ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!
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第百二十四話 アスターテ星域会戦なのです。
アンジェ率いるフェザーン方面総軍の総数は23万余隻であり、その陣容は以下のとおりである。
第一艦隊 ゲル・ハル中将
第四艦隊 ローゼッタ・カイトフォレルノ中将
第六艦隊 モン・ドワイアン中将
第八艦隊 ソウキ・アマギリ中将
第九艦隊 バール・ビュンシェ中将
第十二艦隊 リアナ・インゴット中将
第十三艦隊 モーリ・ソントレーク中将
第十五艦隊 ミュリエ・オルレアン中将
第十八艦隊 ヴィルヘルミナ・アップルトン中将
第十九艦隊 リュシアン・ホーウッド中将
第二十一艦隊 ヘルゲミーネ・エレナヤック中将
第二十三艦隊 リプレース・ヴァン中将
第二十六艦隊 スティレット・エルメル中将
第二十八艦隊 アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト中将
第二十九艦隊 カール・ロベルト・シュタインメッツ中将
この大艦隊がアスターテ星域に集結したのは、帝国暦488年6月21日のことである。その前後においてフェザーン方面回廊にて前哨戦が行われたが、それはこの大艦隊とは別の部隊である。
アンジェは敵の動向にかまわず、この大艦隊を三手に分けた。敢えてアスターテ星域に布陣したのも、敢えて三手に兵力を分散したのも、シャロンの思惑を受けた彼女の指示によるものである。
ただし、である。当然彼女自身は原作の二の舞を起こすつもりは毛頭ない。三個集団はいずれも連携を取ってどの方面にも瞬時に駆けつけられるようにしてある。
「敵の思惑、戦略がどのようなものであっても、そろそろここで一番演じなくてはならないわ」
会戦における手配りが終わった後、アンジェはプロバガンダを担当しているカトレーナに通信でそう言ったものである。
『大艦隊同士の会戦は、久しくありませんでしたから、さぞ見ものになるでしょうね。アルレスハイム星系会戦以来ではないかしら?先のイゼルローン回廊における要塞決戦もさして興をそそるものではありませんでしたもの』
「簡単に言ってくれるわね。向こうは複数人、此方は一人。普通に考えれば圧倒的にこちらが不利だというのに」
『あら』
スクリーン越しにカトレーナは微笑した。
『そう言いながら、あなたは微塵も負ける気がしないのではなくて?』
「ティアナやフィオーナごときに後れを取る私ではない事をこれからすぐにでも証明することになるわ」
『では、イルーナ・フォン・ヴァンクラフトやラインハルト・フォン・ローエングラムには?』
なんという意地の悪い質問をするのだろうとアンジェは思った。目の前のカトレーナと今ここにいる自分のとの距離はディスプレイ越しにおいては1mもないが、実際の立場には数光年ほどの重みの違いがある。目の前の存在はプロバガンダだけを考えていればいいのだ。それも大部分はシャロン自身の力によって成されている物なのだから。
「どんな相手であろうとも、シャロン様以外に屈することはありえない」
そう言い放つと、アンジェは通信を切った。一瞬だったがアンジェの脳裏にはティファニーの顔が浮かんだ。このところ明らかに逡巡の色を出し始めている彼女をシャロン以下は放っておいている。あんな女のことなどアンジェは一顧だにしていなかった。裏切るとしても一撃で粉砕できる相手なのだ。しかも相手はたった一人。力があるとはいえ、シャロンの前には何もできない存在なのだから。
けれど――。なぜ――。
自分はティファニーを思い浮かべたのだろう。
一人――。
アンジェはその言葉に思い当たった。ティファニーも一人、私も一人。そして、目の前で先ほど話をしていたカトレーナも一人。シャロンはだれにも頼らないし、誰にも寄り添うことをしない。
