雲に隠れた月は朧げに聖なる光を放つ
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前章2 崩壊は肉体まで
前書き
説明忘れてた‥‥‥。
カービィのSSはなんか消されてしまったみたいなので、こちらを投稿しています。
いないとは思うけど‥‥‥続きを楽しみにしてくれていた方にはホントに申し訳ないです‥‥‥。
「えー、本日皆様は‥‥‥」
校長先生の声が響く。俺は見えないように欠伸をしながら聞き流す。俺は今日、中学校に入学したのである。
あの事件(聖の敵討ち事件)の後、俺は転校した。事件の詳細は学校がもみ消し、俺には同情的な視線が集まった。イジメっ子の親からは慰謝料みたいのを貰った。が、俺は元いた学校そのものが嫌だったので、転校&引っ越しをすることになったのだ。まだ一年生だった弟は引き続き元の学校に通い、俺は新しい学校に通うのだった。
新しい学校は、元の学校と違って良い学校だった。俺みたいなはみ出し者でも受け入れてくれたのだ。それから短い期間ではあったが良い友達もでき、俺は卒業したのである。俺はこの時、かなりの人間不信だったのだが、新しい友達とは特に問題はなかった。
そんなわけで俺は現在、眠たそうな顔をしながら入学式を終えたのだった。
「よう、緋鷹」
「おう、林」
‥‥こいつは林 拓人。一家揃っての音楽家だ。小学校時代からなぜか仲が良かった。音楽会でこいつは指揮を取っていたのだが、なぜか目が合って言いたいことが分かるという奇妙な巡り会わせを感じたのである。極めつけは卒業式で、立ち位置的に端と端だった俺と林はここでも目を合わせ、頷き合いそのまま帰りは合流するという意思疎通をした。
「クラス俺ら別じゃん。お前大丈夫そうか?」
「バカにすんなよ。緋鷹こそ大丈夫なのかよ」
「さあね」
本当にさあね、だ。俺の転校先から来た人も多くいるのだが、ほとんどは知らない人だ。
(また暴走だけはしたくねえな)
そう、俺が危惧しているのは「暴走」だ。ここまでは特になにも起きていないが、偶に見る不良に殺意が芽生えるのだ。というかあらゆる悪に対して殺意が湧く。
(やれやれ‥‥とんでもねえモンだ)
ちなみにこの暴走。身体能力が上がるだけではなく、思考能力も拡大するのだ。これだけなら常時発動させたいところだが、しっかりと弱点もある。暴走=凶暴性が増すので、結構危険だし疲れるのだ。
(ハイリスクハイリターン‥‥‥なのかな)
そんなことを考えてると、いつの間にか担任の先生の自己紹介やら教科書の配布やらが終わっていた。もう下校できるそうなので、俺は林のいるクラスまで行く。
「おい、帰ろうぜ」
「おうよ」
そのまま帰路につく。
「クラスはどうだ?」
「やべえよ、嫌いなやつがめっちゃいる」
「草」
どうやら小学校のときから嫌いだった人が多くいるらしい。ご愁傷さまである。
その後はマンションのエントランスホールで雑談をし、俺は体操の練習があるので雑談はお開きとなった。
(さて‥‥これからどうなることやら)
俺はこれからどうなるか検討もつかないまま、練習場に向かうのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
三ヶ月後
(五月蠅え‥‥‥‥)
ここは教室。現在授業中なのだが、非常に五月蝿い。まるで静かになる気配がしないのだ。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
ギギギッ
俺は手元にあったコンパスを根本から破壊していた。
べキッ!
折れてしまった。
「あー‥‥‥やっちまった」
「あれ?緋鷹また何か壊したの?」
そう言って話しかけてきた女の子がいた。この娘の名前は小林 千秋。なにかと席が近いためよく話すのだ。しかも俺が物を壊しても引かない珍しい人だ。
「ああ、コンパスを殺っちまった」
「あらら‥‥‥やっぱり強いね」
ちなみに今日まで何本ものシャーペンが天に召されたのは内緒である。
「それにしても中々静かにならないね‥‥‥先生の顔に青筋が量産されているよ」
「ああ‥‥あいつら終わったな」
その言葉通り、先生がとうとうブチ切れて教室が静かになったのは言うまでもない。
(とりあえず勉強嫌いだ!)
イライラを心の中で発散させる。次は体育の授業なので我慢だ。
キーーンコーーンカーーンコーーン
チャイムが鳴った。俺はすぐに着替えをしに行く。今日は確かマット運動だ。なぜか女子もマット運動なのは知らない。
「うわあ、緋鷹すげえな!」
「もう一回やってよ!もう一回!」
「お前人間?」
そんな声が体育館に響く。俺は現在、バク転やらハンドスプリングやらで大忙しだ。その度に歓声が挙がるので嫌な気分ではない。
「そおい」
俺は宙返りも始める。そこから一回ひねったりするとそれはそれは大盛り上がりである。
「すごいね緋鷹。どこでやってるの?」
「あ、小林。うん、〇〇スポーツセンターでやってるよ」
「あー、あそこか!たしかに強いよね」
「あれ?なんで知ってるん?」
「私、新体操をやってるからね。偶に大会で見るんだ」
まさかのカミングアウトである。新体操か‥‥‥聖もやっていたなあ、と思う。
「それはそうと逆立ち教えてよ」
「え?マンツーマンなの?」
「いいから、ほら」
この後厄介な噂がたち始めたのだが俺は知らなかった。
夕方
俺は練習場に行くべく歩いていた。
(最近不良が多いんだよなあ。面倒)
「おいてめえ。そのネックレス渡せや」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
いつものごとく不良が何かしていた。今回は女の子相手だ。いつもはスルーなのだが‥‥‥。
「い、嫌だ。これは死んだお婆ちゃんのものだから‥‥‥」
「関係ねえよ。ほら早くしろ。渡さなかったら殺すぞ?」
「死んだお婆ちゃんに貰った」に反応してしまった。おそらく大切な人だったのだろう。それを取り上げようとする不良‥‥‥。
俺は改造エアガンを取り出した。
「おい、そこまでにしとけよ」
「あ?なんだあ、クソガキ。もう一度言ってみろ」
「やめろ、と言ったんだよ社会のはみ出し者」
「ほう‥‥‥口は達者だな。だがお前ぐらいのガキにかできるとでも?」
「お前らのようなどチンピラとは鍛え方が違うんだよ。バカにしていると骨の二、三本持ってくぞ?」
「ふん、そんなに言うのなら‥‥‥殺れ」
その言葉で何人かが襲いかかってくる。俺はエアガンを構える。
ドパンッドパンッドパンッ!!
三連射する。弾丸は狙い狂わず不良の肩を撃ち砕いた。
「アグァ!?」
「ゲッ!?」
「ギャアッ!?」
ガンスピンをして余裕を見せる。
「チッ‥‥‥‥汚えぞこの野郎!」
「あっそ」
ドパンッ!!
