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ユア・ブラッド・マイン─焔の騎士は焦土に佇む─

作者:RIGHT@
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第七話 二度目の『誓い』

「もう、無理だ」

 戦闘実技が終わったものの、ゼヒューと息切れを起こしていた氷絃はブレザーを着ずにのそのそと歩いていた。
 彼は元々虚弱体質と言っても過言ではないほど幼い頃はヒョロヒョロだったのだが、毎日の弛まぬ自己鍛練により先のような身体能力を得た。しかし、スタミナは一向に付かず、マラソンで完走したことがないほどだ。そのためインターバルはあるものの、二時間で行われる激しい戦闘実技を何戦もしたため終わるとこの有り様だ。
 中等部の頃よりも激しくなったため、ここまで息切れが続いているのは久しぶりだ。

「氷絃くん大丈夫ですか?」

 ひょこっと心配そうな顔をした冴空が横から氷絃の顔を覗き込んでくる。

「……大丈夫だ。冴空の顔を見たら元気になった」
「本当ですか? 嘘はダメですよ?」
「嘘じゃないぞ。うりうり」
「ひゃっ! くすぐったいですよ~」
「あ、そうだ。少し話したいことがあるから帰りは彼処に寄ってもいいか?」
「もちろん大丈夫です~」

 そう言って氷絃は冴空の頬をむにむにと触り始めると彼女はくすぐったそうにしながらも嬉しそうに笑いながらされるがまま顔を氷絃の方に寄せていた。

「もしもしポリスメン? ロリコンがいます」
「こちらポリスメン。ロリコンですか、捕まえましょう」
「人聞きの悪いことを言うな。同い年の上に合意だ」
「えへへ、氷絃くんにほっぺた触られるの、くすぐったいけど、気持ちいいです」

 両サイドから羽矢と隆太の冷やかしを氷絃は冴空の頬を依然としてむにむにしながらそう答える。そんな会話をしながら教室に入り、帰りのSHRを済ませる。
 校内清掃の時間となり、氷絃は静流を含めた六人で屋上付近の階段の掃除を終えた。氷絃は何やら真剣な表情で何かを考えていたが、共に掃除道具を片付けていると静流が話しかけてきた。銀の要素が入った瞳で、真剣な表情をしている。

「阿國くん。これからちょっと時間いいかな? 話があるんだけど」
「悪い、今日は冴空を待たせてるから明日でもいいか? 大事なら時間を気にしない方がいいだろうし」
「あ……そ、そうなんだ。珠充さんと本当に仲がいいんだね」
「まあな。それじゃ明日」
「うん、また明日」

 氷絃は端に寄せていたバッグを手に取り、足早に冴空の元を目指して去っていった。

「やっぱり、望み薄かなぁ……」

 階段に一人残った静流はポツリと、遠い目をしながらそう呟いた。その言葉は誰の耳にも届くことはなかった。




 氷絃が冴空の待っている場所に向かっている途中、冴空は一人の男子生徒に話しかけられていた。ブローチから『鍛鉄』の製鉄師候補だとわかる。

「珠充さんじゃん! いま一人? ちょっとお茶でもしようよ。なんなら契約の話でもどう?」

 話しかけてきた男子は中等部の頃に冴空にしつこく契約を求めていた。まだ冴空のことを諦めていないようで、こうして話しかけてくるのはそう珍しくない。

「ごめんなさい。人を待っているので。それと契約の話は前に断ったはずですよ」
「いやいや、俺は諦めてねぇから。あと待ってる人なんてどうせ阿國だろ? なら別にいいじゃん、珠充さんは優しいよなぁ。あんな『製鉄』の根暗落ちこぼれでも幼馴染だから一緒にいなきゃって思ってるんでしょ?」

 と、氷絃の悪口をペラペラと喋る男子生徒に冴空はムッとした表情になった。

「そんなことないです。私の幸せは氷絃くんと一緒にいることです。少なくとも私の大切な人の悪口を言う貴方より何千倍も素敵な人です!」

 その反論は予想外だったのか一瞬呆気にとられたが、プライドが高いと有名な聖境学園の生徒は自分が見下している人物の方が持ち上げられたと理解した途端、目の色が変わった。

「んだと、この……!」

 頭に血が昇り、振り上げられた手が振り下ろされる瞬間に二人の間に人影が入り込んだ。

「……この手はなんだ?」

 氷絃が男子生徒の腕を掴み、そう問いかける。高校一年生にしてはやや高い身長の氷絃はその男子生徒を冷たく、睨んだ。

「阿國……! くそっ、放せ!」
「あ? まず質問に答えろ。テメェは冴空に、何をしようとした?」

 振りほどこうとする男子生徒を微動だにせず、氷絃は掴んだまま放そうとしない。だが、冴空が背後から裾をくいっと引っ張る。

「氷絃くん、私は大丈夫ですから……」
「……わかった」

 そう受け答えした途端、氷絃はパッと手を放した。

「……くっそ……落ちこぼれの分際で……」
「別に俺の悪口ならいくら言っても構わない。冴空に話しかけるのも、誘うのも、契約の話をするのもな。けど、冴空に何かしてみろ。全力で潰すからな。
冴空、行くぞ」