もし、とアンジェは思う。この戦いを制したとしても、この戦いの先にあるものは一体何なのだろう。
アンジェは首を振った。取り返しのつかない境地に達する代わりに通信回路を全艦隊に向けて解放し、こう宣言した。
「全艦隊、シャロン終身最高評議会議長の為に命を捨てなさい!!!」
間髪入れず、シャロン・コールが沸き起こった。アンジェはそれを聞きながら顔をしかめる。その純粋な熱狂に普段は軽蔑と嫌悪を覚えるのだが、今この時はなぜか彼らが羨ましかった。
* * * * *
ロイエンタール艦隊とミッターマイヤー艦隊は、この世界にあっても双璧の名のもと他の艦隊とは一線を画す存在となっている。双璧と言えば、ティアナ、フィオーナにも当てはまるところであるが、彼女たちの双璧ぶりとはまた違う色合いを両者は出している。
自由惑星同盟との戦い、正確に言えば、対シャロン戦の除幕式。その本格的な序曲がアスターテ星域会戦であり、その先鋒を務めるのが、ミッターマイヤー艦隊なのであった。
ミッターマイヤー艦隊
ロイエンタール艦隊
ミュラー艦隊
アイゼナッハ艦隊
アレーナ・フォン・ランディールの私設艦隊
これらが別働軍集団としてローエングラム本隊から離れ、敵の一個集団の撃破に向かったのである。アレーナはいわゆる後詰として布陣し、基本的にはロイエンタール、ミッターマイヤーらに任せるつもりだった。
「全速前進!!」
ミッターマイヤーがベイオウルフ艦橋で吼える。彼は闘牙を全開にし、来るべき大戦の開幕を宣言したのだった。
ミッターマイヤー艦隊はミッターマイヤー四天王の各々6,000隻を前衛に、ミッターマイヤー艦隊本隊1万隻で構成されている。
これに、ロイエンタール艦隊2万隻、ミュラー艦隊1万5,000余隻、アイゼナッハ艦隊1万5,000余隻、そしてアレーナの私設艦隊2万6,000余隻が続く。
総数約11万余隻。
対する自由惑星同盟は艦隊の内訳は不明ながらも7万余隻と、帝国軍に圧倒的に優勢であった。ラインハルトは別働部隊とはいえ、戦力の投入を惜しまなかったのである。
ミッターマイヤー艦隊は四天王を前衛に餓狼のように突進し、目の前に展開している自由惑星同盟の艦隊にかみついた。
* * * * *
「始まったわね」
アンジェは艦橋でつぶやく。敢えてアスターテ星域会戦の再現を演じたのも、アンジェなりの思惑があっての事。敵が各個撃破を狙うことはある程度想定済みであった。だが、その速度が尋常ではない。まるで遠距離から一足飛びに距離を縮め、敵に打ちかかる様相だった。
「流石ミッターマイヤー艦隊。けれど、ミッターマイヤー提督、原作と異なるのはこちらにもローエングラム陣営の提督がいるという事。さぁ・・・見せてもらおうかしら。原作では成立しえない戦いを」
アンジェは指示を下す。ミッターマイヤー艦隊の前に立ちふさがるべき駒として用意していた艦隊に。
「第二十九艦隊、第二十八艦隊、第九艦隊、第十五艦隊、第十九艦隊はプランHFに従い行動せよ。」
第二十八艦隊、そして第二十九艦隊、すなわちそれはファーレンハイト艦隊、そしてシュタインメッツ艦隊であった。
* * * * *
ファーレンハイト艦隊は自由惑星同盟の最先鋒の位置にいる。ファーレンハイトは艦橋で組んでいた腕を解いた。カロリーネ皇女殿下から離れて久しいが、その心は未だ彼女と共にある。そして知っていた。周りがすべてシャロン一色に染まっており、自分だけが孤立無援であることを。その熱狂ぶりは剛直な彼をして時に戦慄せしめるほどだった。あのシャロンの強力な洗脳オーラをもってしてもファーレンハイトは洗脳されていない。それは大いなる意志の下なのか、それともシャロンの掌の上での話なのか。
フェザーンを一瞬で破壊したことを自身の眼で目撃したファーレンハイトは知る。自由惑星同盟からカロリーネ皇女殿下を救い出さねばならない事を。
それは、ゼロにも等しい確率だということをファーレンハイトは知っている。
けれど、ファーレンハイトは屈しない。シュタインメッツともどもカロリーネ皇女殿下、そしてアルフレートの為に戦う事を決めていたのだから。
