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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第百二十三話 人事刷新です。

 



 イルーナは不思議に思ったことがある。

 何故、原作においてティアマト星域会戦は第四次まで行われ、アスターテ星域会戦は一度しか行われなかったのか、と。
 その答えは、帝国主力侵攻軍と自由惑星同盟フェザーン方面総軍とが、正面衝突予測地域を計算していた時にふとひらめいた。

「あぁ、そうなのだわ」

 イルーナの独り言に、ラインハルト、キルヒアイス、アレーナ、そしてレイン・フェリル、そして列席していた諸提督たちが顔を上げた。

「アスターテ星域は、事前に帝国からの侵攻を察知された同盟軍にとって包囲殲滅するのに適した星域だという事。ティアマト星域は両軍の大会戦に適した星域だという事、だったのね」
「イルーナ、どういう事?何の話?」
「自由惑星同盟が、何故ティアマトで私たちを迎え撃たなかったのか、という命題についての私なりの答えが浮かんだというだけの事」

 ローエングラム陣営の参謀総長は、一座を見まわしながら、補足した。

「つまりは、タイミングの違いという事よ。自由惑星同盟が通常ルートで帝国の侵攻を察知し、動員を下し、艦隊を整えて戦場に急行するにはどうしても時間がかかるわ。その結果、帝国の侵攻と迎撃とがリンクする場所はタイミング的にどうしても特定の宙域にならざるを得ない。そして大軍を運用可能な宙域に絞れば、さらに宙域は限定されるわ」
「それがティアマトだったというわけですね」

 キルヒアイスが言う。

「そう。そして、その例外がすなわちアスターテ星域会戦・・・・。フェザーンによって自由惑星同盟は事前に帝国の侵攻の情報、そしてその目的を知った。通常ルートよりもはるかに前に。だからこそ――」

 アスターテ星域会戦遠征を起こした帝国、正確に言えば、ブラウンシュヴァイクとフレーゲルら貴族の目的は、ラインハルト・フォン・ローエングラムの手足をもぎ取った状態で、あわよくば戦において彼を葬り去ることであった。その意図と侵攻時期をフェザーンを経由して意図的に自由惑星同盟に流したのである。

「だからこそ、迎撃側は当然自分たちに有利な戦場を設定しようとする、か」

 アレーナが言う。

「一つ気にかかることがある。自由惑星同盟・・・・既にシャロンとやらの洗脳を受けた集団であれば、当人の、そして姉上たちの言葉を借りれば『なりふり構わず』人的、物的資源消耗を顧みず我々を攻撃すると。今の推測と相矛盾すると思われますが?」
「シャロンの最終的な意図は明白だけれど、一見それまでのプロセスはその意図と矛盾するところがあることは私たちも認めるわ。けれど、その事象が現実に目の前で起こっている以上それに対処することが先決じゃない?」

 アレーナの言葉の裏には、自由惑星同盟軍がアスターテ星域に集結し、なおかつ原作の時のように3方面に展開していることをさしていた。
 といっても、偵察からの報告では、原作のごとく3個艦隊ではなく、15個艦隊が展開しているという情報がもたらされていた。敵は3方面に各7万隻以上の艦艇が布陣しており、相互に連携を取ってこちらを待ち構えている様子であるという。
 イゼルローン方面総軍からの一報を受けたラインハルトは、迷うことなく全軍をアスターテ星域に差し向けることを決意した。フェザーン方面の守備軍については、後方に至急増援を要請し、シャティヨン公の辺境警備艦隊あわせ約4万余隻を展開させた。

「これは、敵からの我々に対する挑戦状だといっていいだろう。速やかにアスターテ星域に赴き、全軍をもって敵と相対し、これを撃破する」

 他方、帝国主力侵攻軍の兵力は増援を収容して約35万余隻、これに補給基地としてガイエスブルグ級の移動要塞が数基付属されている。フェザーンのあった宙域には改イゼルローン要塞であるシャーテンブルク要塞を設置して後方の兵站と兵力補充の拠点としていた。
 親ラインハルト派貴族であるシャティヨン公らの辺境貴族がさらにその後方の宙域において各兵站確保と輸送を請け負い、ローエングラム遠征を支えている。
 このようにして後方の兵站と補給、輸送を確保して出てきたものの、主力侵攻軍の戦闘そのものは、わずかにビッテンフェルト艦隊とバーバラ艦隊とが自由惑星同盟軍前衛と戦闘を交え、不快極まりないシャロン賛美の声をたっぷり聴かされる羽目になっただけである。本格的な戦闘は未だ行われていない。その第一幕がアスターテ星域で上がるであろうことに、イルーナは内心戦慄を覚えた。

