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ユア・ブラッド・マイン─焔の騎士は焦土に佇む─

作者:RIGHT@
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第五話 高等部入学式

 翌朝、氷絃は眠そうな顔で欠伸をしながら食堂を訪れた。席はある程度埋まっていたが、隆太が席取りをしていたため、礼を言って着席した。

「おはよう、すごい眠そうだね?」
「ああ、寝不足の上に夢見が悪くてな」
「へぇ……現代文のワークにでも追いかけ回された?」
「似たようなものだ」

 氷絃は味噌汁を飲みながら隆太の質問に答える。
 だが、その答えは嘘だった。実際に彼が見た夢はその前の夢の続き──つまり、過去の思い出をまた見たのだ。
 夢の続きはそれほど長くはなかった。捕まったリーダー格の男が『実験は成功だ』と『未来が楽しみだ』その二つの言葉を氷絃に向けて言った、それだけだった。

 ──本当に言われたかどうかは覚えていないが、何故か夢で言われたときに妙にすんなりとその言葉を受け入れられたな。

 氷絃は隆太と雑談をしながら食べ進め、完食し、水を飲んでいるところでビシャッとそこそこ量のある液体を後頭部から背中にかけて被った。

「うぉ……なんだ?」
「わ、悪い! 大丈夫か!?」

 驚いた氷絃は振り返ると顔を真っ青にしたスポーツ刈りの男子生徒が謝罪してきた。ネクタイの色は紺色──つまり一年生(同級生)だ。
 その男子生徒の手を見ると湯飲みが握られていた。ふざけていてバランスを崩した彼が自分にその中身であるお茶をぶちまけたのだろうと氷絃は理解した。

「大丈夫だ。だがすぐに部屋に戻って着替えたいから退いてくれ」
「あ、ああ。ほんとうに、すまない……」
「気にするな」

 トレイを持って氷絃は返却口に食器を返した後、自室に戻っていった。



「いつまで申し訳なさそーな顔してんだ?」

 氷絃にお茶をかけた生徒の友人がからかうように言ってくる。

「……なぁ、俺いつも緑茶はめっちゃ熱いやつって決めてるんだよ」
「それがどうしたんだ?」
「アイツはそれをいきなり後ろからかけられて『熱い』の一言も言わなかったんだよ」
「は? いや、そりゃお前今回は入れたお茶が熱くなかったんじゃ……」
「飲んでみろよ」

 まだ残っている湯飲みを動かし、そう友人に促す。それを彼は飲もうとするが──

「あっづ!? は!? 阿國のヤツこんなの被ってあの態度だったのか!?」

 この日から、今までは噂があっても根も葉もない悪い噂しかなかった氷絃が実は事故で熱湯をかけられても動じず、怒りもしない聖人ではないか、という噂がちらほらと流れ始めた。


 一方、その氷絃は自室に戻って濡れたワイシャツとシャツ、ズボンを脱いでいた。ワイシャツとシャツは備え付けの洗濯機にシュートし、ズボンは窓際に干す。

「……赤くなってるな。熱湯だったのか」

 鏡で背中を見て、彼はかけられたのが熱々のお茶だったことをまるで今知ったかのように呟いた。
 背中を触れると腫れていることを確認した氷絃は「そこまで酷くないな」と呟いて予備のモノに着替えて最後にブレザーとネクタイ、そしてブローチを身につけた。

「時間は……そろそろだな。冴空を待たせるわけにはいかない」

 スクールバッグを持ち、氷絃は冴空を迎えに魔女候補生寮を目指して出発した。
 寮から学園の敷地までは徒歩五分ほど、寮から寮までは十五分ほどかかる。
 その道中、氷絃のポケットに入れていた端末が振動する。画面に表示された名前を確認してすぐに応答する。

「もしもし、どうしたんだ姉さん」
『ひー。最近どう?』

 電話の相手は年の離れた姉である阿國 炎火(ホノカ)だ。聖境学園のOGで、前任の学園長である緑王(リョクオウ)双魔(ソウマ)時代に輩出された数少ない『プロ・ブラッドスミス』の一人である。

「特に何も。強いて言うなら契約について少し考えが変わったくらいか」
『一大事ね。頑固なひーが冴空ちゃんと契約するのを決めるなんて』
「そこまでは言ってない、本題はなんだ? ただの近況確認じゃないんだろ」
『勿論。来週の月曜日に聖境学園に行くから、その連絡ね』
「またか? 半年に一回くらいの頻度になってるぞ」
『ええ。愛してる弟に会いたいの……ダメ?』
「はいはい、どうせ断っても来るんだろ? 待ってるよ。ついでにそういう言葉は恋人にでも言ってくれ」
『……いると思う?』
「いないと思うな」
『ひーのイジワル』
「ちょっとした仕返しだ。お見合い相手に俺の連絡先を渡さないでくれ」
『善処してみる。それじゃあ、また月曜日に。いい、絶対にその日は寮に直帰して私を出迎えてね?』
「善処する。じゃあな」

