魔法少⼥リリカルなのは UnlimitedStrikers
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第73話 Rebooting Time 3 minutes.
――sideヌル――
目の前のフェイカーが、いや、血まみれの鬼が一歩、また一歩とこちらに向って歩いてくる。
右のフェイントからの、ストレート。どう攻撃をしてくるのか見えているのに、どう躱せばいいのか分かるのに……本能が警鐘を鳴らしている。
―――勝てない、と。
私の中の記憶が告げている。もう勝負は着いたと。
だが……だけど、私に負けは許されない。私はドクターとライザ様の夢の結晶。
ドクターの最強の生命を作るという果ての果て! ライザ様がドクターの遺伝子を見つけて、そして私が、レプリカが、オリジナルを超えるという夢の為!
私は、私は!
「敬意を払いましょう、だが、討つ」
「……なんだ、何だお前は? 関係ないだろう、お前たちは!」
顔の隣に掲げた右手を握っただけで、私の体が振るえてしまった。ただ歩いてるだけなのに、ただ、そこに居るだけなのに!
「俺もアイツも……ゆりかごも、この時代には不必要なもので、今に不要な影だ」
一歩下がる。腰が引ける。
「我らは過去の影に過ぎない。故に 未来を生きるものたちを、古の王たちが、我らが願った―――平和に生きる宝を脅かすなら―――オレはお前を討ち倒すために、この拳を振るおう」
体を灰色の魔力が包んだ。だが、それは今までの比ではない。王室で見た術式と酷似した何かだ。圧倒的な魔力の量。それを体の内部で圧縮して、極限まで出力を上げている。
あれは防げないと、分かってしまう。だが、だが……雷を使えば―――
「今こそ、心を滾らせ。いざ」
鬼が更にその殺意を厚くさせる。不意に、鬼の背中に誰かいるように見えて。
それが何かかわかったと同時に、体が縛り付けられたように強張ってしまう。
ここで負けるわけはいけない……だが、だが、一時撤退ならば、それならば!
「我が名はヴァレン・アオスシュテルベン・リューゲ・シュタイン! 貴殿を打ち砕くものなり!」
悲鳴をあげるよりも先に、鬼神が懐へ跳んできた。
咄嗟に、見える攻撃を全て防ぐように体を腕を動かし、咄嗟にその攻撃を逸して、距離を取る。
だが、私を追うように再び、踏み込み両拳が舞う。現時点での魔力量、防御は私の方が上のはずなのに!
「くぅ……あ?!」
読めていたはずなのに、拳が頬を掠め、裂ける。鮮血が飛び散ると共に、鬼神は更に血に塗れる。私と同じ赤い瞳と、私とは異なる深い青の瞳が、光の線を描くように跡を引いてるように見える。
この間合は私の距離の筈。それなのに圧倒されてしまう。
不意に、高く振り上げた足を、床に叩きつける。だが、コレは……。
「あ、あぁ……!」
移動のために踏みしめたわけではなく、寧ろ攻撃とも取れる一発。それは衝撃を生み出し、床を真っ直ぐ砕きながら私の足元で爆発した。同時にその衝撃波私の足を襲い、痺れさせた。
聖王の鎧を纏っているにも関わらず、足が床に縫い付けられたように痺れて動けなくなる。
そして、神速とも取れる速度で、私の懐へ……直ぐ側まで顔を近づけてくる。
嫌だ、いやだいやだいやだ!!
不意に世界がゆっくりとなり、白と黒の二色が支配する世界へと変わる。
同時に今までの記憶が流れる。初めて私が生まれた日の事を。ウーノが生まれた日、次いで二人目が生まれた日。ポッドの中で生まれていく愚妹の成長が楽しみだったことを。
私が世界で一番になれば、アイツラは、あの子達を自由にさせてあげられるって!
そう言われて、私は、私はああああ!!
―――その気持ちは本当ですか?
頭の中で声が響く。それは私が持つ記憶の中と同じ声。
―――貴方達の目論見は成就しないでしょう。ですが、妹を想うその気持ちに偽りはありませんか?
目の前にゆっくりと拳が迫る。コレは躱せないと分かる、コレで終わってしまう一撃が見える。
―――その気持ちに嘘偽りがないのなら、応えなさい。
―――無い。あの子達から嫌われたって構わない、コレが私を産んでくれたお父様の夢だと信じてたから、だから!
―――……そう。わかったわ。ヌル……と言うのは女の子の名前にしてはセンスが無いですね。
―――……それは……はい。他の姉妹は名前のような読みなのに私だけはコレしか無かったから。
諌める様な声から、徐々に優しく穏やかな物へと変わっていく。それがどこかこそばゆくて、暖かくて、母がいるならきっと―――
―――確か教わった漢字に零ってあったからそこからなぞって、レイと名付けましょう。良いですね?