(アスターテ・・・・原作においてラインハルトが雄飛する始まりの序曲・・・・。奇しくも対シャロン討伐戦において同じ戦場になるなんて・・・・・)

「イルーナ姉上?」
「いえ・・・・何でもないわ、さぁ、作戦方針を決定し、その後全軍の部署を定めなければ。ラインハルト、私たちはどう動くべきかしら?」

 フェザーン方面からの銀河帝国主力侵攻軍は総数35万余隻。主な指揮官は以下の通りである。

 ラインハルト・フォン・ローエングラム主席元帥
 イルーナ・フォン・ヴァンクラフト元帥【主力侵攻軍参謀総長】
 ヴォルグガング・ミッターマイヤー元帥【主力侵攻軍宇宙艦隊右翼司令長官】
 オスカー・フォン・ロイエンタール元帥【主力侵攻軍宇宙艦隊左翼司令長官】
 ジークフリード・キルヒアイス上級大将【主力侵攻軍参謀本部副長兼艦隊運用部長】
 フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト上級大将
 ナイトハルト・ミュラー上級大将
 バーバラ・フォン・パディントン上級大将
 エルンスト・フォン・アイゼナッハ上級大将
 エルネスト・メックリンガー上級大将
 カール・グスタフ・ケンプ上級大将
 ルグニカ・ウェーゼル大将【ローエングラム前衛艦隊司令官】
 レイン・フェリル大将【参謀総長補佐】
 パウル・フォン・オーベルシュタイン中将【ヴァンクラフト主席補佐官】
 
 そして、カール・エドワルド・バイエルライン中将以下新進気鋭の若手提督が付属しさらにここにアレーナ・フォン・ランディールの私設艦隊が付属することとなる。

「軍を二手に分ける」

 ラインハルトの回答はすばやく、かつ明白だった。

「一方をロイエンタール、ミッターマイヤーに率いさせ、もう一方を私自身が率いる。まずは各々が三方面に展開する敵集団のうち、最も近い集団を撃破し、しかる後に残存集団を挟撃しこれを撃破する」
「つまりは、各個撃破、ね」
「敵にわざわざ有利な点を与える必要などありません。既に彼奴等は地の利を占めている。なればこそ我が軍はその虚を突き、敵を有利能わざらしめる戦い方をしなければならない」

 イルーナはうなずいた。ただし、この意見をもって決定するわけではない。あくまでもこれあプレ会議であって、方針の正式な決定は諸提督を交えて行うことになっている。イルーナ自身、ビッテンフェルトらに叱責されてから、ラインハルトの下に赴き、率直に自分の非を認めたのだった。

 うなずきかけたイルーナに、一人後ろから女性士官が歩み寄り、一片の紙片を渡した。それは、イルーナの艦ヴァルキュリアの副長だった。その紙片を見たローエングラム陣営参謀総長の顔には何の変化も現れなかった。
 ただ、隣のラインハルトは彼女の左手が戦慄を伴って一瞬打ち震えたのを見逃さなかった。

* * * * *
 目の前のディスプレイ越しにうなだれている教え子を見た瞬間、イルーナの胸は張り裂けそうだった。それを決して表には現さなかったが、今すぐにでも向こうに行き、教え子を抱きしめてあげたい気持ちでいっぱいだった。
 けれど自分はローエングラム陣営の参謀総長だ。やるべきことを私情に優先しなくてはならない。

『教官・・・・・』
「・・・・・・・」
『ごめんなさい・・・・!!』

 教え子がこれほど悲痛な声を、しかも「申し訳ありません」ではなく「ごめんなさい」と言った瞬間、イルーナは自分の過ちを悟った。どれほどこの子に負担を強いてきたか、どれほどこの子が重荷に感じていたことか、それを今理解したのである。

