ユア・ブラッド・マイン─焔の騎士は焦土に佇む─
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第六話 中等部最強と呼ばれた男
入学式から数日、筆記テストの最終科目『現代文』が終わり、氷絃と冴空はのんびりとベンチで昼飯を食べていた。冴空は色鮮やかな弁当を膝の上に乗せたまま、隣で弁当のミニハンバーグを食べる氷絃の様子を不安そうに伺っていた。
「どうですか? 久しぶりにお弁当作ったので味付けがおかしいかも──」
「いや、めっちゃ美味い。やっぱ冴空の料理は最高だ」
「本当ですか? よかったです!」
氷絃の感想を聞いた途端ピョコピョコ跳ねそうなほど嬉しそうなリアクションをとる冴空。それを氷絃は微笑んで見ていた。
ちなみに聖境学園では毎月一日に全生徒にその月の平日分の昼食代が支給される。大半の生徒は学食やコンビニで済ませ、昼食代はほぼゼロになる。料理のできる生徒は弁当を作って余った食費を懐に入れたりしている。氷絃は冴空に弁当を作ってもらうことになってからは昼食代を全て冴空に渡している。
「でもやっぱ俺の分も弁当作るの大変だろ?」
「もう二年以上作ってるので私にとっては日常です! それに作らなかったら氷絃くんはバランスの悪いものばかり食べちゃうじゃないですか」
「そんなことないぞ……?」
「矢摩くんから聞きましたよ? お部屋いっぱいのカップ麺とその空箱があるって」
「アイツ……いや、たまに食いたくなるから、な?」
「一日で五個減ったって聞きました」
「……言い逃れできねぇ……」
「だから大人しく、遠慮せず、気にせず、私のお弁当食べてください!」
「はいよ」
今度はちくわの磯辺揚げをパクり。それを氷絃は美味い美味いと言いながら頬張る。冴空も自分の作った弁当を美味そうに食べる氷絃を見てニコニコしながらパクパクと凄まじいペースで食べ進めた。
雑談を交えながら十五分ほどで二人はほぼ同時に食べ終わった。ちなみに、氷絃のは二段弁当、冴空のは三段の重箱風弁当だ。
「ごちそうさま。本当に美味かった」
「お粗末さまでした! 氷絃くんは本当に美味しそうに食べてくれるから作りがいがあります!」
弁当を片付け、まだ昼休みの時間は余裕があるため氷絃は冴空のヘアスタイルを午後の授業用に変える。それが終わると午後の授業が始まる二十分前となった。午後は戦闘実技が二時間に渡ってあるため、二人は早めに教室へと戻った。
着替えがあるため、氷絃と冴空は教室で別れて各々の更衣室で着替える。
「戦闘実技嫌いなんだよね……痛いし、みんないつもより狂暴になるし……」
着替えてる途中で隆太がぼやく。彼は元々あまり好戦的な性格ではない上に筋力もあまり無いためこの時間が憂鬱だと中等部の頃から言っている。
「こればかりは仕方ないな。製鉄師になるならどんな鉄脈術でも最低限の戦闘知識は必要になる」
「流石中等部最強……」
「合同でやる契約済には負け越してるけどな」
「いや普通勝てないから。契約組にタイマンの鉄脈術無しとはいえ勝率三割とか普通はおかしい」
「そうか?」
「そうだよ……ってやっぱり氷絃、細いね。あんなに力強いのにその細さってどうなってるの?」
隆太が言うように氷絃の線は細い。それどころか肌も白く、パッと見ると「もやし」なのだが、よく見れば無駄のない筋肉がついているとわかる。所謂「細マッチョ」なのだ。
「毎日鍛練だな。三年くらい続ければこうなる」
「ならないと思うし続けられないなぁ……」
そう遠い目をしながら隆太は自身の腕を見てみるが、氷絃と比べると筋肉がついてないことが一目瞭然だ。
そんな隆太を尻目に氷絃は淡々と着替えを終わらせる。戦闘実技では機能性を重視したややピッチリとしたインナーに半ズボンその上に魔鉄製の軽いプロテクターを装着する。