ノールックパスの要領でもう一人を片付ける。
「まああんたは素手でもいいや。来なよ」
人差し指をクイクイッとやる。明らかな挑発にブチ切れる不良。
「死ねえええええ!」
逆上した人の相手をするのはとても簡単だ。直線的な動きしかしない。例に漏れず不良もストレートパンチを繰り出してきた。それもおそらく利き手ではない左の。俺はそれを見て右のパンチを用意する。
「どりゃああああ!」
最後の一歩を踏み出した瞬間に俺もパンチの体制を取った。
「セイッ!」
ドガア!!
不良の左頬にパンチがめり込む。不良の腕は俺の右頬から数センチ離れたところだ。俺は、クロスカウンターを決めたのである。不良は思いっきり勢いをつけてきたので、威力は何倍にもなるはずだ。勢いのある物体を突然停止させたら、物体に大きな力がかかる原理と同じだ。全速力で走っていたら突然止められたと思って貰えればいい。
ドサア‥‥‥‥
不良が倒れた。これで全滅だ。
「さて‥‥‥と、大丈夫かな?」
俺は襲われていた女の子の状態を目で見て確かめる。外傷は特になく、顔が青褪めている以外は健康そのものだ。
「おーい?大丈夫かー?おーい」
なんかボーッとしてるので頬をペチペチと叩く。
「ふぁ?!だ、大丈夫でですよ!む、むむしろカッコよかったというか‥‥‥」
「そうか、良かった」
なんか凄いことを言っていたがスルーした。いちいち気にしている程の時間がないのである。
「それじゃあ俺は行くから。気をつけてな」
そう言って立ち去る。
「あ、ありがとうございました!」
少女の声を背に、俺は練習場へと急ぐのだった‥‥‥。
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「えー‥‥‥それではこれより校外学習を始めます。各班は十分に気をつけて行くように」
先生の合図で俺たちはそれぞれの目的地へ向けて出発する。俺たちの目的地は風鈴を作る場所らしい。
「どんなところだろーね。全然想像つかないわ」
「あ、小林」
‥‥俺は、どういう巡り会わせか小林と一緒に回ることになったのだ。他の班員だってもちろんいる。ただ‥‥‥‥妙に小林に親近感を持てるのだ。女子のことが怖くて仕方がないのだが、小林だけは大丈夫なのである。
(なんでなのかな)
「ん?どうしたの?」
物思いにふける俺を不思議そうに覗き込む小林。少しドキリとする。
「‥‥‥いやあ、別に」
適当にはぐらかす。小林は特に気にもせずに別の話題を振ってきた。
「そうだ。緋鷹ってゲームするの?」
「ゲーム?そうだな‥‥星の○ービ○かな」
「あ!それ私もやってる!そんなに上手じゃないけどね‥‥‥」
「ほへぇ。初めて見たわ。カ○○ィやってる人」
「人気ゲームだけどねー。確かに見ないかも」
こんな具合に雑談しながら先へ進む。他の班員は完全に蚊帳の外なのだが‥‥‥。
「まもなく、一番線に‥‥電車が参ります‥‥」
ここからは電車で移動だ。
「あ、それじゃあ寝るから後で起こしてねー」
「は?おい、いきなり‥‥‥ってもう寝てるし」
小林はあっという間に寝てしまった。寝付きのいいもんだ。
「やれやれ‥‥‥幸せそうに眠りやがった‥‥‥‥ん?」
俺は小林の寝顔をまじまじと見つめる。どこか、似ている。幸せそうに、すべてに満足しているかのように眠る、そんな顔して眠る人を俺は一人だけ知っている。
「まさか‥‥‥聖?」
そう、小林の寝顔は聖にそっくりだったのだ。思い返してみれば、俺は小林に妙な親近感を抱いていた。話をしていると安心するし、なんだか懐かしい気分にもなったのである。
(まさか‥‥‥そういうことなのか‥‥?)
俺はこれまでの小林のことを考える。性格は聖とは違うし、なにより少しだけ男の子っぽいところが小林にはある。体型も聖はモデルみたいなのに対して小林はどちらかと言うとスポーティーだ。だが、近くにいると安心できるオーラを放っている。目は瞳の奥まで暖かい。なにより、親切で優しい‥‥‥。
(参ったな‥‥‥まさかこんなことが‥‥‥‥)
俺は一人苦笑をしてしまう。最近ようやく薄れてきた寂しさというものが、再び蘇ってきた。脳裏に浮かぶのは、最悪の光景。最愛だった人の命の灯火が、消えた光景。俺は苦笑しながらも、目的の駅に着くまでの間小林の寝顔を見つめるのだった‥‥‥‥。
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「なあ、お前好きな人いるの?」
「いやいきなりその話かよ」
‥‥ここは、とあるペンション。俺たちはスキー教室に来ているのだ。俺は寒いのが嫌いだ。それ故に最初のうちは面倒くさく思っていたのだが、いざスキーをやってみると体に当たる風が気持ちよくてすぐにやる気が出た。元々、風車を回して変身する仮面を被ったヒーローが大好きだったので、強風は大好物である。
「で、誰なんだよ」
「そうだよ、教えろよ」
(うっぜえ‥‥‥‥)
少しずつ顔に青筋が量産されていく。無意識に殺気も溢れ出る。それを見てしつこく聞いてきた人は全員口を閉じた。
「こ、こええよ」
「そ、そうだよ。そんな怒るなって」
機嫌取りに奔走するクラスメイト。手のひらくるっくるである。
「はあ‥‥‥まあ言ってもいいか」
「お、そうか」
再び元に戻る。手のひらがもげるぐらい回っている。
「‥‥‥‥まあ気になる人は、小林だな」
「あ、俺も俺も!」
「あいつ可愛いよなー!」
思った以上に激戦区である。それもそうだろう。小林は、基本男子にも女子にも優しく、顔も整っている。成績も上位に食い込むレベルだ。この中学校には一年生の中でマドンナが存在するのだが、四天王にランクインしている。ちなみにマドンナのうち二人は俺と卒業した小学校が同じだったりする。
「でもさ、今一番小林に近いのって緋鷹じゃね?」
「あ‥‥‥‥‥」
「確かにな‥‥‥」
「いやいや、俺は『好き』とは‥‥‥」
「羨ましいなあお前」
「三回死んでくれ‥‥‥」
「てか緋鷹も結構女子に告白されているよな。なんですべて振ってるんだ?」
そう、俺は入学してから今日までかなりの回数告白されているのだ。なんでかは知らないが‥‥‥‥。
「‥‥‥色々あるんだよ」
俺は、聖を殺した主犯格が女子だったことから女性恐怖症に近い症状を持っている。というか人間不信だ。普段は隠しているのだが、汚いことをしているのを見るとすぐに表に出てしまうのだ。それと同時に、以前ナイフで切られた顔の傷が醜く浮かび上がるのである。それを隠すためにも俺は、女子となるべく関わらないようにしていたのだ。小林といる時は何故か大丈夫なのだが‥‥‥。
(‥‥ほんとに、よく分からないや)
俺は一人溜息をつくのだった‥‥‥。
翌日
(今日はやけに周りからの視線が強い)
(なんなんだよもう‥‥‥)
朝から様々な人に睨まれている。非常に気分が悪い。スキーの練習をしている最中も、リフトから落とされそうになったり坂の上に立っていたら押されたり‥‥‥。
ぶっちゃけイジメだ。
ちなみに今はグループで滑走中だ。山道のコースを。
(なんか崖まで追い込まれてるんですけど)
もう崖の下は見える位置だ。めちゃくちゃ危ない。
(危ないし元に戻ろ‥‥‥)
俺はスピンターンをして減速。最後尾につく。それに合わせて他の人も減速。再び崖際まで押される。
(あ、死ねってこと?)