「謝っているだけでは何もわからないわ。正確に順を追って何が起こったのかを説明しなさい」

 冷徹な声に感情の一片たりとも載せないように懸命に努力し、言い放った言葉に教え子は真っ赤になった眼を上げた。

『はい・・・・はい・・・・・!!』

 時折声を詰まらせながらも、鼻をすすりながらも、最後までフィオーナは話し続けた。エル・ファシル星域会戦においてヤン艦隊に致命傷を与えたものの、自軍は少なくない被害を受け、3万余隻を失ったこと、100万人以上の将兵を犠牲にしたこと、そこから始まり、戦闘の詳しい勝報を最後まで途切れることなく語った。

「・・・・・・・・」

 イルーナ・フォン・ヴァンクラフトは3分間の間黙って瞑目していた。その間教え子はどんな思いで自分の次の言葉を待っているか、どんなに早く言葉を掛けてあげたいか、その思いを押し殺し、かけるべき言葉を彼女の頭脳は旋回しながら探し続けていた。

「フィオーナ」

 眼を見開いたイルーナはうなだれている教え子に声をかけた。

「あなたを宇宙艦隊司令長官から解任するよう、ローエングラム公に進言します」
『・・・・・・・・』
「3万余隻の損害と100万以上の将兵の損失は、ゴールデンバウム王朝ならば敗戦の責をとられ、即刻処刑されてもやむを得ないほどの咎よ」
『・・・・・・・・』
「けれど、ローエングラム公は違う。あの方は機会を与え、なお一層発奮させ、罪を雪ぐことこそを意義あるものとお考えになっておられるわ」
『・・・・・・・・』
「そして、私一人ではあなたをどうこうすることはできない。この意味は他ならぬあなた自身がよくわかっていることでしょう?私はあなたを諸提督、そしてローエングラム公に委ねるつもりよ」
『はい・・・・・・』
「・・・・・・・・」

 イルーナは一つ息を吸って、穏やかな声を発した。

「もう、あなたを一人にはしないわ」

 ローエングラム陣営参謀総長ではなく、この子の教官として、見守ってきた人間としてだ。

「こんな言葉で片が付くかどうかわからない。けれど・・・・・私は今言いたい」

 イルーナは顔を上げた教え子の眼を見て、頭を下げた。

「つらい思いをさせて本当に、ごめんなさい」

* * * * *

 教官が目の前で頭を下げている。
 そのことに気が付いたのは自分が顔を上げてからだった。

『つらい思いをさせて本当にごめんなさい』

 そんな言葉(謝罪)、聞きたくなかった。
 自分(フィオーナ)が知っていたのは、いつも緩急自在な指揮を執り、春の温かさと秋霜烈日さを併せ持ち、自分たちを見守ってきた教官である。その判断は、たとえ自分が疑問を持つことがあろうとも、最終的には正しいとおもっていた。だからこそ自分は折れそうになる心を抑えてここまで戦ってきた。だから――。
 目の前で頭を下げている教官など、認められない。認めたくはない。認めてしまえば、自分の歩んできた道が崩れ去ることとと同じなのだから。

 仮にそうだとしても――。
 気づいていたのならば、手遅れにならないうちに――。

「どうして、私を連れ戻してくれなかったのですか――」

 言わないでおこうと思っていた言葉が、気がついたら出てしまっていた。

『・・・・・・・』
「私の手を引いて、連れ戻してくれたなら・・・・まだ私は引き返すことができました。教官の下で、あるいはラインハルト、キルヒアイス、ロイエンタール、ミッターマイヤー提督の下で私は戦うことができたんです」
『・・・・・・・』
「私のそばにはティアナがいてくれました。けれど、それでも、ダメだったんです。ティアナはずっと私のそばで私と共に歩んできました。けれど、私が止まればティアナもまた止まってしまう・・・・。大切なのは私自身の心構えなのですから」
『・・・・・・・』
「私一人に過重な思いをさせたこと・・・・私、それ自体を気にしているのではありません。ショックだったのは、教官、あなたが私の目の前で頭を下げたことです。教官は謝罪すればよいかもしれません。けれど、謝られた私の気持ち、お考えになったことはありますか?謝られた瞬間、私がこれまで歩んできた道は、姿を消したんです・・・・。謝罪は、私を宇宙艦隊司令長官に任命し、送り出したことだけでなく、これまでの私の職責を否定することなんです。リッテンハイム侯爵との決戦の左翼艦隊遠征軍司令官、そしてブラウンシュヴァイク公爵討伐遠征軍司令官・・・・」
『・・・・・・・』
「ここまでは私の素直な気持ちです。そしてここからは宇宙艦隊司令長官として、ローエングラム陣営に立つ私としての気持ちです。私は、多くの人を死なせてしまいました。たとえ私がどんな思いであったとしても、任務を全うすべきでした。きちんと教官やラインハルト・フォン・ローエングラム公とお話しすべきだったと思います。重圧に屈してしまったのは、ほかならない私自身の責任です」