―――……はい。
私の中から何かが流れ落ちていくのが分かる。何か洗われるようなそんな感じが……。
―――コレでよし。聖王女とはいっても皆が皆、良い者だけではありませんし、貴方にはレリックに刻まれた悪意が流れ込みすぎてる。
―――さぁ、少し借りますよ。次に目が覚めた時、ちゃんといい子にして、闘うことを辞めること。その拳はもう要らないのだから。
視界の中心から、世界が白く染まっていく。そして、その奥に誰かが居るのが見えて―――
――sideフェイト――
舞うように、二体のガジェットが二振りの鎌を向けてくる。多脚の一部を砲塔として時折射撃するのが本当に嫌らしい。斬撃自体はどうってことはない。だが、片方に目を向けると、もう片方が斬撃と共に射撃をしながら突っ込んでくる。
シンプルな戦い方故に、やり難い。
不意に。
「君の母、プレシア・テスタロッサは実に優秀な魔導師だった。私が原案のクローニング技術を見事に完成させてくれた。だが、肝心の君は彼女にとって失敗作だった」
失敗作―――その言葉に胸を締め付けられるような感覚に陥る。
「蘇らせたかった実の娘のアリシアとは似ても似つかない。単なる粗悪な模造品!」
その叫びと共に、更に速度が引き上げられ、高速でガジェットが接近してくる。
「故に、まともな名前ももらえず、プロジェクトの名前をそのまま与えられた。記憶転写クローン技術、プロジェクトフェイトの最初の生産物、フェイト・テスタロッサ! それが君だぁ!」
「黙れ!」
嘲るように笑う。だが、その顔には冷や汗の様に汗が一筋流れている。
このお陰で私はまだ冷静になっていられる。スカリエッティも私を突破して、コントロールを奪わなければと躍起になっているということなのだから。
「それに、一つ面白いことを言ってあげよう」
スカリエッティの声を聞きながら、目の前のガジェットを捌いていく。もう少しで抜けそうなのだけれど……人の操作のせいか、時折見せる不自然な間のせいで攻撃がズレてしまう。
「君と私はよく似ているんだよ」
「……は?」
時間が止まった様に感じた。同時に、ガジェットの一体にライオットを叩き込んで両断する。不意に止まったお陰か、一体を倒すことが出来た。
「……はっ! 幼女となった主が好きな点……」
「待って、花霞違うよ」
ほう、とスカリエッティの声が聞こえたけど、気のせいだ。うん。
「まぁ、いい……私は自分で創り出した生体兵器たち。君は自分で見つけだした……自分に反抗することの出来ない子供達。それを自分の思うように作り上げ、自分の目的の為に使っている」
「なっ──!」
楽しそうに、嘲笑うように、三日月のように口元を釣り上げ言葉を続ける。
「違うかい? 君もあの子達が自分に逆らわないように教え込み、戦わせているだろう?
私がそうだし、君の母親も同じさ。周りの全ての人間は自分の為の道具に過ぎん。
そのくせ君達は、自分に向けられる愛情が薄れるのには臆病だ。実の母親がそうだったんだ。君もいずれ―――」
「それは破綻しています。ドクタースカリエッティ」
スカリエッティの言葉を否定する前に、胸元からの声に……私も、スカリエッティも視線を向ける。
そこに居たのはポケットから顔を出した花霞。私からこの子の頭しか見えない。だが、スカリエッティからは顔が見えるだろう。
「何が違うと言うのかい?」
「貴方は今こうおっしゃいました。自分に逆らわないように教え込み、戦わせている。そう言いました。
しかし、貴方はそれを施していないと私は考えます」
「は、何を馬鹿な。私が創り出した生体兵器達は私の言う通りに―――」
「ならばなぜ、ギンガ様を……貴方達の言葉を借りるならば、タイプ・ファーストを捕獲する時、こちらに来るようにと勧告したのですか?」
「……」
ゾクリと、背筋が凍る。スカリエッティは嘲笑うかのような笑みを浮かべているにも関わらず、その目には怒りが……いや、憤怒とも取れるほどの感情が宿っているようにも思える。
「ドクタースカリエッティ。私にはわからないのです。
この体に意識を載せ替えても、私にはわからないのです。
あの時の私は主が連れ去られるのを、為す術もなく叩き伏せられたのを眺めるだけだった。後は息の根を止める時に、それを防ぎ、救ったのが同じナンバーズだったということを。だから私は―――」
「黙れ」
底冷えする声を発したと同時に。
『Oval Protection.』
バルディッシュが護ってくれる。周囲に赤いワイヤーが現れ、バリアを締め上げる。
「……フェイト様、差し出がましい事をお許し下さい。確かに似ていると思いました。ですが、決定的に違うのが、フェイト様は―――」
「大丈夫。教えてもらったから―――」
以前の私は間違いを犯すことに怯えて、紡いだ絆が途切れるんじゃないかって震えて、怖がってた。
だけど、リンディ母さんに会いに言った時に教えてもらったんだ。
エリオが、キャロがこの道を選んだのは私のせいだと思ってた。だけどそれは違うんだと!
「花霞、もう一度力を貸して?」
「えぇ、勿論ですとも」
もう一度彼女を私の中へ、ユニゾンを行って。
『Get Set』
「オーバードライブ。真・ソニックフォーム」
『Sonic Drive&Riot Zanber Dual.』
バルディッシュを右手に、花霞を左手に。AMF状況下ではありえない程の、魔力の奔流。花霞という存在がなければ維持すら出来ないこの形態。
正直な所、デュアルと聞いた時、何だろう知らないと思ってしまったし、実際に手にして驚いた。
右手のバルディッシュは、ライオットを連結させた大剣の形態。そして、左手の花霞は持ち手こそ、柄だけど……切先はライオットと同等の大剣の魔力刃。
だけど、コレならば……圧倒出来る!