このまま落ちたらどうなるかはっきり言って分からない。とりあえず目的地は伝えられているので、落ちたらそこを目指すしかないのだが‥‥‥。
(‥‥ついてくより後から来るグループか)
俺は、後から来るグループに混ざって進むことを考える。はっきり言って死ぬ確率の方が高いのだが、何もしないで死ぬよりはマシだろう。
(‥‥聖、力を貸してくれ‥‥‥‥)
俺は心の中で最愛だった人の名前を叫ぶ。そして‥‥‥‥‥。
「アー、オチルーー」
棒読みで崖の下まで落ちる。驚いたのは先頭を滑っていたリーダーだ。慌てて止めにくるも、間に合わない。俺は崖下まで滑り出した。
(さて‥‥周りは木だらけ。死ぬなこりゃ)
早速の試練にうんざりする。俺は後からくるグループと合流することを諦め、一人でスキー場に戻ることにする。辺りは急勾配の坂だ。幸い失速することはないので、俺は来た道を戻るように滑って行く。言っておくが、スキーは初めてだ。何度も言うが死ぬ確率の方が高い。
「ん?あれは‥‥‥倒木か?」
そう、俺の目の前には倒れた木があったのだ。このまま行くと宙を舞うことになりそうである。木は良い具合に斜め上を向いている。一応斜め下(というかほぼ真横)に滑っているので速度は申し分ない。そこで俺はとんでもないことを思いついた。
「宙舞って体ごと横に回れば戻れんじゃね?」
思わず声に出す。言ってることはとんでもないのだが、まあ良いかと思う。
ちなみにここまで考えつくまで0.2秒とかだ。宙を舞うのにあと数秒もない。
「覚悟決めるか‥‥‥‥聖、力を貸してくれよ‥‥‥」
そうして俺は、宙を舞った。結構な高さが出る。幸いなことに木が近くにない開けた場所だ。回るには好都合である。
「どりゃあ!」
スキー板が重たいが、俺は無理矢理横に体ごと回る。一周、二周。
「地面は‥‥‥あれか!」
俺は先程まで通っていた地面を発見する。横回転を止め、縦の回転に以降する。何故縦なのかと言うと、縦に回転することで着地時の衝撃を和らげようと思ったからだ。なお無意識である。
ドシュッ!!
着雪する。そしてその勢いで滑走する。とんでもない速度が出るが、気にせず滑走する。
そのまま滑ること数十分。俺はようやくグループと合流ができた。リーダーが驚いたのは言うまでもない。俺はリーダーに、今回のことは双方他言無用を約束した。このことが先生にバレたら面倒になるに違いないからだ。体操の練習に行けなくなる可能性もあるので、俺は威圧感を少し出しながら了承させた。
(やれやれ‥‥人生波乱万丈か)
俺は思わず溜息をつくのだった‥‥‥。
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二年生
「よう緋鷹」
「おう林」
俺たちはいつものように話し始める。二年生になって同じクラスになったので、よく話すようになったのだ。
「あれ?緋鷹も林も」
そう言って話しかけてきたのは、クラスメイトの恷 蜂起(キュウ ホウギ)だ。彼は中国人だが、何故か気が合いよく話すようになったのである。他のクラスメイトからも「三馬鹿」みたいな感じで呼ばれている。
「おお、蜂起。お前、昨日のテレビ見た?」
「ああ、あれか。面白かったわ。特にあのマジックな」
「うん、俺はついていけんわ」
「それより緋鷹。お前いつ告白す『バチコンッ!』グボア!?」
余計なことを言いそうだったので俺は頭を「軽く」叩く。
「おい、今軽いって感じじゃなかったぞ」
「知るか‥‥てかなんで俺の心の声を聞いてるんだよ」
そんなことを話しながらも談笑する。そこへやってくる人影が一つ、。
「あ、みんな何話してるの?」
「‥‥‥わりい、俺は」
「あいよ」
蜂起が立ち去る。彼が姿を見た途端に立ち去る人とは‥‥‥。
「金澤‥‥‥なんだ?」
そう、クラスメイトの金澤 理沙(カナザワ リサ)だ。林と金澤は、同じ部活に所属しているらしい。確か、吹奏楽部だ。林と金澤はよく話すらしく、俺が林と話していても混ざってくるのだ。
ちなみに蜂起は嫌いらしい。なんでかは分からないが‥‥‥。ちなみに金澤は小林と従姉妹の関係だ。クラスこそ小林と俺は別だが、会えば普通に話すぐらいの仲だ。そのおかげなのか、金澤ともよく話す。得意教科も同じなので、所謂ソリが合うというやつだ。
「ねえ聞いてよ。またあの先輩がさ‥‥」
話し始めてすぐに愚痴である。俺は目元をピクピクさせながらも聞き流す。
「それでね‥‥‥私がね‥‥‥」
青筋が量産されていく。こっちの気も知らずに愚痴を言うもんだから少しずつイライラしてくる。それに気がついた林が止めようとしてくるが、とりあえず静止する。まだなんとかなる。
「‥‥‥だからね、股間蹴り飛ばしてやったんだー」
先輩、憐れである。俺は顔を隠しながら適当に答える。
「あ、そうかー。お疲れ」
お決まりとなったテンプレの答えを言う。ついでに愛想笑いだ。俺は聖が死んでからというものの、本心から笑うことができなくなった。これは小林の前でも変わらない。代わりにできるのは愛想笑いだけだ。陰では「怖い」とか「気持ち悪い」と言われているらしいが‥‥‥。
キーーンコーーンカーーンコーーン
「おい、次は移動だろ?急ぐぞ」
流石、林である。気が利いてとても助かる。
「ああ、行くか」
「あ、待ってよ!」
そんな金澤を置いて、俺たちは移動を開始するのだった。
夕方 練習場にて
「ハア‥‥‥まだまだあ!」
俺は現在、器械体操の練習場にいる。何をしているのかと言うと、床運動である。大会も近くそれなりに規模も大きなモノなので、俺は練習に熱が入っているのである。どのぐらいの規模かというと、東日本全域の選手が集まる大会だ。この大会で上位に入れれば全国も見えてくる。
そこに話しかけてくる女子が一人。スレンダーな体型で引き締まった体をしており、顔も良い。というか体操の女子選手はみんな顔が良いのが普通だが‥‥‥。
「今日も凄い気迫だね、コウくん」
「ん‥‥‥若芽か」
話しかけてきたのは、同い年の花咲 若芽である。彼女も同じ大会で上位を目指しており、こちらも練習に熱が入っている。
「それにしても‥‥‥なんで他の男子とは話さないんだ?」
そう、このクラブの男子と女子の間には妙に高い心の壁があるのだ。しかし俺に対してはまったくそんなことがないのである。他の男子には素っ気ないのに、自分には普通に接する‥‥‥‥どことなく嫌な予感がするのだ。
「んん?それは秘密だよ?」
「やれやれ‥‥‥いつも通りか」
軽く受け流されたので俺は軽く溜息をつくと、再びフロアパネルの上に立つ。床運動は12cm四方のフロアパネルの上で演技が実施されるのだ。
(やるか‥‥‥‥‥)
俺はフィニッシュに使う技を実施する。後方の三回ひねりだ。軽く助走をつけ、ロンダート、バク転と繋げる。そして斜め上方向に跳び上がる!そのまま体を横に回転させる!!