「全艦隊、凸陣形を取って、迎え撃て!!」
ファーレンハイト艦隊もまた攻撃陣形に再編する。ミッターマイヤー艦隊が速なら、ファーレンハイト艦隊は静、そして重である。積極攻勢を得意とする両名であるが、その戦いぶりは異なっている。
両艦隊ともに吸い寄せられるように、接近する。それはそれぞれ守るべきものを背後に背負い、絶対に目をそらすことのない意地と意地のぶつかり合い。どちらともなく有効射程距離に入った瞬間に両将が同時に叫んだ。
「ファイエル!!」
「撃て!!」
漆黒の宇宙に大輪の光の花が咲き乱れる。この瞬間数千の命が瞬時に吹き飛んだ。けれど、それはほんの一幕にすぎない。
ミッターマイヤー艦隊はファーレンハイト艦隊の的確な迎撃で足を止められた。速度を武器に突撃した艦隊が浮足立ったのである。
「うろたえるな!敵に備えがあることは想定済みの事ではないか!各艦隊連携を取って体勢を立て直せ!ドロイゼン、ジンツァー、卿等は速やかに敵の右翼を押し込め!」
迎撃する際にファーレンハイト艦隊に生じた綻びをミッターマイヤーは見逃さなかった。快速をもってほこる麾下の四天王の2個艦隊を差し向け、傷を広げようとする。ファーレンハイト艦隊の右翼に光の嵐が渦巻いた。
「敵、我が艦隊の右翼を強襲!!」
「慌てるな!!右翼はそのまま守りに徹すればよい!!左翼及び本隊は敵の再編が整わぬうちに全速前進!!強襲をかける!!」
ファーレンハイトは右手を前方に振った。
「続け!!」
皮肉にもファーレンハイトの座乗艦は原作と全く同じアースグリム級であった。ただし色は緑である。これはシャロンが自由惑星同盟において開発していた新型艦をファーレンハイトの為に贈与したためである。同様にシュタインメッツもフォンケルを与えられている。
ファーレンハイトのアースグリム級以下がミッターマイヤー艦隊に突進する。
「右翼前進!!半回転して、敵の勢いを削げ!!本隊は、主砲斉射、3連!!」
ミッターマイヤーは艦橋で指揮を執り続ける。彼にしても敵艦隊の尋常ならざる勢いに内心舌をまいているのだが、そのような動揺を現す彼ではない。
ミッターマイヤー艦隊右翼はディッケル、バイエルライン艦隊である。彼ら若武者がファーレンハイト艦隊の左翼に襲い掛かった。だが、ファーレンハイト艦隊の勢いは止まらない。
「主砲斉射、3連!!」
ミッターマイヤーの闘牙が主砲に込められ、ファーレンハイト艦隊を猛襲する。大輪の花が咲き乱れるが、それでもファーレンハイト艦隊の勢いは止まらない。静から動に転換したファーレンハイト艦隊の攻勢は尋常ではない。
「旗艦を後退します!」
ベイオウルフの艦長がたまりかねて進言する。ミッターマイヤーはそれをはねつけようとしたが、冷静になった。旗艦が轟沈しては取り返しがつかない。それは我が身を顧みたのではなく、戦線全体に波及することを恐れたのである。ミッターマイヤーは一ミリたりとも自分の身のみを優先する男ではない。
ベイオウルフは後退したが、それに追随するかのようにファーレンハイト艦隊が押しまくってきた。
護衛艦隊とベイオウルフは体形を崩さずに後退を続けた。それも緩急自在な動きをもって崩壊を食い止めて、である。
「敵もやる・・・!!」
ファーレンハイトは艦橋でうなずいていた。あれだけの猛撃を受けながらなお戦列を維持している手腕は感嘆さを覚える。だが、それはミッターマイヤーとても同様。ファーレンハイト艦隊はミッターマイヤー艦隊の左右両翼から攻撃を受け続けているのにもかかわらず、自分を追い詰めているのだから。
「下から艦隊が、来ます!!12時方向、上下角マイナス57度!!」
「何!?」
ファーレンハイトは下をにらんだ。とはいっても直接スクリーンがあるわけでなく、彼の視線はすぐに前方のメインディスプレイに注がれる。
正面の敵艦隊の旗艦と同じ流麗な姿の旗艦を中心とした大艦隊が砲撃を加えてきていた。
「少し、手を貸してやろう」