――side響――
僅かに上を征かれる。技術は拮抗……否、俺に利がある。きっと空中戦をしていたら勝てなかっただろうが、室内の地上戦のお陰で勝負になっている。
だが、速度では僅かにあちらが上……と言うより、そもそも領域が違うからこそ勝負になってる。
こちらは加速減速を駆使しての高速戦。だが、あちらの理屈は知らんが、文字通りの早送り。だからこそ出来る、射撃を行った後のノーモーションで接近して斬りかかるという芸当。
それ以外にも動いたときの風を切ってる感覚が無さすぎることや、あり得ない攻撃の連動速度。
そして何よりも、攻撃が速度の割にあまりにも軽いんだ。
「……まぁ、それでも」
「……!?」
手の中で刀を回し、軽く跳んだと共に逆手の刀を突き立てる。が障壁によって防がれ、左手の銃口と、浮游している魔力刃を向けられる。
障壁に蹴りを入れて一度離れると共に、銃の射線からの回避と共に、空中で体を捻って魔力刃を蹴り飛ばしコレを回避。そのまま前進を斜めに回転させて、着地と共に左の……暁鐘を鞘へと収めて。抜刀と共に斬撃を飛ばすが、再び障壁によって遮られる。
同時になるほど、と関心する。
防いだ反動で老婆が更に距離を取ったということ。不可思議の速度の使い手とは言え、こちらは加速減速を用いた速度で躱すが、あの老婆は身軽さで回避をする。コレこそ体捌きとも取れるモーションだ。
しかし、見れば見るほど、流のスタイルの先を行くような戦闘スタイルだなと考える。
流のスタイルは両手に武器を持って闘うには、まだ身長が足りないと考えていた。コレはなのはさんも同意見。
今まで普通に戦えていたのは彼が空戦魔導師で器用な文字通りの万能型、何でも屋だからという事だ。
だからこそなのはさんは考えた、彼に体術を、守りにも攻めにも使える体術を教えようと。同時に流さえ良ければ、ギルとアークに追加兵装として、武装を二倍に。いざとなれば両手に同じものを取れるように、そして空いてる武装をビットとして使わせようと考えていた。
幸い、二刀流、銃の二丁使いが居るのだからデータは取れるし。何より、流をベースに4つの武装を浮遊させて闘うと言うのはきっと流にも相性が良いと考えていたのだから。
そこまで考えてようやく気付いた。
「……まさかお前が……ライザ・ジャイブ? 流を引き取ったっていう……?」
「あら、私を知ってるの。驚いたわ」
フフフと笑ってるのを見ながら。少しずつ今まで事が繋がっていく。
流を呼び戻した理由が未だに分からないが、それでもコイツが何かをしたから流と震離はヴァレンさん達と共にあらわれて、震離は腕を斬り落とされたということ。なら……。
「……おいババア。お前何時からそっちに着いた?」
「……最初からよ」
「そうか」
ならば―――
「!」
決断は出来ていると思ってたが、どこかで躊躇していたんだろう。
だが、もう決めた。足裏に意識を込めて。
―――往く。
正面からただただ真直に。
対して、老婆が剣を右から左に振り抜く。
やはり上手いと思う。右手の剣で左から右に振り抜いてくれたら楽なのだが、流石にそれは無いなと。この場合、右に抜ければ浮遊してる魔力刃が。そして左に抜ければ銃口を向けられるだろう。
だから、剣を大きく右から振って、二択を迫っているんだろう。そして、おそらく―――
「なっ?!」
それは剣を弾いても新しい択を生み出すだけで解決にはならない。ならばこそ。俺は俺の得意分野で攻めようじゃないか。
全速力で踏み込んで、急停止からの背後へもう一度同じ速度で往く。瞬間的に重力を感じて、体が砕けそうになるのを堪える。同時にブツリ、という音を最後に目の前が真っ暗になり、周辺の音が途切れた、それでも―――
―――捉え゛、だっ。
声になったのかどうかわからない。だがどうでもいいことだ。二刀を逆手のまま構えると共に、意識を切り替えて思い出す。敵が速く動くのであれば、それより速く動けばいいということを、もっと言えば、恭也の様に極限の世界で普通に動けば良いんだと。
気配が動いたのを感じる。もう一度踏み込もうと息を吸うと同時に、胸が痛くなる。おそらく今の無茶な駆動で肋骨かどれかが罅でも入ったのだろう。呼吸するだけで軋んで痛む。
だが、それがどうした? 元々胸は裂けて痛かったではないか。意識を取り戻した時点で体は痛かったではないか。
元々この場に俺が居るということ自体場違いなことなのだろう、AMFは濃いし、俺の魔力では身体強化も最低限しか使用できないのだから。だから、ここに至るまでの道を飛ぶのではなく、跳び跳ねて来たのだから。
動きは体が覚えてる、気配が其処に居て、殺気も、その筋も見えている。
居合を使わなくとも、撃てる技なぞいくらでも……は誇張しすぎたがある。
動きは見切った、タイミングも図った。コイツの速度の程度も図れた。
ならばこそ。
優夜の様に直線で挑もう。刃を床に当てながら一直線に跳ぶ。刹那鋭い殺気と共に風を切る何かの軌道を感じた。それは俺の脳天を目指して一直線に迫る。それを首を動かして回避。そして、2つの風切り音と共に前方上段から感じ、それを刀を振り上げて当ててずらす。
だが、同時に気配が俺の上空を通過していくのを感じた。そして悟る、おそらく剣を叩きつけた反動で跳んで回避をしたのだと。
礼を言おう。
その動きを待っていたと。足など捨てていい。後で治せばいいのだから。
故に、反転と共に左足で宙を蹴ると共に文字通りの方向転換。気配で分かる。アイツはおそらく剣を軸に、棒高跳びでもするかのように跳んで躱したのだろう。その証拠に、持って武器が……宿してる魔力が変わっていないのだ。
だからこそ、アイツは今、俺に背を向けている。
だから往く。
深く踏み込んだ右を床へと叩きつけるように踏みしめて跳ぶ。更に宙を左足で蹴って、飛んだ。全身に負荷が掛かる。視界は暗い筈なのに火花が走る。コレで両足は動かないだろう。だが。勝つと決めた、倒すと決めた。コイツから聞かなきゃいけないことが山ほど有るんだと。
刀を持つ手に力が入るのを抑えて、出来る限りの脱力をする。同時に肩が壁にぶつかるのを感じた。だが、気配がそこに有るのを強く感じる。突然の急停止に体が軋む。
だが―――
―――とった。
斬撃を、居合の要領で拳を振るう。同時に拳を徹す為に障壁を超えた奴へと定めて。
斬撃を飛ばすように拳圧を飛ばし徹す。
コレが奥の手。刀を使った居合は加減が効かない。防御を抜いて斬れるから。だが、拳ならば衝撃を押し通す事ができる。加減が出来るわけではないが、それでも、斬撃よりも遥かにマシだ。
連撃が通るのを感じる。だが、まだ殺気は消えてない。だからまだ拳を飛ばす。コレを通せなければおそらく倒される、今度こそ本当に死ぬ。