(一回、二回‥‥今だ!)
俺は二回ひねった時点で着地の姿勢をとる。視界が更に一回転し、着地位置が見える。
「ッ!!」
俺は少しの間息を止める。体にくる衝撃を全て受け流す‥‥‥‥。
「うし、着ピタだな」
俺はまったく動かずに着地することに成功した。この時に一歩でも動くと得点が減点されるのだ。体操は結構シビアな競技なのである。
「「「ナイスー!」」」
一緒に練習していた女子たちの声が響く。若干熱っぽい目で見ているがスルーだ。何もなかったと心に念じる。ないったらないのだ。
「やっぱり凄いね。とても綺麗だし‥‥」
「べた褒めするんじゃねえ。自分のことをやれ」
俺は照れ隠しに冷たく突っぱねる。それすらも熱っぽい目で見てくるのだからはっきり言って居心地悪い。
「はあ‥‥‥なんかどこにいても疲れるや」
俺は最近癖になりつつある溜息をつくのだった‥‥‥‥。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「‥‥それでな‥‥‥こんなことがあってな」
俺は現在、聖の墓に来ていた。時間は夜だ。墓場だからかかなり寒い。俺はことあるごとに聖の墓を訪れ、心の内をさらけ出すのである。
「あ、そうだ‥‥‥一つ相談事があるんだ‥‥」
俺は、現在悩んでることの中でも最大のモノをさらけ出す。
「‥‥俺、小林のことが気になってる‥‥‥というか、好きになっちゃったよ。‥‥告白、してもいいのかなあ」
すると、風が吹いた。今まで寒かったのに、何故か温かくなる風。今は9月だ。夜は肌寒いのが当たり前なのだが、今この瞬間だけはとても温かい。まるで、人の温もりだ。俺はこの温もりをよく知っている。
「まさか‥‥‥聖?」
(あはは、コウ好きな人できたんだ)
「?!!」
脳内に直接聖の声が響く。
(コウ、別に悩むことじゃないよ?)
「ッ‥‥‥でも‥‥」
(コウには早く新しい恋をしてほしいの)
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
(私のことは、気にしないで)
「それ‥‥‥‥でも‥‥‥‥」
(コウが幸せなら、私も幸せ)
「!?」
(幸せな、恋をしてね)
「ッ‥‥‥‥‥‥」
(大切な人を、増やしてね‥‥‥)
ヒュォォォォォオ‥‥‥‥
今度は冷たい風が吹いてきた。さっきまでの風だ。普通の、いつもの風。肌寒さが戻る。
「なんだったんだろう‥‥‥‥」
俺は、今起きたことを思い返していた。聖は死んだはずだ。それなのに、何故、声が‥‥。
「まさか‥‥‥‥いや、それはない。聖は、俺がこの手で火葬したから‥‥‥‥」
俺は思考を巡らせる。勉強に使えよと突っ込まれるぐらいに思考をフル回転させる。しかし、それでも答えは出なかった。
「あり得る可能性は‥‥‥殆ないよな」
あるとしたら‥‥‥‥聖が幽霊で俺の側にいるということだ。
「そのまさか‥‥‥なのかな。だとしたら、嬉しいな‥‥」
思わず零れる本音。どれだけ時が経とうが、大切な人には変わりない、最愛だった人。確率はゼロに限りなく近い。だが、ほんの僅かな可能性でも聖が自分の近くにいるかもしれないと思えたことで、俺の心は少しだけ癒やされるのだった。
「俺‥‥‥伝えるよ。この気持ち‥‥‥全部」
俺は、そこにいるかもしれない聖に向かって宣言するように呟く。
(うん!頑張ってね)
「‥‥‥‥‥ああ!」
今度は確かに聴こえた聖の声に、俺は力強く答えるのだった‥‥‥。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
翌日
今日は地元の祭りらしい。俺はそのことを聞いても特に何も思わなかったのだが、小林も来ると林から聞いたので急遽予定変更、途中から俺も合流することにしたのだ。
「よお林」
「おう、来たか。お前、本当に告白すんの?」
「‥‥‥‥ああ」
「よし、俺も手伝う。なんとか二人きりにしてやるからその時に告れよ?」
「おう‥‥‥ありがとな」
俺は良い友人を持てたことを嬉しく思った。俺を肉体的にイジメていたのは主に男子だったので、人間不信に陥っていたのだが林と蜂起だけは大丈夫なのだ。数少ない友人だが、親友と呼んでも良いレベルだと思っている。
「おい、ボケッとしてないで行くぞ」
「‥‥‥ああ」
林の声で俺は動き出す。
‥‥ズボンのポケットには、聖の形見を入れて。
「あ、きたきた。二人ともこっちだよー」
小林の声が響く。手を振って手招きする様子は、昔の聖を見ているようだ。
「で、いつ告るの?」
「‥‥夜だな」
「うし、それまで二人で回ってこい」
林の行動により、俺は小林と二人で回ることになった。
「緋鷹、急いできたんだね。練習後でしょ?」
「ん?ああ、そうだな‥‥‥。まあ偶には来てみたいなと思ったんだよね」
「ふーん?そっか。あ!あれ美味しそう!」
「どれどれ‥‥ホントだ。食ってみるか」
こんな調子で食べ歩きする。幸せそうに食べる小林の顔を見て、俺は少し悶絶した。そして同時に、愛おしくも思ったのだ。俺は疑問から確信に変わった。
俺は、小林千秋のことが好きなんだ、と。
そのまま時間は流れていく。俺たちは食べ歩きと雑談をしながら、近くにあった小さい公園に来た。それまでの時間が、なんと幸せだったことか。俺はしみじみ感じていた。公園には林がいた。他の人も結構いるみたいだ。学校が同じ人もちらほら見受けられる。
俺は林とアイコンタクトする。即座に理解してくれたのか、林は周りにいた人をそれとなく誘導し始めた。出来る男である。
再び二人きりになる。俺は、意を決して問う。
「小林‥‥‥いや、千秋は好きな人とか‥‥いるの?」
「ん?そうだなー。恋愛したことがまずないからなー。そもそも好きっていう気持ちが分からないかも。恋愛感情を抱いたこともないかな」
「そ、そうか‥‥‥」
まさかのカミングアウト。さらに聞けば、付き合ったことのある人はいないそうだ。
「どうしたの?急に」
真っ直ぐに目を見つめてくる千秋。俺は思わず、口走った。
「俺は‥‥‥‥俺は、千秋に恋愛感情を抱いている‥‥‥‥‥‥かな」
「え‥‥‥‥?」
言ってしまった。ついに言ってしまった。俺はたった今、口にした言葉を頭の中で反芻する。すぐに、これはヤバいと悟った。が、後戻りはできない。俺は覚悟を決めた。
「‥‥‥俺は‥‥‥‥‥俺は、千秋のことが好きだ。世界で一番、君のことが好きだ‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥うん」
「俺と、付き合ってくれるかな‥‥‥それとも、俺じゃ駄目かな‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
暫し思案するように黙り込む千秋。俺は次の言葉が紡がれるのをジッと待つ。
訪れる静寂‥‥‥。
「‥‥‥‥‥‥‥‥いいよ」
言葉が、紡がれた。俺は、今聴こえた言葉を脳内で反芻する。