 通話終了のボタンをタップしてプツリと姉との通話を終えた氷絃は変わらない歩調で冴空の待つ女子寮を目指した。

 この時、氷絃は一瞬だけ視界に、正確には『歪む世界』に佇む『誰か』にとある違和感を覚えたが──それは知らない間に馴染んで、消えた。

 数分で冴空の待つ女子寮前のベンチスペースに到着した。制服であるブレザーに身を包んだ彼女は氷絃が来たのを確認した途端、明るく嬉しそうな表情で彼の方へ駆け寄った。

「おはよう、冴空。待たせたな」
「おはようございます、氷絃くん。全然待ってませんよ!」

 冴空の髪型は三つ編みとシニヨンヘアを併せたものだ。長い髪を後頭部で三つ編みにして大きなお団子に纏める──巷では『騎士王ヘア』とも呼ばれているモノだ。何故騎士王なのか、その語源を知るものはあんまりいない。

「羽矢にしてもらったのか?」
「そうです。流石に今日は時間が無いと思ったので、羽矢にお願いしました……どうですか?」

 クルリンと一回転して髪を見せる冴空。それに対して氷絃は少しだけ複雑な表情で頷く。

「可愛いな。でも凛々しさもあるから新鮮だな」
「えへへ、ならよかったです!」
「だけど」

 そこで言葉を切って氷絃は恥ずかしそうに顔を背けてボソッと呟く。

「それをしたのが俺じゃないから、少し嫉妬する……な」
「な、なら! 今度お願いしますね、氷絃くん!」

 その言葉を聞いた冴空はやや食いつくように身を乗り出してお願いする。

「……悪いな、気を遣わせたか?」
「そ、そんなことないです! 純粋に……氷絃くんにしてほしかったので……」
「ありがとな。それじゃ、行くか」
「はい!」

 氷絃は冴空の頭を軽くポンと撫でて五分もすれば到着する学園を目指して歩きだした。

「そういえば姉さんが月曜日にまた来るって連絡があった」
「本当ですか! 炎火さんとまた会えるんですね!」

 道中、氷絃はつい先程電話した姉のことを冴空に話すと氷絃が見えたときと同じくらい嬉しそうな顔で反応する。

「冴空は本当に姉さんの事が好きだな」
「勿論です! 優しくて綺麗で大人で家事もできて大好きです。本当、憧れのお姉さんです!」
「優しくて綺麗で大人で家事ができる。か……?」

 姉を崇める彼女の言葉を繰り返して氷絃は十歳以上歳の離れた姉を思い出す。

 ──確かに優しくて美人だけど、負けず嫌いで子供っぽくてイタズラもする上に家事なら冴空の方ができるよな……?

 小学生の(自分)相手に七並べでムキになって涙目になったことや間違えてアイスを食った時にギャン泣きしたこと、そしてカレーに鯖の味噌煮を入れたことを思い出した氷絃はボソッ呟く。

「……やっぱ冴空だな」
「何がですか?」
「いや、なんでもない」

 尤も、負けず嫌いは自分も冴空もその姉から受け継いだなと思いながら氷絃は冴空と会話をしていると学園に到着した。

「最初は教室に行くんだったか」
「そうですね。製鉄師科校舎六階の1-Cです」
「今年も同じクラスでよかったな」
「はい。氷絃くんと離れなくてよかったです!」

 ずっと笑顔の冴空を見て可愛いな本当にと思いながら氷絃は彼女と共に教室に到着。二十分ほど経つと丁度良い時間になったので氷絃らは入学式の待機場所である第二体育館で待機。ここで出席番号順に並べという指示があったため氷絃は最前列の二番目となり冴空と離れた。

「……寿司でも佐川でも佐鳴でもいいから俺の名字を変えてくれねぇかな」

 冴空と離れた氷絃はそんなことをボソッと呟くと隣に来た出席番号一番の女子生徒にクスッと笑われた。それに氷絃はチラッと視線をやるとその女子生徒はハッとして謝罪してきた。

「ご、ごめん。あんなに真剣な顔して名字を変えてほしいなんて言う人初めて見たから」
「いや、別に気にしないからいい。それより、交流会ぶりだな碧周さん」

 隣の少女は交流会で男子に絡まれているところを一応、助けた碧周静流だった。

「そうだね。あの時はありがとう。おかげで交流会も楽しく参加できて……」
「それはよかった。良さそうな相手は見つかったか?」
「一人だけ……かな?」
「そうか。お互い頑張ろうな」
「う、うん」

 氷絃はそこで会話を切り上げた。そして第一体育館に入場して入学式が始まった。
 式は滞りなく進み、黄劉学園長の話は学園長とも思えない短く纏まったもので済み、特に何事もなく終わった。