数十……数百の連撃を見舞ってもまだ殺気は消えない。何かを砕く感触を感じながらも、まだ拳を振るう。
不意に体勢が崩れたのを感じた。俺もアイツもだ。わけもわからないまま転がるのを感じる。動かなければ、顔をあげて刀を構えて備えなければ俺は死ぬ。早く、早く、と考えるも。体が動かない。
ふと、母の顔が浮かんだ瞬間。体から力が抜けていく。
それと同時に、耳に、音が、目に光と色が。
音は、荒い息と、心音と。目には、穴の空いた天井が見えた。
視線をずらすと、離れた場所に老婆が……ライザ・ジャイブが倒れているのが見える。
立たねば……。
そう考え、体に力を入れるが。
『……ご心配されナクトも、マイスターは、意識を失ッテ居まスヨ』
聞き覚えのある女性の電子音声。
『あナタのかチで御座いまズ。響サマ』
遅れて聞き覚えのある男性型の電子音声。
「ギルと、アークか?」
『『はい』』
俺の倒れてる場所まで。ボロボロとなった2機が浮游したまま近づいてきた。
『……響サマ、私タチはもう間もなく、壊れマス』
どことなく嬉しそうな声でアークが話す。ゆるゆると左手を動かして、二機を手の上に乗るように、差し伸べる。すると二機が手の上に乗ってくれた。ゆっくりと体を起こして、両足を伸ばしたまま座って、足の上に手をおいて二機を眺める。
「おいおい、向こうで流が……いやまぁ、ヴァレンさん? って方が闘ってるのに、お前らの力がないと不味いだろう?」
『……いいえ、私達でハ、イケマ……ゼン』
ギルにどんどんと罅が走ってくのが分かる。
『……ダメなのデス。私達は、マスターをウラギッた。あの命令に従えバ、殺されルというのが分かっテいたのに、私達はそれを、黙認してしまっタ』
アークがどんどん崩れていく。
『『だから、コレで良いのです』』
二機が合わせて言う。
「……」
なんと声を掛けていいのか分からない。だけど、二機の声には……まるで人のような悲しみの感情が滲んでるのが分かる。
『私達は、物です。デバイスです』
アークが言う。
『それは、マスターを守り、共に戦う武器です。そして、マイスターにはもっと従うものです』
ギルが言う。
『『なのに私達は、マイスターの命令を反して、マスターに死んでほしくないと思ってしまった』』
愛おしそうに二機は……二人は言う。
『マスターと出会って、彼が成長する様を見るのが嬉しかった』
1人の女性の様にアークが言う。
『強くなっていくのを見て、誇らしかった』
1人の男性の様にギルが言う。
『あぁ……最後に見たかった、彼を……』
『彼の元で最後まで戦いたかった』
名残惜しそうに二人が言う。
『響様。貴方あてに私達の謝罪の言葉を納めたメッセージを送りました』
『疑うでしょうが、どうか、それをマスターに。流に』
「……わかったよ」
右手を被せて、いたわるように二人を包む。
『はなは、イイなぁ。響様と触れ合えるのだから、良い……な……ァ』
『震離様に、腕を斬り落とした時助けられずに、申し訳ない……と、オツタエ……クダ……サ』
そう言えば、いつか言ってたな。花霞が生まれたばかりの頃。デバイス間でよく連絡を取って講義の様な事をしているんだと。
花霞って、はなって呼ばれてたって今はじめて聞いたわ。もっと、付き合い増やせばよかったと、花霞から色々話を聞いてみよう。
懐にあった、かつて花霞を収めてた巾着袋を取り出して、ギルとアークを中へと収めて。
「そうだ、フェイト!」
あちらは大丈夫かと心配になって視線を向けると。
大型剣を二本持って、黒髪に装甲を削った防護服を纏って、スカリエッティと対峙しているのを見て。
あぁ、あちらは平気だなと悟る。何より、フェイトの目に迷いのような負の感情は全く宿っていないのが分かったから。
後は震離なんだけど……何というかすごい絵だな。何か、昔の幼かった震離がゆりかごの操作をしているんだから。凄いなぁ。
だけど、気配で分かる。あの子は……もう。
悲観してる場合じゃない、アイツが解除してくれればきっと……。
――sideフェイト――
もう一つのガジェットは一瞬で叩き伏せることは出来た。元々二機で一つだったのだろう。撹乱と連携が厄介だった。けど。
……やりにくい。
今まで居なかった戦ったことがないタイプということ。そして、何より……。
ドクタースカリエッティは、戦える人間だという事を私は初めて知った。
両手に着けたグローブの先端から赤い糸が射出され、それにより動きを妨げられる。無理をすれば強引に突破することは出来るけど。
問題はその量と、糸の強度。数本程度ならば問題は無い。だが、スカリエッティは糸を編み込み、それを周囲に展開しているんだ。スカリエッティが何やら手を動かす度に、どこからともなく糸が飛んできたりバルディッシュと花霞を拘束しようとしたりする。
幸い、今は花霞が防御を、バルディッシュが攻撃を、機動を私が担当しているお陰で何とかなっている。特に花霞には感謝だ。きっと私とバルディッシュだけでは今頃私の体は糸に捕縛されていただろう。
AMFという環境下でここまで戦えるということ、正直侮っていた。
だが、同時にこの技術をなぜ実装させなかったのか、それが疑問に上がる。
確かに強い。AMF下とはいえ、動きを止めれるのだから。
確かに硬い。糸を編み込んで壁にして、私の一撃を受けきれるんだから。
だからこそ思う。
「行くよ。バルディッシュ、花霞」
『YesSir.』『了』
これ以上時間は掛けられない。編み込みの強度も分かった。確かに強く、確かに硬く。でも負けられないのだから。
バルディッシュと花霞を今一度構える。
『GetSet.』
見たところ、私なんかよりもずっと薄い防御。当たれば落ちるどころか、触れただけで終わる。
ならばやるべきことは一つ。バルディッシュも花霞も完璧にこなしてくれているのに。私だけがそれに応えきれてない。
踏み込むと共に、雷光を残しつつスカリエッティの背後に回り込む。ブリッツアクションを用いた地上機動。
しかし、スカリエッティは既に動いており、編み込んだ糸を私の進路上に配置。同時に気づく、今までの捕縛用では無く、攻撃するために設置されたものだと。
だが遅い。それらを花霞の一閃で切り払う。そのまま動きを連動させ、バルディッシュを振り下ろす。が。
「フハハハ……素晴らしい。あぁ、もっと好きに私も生きたかったなぁ」
「何を」
両手を掲げて、バルディッシュを受け止められると共に、スカリエッティが笑う。効いてない? いや、間違いなく手応えは有る。だったら後一手だけだ。
一度距離を取って。
「雷霆・万鈞!」
『『Jet&Sprite Zamber』』
2つのザンバーからの極大の斬撃を放った。
――side響――
スカリエッティ死んでねあれ?