 フィオーナはと息を吐いた。

「なのに・・・・そう整理してここに立って、どんな罰でも受ける覚悟で気持ちを整理して・・・・なのに、教官、あなたに謝られてしまったならば、私は・・・・どうすればいいのですか?」
『・・・・・・・』
「教官、私の宇宙艦隊司令長官の職を解いてください。一人後方に引き下がるつもりはありません。私は精一杯できることをします。一艦隊司令官として、私はローエングラム陣営を支えます」

 フィオーナは口を閉じた。

* * * * *

 目の前の教え子が話し続けている間、イルーナはじっと目をそらすことなく彼女を見つめ続けていた。

「それが、あなたの、そして宇宙艦隊司令長官であり、ローエングラム陣営に所属するあなたの本心なのね?」
『はい』
「あなたは二つ誤解をしているわ」
『えっ?』
「私は、私の教え子であるあなたに頭を下げたのであって、宇宙艦隊司令長官であり、ローエングラム陣営に所属するあなたに頭を下げたのではないわ。・・・・いえ、結局それも一緒なのかもしれないわね・・・・。あなたの本質や気質を私はもっとも理解していたはずなのに、あなたを必要以上に追い込んでしまったのは確かなのだから。ともあれ、私はあなたを宇宙艦隊司令長官に任命したことを、ローエングラム陣営に所属する帝国軍人という観点から見た場合、いささかも悔やんではいない。何故ならあなたはそれにふさわしい力量と功績を有しているから」
『・・・・・・・』
「そして、もう一つは、謝罪の意味よ。私はあなたに謝ったわ。けれど、私はそれで済まそうなどと思っていない。私はどんな形であれ、あなたに対して贖罪をすることを誓ったのよ」
『そんな贖罪なんて・・・!!』
「フィオーナ、ここ最近の私はずっと独りよがりだったのかもしれないと思うようになったのよ。出立前アンネローゼに言われ、アレーナに言われ、ラインハルトに言われ、ロイエンタールやミッターマイヤー、ビッテンフェルトたち諸提督に言われ、そしてあなたにも・・・・」
『・・・・・・・』
「どうせならすべての膿を出し切りたいの。今ならまだ間に合うわ。自由惑星同盟との、シャロンとの戦いで取り返しのつかないことになる前に、私はもう一度自分を見つめなおす機会が欲しい」
『教官・・・・・まさか・・・・・!!』
「私はラインハルトと話をしてくるわ。あなたの処遇についても相談するつもりよ」

 イルーナは通信を切った。同時に教え子の前で見せなかった感情の波をこらえようとこぶしを握り締めた。


* * * * *
 1時間後――。

 イルーナから報告を受けたラインハルトはアイスブルーの瞳を細めた。一度の敗戦でそのような事態になるのか、と訝しがったようだった。

「確かにフロイレイン・フィオーナは甚大な被害を被ったが、負けというにはいささか遠いと思いますが?姉上」
「この話には続きがあるのよ、ラインハルト」

 イルーナは吐息交じりにそう言うと、最後まで話を語った。何故、フィオーナが限界に達してしまったのかを――。

「私はおろかだったわ。一人の人間に職責を全て委ねることがどれだけの事態を引き起こすのかを、考えていなかった」
「・・・・・・・」
「だからこそ、今ならまだ間に合うわ。フィオーナを宇宙艦隊司令長官から解任し、後任を定めたいの。そしてその人間には別働部隊の総司令官を引き受けてもらうこととなるわ。」