「先に行ってるぞ」
「うん」
そう言って氷絃は訓練棟へと足を運んだ。彼が一番乗りだったようで、一緒に実技をする魔女候補の生徒もいない。
「少しだけ身体を慣らしておくか」
自己鍛練を春休みの間も欠かさずにやっていた氷絃だったが、いざ戦闘をすると頭と身体のどちらかが追い付かない可能性もあるのでそれを事前に擦り合わせるために端の方にあるサンドバッグを殴り始めた。
少しして生徒がぞろぞろと入ってきたところで氷絃は止める。
「しまった、タオルを忘れたな」
少しだけだが汗もかいているので、タオルのない氷絃はプロテクターのついてない肩口で汗を拭おうとするとスッと背後から無地のタオルが差し出された。
「氷絃くん、タオルです」
「おうありがとな……って冴空か!?」
「そうですよ?」
「……見てたのか?」
「はい」
「冴空に気付かなかったのは不覚だな……」
「集中してる氷絃くんかっこよかったです。見惚れちゃいました」
「はは、ありがとな」
氷絃は冴空にべた褒めされること自体は日常茶飯事だが、やや多い人のいる前でそう褒められると恥ずかしいような反応を見せた。
「あ、そのタオル今日使って大丈夫ですよ。氷絃くん用のタオルなので」
「おう、ありがたく使わせてもらうな」
「水筒もあるので休み時間に欲しくなったら言ってくださいね!」
「本当、何から何まで助かる。ありがとな、冴空」
「氷絃くんのためですから!」
ここで男女別で最初のトレーニングをすることとなり、氷絃は男子の列に合流する。隆太を含めた少ない友人は「あー、またイチャイチャしてるよ」みたいな空気だが、その他大勢は嫉妬や怨嗟の視線がチクチクと突き刺すように氷絃へと視線をやっていた。
始業のチャイムが鳴ると、厳ついゴリラのような風貌の戦闘実技教師が氷絃たちの前に出て人数確認をする。
「四十……全員いるな。戦闘実技は最初に怪我を防止するための柔軟体操、その後身体を暖めるサーキットをする。高等部からの生徒は事前に配った用紙を確認しているな? よし、なら各自始め」
割と雑に投げ、一部の生徒が戸惑う中でその雑さに慣れている中等部上がりが始める。それに倣って全員が体操とサーキットを終える。それを確認した教師は生徒たちを集めて話を始める。
「戦闘実技は基本一対一で行う。急所への攻撃は無し。リングに背中か膝を付いている相手への追撃は無し。勝敗は三秒以上倒れるか降参の意思を見せること。判定は各々のリングにあるカメラでする。全員と総当たりで三ヶ月に一度、ランキングを作る。
最初に戦闘の見本を見せるか……阿國、頼めるか?」
名指しされた氷絃は特に驚くこともなく、頷いてリングに上がる。この時点で氷絃は教師と一戦するのかと思っていたが、それは違った。
「葉由、やってみるか?」
「ええ、お願いします」
視線が一人の生徒の方に向けられる。スッと立ち上がった葉由と呼ばれた生徒はプロテクターに慣れていないような動きでリングに上がった。身に付けているブローチは『鍛鉄』の証だ。
「はじめまして、葉由風馬です」
「ああ、はじめまして。俺は阿國氷絃だ」
礼儀として自己紹介と握手、二人とも初対面だ。それを見て教師が簡単な二人の説明をする。
「阿國は中等部の頃から候補生内での戦闘実技は無敗。三年間一位の座を守り続けた男だ」
「葉由は今年から、つまり高等部編入生だが今年のスカウト枠で戦闘における実績もある」
ざわざわとその説明を聞き、観戦している生徒たちを尻目に葉由は口を開く。
「三年間一位なんですか、すごいですね」
「まぁな。そっちこそ毎年一枠しかない『スカウト枠』じゃないか」