なんか二本のザンバーから高出力斬撃を放出って、明らかにあれ死んだでしょうよ……だって、なんか床えぐって、壁に穴開けて外丸見えっすよ?
ここゆりかご内部だぜ?
あ、なんか瓦礫の中にボロ雑巾チックになった何かが居るわ。うん、生きてるな。
……なのはさんといい、フェイトといい。何でこうも……AMF濃度が濃いのにあんなもん撃てるんだろうか? 怖いわー。
「さて、どうだ震離?」
「もうちょっと。同時に地上に居るガジェットも止められないか見てるから。もうちょっと……ってか響? 何で歩伏前進で来たの? 思わず一瞬見ちゃったじゃん」
「……気にすんな」
震離の側の瓦礫に背を預けつつ、その近くに倒れてた女性を一応縛っておく。俺の方はさっきの戦闘で完全に足を潰した。身体強化とかで無理やり立てるけど、もう戦闘は厳しいなこりゃ
しかし、完全に逆だったかもしれんなー。
スカリエッティ相手なら俺普通にここまでならなかったし。フェイトなら、ライザ・ジャイブといい勝負してただろうし、俺みたいな血戦にはならなかっただろうが……。
まぁ、後の祭りだな。
それよりも、だ。目の前の震離の後ろ姿を見て改めて実感する。何時もの震離の姿ではなく、幼き頃の震離の姿。そして、震離と共闘した時、間違いなく震離は死んでた。魔力刃にて腹部を貫かれ爆発。完全に即死コースだったにも関わらず……。
「まぁ、こんなんになっても変わんないし、幼い姿になったのは私がまだ未熟なだけだし」
「……未熟ったってお前」
「キュオンさんなんか、死んだら即復活可能。しかも着てた服まで復元させてたもん。私はああなるまで、まだまだ掛かる」
他愛もないように話す。だけどそこに有るのは……。
「……何を気にしてんのか知らんけど。お前がどうなろうが、俺達は歓迎するよ。何時でも待ってるからよ」
顔はあわせてない。いや、きっと合わせられないんだろう。不意にあの子の背中が震えたと思えば。
「……うん。必ず。必ず戻るから。出来たよ響」
震離がそこを退くと、モニターには今地上で戦ってる皆の映像が映し出されていた。
「誰かと通信取れるかな?」
「あー……多分」
モニターと共に制御コンソールがこちらに回ってきたので、操作すると共に声を整えて。
「こちら響より、ナンバーズと戦ってる皆へ。暴走は既に解除。後はノックダウンさせるだけだ。繰り返す。後は倒すだけ。こちらももう間もなく終わるから……だから、皆、また会おう」
『こちらチンクだ』
……お!?
「よぉチンク」
『響、礼を―――』
「いいよ。それは此方のセリフだ。ありがとう。あの時助けてくれて」
チンクが言いきるより先に伝える。あの時、完全に意識を落としたわけじゃなかった。だからチンクが救ってくれたことをしっかりと覚えてる。まぁ、その後意識落として気がついたらフェイトと戦ってたんだけどね。
『だが』
「それよりも妹を助けることに集中しな。此方はいいから」
『……わかった、またな』
「あぁ、またな」
チンクとの通信を切って、軽く深呼吸。いやぁ驚いた。
「響!」
不意に声が聞こえて顔をあげると。
「おつかれフェイト」
「うん、響もね」
そこにはいつもの防護服を纏ったフェイト居た。視線を落とすと、遠くにはバインドで縛られたスカリエッティが居たのを確認。そのまますぐにコンソールをフェイトに渡す。一瞬わからないといった顔をしてるので。
「それでゆりかごの中、外と話せますよ」
「あ……なるほど。あれ、この反応って」
「うん?」
俺にも見えるようにモニターを展開してくれる。そこに映るのは、この部屋を目指して飛んでくる反応が3つ……いや、5つ映ってるように見えるけどなんぞコレ。しかももうそこまで来てるし。
「あ、なのは達はもう間もなく外に出るみたいだよ」
「そりゃ良かった」
違うモニターには丁度なのはさんがゆりかごの外へ出ようとしている映像が流てくる。しかもよくよく見ると、ディエチが側に付いてて、縛られた4番をガジェットに乗せて移動してる。
という事は……。こちらに向ってるのはセインかな? だけど5つって……。
「フェイトちゃん、響! 無事!?」
「はやてさん!?」「はやて!」
思わずフェイトと声が被る。というか……。
「え、表の指揮は誰が!?」
「航空部隊の隊長さんが変わってくれたんや……って、もう終わった感じ?」
「え、まぁ、はい」
あ、すげぇ悲しい顔してる。それにしても向ってた反応は5つなのに、ここに居るのははやてさん1人。後の4つは……。
「花霞ー無事ですか?」
「リイン先輩ー」
……あぁ、リインさんか。うわぁ、なんか小さいの二人向こうで抱き合ってるし仲いいわー。
「セイーン入ってきてええでー」
「ほんとー?」
扉の奥からひょっこりとセインがゆっくりと入ってくる。しかも後ろにはガジェットⅡ型が二機ついてきてるのが……めっちゃシュールだなぁと。
「……よう話は見えへんけど。フェイトちゃんと響、花霞がここに居て、容疑者3人なら何とか連れて帰れるなー」
……は?