‥‥最高の答えな気がする。
「ほ、ホント‥‥‥‥か?」
一応のように確認を取る。返ってきた言葉は一言。
「もちろん!」
花のように、綺麗に咲く笑顔。
まるで、聖が乗り移ったのかのような、素敵な笑顔。
俺は、最愛だった人が死んでから初めて、心から安堵した笑いを見せた。
「ありがとう‥‥‥これから、よろしくお願いします」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
中学三年生
俺は中学三年生になった。千秋との仲もすこぶる順調‥‥‥ではある。あまり話せてはいないが‥‥‥。
まあそれも仕方がないことだ。クラスは別々。さらに金澤が頻繁に俺にちょっかいを出してくるようになり、さっさと別れてくれと催促してくるのだ。こうだから中々会うことができないのである。
‥‥蜂起が金澤のことを嫌いだ、と言ってたのも分かる気がしてきた。よくよく観察すれば、中々に自分勝手な人だ。最近は暴力をしてくるようになったので、いつ暴走するか分からない状態なのだが‥‥‥‥。
「あ、緋鷹‥‥‥フンッ!」
金澤が突然やってきた‥‥と思ったら蹴りを入れてきた。上段へのハイキックだ。先に言っとくが、この中学校の制服、女子はスカートだ。色々とアウトな蹴り方である。
「いきなり蹴ってくるんじゃねえよバカ」
流石に女子を思いっきり殴るのは止めときたいので、軽く受け流すに専念する。
「千秋が可哀想だよー!あんたみたいな人と付き合ってさあ!」
「知るかよ。あいつが選んだことだろ?」
「あんたが洗脳したんでしょ!そうなんでしょ!」
自分勝手な言い分に青筋がビキビキと現れる。クラスメイトは、遠目で見ている。こうなった金澤は止めるのが面倒なのがみんな知っているのだ。
「ア゛ア゛?いちいちうるせえんだよこの野郎。その口縫い合わせるぞ?」
流石に苛ついたので思いっ切り睨みつけ、声を暗く、空気を重くする。
「うっ‥‥‥でもお」
「ア゛ア゛!?」
容赦はしない。徹底的に威圧する。金澤は若干涙目だ。クラスメイトに助けを懇願しようと視線を向けるも、みんな一斉に目を逸らす。
キーーンコーーンカーーンコーーン‥‥‥
チャイムが鳴った。座っていないと授業遅刻になりかねないので、俺はサッサとと着席する。威圧も解いたので、金澤は自分の席に戻っていった‥‥‥‥。
「‥‥‥とまあ、こんなことがあったんだよ」
「相変わらずだなあ、あいつ」
「やるやん」
放課後、俺は林と蜂起に愚痴っていた。もちろん今日のことである。
「まあ、俺もよく殴られるからなあ。流石にムカつくわ」
「お前よくキレないなあ。案外我慢強いのか?」
「いや、まったく」
本当にまったく、だ。
「しかしなあ、お前最近話せてないだろ?」
「まあな‥‥‥嫌われてなきゃいいが」
「あ、それは大丈夫そうだぞ?それとなく聞いてみたら惚気られたし」
「お、おう。良かった‥‥‥あと目のハイライト消さないでくんね?恐いから」
‥‥‥俺は、なんだかんだいって学校内ではブチギレてないのだ。それは、この二人の存在のおかげかもしれない。小学校の時は、友達がいなくて孤独だった。聖がいたが、その支えも死んだことで無くなってしまった‥‥‥。
(人は案外、脆いのかもな)
俺は、そんな哲学めいたことを考えるのだった‥‥‥‥。
ビリッ
「ッ!?」
「ん?どうした緋鷹」
「突然胸なんか抑えてさ」
「ん‥‥‥ああ。なんかビリッとした痛みが来たからさ」
「ふーん。なんなんだろうな」
「最近こんな痛みばかりだな‥‥‥どことなく嫌な予感がするわ」
「まあ大丈夫でしょ。そんな簡単に人間は死なないよ」
「だよなあ‥‥‥そうだといいが」
‥‥‥これが後に、厄介なことになるなどは、知る由もなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「てめ、こんなことしてもグボア!?」
「あ、兄貴!?クソガキがよくmグハッ!?」
‥‥‥‥ここは、全国大会の開催地だ。俺は東日本大会で上位入賞を果たし、全国大会に出場することになったのである。開催地は結構な田舎町だ。畑がところどころ見受けられ、コンビニやスーパーも少ない。俺たち選手は、試合と直前練習以外はフリーだ。折角だから散歩しようという理由で、俺は若芽に連れ出された。
「デートだね♪」と言ってたがスルーだ。俺には彼女がいる。彼女というより、最愛の人だ。ちなみに、若芽は俺に彼女がいることを伝えてある。‥‥‥伝えてあるのにだ。デートってどういうことなんだ。複雑な気持ちながらも俺たちは散歩に出発した。そして数分後。不良に絡まれたというわけだ。まあ若芽は顔もスタイルも良いので仕方のないことだろう。俺たちはテンプレの路地裏に連れ込まれ、カツアゲと若芽を性的に襲う宣言をされ、今に至る。どうやらこいつらは、弱い人を見つけてはカツアゲや暴力を繰り返しているらしい。
「ドラア!」
不良の腹にヤクザキックが見事に決まる。蹴られた不良は泡を噴いて気絶した。
「てめえ!こいつがどうなってもいいのかあ!!」
ボスらしき人が若芽にナイフを押し当ててきた。脅迫のつもりなのだろう。しかし俺は焦らない。
「若芽、股間キック」
「はーい。えい!」
場に合わない可愛らしい声が響く。
「おほぉ!?」
ボスらしき人は股間を抑えて倒れ込んだ。若芽は体操選手だ。直立の状態からでもかなりの高さまで足を上げられる。以前若芽に、
「それで股間蹴ったらヤバイよな」
という会話をしたところ、
「じゃあ練習してみるね」
と答えが返ってきたのだ。俺はそのことを思い出し、若芽に指示を出したところ見事にクリティカルヒットしたのである。
「て、てめえら‥‥‥」
涙目で俺たち、主に若芽を睨むボス(笑)。
俺は口元を三日月のように裂く。
「さっさと散歩に戻りたいからな。もう終わらせる」
そして俺はボス(笑)に向かって右足を踏み出した。ボス(笑)の立ち位置をーとした時に、俺の立ち位置が丨となるように体を向ける。俺たちはTの字の位置関係になったというわけだ。そのまま俺は、右足を軸として左足を斜め右上方に高く上げる。さらに右足も地面を蹴り、俺は宙に浮かび上がった。ちなみにここまでかなりの勢いをつけている。結果として、俺の体は結構な速度でスピンを始めることになるのだ。俺は、不良の姿を捉える。が、少し遠い。いつもなら高く上がった右足で回し蹴りを左側頭部に当てるのだが‥‥‥。距離が遠いと威力が激減してしまう。
そこで俺は、もう一回転スピンを加えた。ちなみにここまで考えつくのに一瞬もかかっていない。火事場の馬鹿力みたいなものだろう。
俺の右足は上げっぱなしだ。そのおかげでさらに遠心力がつく。一周回って、再び不良の姿を捉えた。今度は距離感バッチリだ。少し高さが落ちているが、逆に好都合だ。
俺はボス(笑)の延髄目掛けて回し蹴りを食らわす。
「セイッ!」
ボガンッ!!