 冴空の手を取り、その場を後にしようとしたところ、離れた場所から笛を鳴らす音が氷絃の耳に届いた。その方向を見るとどこか見覚えのある女子生徒が走って寄ってきた。その制服の二の腕部には「風紀委員」の腕章がくくりつけられている。

「はーい、止まってね。校内での暴力沙汰に類するのは書面に記さないといけないの。大人しくクラスと名前を教えてね? あ、ちなみに今回のは暴力未遂だよん」
「1-C 阿國氷絃」
「同じく1-C 珠充冴空です」
「……クソッ!」
「こらっ! 大人しくしなさーい。高校生にもなってみっともないぞっ!」

 風紀委員まで介入してきたのが不味いと思ったのか男子生徒は逃走しようとしたが、風紀委員に軽く止められてしまった。

「あ、君たちは被害者だから今日は帰って大丈夫だよん。風紀委員から連絡が来たらこの事だと思ってね」
「放せ! 俺は『鍛鉄』だぞ!」
「はぁ? それがどうした! こちとら『鍛鉄』の契約済みじゃい! 位階を振りかざすなんてダッサイ真似するんじゃないの!」

 二人は風紀委員のお言葉に甘えて礼を言って歩き始めた。その途中、氷絃は「あっ」と何かを思い出したような声を漏らした。

「どうしました?」
「いや、あの風紀委員の先輩が入学式の日に保健室にいたなって思い出してな」
「そうなんですか」
「サボってたらしいんだが……まさか風紀委員だったとはな……」

 そう会話をしていると、二人はお目当ての建物の前に到着した。外観は『京都らしさ』を損なわない大人しい木製のモノ、看板に類するモノは何も出ていないが中からは甘い匂いが微かに鼻に届く。
 二人は慣れたように外の階段を登り、木製の扉を開ける。中は一人用のカウンター席が数席にテーブル席が五つ、所謂和風カフェというものだ。

「いらっしゃい……ってお前たちか。いつもの席、空いてるぞ。まぁ見ての通り従業員以外誰もいないんだけどな、アッハッハッ」

 迎えてくれたのはカウンター席を挟んで甚平を着て何やら作業をしていた人物、このカフェの店長である白幡(シラハタ)彰一(ショウイチ)だ。聖境の卒業生であり、元学園長である緑王世代最後の生徒の一人だ。

「どうも、白幡さん。そろそろ看板くらい出したらどうなんですか?」
「こんにちは、白幡さん」

 二人は挨拶をして、いつも座るテーブル席に腰を降ろした。

「いつものにするかー?」
「あー、俺はいつもので。冴空はどうする?」
「私もいつものでお願いします!」
「あいよー」

 中等部の頃に(匂いで)冴空が見つけてから通い始めた二人はこうして簡単に注文できるような常連となっていた。
 少しすると着物に身を包んだウェイトレスが二人の元へ飲み物を運んできた。氷絃は『珈琲緑茶』冴空は『黒珈琲』を取って少しだけ飲む。まだ各自にあと一品ずつ来るが、それが来るのにはまだ時間がかかる。

「冴空、話をしていいか?」
「はい、なんですか?」
 
 氷絃は真剣な顔をしてそう聞くと、それを察した冴空も同じく真面目な顔をして頷いた。

「まずは、今まで『契約』の話をはぐらかしてきて、ちゃんとした返事をしなくて悪かった」

 そう謝罪して氷絃は頭を下げる。

「だ、大丈夫ですよ。頭を上げてください、氷絃くん」

 それに対して冴空は少し困った表情で頭を上げるように促した。氷絃は頭を上げ、続ける。

「俺は今まで、あの時からただ冴空を危険な目に遭わせたくない。契約をして、冴空が俺の魔女になるとどうしても危険な目に巻き込む可能性が高くなる。俺はずっと冴空を未契約状態にしたまま、後ろに置いて、危険な目から完全に遠ざけて守ろうって勝手に考えた。だから、俺はこれまでずっと冴空との契約に関して濁してきてばっかだった。
でも、ある人に諭されて、冴空の俺との契約に対する気持ちも改めて聞いて……俺は……」

 一呼吸を置いて、氷絃は下ろしていた視線を冴空の方に向ける。冴空はその氷絃の視線を受け入れるような表情だ。

「俺は、冴空と契約したいと思った。隣で、ずっと側にいて冴空を守りたいって、そう思った。もし、冴空がまだ俺と契約をしたいと思ってるのなら、俺と……契約してくれ」

 頭を下げ、右手を差し出す。少し間を置いて、氷絃の手を小さな二つの手が包み込んだ。氷絃が顔を上げると、涙を浮かべた、満面の笑みの冴空が彼の眼に映った。

「はい! 不束者ですが、よろしくお願いします!」

 その笑顔を見た瞬間、氷絃は再度誓った。この目の前にいる最愛の少女を何が何でも側で守ると。そして、この笑顔を忘れないと。

「────待たせてごめん、ありがとう」

 氷絃はその一言を絞り出すのが、精一杯だった。 
 

 
後書き
ここが折り返し地点となるでしょう。 
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