すぐに周辺を見渡す。俺が戦ってた場所ではライザ・ジャイブが倒れたままで、スカリエッティも捕縛されたまま意識を失ってる。
だが……。
「震離?」
気が付けば居なくなってる震離の名を呟くことしか出来なかった……。
――sideヴァレン――
「おいおい。嘘……だろ……ッ!?」
渾身のストレートを掴まれたと寸分違わぬタイミングで、聖王の拳が腹部に刺さる。
完全に圧倒していた。完全に行動を読んだ上での一手。顔面ではなく、胸部を狙ったこの一撃を聖王は掴んだ。完全に恐怖に囚われ足が竦んでいたはずなのに……。
いや、違う。問題はそこではない。
問題は、聖王の放った一打は完全に経験者のそれだという事だ。
しかも、綺麗に衝撃を通す一打に加え、俺の加速を利用した強い一撃。先程までではあり得なかった技術の一打。
別に警戒してなかったわけでも、侮っていたわけではない。
衝撃とダメージのせいで、自然と後退をしてしまった。
同時に驚く。俺の後退に合わせて聖王が懐に飛び込んできた。咄嗟に右の膝蹴りを繰り出すも聖王は左脇で足を抱えてしまう。そのまま、後方へと反り、投げられる。
飛んだ……という感覚ではない、玩具のように振り回されたような感覚。
即座に体勢を立て直し、着地を―――
「な」
驚嘆。聖王はそれを読んだ上で、俺の上を取って―――
「はぁい。久しぶりね、アオス?」
次の瞬間、拳を叩き込まれた。
顔目掛けて飛んできた拳を、首を振って躱す。僅かに左拳が掠ったせいで右の頬が裂ける。
だが、それ以上に現在の体勢が問題だ。投げられ体勢を何とか整えた俺に対して、あちらは拳を見せ札に、本命は―――
―――肩を壊しに来やがった。
右手で、俺の左腕を取り肩を破壊するべくねじり外そうとしてくる。
ここで腕を殺されるのは不味い。だがなにもしないのはもっと不味い。
なればこそ。
体を軸に、左手を取った聖王ごと体を回転させる。その間にも腕を外そうとする聖王。だが、そのまま掴んでいてくれれば――
床に叩きつけられる!
だが、寸前の所で、それは失敗に終わる。時間が足りないと判断したのだろう、当てられる直前に腕の拘束を外し、間合いを取られた。それに対してこちらは何も無い床をただ叩きつけたせいか左腕が痺れる。
「……お前、誰だ?」
なるべく平静を保ちつつ、聖王に語りかける。こうして話してる間にも右の頬からは血が垂れる。だが、思ってた以上に浅く、この程度ならばかすり傷程度だ。
先程までの力と速度だけに頼った戦い方ではなく、今度はそれに正真正銘の付け焼き刃ではない技術が付与された。しかもあれは、こちらの動きを、根本的な部分を分かってなければ出来ない芸当。だとすれば……。
「……そうね。さっき言った通りよアオス。久しいね」
「陛下の意思が宿ったとでも? 冗談言うな。記憶の継承は多少あるだろうが、意思まで蘇るはずがないだろうが」
「ゆりかごに私の意思を忍ばせた、と言っても?」
「……」
まさか、と思う。ゆりかごには確かに歴代の聖王の技術を継承させる機能があるとは聞いた、だが、意思……魂は、心は違うと考える。なぜならそれは――
「と言っても私はヴィヴィアンの意思のコピー……オリジナルはとうの昔に死んでるよ」
「信じられんな。ならば今になって出てきたということは、世界を掌握したい欲でも出たか? お前が居ればゆりかごはまだ飛べるしな」
「世界になんて興味は無いよ。ただ、ただ――」
少し驚いた。先程までの聖王……いや、少女ではなく。今眼の前に居るのは――
「――謝りたかった。追い詰められた私を救おうとした貴方達に、ごめんなさいって、もう一度皆で一緒にって」
涙を流し、彼女は言う。かつての彼女の間違いを……いや、愚策を思い出す。
だがそれは―――
「……いや仕方なかった。まぁあれが無ければ色々変わってたかもしれんが……まぁ何ですか。俺はいいですよ別に、きっとキュオンも同じでしょうし」
「だけど――」
「けども、何も……もう過ぎたことです。それに気づいてませんか? アイツは知らんが。アルは……逃がすためにその身を盾にし、あのヤロウも別の場所で足止めして以降行方くらましてたらしいが、そのお陰かアリスやシエル、ライナー、テイル、そして琴は無事に生き延びたみたいですよ」
「嘘だ! だって、彼らは……」
「キュオンから聞いてますよ。確かにアリスはあの後身を隠して、そのまま歴史の中に消えて、シエルもまた彼女と共に消えた。ライナーは……まぁ、自由に旅をやり直したかもしれない。だけど残った二人は無事に元の世界にて再会出来た。
片やお爺さん、片や変わらないままの姿で、ね」
王の目が驚嘆に染まる。信じられないと言った様子が痛いほど伝わる。まぁ、そりゃそうか……だけどな。
「緋凰響。彼が琴とあのヤロウの二人の子ですよ。気づきませんでした? 琴が大事にしてた刀を持って、琴そっくりな黒髪に、アイツに似た性格。まぁ、琴の要素多すぎだろうっては思いますけどね」
「……本、当に?」
声が震えている。だがそれは悲しみではなく、嬉しさで、喜びで、だ。
「キュオンが会ったそうですよ、琴とテイルに。と言っても飛ばされた影響をモロにテイルは受けてたらしいですけどね。
その後は執念で生きて、無事に琴とアイツの子を護っていたと。良いお爺さんをしてたらしいですし」
「そう……そうなの」
瞳を閉じた。まるで黙祷を捧げるように、静かに。