物凄い音がした。俺の着地と同時に、不良のボス(笑)も前に倒れた。完全勝利である。
「コウ!やったね!」
抱きついてくる若芽。俺は思わず硬直してしまった。若芽の顔を覗き込むと、少し赤らめている‥‥‥。
(え?まさかそういうこと?)
俺は若芽の心理状態を理解してしまった。なんという胆力だろうか。
「あ、あのさ‥‥‥人目がヤバいから離れてくんね?」
「え‥‥‥?ッ!?」
周囲の状態を若芽は理解したらしい。渋々といった様子で俺から離れた。大会前日なのにこの始末だ。
(これ、本番大丈夫なんかな?)
思わず心の中で毒づいてしまう。これに千秋がいたら修羅場の完成だ。
‥‥‥まあ最近、ゆっくりと話せていないのだが。クラスが別で、なんとなく気まずいというのが続いているのである。他のクラスメイトからはもう別れた認識をされているらしい。しきりに「もう別れたんだろ?」という言葉を投げかけられるのだ。こちらとしては、別れたつもりは毛頭ない。千秋の友達曰く、千秋自身も別れたつもりはないらしい。林に相談すると、
「倦怠期じゃね?w」
とまあ、なんとも軽い感じで返ってきた。蜂起に相談しても同じ答えが返ってきたので、倦怠期なのかな‥‥‥と勝手に思うことにした。別に飽きたみたいな感情はないが‥‥‥。
「ん?どうしたの?」
一人物思いに耽っていると、若芽に顔を覗き込まれた。どんな女子でも、顔を覗き込まれたらドキリとする。が、生憎俺には彼女がいる。ドキリとした感覚はすぐに収まった。
「いや‥‥‥別になんでもない。散歩、続けようか」
「‥‥‥ダメ、ちゃんと話してよ」
ジリリ、と迫られる。わりとマジな目をしている。
「え?あ‥‥‥うん」
流石に真剣な目で見られると言葉を選ばざるを得ない。俺はとりあえず逃走を始めた。
「悪い!話せねえや!」
「あ!こら、待ってよ!!」
その後、俺と若芽による鬼ごっこが始まったのは言うまでもない。俺たちは、お互いの体力が切れるまで延々と走り続けたのだった。
‥‥その後ホテルに戻ったら口笛を吹かれたが、撲滅したので問題ない。‥‥ないはずだ。
翌日
今日は全国大会本番だ。否が応でも気合が入る。大会に出場するのは俺と若芽だけだ。他のメンバーは応援でわざわざ来てくれた。直前練習の始まる二時間前までは暇だ。俺と若芽は午後スタートなので、暇つぶしに周辺散策をする。
「やれやれ‥‥全国だと雰囲気が違うな」
「そうだね。でも余裕でしょ?」
「まあ、緊張は無いかな‥‥‥人を守りながらの殴り合いの方が緊張する」
「あはは‥‥‥そこは人と違うね」
若芽に苦笑される。俺も自覚はある。常日頃、殴り合いをしていると感覚が可笑しくなってくるものだ。あくまで誰かの為に拳を振るっていたとしても、だ。やはり、その辺りの感情が欠落してしまったのは小六だ。躊躇なく生身の人を殴って、半殺しにして、銃口を向けて‥‥‥。
本来の感覚や感情は、殺されてしまったのかもしれない。
「‥‥‥?どうしたの?そんなに遠くを見つめて‥‥」
「‥‥‥‥いや」
「むー‥‥‥そうやってすぐにはぐらかす‥‥」
「話したくないことは男子でもあるんだよ」
「それは、誰かに引かれるのが怖いから?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ああ」
「‥‥‥いいのに」
「‥‥はい?」
「私には、何話してもいいのに‥‥‥」
「わ、若芽?」
「私だって、彼女さんみたいに役に立ちたい」
「ええ(困惑)」
いきなりのカミングアウトに困惑する。それを分からなかったのか、若芽はさらに畳み掛ける。
「私、コウくんの彼女になりたかったな」
「‥‥‥‥‥はあ!?」
「‥‥‥私、ずっとコウくんのことが好きだったんだよ?私だけじゃなくて、他の女の子も‥‥‥‥」
「それ試合前に言うか?」
「それに‥‥‥‥」
「聞いてないんかい」
「それに、昨日は守ってくれて、とても嬉しかった。とても、キュンとしたの」
少し頬を赤らめる若芽。俺は脳内をフル回転させていた。これまで若芽とは、それなりに接点があった。よく一緒に話していたし、距離感も近かった。一緒にいて安心感がある人に変わりはないし、性格も少し聖と似ている。
‥‥‥未だに聖を引き出してしまうのは、良くない癖だ。まあ、結論としては千秋がいなかったら間違いなく惚れてたな、といったところだ。
「‥‥‥あのな、俺に彼女がいるのは分かっているんだろ?なんで諦めないんだよ」
「好きだからだよ!」
「やれやれ‥‥‥悪いけど恋人の関係は無理だ。友達以上ならギリ許容できるが‥‥‥」
「それは分かってるよ‥‥‥でも、単なる友達だけは嫌だ」
「だから友達以上なら許容できるって」
「やったーー!」
素が出たのか、子供のようにはしゃぐ若芽。あ、俺ら子供だった。
「やれやれ‥‥‥あ、時間そろそろだな。行くぞ」
「分かったよー、『コウ』」
「‥‥‥‥おう」
俺は突然呼び捨てしてきた若芽をできるだけスルーして、会場に向かう。直前練習開始まで、あと二時間半といったところだ。少し早足で急ぐ。
‥‥‥その後に待ち受ける、運命を知らずに。
「ハア‥‥‥ハア‥‥‥なんだ、これは」
俺は現在、鞍馬と吊り輪の二種目を終えたところだ。得点はまずまず。暫定三位だ。しかし今はそれどころではない。俺は先程から止まらない、胸の痛みがあるのだ。まるで刺されたような、鋭い痛み。呼吸も自然と荒くなる。水分もまともに摂ることができない。仕方がないのでゼリー型の経口補水液を飲む。少し楽になるも、胸の痛みが激しさを増す。それどころか、視界がボヤケ始めた。
(なんだ‥‥‥なんなんだ)
次の種目は跳馬だ。Tの字をした跳び箱だと思ってもらえればいい。ロイター板も通常の何倍も跳ねる。
とりあえず身体は普通に動かせるので、俺は競技を続行することにした。胸が痛むが、無視する。
二本だけアップをし、本番に備える。
視界がボヤける。動悸も早くなる。
ドッ‥‥‥ドッ‥‥‥ドッ‥‥‥ドッ‥‥‥
胸は刃物で刺されたような痛みが走る。呼吸そのものも苦しい。
(クソ‥‥ここまで来て終われない)
演技はトントン拍子に進む。あっという間に俺の出番になった。
審判から、演技開始の指示が出る。
「はい‥‥‥お願いします‥‥‥‥‥」
声が出ない。胸がさらに痛む。それを無視して、俺は助走を始めた。
そのまま、ロイター板を踏み切る。俺は、前方倒立回転跳び‥‥‥所謂ハンドスプリングの体制で跳馬に着床した。
(‥‥‥‥‥今!)