ロイエンタールは艦橋でそうつぶやいた。親友に向かってそれを言うことなく、彼は行動でそれを実践したのである。ロイエンタール艦隊の攻勢はファーレンハイト艦隊の先鋒を打ち砕き、彼の突進の勢いを減衰せしめた。
「敵もやる・・?!」
ファーレンハイトの動揺は、押されていたミッターマイヤーの活力復活に他ならない。
「今だ!!いったん後退せよ!!」
ミッターマイヤーが叫んだ。ミッターマイヤー艦隊は相対左側面及び前面から強烈な攻撃を受けながらも、ロイエンタールが作り出してくれた間隙を殺すことなく速やかにそこから離脱したのである。
「流石名将は引き際を心得ておられる」
「フッ・・・・今日のところは言わせておいてやる」
戦闘のさ中、一瞬生じた余裕が双璧をして冗談を言わしめたわけだが、ロイエンタールなりの気遣いであることはミッターマイヤーはよく知っていた。
親友の艦隊が後退したのを見届けると、ロイエンタールは正面を見据えた。
「ミッターマイヤーに強かな逆激を食らわせた自由惑星同盟の奴輩に、一泡吹かせてやろう!」
ロイエンタールは、前衛にバルトハウザー艦隊を展開させ、彼の猛攻をもって敵の勢いをくじくとともに、一隊をゾンネンフェルスに率いさせて敵の右翼を分断させ、そこに集中砲撃を叩き込んだ。ロイエンタールらしからぬ苛烈な攻めは、如何にしてミッターマイヤーの苦戦を彼が肯んじなかったのかを示している。
「敵の増援が来たか・・・・」
ファーレンハイト艦隊単独だけでは、合わせて5万を超える艦隊に対処できなかっただろう。だが、ファーレンハイト艦隊にも増援が到着した。シュタインメッツ艦隊である。彼は、的確な防御陣形を敷き、ロイエンタール艦隊の攻勢を止めようとした。ファーレンハイトはいったん体勢を立て直し、速やかに戦列を構築。ファーレンハイトは僚友のシュタインメッツと連携し、ロイエンタールの反撃を抑え込もうとした。
ミッターマイヤー艦隊に代わり、今度はミュラー艦隊とアイゼナッハ艦隊が出現した。ロイエンタール艦隊と連携を取りつつファーレンハイト、シュタインメッツ艦隊と相対する。
これを見た自由惑星同盟も残り三艦隊が出現し、一気に総力戦の様相を呈してきた。
「望み通りの展開になったわね、それともこれも罠の一つ?まぁ、罠だとしても一つ一つぶち破ればいい話だし」
アレーナは旗艦艦橋で戦況を見守っていたが、すぐに決断した。
「全艦隊全速前進!!プランOSUを発動よ」
2万6,000余隻の無傷の私設艦隊は静かに動き出す。敵に決定的な一撃を与え、更なる戦いに備えるために。
* * * * *
ラインハルト本隊も動き出している。ただし、先鋒はビッテンフェルト艦隊とバーバラ艦隊から、ケンプ艦隊とキルヒアイス艦隊に変更された。第二陣をメックリンガー艦隊が務める。さらに、ルグニカ・ウェーゼル艦隊が中央を担当し、一点突破を担うこととなった。
この方面の自由惑星同盟艦隊は7万余隻が集結し、出方をうかがっていた。
「砲撃開始!!」
ケンプが叫んだ。帝国軍、自由惑星同盟双方は互いに十分に踏み込み、戦闘を開始したのである。互いに激烈な勢いでエネルギーを叩き付けた。
ケンプ艦隊は1万6,500余隻、だが、原作におけるワルキューレ部隊の活躍を知るイルーナは新鋭ワルキューレ部隊及びその母艦の改良を指示。ケンプ艦隊は他の艦隊の数倍の空戦勢力を有することとなった。
ワルキューレにはレアメタルを組み込み、敵の攻撃に対するシールド効率を強化するとともに、武装も対スパルタニアン及び対戦艦級を備え、腕の良いパイロットで有れば一撃で戦艦を轟沈させることも可能になった。
そのケンプ艦隊虎の子ともいえるワルキューレ部隊を指揮するのは、ケンプの愛弟子のクロード・ヴァレンタイン少将である。彼は帝国軍ワルキューレ部隊副司令官でもあった。
一方、キルヒアイス艦隊は4万余隻、原作でのビューロー、ベルゲングリューン両提督の代わりに、レイナ・アリマ中将とグリルパルツァー中将、クナップシュタイン中将が指揮を執る。グリルパルツァー、クナップシュタイン両名は先の自由惑星同盟侵攻作戦の序盤でミッターマイヤー四天王と功名争いをし、ひどく叱責されたことがある。