『スカウト枠』は黄劉学園長を始めとした聖境学園の上層部が様々な資料を元に将来有望だと判断したOI能力者を製鉄師候補と魔女候補一人ずつ選出して入試や学費免除など様々な優待をして学園に入学させるというものだ。
「一番最初に話が回ってきたのなら胸を張ることができたんですけどね。俺は四人目だったらしいですよ。聖玉、聖憐、聖晶に行ったと聞きました」
「それでもお前は選ばれたんだろ。胸を張ればいいじゃないか」
「ありがとう。顔に似合わず優しいんですね」
「……初めて言われたな」
そこまで会話したところで教師に準備確認をされ、二人は特に問題ないと答える。
「始めっ!」
開始の合図と共に、氷絃の視界から葉由が消える。直後、潜り込んできた葉由が拳による最速の一撃を腹に向けて放つ。
それを氷絃は難なく拳のプロテクターで防ぎ、ローキックで反撃するがサイド&バックステップで容易く避けられた。
──久しぶりに強い一撃もらったな。
少しだけ麻痺する左手を気にしながら氷絃は受け身の体勢で葉由を待つ。それに応えるように彼は高速でジャブを放つ。数は多くても先程より軽いため氷絃は丁寧に対処してカウンターの一撃を打つ。
今度は回避できないようで両腕で防御姿勢を取って氷絃の一撃を耐えた。
「ボクシングか」
「正、解っ!」
先程までの物腰柔らかな彼は何処へやら、跳躍して獰猛な顔で氷絃の死角から一撃を叩き込もうとするがそれを氷絃はあっさりと掴んだ。
「なっ!?」
「俺らがやってるのはボクシングじゃねぇからなっ!」
そのまま腕を両手で掴み、投げ技の要領で氷絃は葉由を思い切りリングに叩きつける。
そこで大きな歓声が上がるが、ルールなので掴んだ手を放して距離を取る。すると葉由は一秒も経たずに立ち上がり、戦闘を続行する。
氷絃は依然として受け身の体勢を崩さず、なるべく動かないようにして全ての攻撃に対処をしていると、今まで的確な連撃を入れてきた葉由が不意打ちを企んだのかフェイントからハイキックを勢いよく打ち込んだ。
「……ぐっ!」
プロテクターで防がれているものの首筋に当たったため、くぐもった声が氷絃から漏れる。しかし、少しふらついただけで氷絃は膝すら付かなかった。
「ほぼ完璧に入れたと思ったんですけど……」
「プロテクターのおかげだ。無かったら倒れてた」
──まぁ、冴空が見ているから倒れるわけには行かないけどな。
そう受け答えして今度は氷絃が突っ込む。それは葉由が最初に繰り出した時よりも速いと断言できるスピードで、葉由はなんとか防御姿勢をとるので精一杯だった。
スピードの乗った一撃が防御姿勢をとった腕を弾き、そして浮いたところでヤクザキックを腹部へと放った。
リング端まで吹き飛んだ葉由はそのまま三秒ダウン。
ビーッ! と四角につけられていたカメラからブザー音が発せられると氷絃は構えを解き、葉由に歩み寄る。
「大丈夫か? 少し強く蹴りすぎた」
「あ、うん。大丈夫です……強いですね」
「そう言われると嬉しいな」
氷絃は葉由を起こし、お互いに讃え合う。
「また頼むな」
「うん、次は負けませんから」
リングから降りると見ていた生徒達が二人を拍手で讃え、教師も見本にはちょうどいいと満足したようだった。
「このように、戦闘が終わってもお互いを尊重するように。二人ともご苦労だった。さて、早速だが今から言う組み合わせで戦闘実技をするように。呼ばれなかった者は待機だ」
こうして二時間に渡る戦闘実技が終わり、氷絃は葉由との戦闘実技を含めた四戦を全て勝利でおさめたのだった。
後書き
(戦闘書き終わって)やっぱりひーさらをイチャイチャさせてた方がいいです
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