タイミングを見て肩を動かし、跳馬を突き放す。そのまま膝を折りたたみ、前方に一回、二回と回転する。さらに半分のひねりを加え、着地を取りやすくする。前方の宙返り‥‥‥所謂前宙は、そのままだと着地位置を確認できない。しかし、半分ひねりを加えることで地面がバッチリ見えるのだ。訳が分からなかった場合は、消しゴムを使って考えてみると分かりやすい。
ダダン!
足が着地マットについた。俺は膝を使って衝撃を吸収する。
「ッ!?」
物凄い痛みが胸を駆け巡った。が、なんとか堪える。折角着ピタしたので、動きたくないのだ。
「あ、ありがとうございました‥‥‥」
なんとか挨拶を済ませ、俺は自分の荷物のところまで歩く。
「グッ‥‥‥痛い‥‥」
思わず声に出る。が、勘付かれてはいけないので、なんとか無表情を作る。
次の種目である平行棒をなんとか乗り切り、残すはあと二種目となった。暫定トップだ。が、胸の痛みは加速する。視界はいよいよブラックアウトしかけている。手足の痺れはないものの、立つことが怖いのでなるべく座るようにした。次の種目は鉄棒だ。アップは最低限済ませ、あとは休憩した。試技順は最後から二番目だ。それまで瞑想する。
‥‥しばらく瞑想していると、いつの間にか自分の出番になっていた。俺は補助を受けて鉄棒のバーを片逆手で掴む。
胸が痛む。ドクドクと心臓は波打つ。それはまるで、血が流れ出したかのよう。
(‥‥‥やるしかない。行くぞ!)
俺は一つ大きな深呼吸をし、思いっきり勢いつける。一度手前側に来たあと、反対側まで戻ってくる。そのまま体の向きを反転させ、車輪‥‥‥所謂大車輪を行う。そして、勢いをつけて加速する。なぜなのかって?そりゃあ、離技を実施するからさ。
シャン‥‥‥‥シャン‥‥‥シャ‥‥バチンッ!!
タイミングを見て手を離した。高さがグングンと伸びる。さらにバーを飛び越える。俺は膝を曲げ、横にワンスピン‥‥‥まあ一回ひねりだ。一回ひねりながら縦回転を合計二回加える。そして、ボヤける視界ながらも再びバーを見つけた。
ガシャンッ!
上手く掴み取る。バーを飛び越えながら後方二回宙返り一回ひねり、その後再びバーを掴む大技、「コールマン」だ。オリンピックといった世界大会でもよく見る。
‥‥‥まあこのまま終わるわけではないが。コールマンを実施したことで加速が更につく。俺は間髪入れずにもう一度手を離した。
再びバーを飛び越える。今度はひねりを加えずに、自然な流れで二回宙返りをする。高さが頂点に達した時点で俺は膝を伸ばし、バーをロックオンした。
ガシャンッ!!
再び掴むことに成功する。‥‥バーを飛び越えて二回宙返り、そしてバーを再び掴む。これもそれなりに有名な技、「コバチ」だ。間髪を挟まない連続の離技に、会場がどよめく。が、今はそんなことを気にしている場合ではない。
(ぐ‥‥‥さらに痛くなってきた)
そう、離技でバーを掴むごとに、胸の痛みが激しくなってきたのだ。ここまで消耗しているのも手伝って、最初の方とは比べ物にならないぐらい痛い。今にも意識が飛びそう‥‥‥というか何回か吹っ飛んだ。だが、今このタイミングで辞めるわけにもいかない。俺は我慢に我慢を重ねて演技を続行した。少しの間、無意識に任せて体を自然に動かす。体は何をやるか覚えているので、無意識でも勝手に動いてくれるのである。片手で車輪をし、反転。逆の車輪に移行する。さらに小技を連続で組み立てて得点を稼いでいく。
最後の小技を決め、片逆手にする。体をムチのようにしならせ、勢いを最大限つける。ここから最後の離技に行くのだ。体がバーと水平なった時点でバーを下に投げるがの如く突き放す。膝は伸ばしたままだ。三度目の空中浮遊をする。
高さが頂点に達する。綺麗な放物線を描きながら俺は体の向きを180゜反転する。
(バーが‥‥‥見えた!)
俺は腕を伸ばす。
ガシャンッ!!
ブチッ
「?!!」
自分の体の中から嫌な音がした。何かが切れたような音だ。大切な、何かが‥‥‥。
だがしかし。今は演技中だ。あとはフィニッシュの下り技だけなので、気を引き締める。
俺は今日何回目か忘れた加速を行う。
シャン‥‥‥‥シャン‥‥‥シャン‥‥シャン‥シャ
風が轟々と耳元で唸る。
ブチッブチッブチッ‥‥‥
嫌な音も響く‥‥‥。
バチン!!
手を離した。つま先まで一本の棒になり、縦の回転が勝手にかかる。俺は縦の回転を自然に任せ、横ひねりに集中する。
一回‥‥‥‥二回‥‥‥‥
‥‥‥後方の伸び形二回宙返り二回ひねり。伸身の新月面宙返りだ。
(地面潜望‥‥距離20‥‥‥‥‥今!)
