。
苦しいのを誤魔化すのは、すごく疲れる。それに、アオイには絶対に悟られたくなかった。せめて、せめてこのまま、友達のままでいたい。悟られて、離れて行かれるのはもっと嫌だった。
結局、私だってお見合いを強いられてしまうのだ。それなら、このまま友達でいて、たまにこうやって話ができたら、それでいい。大丈夫だ。すぐに忘れるだろう。
私は自分にそう言い聞かせると、そのままベッドに倒れこんだ。逃げるように、そのままぎゅっと目を閉じる。
それから数分経ったときには、私は予告状のことなんて忘れて、眠ってしまっていたのだった。
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