Episode.「あなたの心を盗みに参ります」
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本編
本編3
「んー……」
ふと目を開けると、あたりは真っ暗だった。
あれ……私、なにしてたんだっけ……?
ベッドから起き上がって、時計を見る。午後九時を回ったところだった。
そのまましばらくボーッとしていると、部屋の窓が開いていることに気づいた。カーテンが揺れている。窓を閉め忘れていたのだろうか。
そう思い、窓を閉めようと立ち上がったとき、強い風が入ってきてカーテンが開いた。いきなりのことで驚いたのと、風が思ったよりきつかったのとで、私は思わず目を瞑った。
「えっ……」
次に目を開けたときには、目の前に人が立っていた。その人はそのままさっとしゃがみこむと、私の右手をとってそっとキスをおとす。
「お会いできて光栄です、お嬢さん」
様になった立ち振る舞いに、私はぽっと頰を赤らめた。微笑を浮かべて私を見上げる姿は、かっこいいとしか言いようがない。
「——予告通り、あなたの心を盗みに参りました」
「ほ、本物……」
白い帽子に白いマント。煌々と輝く月の光が、彼を照らしている。今日のお昼、スミレに言われた通りの姿だった。完全に、この人は本物の怪盗キッドだと確信する。
窓から入ってくる風に吹かれて、白いマントがひらひら揺れている。差し込む月明かりが白い衣装を照らして、彼そのものが輝いているように見えた。
「ど、どうやって入ってきたの?」
今日私が帰ってきてからのここの警備体制は、私が驚くほど万全だったはずだ。私の部屋の周りは当然、家の周りもぐるりと囲っていたし、門の外にも警官がいた。そんな状態では、窓から入るのも不可能に近かっただろう。それなのに、悠然と、余裕の表情で現れたこの人は、そんな警備をかいくぐってきたようには見えなかった。
恐る恐る尋ねると、彼はゆっくり立ち上がって、にこりと微笑んだ。
「申し訳ありません。マジシャンは、マジックのタネを明かしてはなりませんから」
私は耳を疑った。昨日、別荘の庭園で言われたのと同じ言葉だ。
「あなた、もしかしてあのときの……」
目を見開いて驚く私を見て、彼はいたずらっ子のように笑った。ポケットからハンカチを取り出すと、昨日見せてくれたように右手を覆う。そして、掛け声とともにさっとハンカチをとってみせた。
「わっ、キレイ……!」
彼の右手に握られていたのは、白い薔薇の花束だった。小さめではあるが、昨日の記憶から一輪の赤い薔薇が出てくると思い込んでいた私には、充分予想外で驚いた。
すっと目の前に差し出された花束を、私は目を輝かせて受け取った。
「すごい、ありがとう! 私、久しぶりにわくわくしちゃった」
「お褒めに預かり光栄ですよ、お嬢さん」
そう言って、彼は軽くお辞儀をしてみせた。嬉しくなってきた私は、今日一日気になっていたことを聞いてみることにした。
「ねえ、私の心を盗むって、なんのことなの?そのままの意味じゃないんでしょう?」
少し直球すぎるかなと思ったけど、まあいいかという気持ちでそのまま尋ねた。昨日のあの人だとわかったことで、なんとなく親近感が湧いてしまっている。
彼は少し意外そうな表情で私を見ていたが、私は気にすることなくいくつも質問を投げかけていった。
「あ、それと、昨日はどうしてあそこにいたの? もしかしてお父さんの知り合いだったりする? あとやっぱり、予告状をいれたのってあのとき?」
いくつも出てくる疑問が抑えきれなくて、とにかく全て吐き出した。不思議なことがたくさんある。期待にワクワクした目で彼を見つめると、彼は少しポカンとしたあと、耐えかねたように吹き出した。
「好奇心旺盛なお嬢さんだ」
笑い混じりにそう言う彼を見て、私は少し恥ずかしくなって目を逸らした。
たしかに、ちょっと図々しすぎたかも……。
「ご、ごめんなさい……ちょっと、興奮しちゃって」
俯きつつ、それでも相手の表情を伺いながらそう言うと、彼は首を横に振って笑いかけてくれた。
「構いませんよ。しかし、残念ですが……それについては、次の機会にお答えすることにしましょう」
「え、なん……」
私がそう声を漏らした直後、大きな音と共に部屋のドアが開いた。警察の人が駆けつけたらしい。
そういえば、何かあったらすぐに呼べって言われてたっけ……。忘れていた。何も言ってないのに、どうして気づいたんだろう。
「キッドおおお! 毎度毎度眠らせやがって……今捕まえてやるからな! 観念しろ!」
大きな声で怒鳴る刑事さんを横目に、怪盗キッドはニヤリと口角を上げた。
「騒がしい犬が目を覚ましてしまったようですので、私は帰ることにいたします。それではまた、月下の淡い光の下でお会いしましょう」
そう言って私に微笑みかけると、彼はバッとマントを翻して窓の方へ歩いて行った。走ってやってくる刑事さんがもう少しで追いつくというところで、窓の外へ飛び降りてしまう。
「えっ!? お、おち……!」
驚いて窓の方に駆け寄ると、遠くの方に白く光る翼のようなものが見えた。月明かりに照らされて、その姿ははっきり見える。
「と、飛ぶんだ……怪盗キッド……」
「くっそおお!また逃げられちまった!」
ホッとしつつ窓の外を見ている私の横で、刑事さんが騒ぎ立てていた。いつのまにかその他たくさんの刑事さんが駆けつけ、そのあとでお母さんとお父さんが驚いた様子で部屋に入ってくる。
「また……会いにきてくれるのかな」
そんな騒がしい部屋の中、煌々と輝く月の光を見ながら、私は一人呟いた。
——こうして、怪盗キッドは予告通り、盗みを成功させたのだった。
……ん?いや、ちょっと待って。
結局、彼は何を盗みにきていたんだっけ……?
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