……さて。
「で、答えろ聖王。なぜこのタイミングでお前は出てきて、こちらを攻撃した?」
「……」
指で涙を拭う。短い会話でこの人が聖王……いや、ヴィヴィアン陛下だというのは分かった。だが、それでも腑に落ちないのが、あの時。防ぐだけで事足りたはずだ。
確かにこちらはあの体にあるレリックを粉砕するための一打を放ったが、それでもだ。その後の反撃は――
「決まってるわ。既にこの身の鎧も弱まり、ゆりかごからのバックアップもほぼ意味を成さなくとも……私は……いいえ、私が貴方と戦いたいと願ったから」
思わず舌打ちしてしまう。こういうのが一番対処に困る。怒り憎しみといった負の感情ならば、叩き落とせば、その元を断ち切ればいい。誰かのためというのなら戦わないという選択肢も取れる。
だが―――
「ゆりかごが上がれば、世界が滅ぶということは無くとも、地上に住む者に多少なりとも被害が出る。その申し出は―――」
「限界高度まであと22分。ゆりかごに残ってるのは王室に居る人達だけ。ダメかしら?」
そう言われてしまうと……あーあーあーあー。
思わず空を仰ぐ。既に青空……と言うより、文字通り宇宙が見え始めてる。陛下の思ってることは分かった。おそらくずっと気にしてたんだろう。だが、それは戦としては仕方無い事だ。
この王は俺と決闘をしたいと願っている。この船を壊しに来たが、それを過ぎれば……離脱も容易ではない。
だが、それでも俺にはもう時間が残っていない―――
ならば。
「すまない流。3分でいい俺の我儘に付き合ってくれ」
(構いませんよ。それで貴方の気が済むのなら。後のことはおまかせ下さい)
良かった。いや、中に流が居るのだからこちらの気持ちはなんとなくでも伝わっているのだろう。それでも……良かった。
「というわけだ、王よ。3分だけ貴女に付き合おう。だが、心せよ、全力を出しても全盛期には届かないだろうが……こちらはお前の核を壊すためだけに動く」
「えぇ、構わないわ。その代わり3分、本当に全力で来て下さいね。もし時間いっぱいになっても……その時は私が自分で砕くわ」
頬が緩みそうになる。正直な所、三分以上引き伸ばせばいいなんて言われたらどうしようかと考えてた所だ。コレでハッキリした。王は……。
いや、それは辞めよう。それを問うのは……。
あぁ、心地よいな。
先程までは正直気乗りしていなかった。幼い子供を殴ってるようで、心が傷んだ。
力も速さも守りも持ってた先程の子供は、付け焼き刃を持っても、本来の実力を出し切れていなかった。
だからこそ、俺とキュオンは戦闘を引き伸ばすという、選択肢を自然と選んでしまった。
でも今は、胸には暖かく、心地の良い風が流れ込んできているようだ。
「……そうか。では我が王よ。互いに死力を尽くしましょう」
「えぇ、お互いに全力を、お互いの全てを掛けて。あの日出来なかった事を、今!」
その言葉と同時に、膨大な魔力が王の身を包んだ。虹の極光で、一瞬姿が見えなくなる。
そして、極光が収まると共に、王の手には一本の槍。何の変哲もない、ただの棒とも言える物が現れた。それは魔力で作られた一本。
同時に、それは今残ってる全てをそこに収束させたと言っても過言ではない物。
おそらくゆりかごに残ってる魔力を使い、それを作ったのだろう。既にゆりかごからの魔力のバックアップは殆ど無い。聖王の鎧も機能こそしているものの、既に脆くなっているのだから。
だからこそ王は選んだ、自身の持てる技術の中で一番の信頼できるものを、槍術に長けた聖王だから、それを選んだはずだ。
いやはや……まさか使う羽目になるとは思わなかったよ。心を熱く、魂を燃やすときが来た。
拳を胸に掲げ、瞳を閉じる。
―――この身は悠久を生きし者。ゆえに誰もが我らを置き去り先に行く。
―――幾千の夜を数えただろう。幾億の星が過ぎただろう。我らは永劫の円環を駆け抜けよう。
―――あらゆる総てをもってしても繋ぎ止めることが出来ない。
―――唯一無二の終わりこそを求める故に。
瞳を開ける。空を仰ぐ。
あぁ、いいなぁ。こんなにも空が青く見えるなんて……だから―――
「来なさい鬼神。我が絶槍を持って貴殿を討とう」
「行くぞ聖王。我が両腕を持って汝を打ち砕かん」
瞬間、弾けるように衝突した。
穂先と拳がぶつかり合う。一度拳を引いたと同時に、槍が穂先がぶれると共に、弾丸の壁の如く弾幕が展開される。
こちらも負けじと拳を振るいそれらを迎撃する。
僅かに空いた隙を目掛けて拳を叩き込むが、それを見切られ迎撃の為に射抜かれる。
一度でも拳を引いて、回避からの一打を叩き込もうとすれば一瞬で持って行かれてしまう。
だが、笑ってしまう。後のことなど考えず、これら全て、互いの弾幕全てが牽制などでは無く、お互いに常に一撃必殺。
あぁ……ッ!
歓喜にも似た震えが、滾る気持ちが背筋を走る。お互いがただ勝つためにその技術を惜しみなく叩き込めることがここまで嬉しいとは。あちらは俺がこの程度では死なないと知っている。こちらはこの程度では鎧を抜けないと分かってる。
多少のダメージどころか、死ぬことはないと分かってるからこその攻撃と攻撃のせめぎ合い。
―――いいね、ヴァレン?
不意に頭のなかに声が聞こえる。それは羨ましそうにも、嬉しそうにも聞こえる。もしかすると空耳なのかもしれないが、それでもだ。
―――羨ましいだろう?