「案外、あっさり終わった……聖境って名門のお金持ち校ってイメージが強いから意外……」
聖境(ここ)は黄劉学園長が就任してから削れる時間は削って余った時間を製鉄師育成に使うようになったからな。苦情はあるらしいが、その分実績があるからこの形式は変わらないだろうな」
「そうなんだ。阿國君、詳しいね」
「これでも三年長く在籍してるからな」

 静流の呟きに氷絃は細かく答える。それらは中等部に在籍して代替わりに丁度入学したからそのゴタゴタを知ったのだ。

「代わりにPTAの話は長いけどな」
「そう、だね……」
「大丈夫か? 顔色悪いぞ」
「あ……うん、ちょっと貧血気味で──」

 言い切る前に、静流の身体は力が抜けたかのように氷絃の方へ倒れこむ。それを氷絃は受け止めて抱きかかえる。

「……! 大丈夫か!?」

 その呼び掛けに静流は応えることができなかった。顔色は優れず、意識が朦朧としているのがわかった。

「保健室だな……」

 教室に戻ろうとする人混みの間を抜け、氷絃はすぐ近くの保健室まで彼女を運んだ。ついさっきまで入学式をやっていたため養護教諭は不在だ。

「んー? あ、どうしたのー? サボりー?」

 そんな暢気な声が三つあるベッドの一つから聞こえてきてひょっこり一人の女子生徒が顔を出す。顔しか出していないため黒髪の絡みやすそうという印象を氷絃は抱いた。

「いや、一人貧血で倒れたから運んできました。ベッド空いていますか?」
「空いてるよー。ありゃ、顔真っ青……とりあえず暖かくして先生待たないとねー。ほら早く来て来て、よし。お疲れ様ー」
「ありがとうございます、先輩」
「あれ? なんで知ってるのー?」
「一年は全員式に参加してたんで。あと保健室に慣れてる雰囲気だったので」
「あったりーん。PTAの顔見たくないし、怠くてサボっちゃったのよねー。それじゃ、あとは任せてよ新一年生の阿國氷絃くん?」

 その言葉にピクッと氷絃は反応する。何故自分の名前を知っているのか、目の前の上級生とは初対面のはずだと。

「君ってそこそこな有名人だよー? 『模擬戦無敗の候補生』『中等部の王者』あとは君の彼女ちゃんも有名人で、それにくっついてるからねー」
「彼女じゃない、幼馴染です」
「そこに反応しちゃう? ま、中等部からいるんだし上級生の大半は君のこと知ってると思うよー? あ、もちろん珠充冴空ちゃんのこともねー。あ、引き留めちゃってごめんね、イッテイーヨ」
「そうですか。後は頼みます」

 一礼して氷絃は保健室を後にした。既に他の生徒たちは教室に戻っていったようで、氷絃は早足で階段を駆け上がり教室に到着。後ろの扉を開けるとクラス全員の視線が氷絃に向けられる。

「すみません、碧周さんが貧血だったみたいで保健室に連れていってました」
「おう、そうか。ご苦労だったな阿國。碧周は貧血で保健室か……とりあえず席に着いてくれ」
「はい」

 氷絃は左端の前から二番目の席に着く。前の席に座るのは静流だったので今は空席だ。そこから担任の簡単な自己紹介と中等部上がり限定の課題回収、翌日からのテスト日程の確認をしてその日は解散となった。

「氷絃くん、帰りましょう!」
「おう」

 男子生徒からの恒例の視線を受けつつ、氷絃は冴空と共に帰路についたその途中

「氷絃くん、交流会で助けた女の子って碧周さんだったんですか?」
「ああ、そうだ。よくわかったな」
「入学式前から親しそうだったので」
「そんなに親しく見えてたか?」
「はい。ちょっと嫉妬しちゃいそうなくらい」
「……意外だな、冴空も嫉妬するのか」
「むぅ、しますよ!」

 冴空は頬を膨らませてちょっと怒り気味な声で氷絃の疑問にそう答える。そんな冴空も可愛いなと氷絃は思いながら「悪い悪い」と言ってるうちに女子寮に着いた。

「もう着いちゃいました……氷絃くんと話してるとあっという間ですね」
「そうだな。冴空と一緒だと時間の流れが早い」
「それじゃあ、また明日です!」
「おう、また明日な」

 別れの挨拶をして氷絃は男子寮を目指して歩きだす。その時、朝の「違和感」がまた氷絃を襲った。
 佇む『誰か』は氷絃の視界からは消えていない。だが、視界の許す限り──端に存在する。視線を動かしてもまだ端にいる『誰か』を追いかけると氷絃の顔は真後ろを向いた。そして『誰か』は冴空のいる方向に収まり、視界の端に移動することはなくなった。つまり──

「……なるほどな『歪む世界(お前)』も冴空に執着してるってことか」

 氷絃がゆっくりと振り返ったことに首を傾げた冴空はニコニコと再度氷絃に向けて手を振る。それに応えて氷絃も手を振って、今度こそ男子寮へと帰った。
 
 

 
後書き
はやく……戦闘を……異能バトルを…… 
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