Episode.「あなたの心を盗みに参ります」
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本編
本編1
「こ、これって……!」
誕生日にパーティーを催すような家庭にいるが、私は普通の高校に通う高校生でもある。
学校のお昼休み中、親友のスミレに昨日のカードを見せると、彼女はさっと顔色を変えた。
「これっ……怪盗キッドの予告状じゃない!」
「え、スミレ知ってるの?」
「当たり前でしょ!」
スミレはそう言って勢いよく立ち上がると、私の腕をぐいっと掴んで引っ張った。
「今すぐご両親に電話するわよ!私警察呼んであげるから!」
「えっ、いや待って待って。なに言ってんのスミレ……」
「なに言ってんのはこっちのセリフよ!」
引き気味の私に、スミレはそう言ってずいっと顔を近づけてきた。
「怪盗キッドって言ったら、今世間でめちゃくちゃ騒がれてる大泥棒よ!?」
「えっ……そうなの?」
「神出鬼没で大胆不敵、いつも月明かりの下に白い衣装で現れる……その姿から、月下の奇術師とも呼ばれているわ」
「へえー……詳しいね?」
「一般常識だから!」
とりあえず、有名ですごい怪盗っていう認識でいい気がする。
依然として取り乱さない私に、スミレはますます声を荒らげた。
「あんたわかってる!?怪盗キッドは狙った獲物は逃がさないの!本当に心とられちゃうかもしれないよ!?」
「いやいや……いくらなんでも心なんかとられないでしょ」
私の返答に、スミレはガクッと頭を垂れて、呻き声をあげた。
心配してくれているのはわかる。だけど、私にはそんなに大袈裟なものだとは思えなかった。第一、そんな大泥棒の本物の予告状にしては、ふざけすぎている気がする。
「でも、怪盗キッドって宝石しかとらないんじゃなかったっけ?」
ここまでの私とスミレの話を黙って聞いていたヤヨイは、首を傾げてそう呟いた。
ヤヨイは、スミレとは打って変わっていつも冷静で、すごく上品な女の子だ。
ヤヨイの言葉に、スミレは顔を上げて、私の持っていた予告状をもう一度見た。
「たしかに!ってことは……これ偽物?」
私もその意見に賛成だ。誰かのいたずらだと考えるのが妥当だと思う。
「でも、一応警察に連絡した方がいいよ。もし本物だったら、ツグミが危ないかもしれないし……」
ヤヨイはそう言って、心配そうに私を見つめた。
確かに、放っておくのはよくないかもしれない。みんなが心配してくれているのに、なにもしないわけにはいかない。
「うん、そうだね。とりあえずお母さんに電話してみる」
その後、私はすぐにお母さんに電話をして、予告状らしきカードのことを簡単に説明した。すると意外なことに、お母さんは急いでお父さんと連絡を取り、今日は真っ直ぐ帰ってくるように私に言いつけた。私の呑気な考えとは裏腹に、トントンと準備は進められて……帰ってきたときには、家の周りにたくさんの警官が張り付いていたのだった。
警察の人と話をして、やっと自分の部屋に帰ってくると、急に疲労感に襲われた。こんなに大事になるとは思っていなかった。私は今でも、いたずらでカバンに入れられただけの、偽物の予告状だとしか思えない。
警察の人には、私の部屋にまで入らないよう、お母さんがお願いしてくれたらしい。さすがに、夜まで知らない人に囲まれているのは嫌だったので、ありがたかった。
だけど、警察の人たちが怪盗キッドを捕まえたくて仕方がないのは当然のことで、部屋の前にはたくさんの見張りが立っている。何かあったらすぐ呼ぶようにと、何度も言われた。
ベッドの上で一息ついていると、傍にあった携帯が音を鳴らした。着信の通知だった。
「……もしもし」
「もしもし、ツグミ。今大丈夫か?」
「うん、大丈夫だけど……どうしたの?」
電話を寄越したのは、幼い頃からの馴染みで、同じく私のようなお金持ちの家に生まれた、隣の家に住むアオイだった。
アオイとは、小さい頃からずっと一緒にいる。隣の家に住んでいたし、お互い外で遊ぶのが好きだったから、いつのまにか仲良くなっていたらしい。毎日一緒に遊んで、色んなところに行って、二人で同じ経験をして、二人で成長した。子供の頃は、ずっとそうだった。
だけど、私たちの家はなぜかお互い仲が悪く、関係こそ子供の頃から変わらないけど、なんとなく両親に気まずさを感じるようになっていた。仕事上で考えると、ライバル企業なんだそうだ。
私とアオイが仲良くすることについて、両親が何か言ってくることはない。それはアオイの家も同様だった。それでも、そういう雰囲気を感じ取っていた私たちは、離れることも近づくこともなく、同じような関係をずっと続けてきていた。
「怪盗キッドから予告状が届いたって本当か?学校ですごい話題になってたぞ」
「うん、本当。……なんか、すごい騒ぎになってるみたいだね」
「な。お前、大丈夫なのか?」
「うん、なんとか大丈夫」
心配して電話してくれたのだとわかって、心臓がじんわりあったかくなる。自然と笑顔になるのを自覚しつつ、携帯から聞こえる声に耳を傾けた。
「なにを盗むって予告が来たんだよ?」
「うーん……それが、よくわかんないのよね」
「え、なんで?」
「予告状には『あなたの心を盗みに参ります』って書いてある」
「はあ?なんだよそれ……」
アオイは驚いたような声を出したが、少し笑っているようだった。やっぱり、なにかのいたずらだとしか思えない文章である。
「キッドは人を殺めることはしないって話だけど……気をつけろよ?なんかされるかもしれないし」
心配そうな声色でそう言うアオイに、私は笑って返事をした。
「警察の人もたくさんいるし、大丈夫だよ。心配しないで」
「……わかった。がんばってな」
アオイに心配をかけるのは申し訳ないと、私はなるべく明るい声でお礼を言った。
でも……もし、あれが本当に本物なら、『あなたの心』っていうのは、そのままの意味ではないと考えるのが妥当なんだろう。もしかしたら私自身が、怪盗キッドが狙う宝石か何かを持っているのかもしれない。
だけど……私は高価そうなものは何一つ持っていないし、家の中でもそんなものは見たことがない。警察の人も、お母さんもお父さんも、なぜかそのことについてはなにも触れなかった。
「あ、そうだ。ツグミ」
予告状について考えを巡らせていると、アオイは思い出したように私の名前を呼んだ。
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