―――全くだよ。ずるいなぁ。
―――拗ねるなよ。
―――拗ねてないですよー。
頬が緩む。居ないとわかってるはずなのに、それでも彼女がそこにいると言うのが分かる。矛盾だと思うが……それでもだ。
槍が、王の目が煌めいた。
刹那、虹の魔光が矢の如く、そして空気の壁を貫いた。遅れて大気が、空間が震えた。狙いはこちらの胴体。
左の拳を大きく引く動作と共に、その一閃を甲で受け流す。だが、驚愕で目を見開いた。
もう一打撃ってきたのだ。間髪入れずに再び音速の一閃。いや、一射とも言える程の攻撃が。
コレは生前……最後に戦ったときには無かった技術。という事は……なるほど、居なくなった後に達した境地か。不可能だと思われた一射を連射出来るようになっているとは。
今度は顔を狙って撃たれたそれを、頭を左に振って躱す。先程まで頭のあった場所を虹の光が駆け抜ける。
「―――ッ!」
歓喜で吠えてしまった。今の二撃を防ぎきった事。それは王の顔を微かに歪ませた。だから―――
「とった」
左の腹部から焼けるような痛みが奔ると共にその箇所がなくなったと分かった、状況を理解した。この技は……三打あるのだと。
だが。
足を振り上げると共に槍が抜け、即座に主の手元へ戻るのを―――踏み止め、勢いそのままへし折る。それを踏み込みとして、更なる拳の連撃を繰り出す。
だが、王も負けじとへし折れた槍を両手に取って、連撃を受け止めるように迎撃し、相殺する。
百、弐百と拳が槍が舞う。だが、若干こちらが不利だ。この体が不調だという事を、王は分かっていない。だが、知られてもいけない。そうすればきっと王は戦いをやめてしまうだろう。そうしたら、きっとお互いに無念だけが残ってしまうだろう。
それでは意味がない。それならここまでした意味が無いのだから。
―――なればこそ。
ワザと一打を受けて、弾き飛ばされる事を選ぶ。追撃しようとするのを、拳撃を飛ばして牽制を。
コレで、お互いに距離が出来た。とはいっても、互いに踏み込めば即座に懐に入れる程度。だが、裏を返せば、それだけの時間が稼げた事だ。
アイツを倒すには連撃では不可能だ。故に、絶対破壊の一撃を持って、嘗ての二つ名を思いだそうではないか。
胸の前で拳と拳を叩き合わせる。同時に、右に白が、左に黒が、それぞれ魔力光が宿り、魔力の稲妻が奔る。術式を頭のなかで構築すると共に、残った思考を王へと向け、王の為に、勝つためにその思考を集中させる。
両拳を地面に添え、左膝を前に、右足を後ろに伸ばして。
―――いざ。
「突貫」
音を置いて王へと迫る。反射的に2つの棒に魔力を流し、二本の長槍として、交差させて盾とする。その上から、右の拳を叩き込むと同時に王の背後に着地する。
僅かに体勢を崩した王目掛けて、もう一度踏み込んでの左の拳を放つ。だが、王は振り返ると共に槍で迎撃する。
こちらの拳が王の右肩へと刺さる。あちらの一打が右肩を貫く。灼熱を感じるが、止まらない、止める訳にはいかない。首を落とされなければ、心臓を直接撃ち抜かれなければ、この躰は死なない。嘗てそれを実証したのだからこそ分かる。
刹那、王がはじけ飛び、転がる。
立ち上がろうとする王に、追いつくと同時に、足刀を叩き込むが、倒れたままにも関わらず、槍で軌道をズラされ足刀は空振ってしまう。
だが、その槍を手に取ったと同時に。それを軸に一回転。そのまま王の右肩目掛けて、その勢いを用いた足刀を打ち込み、肩を削り取った。
ガチャン、と嫌に機械的な音がしたと共に、その右肩を破壊し彼方へと飛ばした。
断面からは赤い血と、機械の躰が見える。
なるほど、コレが戦闘機人か、と。のんきに考える。
だが、即座に考えを現実に戻して、もう一度叩き込むべく足刀を振るおうとする。
しかし、軸が消え、体があらぬ方向へ飛ばされてしまい、空中で踏み留まる。顔をあげると王はこちらに穂先を向け、左手だけで構えていた。
勿論その目はまだ死んでいない。未だ術式は完成には程遠い。だが、それでも確実に進んでいる。
そして、互いにもう一度ぶつかり合う。こちらの右腕は、今は使えない。だが、あちらも左腕一本。それでも王は最初と変わらない勢いで槍を振るい、弾幕を作る。こちらも左腕でそれを迎撃、相殺していく。
だが、徐々に徐々に押され、攻撃が掠っていく。王には未来予知がある。ただし全盛期程ではないが、それでも厄介な代物を、王は惜しげもなく使い、こちらの反応できない攻撃を重ねていく。
弾幕を捌き、逸しているにも関わらず、血に塗れ、表面が削られていくのが分かる。
だが、耐える。耐えて耐えて、ただ耐えて。術式の完成を目指す。王の中にある核を、レリックを打ち砕く為の一打を撃つために。
最初から決めていた、キュオンと二人で。この戦いで俺達が死ぬことがあっても、何があっても。我らが命を奪うのは無しにしようと。無論二人にも伝えている。
俺達は過去の残影。今の輝かしい未来には不要のものだと、過去が未来を壊してはならないとわかっているから。
だからこそ、狙いは一つ。王を呼び出しているレリックを砕く。
動かしていなかった右腕を動かす。今一度魔力を込め、白い稲妻を奔らせ、それに呼応するかのように左の拳に黒い稲妻が奔る。
同時に目の前に魔力陣を、見知った方陣であるベルカの陣を引く。
防御の末に掴んだ、僅かな隙間を、推してると考えてしまったその一瞬を。
―――受け取れ、王よ。コレが手向けだ。
両肘を後ろに、両拳に限界容量を超える魔力を装填させて。王の胸を目掛けて放つ。胸へと当たる直前に、拳に装填された魔力がぶつかり、灰色に染まり、極光に巻き込まれる。
刹那、攻撃に特化させた純粋魔力と、防御に特化させた純粋魔力が混じる。更にそれを押しとどめると共に、両手を組み、その衝撃を、内部のレリック目掛けて撃ち放つ。
そして―――
「コレは星を砕く一撃なり」
―――衝撃が空を巡った。
後書き
長いだけの文かもしれませんが、楽しんで頂けたのなら幸いです。ここまでお付き合いいただき、感謝いたします。
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