だが、叱責だけでは両者に燻るものがあるだろうと、今回キルヒアイス艦隊の先鋒として配置したのである。原作ではビュコック元帥にマル・アデッタ星域で翻弄された二人であるが、伸びしろは充分にあるとローエングラム陣営は判断しており、後は実戦経験を積ませるだけであると思っていた。
「全艦前進。速やかに、敵の先鋒を叩き、敵の第二陣に備える」
キルヒアイスの号令の下、グリルパルツァー、クナップシュタインは各々7,500隻を率い、敵の先鋒に左右から挟撃するようにしてエネルギーを叩き付けた。キルヒアイスは中央をレイナ・アリマに担当させる代わりに、グリルパルツァー、クナップシュタイン両者に対し、前進継続、敵の撃破、指定地点への到達を指示した。先に達成した者には勲功ある旨をにおわせて。
グリルパルツァー、クナップシュタインの先鋒2部隊は敵艦隊を叩き、かつ前進するという困難な指示を受けたのだったが、1時間の激烈な砲撃戦の後、わずか半数の兵力で敵の2個艦隊を退けることに成功したのであった。
ケンプ艦隊もまた、空戦隊を中核として眼前の1個艦隊を圧倒しつつあった。
対する自由惑星同盟7万余隻については、第一艦隊、第八艦隊、第十二艦隊、第十三艦隊、第十八艦隊が向かった。いずれも熱狂的なシャロン信奉者で構成されている。
「シャロンシャロンシャロンシャロンシャロン!!!」
彼らは狂ったように叫びながら吶喊する。死の瞬間洗脳が解け、恐怖に脳裏が埋め尽くされるまで。
第一艦隊はケンプ艦隊と、第八、第十二艦隊はキルヒアイス艦隊と対峙していたが、自由惑星同盟ナンバーフリートである彼ら、そして狂奔さをもってしても帝国軍との差は埋まらなかった。
* * * * *
「フ・・・・・予定通りだわ」
アンジェは戦況を見守りつつひそかに頷く。2方面における戦況はいずれも帝国軍に有利であり、特にラインハルト本隊と相対している自由惑星同盟側は不利だった。現にその宙域では帝国軍は勝利しつつある。いずれ勝利したラインハルト本隊は別働部隊と挟撃するか、あるいは勝利の勢いをかってこちらに攻め寄せてくるか、どちらかだろう。そして最後まで勝利を握りしめているだろう。これが「常識的な」戦闘ならば、だが。
「プラン、第二段階に移行」
アンジェはそっけなく通信で指示した。
* * * * *
ラインハルト本隊は敵艦隊を突き崩しつつある。
このまま直進してもう一つの敵集団にあたるか、あるいは反転して別働部隊と相対する集団を潰すか。どちらにしても次の作戦を、と、各参謀たちが考えつつあった時だ。
「後方及び側面より、敵艦隊反応!!」
オペレーターの叫びに、ローエングラム陣営の面々は顔色を変えた。顔色一つ変えなかったのは、ラインハルトのみである。
後方、そして側面より、続々とワープアウトしてきた大艦隊。その数を聞いたローエングラム陣営の顔色が変わる。
「そ、総数不明です!!まだ・・・まだ増援が・・・・!!現在までの敵艦隊総数、約20万!!!」
「20万!?」
自由惑星同盟のグリーンカラーの艦船が相次いでワープアウトしてくる。そして勢いを殺さないまま、此方に向かって突進してきた。だが、体形もバラバラであり、明らかに練度が低い。正規艦隊ではなく、にわか作りの艦隊なのか、とイルーナは思った。
「迎撃せよ」
ラインハルトが躊躇なく指示する。目の前の敵集団と増援部隊を合わせて総数は25万余隻。対するラインハルト本隊は20万余隻。数の上では5万隻余りも開いているが、練度の点ではラインハルト本隊が圧倒的に有利だった。
「シャロンシャロンシャロンシャロンシャロン!!」
通信回路をひとたび開けば、例の合唱の始まりである。帝国軍将兵はうんざりしながら、各艦隊態勢を整え、迎撃に移った。キルヒアイス艦隊、ケンプ艦隊、そしてメックリンガー艦隊は自由惑星同盟ナンバーフリート集団を相手取り、バーバラ、ビッテンフェルト艦隊を中心にラインハルト直属艦隊が新手を迎え撃つ。イルーナ艦隊は遊撃部隊として戦場をにらみ、何かあれば即座に対応できる体制を整えていた。