俺は着地姿勢をとる。
ドス!
足は‥‥‥動かない。体もぶれない。完璧な着地が成功したみたいだ。
ワァァァァァァァァァァァァア!!
歓声が巻き起こる。が、それを気にしている余裕はない。
「ウグッ‥‥鉄の味がする」
そう、血が舌まで逆流してきたのだ。自然と呼吸も荒くなる。明らかに不味い状況。しかし、ここで止めたくはない‥‥‥。
俺は続行を決意する。無理矢理水分を摂取する。次で最後の種目だ。しかも一番得意な種目、床運動である。暫定トップ。ここで止めたら後悔する気がした。
だからこそ、自分の身を捨てて最後までやりきることにした。それに、死んだら聖に会える‥‥‥そうとも考えたのだ。あまりに悲壮な決意。しかし、聖に会えるかもしれないと考えた俺は、そんなこと気にもかけなかった。
床運動の直前練習が始まる。俺は跳ぶ。跳び続ける。悔いを残さないためにも。
あっと言う間に直前練習が終了した。俺の順番は一番最後だ。床運動は一つの演技時間が長いため、正真正銘最後の演技者というわけだ。
一人一人、最高の演技を実施していく。俺はそれをボーッと眺めていた。視界はより一層酷くボヤける。呼吸はかなり苦しい。多分顔色も悪いはずだ。それでも、俺は‥‥‥‥。
‥‥俺以外の人の演技が全て終了した。後は俺しかいない。俺はフロアパネルの上に立つ。次の瞬間。
轟!という音を聞いた気がした。室内なのに風が吹いた感覚がある。俺は、この感覚をよくよく知っている。体温はスッと冷めていく。視界が突然、しっかりとする。胸の痛みも消えた。
‥‥‥まさかのタイミングだ。このタイミングで、暴走に近い症状が出るとは思っても見なかった。なぜ完全な暴走じゃないのか?それは、理性が保てているからだ。完全に暴走すれば当然、理性は失うし殺意衝動も湧く。しかし、それが一切ない‥‥‥‥。
ある意味で成功した暴走、なのかもしれない。これなら、行ける‥‥‥。
審判がスタートの合図を出す。俺は、おそらく最後になるであろう返事をした。
「はい‥‥‥‥お願いします!」
クリアになった視界でフロアパネルを今一度睨む。そして、助走を始めた。最初はコンビネーション技だ。ロンダートから思いっきり飛び上がる。基本的には抱え込まない。というか今回の構成そのもので抱え込みの技がない。これから説明する技は、全て膝が伸びてると思ってもらって構わない。
‥‥‥最初のコンビネーションは、後方の一回宙返り二回半ひねりから前方宙返り二回ひねりだ。細かい説明は、悪いが省略させてもらう。
ダンッ!!ブチッブチッブチッ‥‥‥
上手く着地が出来た。しかし演技はまだまだ終わりではない。再び助走をつける。今度はロンダートを使わない、前方系の技だけでコンビネーションを組む。
ダァン‥‥‥ダァン‥‥! ダダン!!ブチッブチッ
俺は前方の一回宙返り一回ひねりから続けざまに前方の一回宙返り二回半ひねりをした。着地も完璧だ。これまでにない、最高の、そして最後の演技だ‥‥‥。
演技はまだまだ続く。これまでは対角線上に演技をしていたが、次は若干自分の左側に向かう。自分から見て12cn四方のフロアパネルの真ん中‥‥‥すなわち6cmぐらいを狙って助走をつける。
ダダン‥‥‥ ブチッブチッ
先ずはロンダート。そして跳び上がる。
ダンッ‥‥‥‥‥。
俺は腕を体に引きつけ、少しだけ右に顔を傾けた。自然と体がスピンを始める。
(一回‥‥‥今だ!)
俺は一回スピンを終わった時点で着地を取りに行く。突然スピンが止まるわけではないので、そのまま流れでスピンする。
景色が再度一回転し、俺は着地場所を捉えた。
ダァン!!ブチッブチッブチッブチッブチッ
見事、着ピタする。‥‥‥血が喉まで出てきてるが気にしない。
俺は一度伏せて、鞍馬で使う旋回を始めた。二周旋回したところで脚を開脚にした。まるでプロペラのように旋回する。さらに、そこから倒立にもっていった。
脚は開脚の状態のままだ。勢いがついているので、三周倒立のまま回転する。そして勢いを殺すためにブレイクスピンの要領で減速した。流れで前後開脚をする。そこから、倒立をするために体を徐々に上へと運んでいく‥‥‥‥。
ピタッ
(一‥‥‥‥二‥‥‥‥‥よし)
ゴロン
俺は二秒(それ以上だけど)静止し、前転した。そのままフロアパネルの角に向かう。
‥‥四度目の助走を開始した。ロンダート、そして跳び上がる。
何度も練習してきた、後方宙返り三回ひねりだ。
ブチッブチッブチッ
ひねる度に何かが切れる音がする。‥‥少しずつ胸の痛みがぶり返してきた。が、なるべく気にしないようにする。まだ、一つ技が残っているからだ。最後の、超大技‥‥‥。
俺は、呼吸を整えると、助走を始めた。
‥‥‥人生、最後の、大技を決めるために。
ロンダート ブチッ‥‥‥
バク転 ブチッ‥‥‥
跳び上がった
先ずは一回転
回転が終わると同時に反対側を向く
そのまま前に回り
半分ひねった
ゆっくりと、地面が近づく
周囲の音は何も聴こえない
たった一人、この空間を支配する‥‥‥‥
そんな感覚に襲われた
ダダン!!!
ビシッ!!
最後のナニカが切れた。倒れそうになる。
無理矢理堪えて、最後の挨拶をした。
「あ、りが、と、う、ござい、まし‥‥‥た」
会場が割れんばかりの拍手が起きた。
「すげえええ!」
「最高だー!」
「かっこいい!」
俺は苦笑しながら、観客に向かって手を振ろうとした。
‥‥‥‥振ろうとしたのだ。
全身から力が抜ける。視界はグラつく。
「ガハッ!?」
フロアパネルの上に俺は何かを吐き出した。目の前にあるのは、紅い、紅いナニカ。
口の中は、鉄の味で溢れている。鉄をそのまま食べたような感覚だ。
そのまま、前のめりに倒れた。会場が騒然とする。俺の周りに人だかりができた。さらに仰向けにさせられる。周りの人が何か言っているが、聴き取れない。
俺は薄っすらとしか見えない目で、何かを捉えた。セミロングの髪型、スレンダーなボディ。そして‥‥‥‥優しい瞳。
「ひじ‥‥‥‥‥り?」
俺は、聖のように見えたナニカに、手を伸ばした。
伸ばして
伸ばして
伸ばして
あと少しで触れられそうなところで
俺の意識は
完全に途絶えたのだった
後書き
次回もお楽しみに!!
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