 ラインハルトは考え込んでいたが、ふと、視線をキルヒアイスに向けた。

「お前はどう思うか?」
「フロイレイン・フィオーナが限界を迎えてしまったのならば、直ちに交代させるべきでしょう。今のままでは自由惑星同盟の攻勢に耐え得るとは思えません」
「わかった。しかし宇宙艦隊司令長官の後任はひとまず保留だ。当面のイゼルローン方面軍総司令官の地位の後任を考えればよい。では、誰を後任に任命すればよいと思うか?」
「ラインハルト様も、お人が悪い。既にお心に決められた人間がいらっしゃるのでしょう」

 ラインハルトは「フッ」とキルヒアイスに笑いかけた後、イルーナを見た。

「ルッツが良い」
「ルッツ?」

 あまりにも意外な名前がラインハルトの口から出てきたので、イルーナは驚いた。

「ルッツには独創性はない。しかしながら、これまで堅実かつ重厚な指揮ぶりで我が陣営を支えてきた。それはワーレンにも言えることだが、ルッツにはもう一つよき点がある」
「それは?」
「ルッツには独創性があることだ」
「???」

 ラインハルトは先の言葉で独創性を否定しておきながら、それをもう一つの美点と言ったのである。これにはイルーナだけでなく、キルヒアイスも首を傾げた。

「あぁ、なるほどね!!」

 アレーナが不意に言葉を発したので、一同は彼女を見た。

「何の事はないわ。一言で言えば機会を与えること。そうでしょう?」
「流石はアレーナ姉上だ。まさにその通り。ルッツには機会を与えるのですよ、イルーナ姉上」

 ラインハルトの微笑は、子供の頃の、姉たちにはわからない悪戯を思いついた時の顔そのものだった。

「それでね、ラインハルト」

 イルーナ・フォン・ヴァンクラフトが躊躇いがちに口を開いた。

「私も、ローエングラム陣営参謀総長の職責を辞任したいの」

 部屋の空気が止まったのだとイルーナは思った。実際そう思われても仕方のないことをしゃべってしまったのだ。

「出立前、あなたに言われ、アンネローゼに言われ、アレーナに言われ、そして諸提督にも言われ・・・・私の犯した失態が現実化する前に修正したいの。取り返しのつかなくなる前に」
「具体的に何を、ですか?」
「私たちはいつの間にか私たちの間だけで、物事を決定するようになってしまったような気がするの。ローエングラム陣営がまだひ弱だったころはそれでもよかったでしょう。けれど今はそうではないわ。銀河帝国一の軍事力、組織力を持つローエングラム陣営においては一部の人間が決定すべき問題よりも皆で結論を出した方が良い問題の方が多いわ」

 ラインハルトはしばらくイルーナを見ていたが、低い声で言った。

「残念ですが、イルーナ姉上。その提案は受け付けられません」
「何故!?」
「平素ならばそれで良いでしょう。また私自身も会議の意義を否定する気は毛頭ありません。しかし今は戦時下なのです。時間をかけてより良い選択肢を選ぶよりもさらに重要な物があります。人命というものが」
「・・・・・・・・・。」
「そのような場合において『動かなかった』『選択しなかった』という結末を残せば、少なくとも私は生涯後悔するでしょう」
「ラインハルトは、自信があるのね」
「自信・・・そうかもしれません。ですが、責務を伴わない自信ではない」

 その一言がイルーナの胸を貫いた。ラインハルトは単なる自信家ではない。ともすれば迷いそうになる極限の状況下にあっても彼の思考判断はクリアであり、一点の曇りもない状態から常に最善手を選ぼうと努力している。その背後には何十億、何百億の人命があるからだ。

「・・・私の短慮だったかもしれないわね」
「イルーナ姉上が敢えてフロイレイン・フィオーナと同じように限界をお迎えになったのであれば、私としても止め立てはしません。しかし、結論を出す前によく考えてみてほしいのです」

 イルーナは、その場でそれ以上の結論は出さなかった。出せなかったのである。

* * * * *
 2日後――。

「俺が、別働部隊の総司令官だと!?」

 スキールニル艦橋で、ルッツがオウム返しに副司令官のウェーラーに尋ねる。

「閣下、既にローエングラム公を始めとする主要提督が残らずご賛同くださり、先ほどの御前会議においても既にその旨表決され、さらに帝都オーディンの軍務省を経由して皇帝陛下のご了承もあったという事です」
「しかし・・・!!フロイレイン・フィオーナはどうなるのだ!?」
「この発案は他ならぬフロイレイン・フィオーナのものであると伺っております」

