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ヘルウェルティア魔術学院物語

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第六話「実験開始」

的に向けて右手に持った杖を向ける。そこからの行動はいつも通り、魔術を放つときと寸分変わらない。しかし、今回はいつもと違う部分もある。俺の左手に柔らかくも温かい感触がある。魔力を杖に集中させながら気づかれない程度に左の後ろに視線を向ける。そこには俺の左手を両手で包みつつも顔を真っ赤にするルナミスさんの姿があった。

ルナミスさんが俺が差し出した手を握ってくれてから既に十分近くの時が経っている。しかし、実験は今始まったばっかりだ。理由は単純二人とも手を握ったは良いがそこから顔を真っ赤にして硬直したからだ。女性との触れ合いに慣れていない俺は初めてとも言える同年代の異性の手の感触に妙な恥ずかしさを覚えていた。

ルナミスさんの手は想像以上に柔らかくもっちりとした感触でありながらすべすべの肌。そして手に宿るあたたかな体温。どれも初めての経験だった。

そこから何とか回復し実験を開始したのだ。ただ、ルナミスさんは未だ恥ずかしいのか一言も喋れず顔を真っ赤にして俯くだけだ。美少女が顔を真っ赤にしている様子はとても興奮を覚えるがそんな事をしている場合ではないし俺の実験に付き合ってもらっているルナミスさんに失礼だ。

俺は視線を杖に戻す。先程から魔力の抵抗が何時もより少なく感じる。ルナミスさんの呪いが聞いている証拠だ。魔力を集めた俺はそこから火の属性を付与する事で初歩的な下級魔術「ファイアボール」を生み出す。ここまでの工程は何時もより少し遅い程度であるが十秒かからずに終える。魔術師にとってどれだけ早く魔術を行使し放てるかが重要となっている。いくら強い魔術を使用できるからと言って発動までの時間が長ければそれは連発できる初歩的な魔術にすら負ける。故に魔術師なら魔術を覚える事よりも魔術をどれだけ早く生み出しロスタイムを無くせるかを考え日々の鍛錬に生かしている。

公国にいた俺はそれすら知らなかったが魔力抵抗のせいで中級魔術すら使えなかった俺は早打ちとロスタイムを無くすことを努力したから自惚れではないが他の魔術師よりも出来る自信がある。

さて、話を戻すが俺は杖先に生まれた火球を遠くの的にぶつける。的に中った火球は呆気なくはじけ飛び的に多少の焦げを付けただけだった。しかし、それでもファイアボールの威力が上がっているのが分かる。今までなら焦げが付きそうで付かないくらいだったからな。

「やっぱり…。ルナミスさんの呪いの効果で魔力抵抗が薄まっている。これなら今まで出来なかった上級魔術も使用できるかもしれない…!」

俺は確かな手応えを感じて杖を持った右手を握り締める。今までどれだけ頑張っても到達できなかった高見に後少しで届く、それを思うと自然と体中に力が入った。

「…っ!」

そしてルナミスさんの手を握っていた手にも力が入ってしまいルナミスさんは一瞬体を振るえさせた。

「あっ、ごめん。つい力が入っちゃったよ」
「い、いえ。私は気にしていませんので…」

ルナミスさんは最初は普通の声量で喋っていたが段々と声が小さくなり最後の方はほとんど聞こえんかった。ただ、別に嫌われたとかではなさそうだな。ルナミスさんに嫌われるとスキルを無効化できないからな。…とは言え、いつまでも俺の事につき合わせるのも不味いだろうし対価として何かできる事を考えておくか。

「じゃあ、もう少しだけ付き合ってもらってもいいかな?」
「いいですよ。私もとても勉強になっていますから」

ルナミスさんはそう言って微笑む。薄っすらと頬を染めるその姿は女神と間違えても可笑しくはなかった。俺は一瞬理性が世界の果てまで消えて言った感覚に陥ったが直ぐに正気を取り戻し的に顔を向ける。そして上級魔術の術式を思い浮かべ魔力を通した。先程と同じく何時もより軽やかに魔力が集まってくる。

必要最低限の魔力が通った事で魔術が発動、先程とは比べ物にならない業火球が右手に誕生した。業火球の熱がチリチリと右手を軽く焙るように襲ってくる。火属性の上級魔術「クリムゾンスフィア」だ。今までは魔力抵抗のせいで使うことが出来なかったが今ならギリギリ発動できるか。

俺はクリムゾンスフィアを的に向けて放つ。ファイアボールより少し早い程度の速度でまっすぐに向かって行き、的に当たった瞬間周辺を火の海に変えた。

「「!?」」

俺とルナミスさんはそろって驚き思わず手を放す。周りでは燃え盛る的を見て軽く混乱が起きている様で人が集まってきている。中には水属性の魔術で消化を試みる物もいるが火は消えるどころか更に火力が上がっていく。

…そう言えば、クリムゾンスフィアは外部からの刺激があった瞬間周辺に火を広げる性質があったな。しかもちょっとした水属性魔術では消化すらできない火力を持っていたな。初めて使った事と上級魔術自体使う事が出来なかったから忘れてたわ。

結局、消化が完了したのは一時間近く経ってからだった。たまたま付近に先生がおらず生徒の魔術では餌を与えるような物でどんどん火力が上がったのが原因だな。幸い校舎や学院の外に燃え広がる事は無かったが的は全部燃え尽き暫くの間使用が禁止された。そして上級魔術を考えなしに使った俺は慌てて駆け付けたディートハルト先生にこってりと絞られることとなった。因みにルナミスさんは近くにいただけとして軽い説教だけで済んだ。よかった。不幸中の幸いとはまさにこの事だな。
 
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