だが――。
「奴ら、体当たりを仕掛けてきたぞ!!」
帝国軍艦船に自由惑星同盟の新手の戦闘艦たちが体当たりを仕掛けてきたのである。激烈な迎撃をものともせず、まるで一つ意志のようにブリュンヒルトめがけて突進してくるのである。
前に立ちふさがったビッテンフェルト艦隊、バーバラ艦隊は少なからず被害を受けた。
「これが、奥の手!?・・・人海戦術ならぬ人柱戦術じゃない!!」
バーバラが愕然となった。人を人間爆弾か特攻兵器のようにして狂奔の叫びと共にぶつけてくる自由惑星同盟のシャロンサイドは気が狂っている。
「アースグリム改級、波動砲斉射、用意!!」
ためらっている暇はなかった。動かなければ一方的にやられるまでなのである。
「奴らを人間と思うな!ただの無人艦、動く標的だと思え!!通信を傍受せず、ただ迎撃することのみに専念せよ!!」
ビッテンフェルトも艦橋で吼えた。両将の叱咤激励により、各艦隊将兵はとりつくようにして主砲群に群がり、全力を挙げて、ミツバチのように群がってくる緑の化け物にエネルギーを叩き付けた。充填完了したアースグリム改級からの波動砲斉射が、その勢いに拍車をかける。無音の宇宙であっても、敵艦隊が四散するごとに、声なき声の阿鼻叫喚が聞こえるようだった。帝国軍将兵は狂ったように、いや、敵以上の狂奔さをもって敵艦隊を撃ち続け、ラインハルト本隊に近づけさせなかった。
戦闘は3時間ほど続いたが、ここで珍事が起こった。不意に自由惑星同盟側は戦闘を放棄して、一斉に撤退したのである。
それは、ラインハルト本隊だけでなく、別働部隊においても同様だった。さらに、2個集団の後方に位置していたもう一つの集団も退却したという。
あまりにもあっけない幕切れだった。苦戦を覚悟していたローエングラム陣営の面々は意外な展開にしばし近くの僚友と顔を見合わせあったのである。
数時から見れば、圧倒的な勝利だった。帝国軍の損害は4,851隻、対するに同盟軍の艦船を9万隻以上破壊している。それは同盟軍の無謀ともいえる戦術に帰するところなのだが――。
「閣下、通信が入っています」
ラインハルトはイルーナを見た。このタイミングでの通信はシャロンなのか。ためらっているイルーナをよそに、ラインハルトは通信回路を開くように指示した。
シャロンの代わりに映し出されたのは――。
『ラインハルト・フォン・ローエングラム』
肩までの緋色の髪を品よくヴェーブさせた鋭い緋色の目のシャープな顔立ちの女性、シャロンの腹心のアンジェ・ランシールだった。
「卿は何者か?」
『自由惑星同盟フェザーン方面総軍総司令アンジェ・ランシール元帥。簡潔に要点を述べましょう。フォン・ローエングラム、そしてイルーナ・フォン・ヴァンクラフト。これは序の口にすぎないことをはっきりと申し上げます。自由惑星同盟に侵攻すればするほど、あなたがたは代償を払うことになる』
「アンジェ、自由惑星同盟に侵攻するように言い出したのは他ならないシャロン自身よ」
ローエングラム陣営の参謀総長が口を出した。アンジェはちらと一瞥を与えると、
『ですが、それをどうするかはあなたがたの選択にあったはず。辺境惑星等見捨てて帝都に引きこもっていればよかったものを、わざわざ殺されに出てくるとは、恐れ入ったわ』
「・・・・・・。」
『さて、フォン・ヴァンクラフト、フォン・ローエングラム。ここまでは序幕にすぎないわよ。そしてここからが本番、それをほどなく思い知ることになるわ。せいぜい束の間の勝利をそこでかみしめていることね』
通信は切れた。9万隻以上も艦艇を失い、約1,000万の人命を失ったというのに、アンジェの顔には同様一つ現れていなかった。最後まで。
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