 実際は違うのであるが、フィオーナはこの話を聞いたときに「ルッツ提督ならば大丈夫です。流石はラインハルトと教官ですね」と即答したので実質はほぼ変わらない。

「閣下、既にイゼルローン要塞にて諸提督方がお待ちになっていらっしゃいます。直ちにシャトルにお乗りくださいますよう」
「待て、それはあまりにも――。」

 急ではないか、というルッツの言葉は、彼を連行する幕僚たちに黙殺された。

「俺が遠征軍総司令官になるという事は、その、色々な意味で不可能ではないか?」

 イゼルローン要塞に到着し、フィオーナ以下諸提督たちの出迎えを受けたルッツは開口一番そう言った。

「何故そう思うのよ?」

 ティアナが聞き返す。

「何故・・・・お前がそう言うのか?」
「適材適所よ。フィオが結局総司令官にむかなかったんだもの。だとしたら別の人を据えなくちゃいけないのは当然のことじゃない?」
「それは俺が総司令官の席に着く理由にはなっていないのだが・・・・」
「ローエングラム公直々の推薦なのだぞ。それで充分とは思わないのか?」

 バイエルン候エーバルトが言う。

「それは、そうなのだが――」
「ルッツ提督、あの・・・・」

 ためらいがちにフィオーナが口を開いた。

「私が、この場で提督の是非についてどうこう言う資格がないのはわかっています。けれど・・・これだけは言わせてください」

 フィオーナはルッツを正面から見た。

「私は胸を張って言えます。ルッツ提督ならば、遠征軍総司令官として立派にやれます、と」
「おい、ルッツ」

 暖かな深みのある声がした。ワーレンだった。彼は腕組みをして一部始終を見守っていた。

「いい加減観念しろ。卿に大命が下った理由は一つだ」
「なんだそれは?」
「貧乏くじだ」
「何!?」

 ルッツの瞳が藤色になりかけたが、ワーレンは意に介さず、

「フロイレイン・フィオーナが任命に耐えられなかった以上、他の誰かがやるしかない。だが、誰がこんな大遠征軍の指揮をしたいと進んで言うと思うか?フロイレイン・フィオーナですらできなかったものをな」
「俺は――。」
「だから誰かがやるしかないのだ。その矛先にたまたま卿が座っていたというだけのことだ。恨むのであればそこに座っていた卿自身を恨むんだな。」
「・・・・・・」
「何、こう考えればよい。どうせ失敗すると思われているのであれば、かえって気が楽なのだと。フロイレイン・フィオーナですら失敗したのだから、ある意味気が楽ではないか?」
「うん?・・・うむ、それは――」
「そうであるならば、気に悩むことなどない。どうせ卿のそばには俺がいる。フロイレイン・フィオーナもフロイレイン・ティアナもフロイレイン・エレインもエーバルトも引き続き卿を補佐する」
「・・・・・・・・」
「卿自身が何もかも決める必要などない。そう硬くなるな。そう身構えるな。別働部隊総司令官の席といっても、スキールニルの卿の席がなくなったわけではないのだぞ」
「・・・・・・・・」
「あきらめろ、ルッツ」

 ワーレンの言葉は容赦がなかったが、その実どこかに温かみを秘めていた。フィオーナとティアナたちは嘆息していた。これこそが僚友ならではの接し方なのだと。

「わかった」

 ルッツが諦めた様にワーレンを見た。

「いいだろう。だが、忘れるなよ。俺に何かあれば卿も連帯責任なのだからな」
「わかっている。まぁ、卿ならばこそ俺も安堵してやっていけるさ」

 二人の提督はうなずきあった。どこからともなく拍手が聞こえてきた。それは諸提督と彼らを取り囲んでいた幕僚や従卒たちからだった。何も式典はなく、何も花束も賞状もなかったけれど、それはルッツにとってどんな式典よりもうれしかったことだった。少なくとも彼は後日そうフィアンセに述懐している。

 こうして、コルネリアス・ルッツは上級大将に昇進し、別働部隊総司令官としてフィオーナの後任に就くこととなったのである。
 
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