ある晴れた日に
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617部分:やがて来る自由の日その七
やがて来る自由の日その七
「あの」
「問題はよ。話が決して表には出ないし」
「はい」
「そして警察もマスコミも誰も動けないのよ」
「マスコミは特に、ですね」
「ええ、それよ」
マスコミについては特にそうだというのだ。我が国のマスコミに様々な深刻極まる腐敗そのものと言うべき問題があることは知る者にはインターネットが普及する前から知られていることであった。だがその彼等が今回はとりわけ問題があるというのである。
「父親がマスコミに力をかけられるから」
「どうしようもないんですね」
「そうよ。どうしようもないわ」
江夏先生の言葉は暗い。
「あの父親はね」
「下手な政治家よりもなんですね」
「政治家ならどうとでもなるのよ。官僚とかも」
そうした存在ならば、というのだ。
「何てことはないのよ」
「やり方があるんですね」
「それこそライバル政党とか競争相手に教えればいいから」
「それでいいんですね」
「そうよ。それでね」
いいというのである。
「色々なやり方があるのよ」
「けれどああした弁護士は」
「どうにもならないわ」
そうだというのだった。
「どうしてもね」
「それじゃあこのままですか」
田淵先生の顔がさらに暗いものになる。
「このまま彼のやりたい放題ですか」
「どうにかできないかしら」
江夏先生の今の言葉は苦渋に満ちたものだった。それが酒や肴の味のせいであることは言うまでもなかった。現実によってであった。
「これは」
「せめて竹林さんみたいな人がまた出てしまうことがないようにしたいのですけれど」
「それが今は」
「できませんか」
「世の中間違ってるわ」
こんな言葉も出したのだった。
「竹林さんみたいないい娘があんな目に遭って」
「はい」
「そしてそれをした人間が堂々と大手を振って歩ける」
「悪事を重ねながら」
「今も何かをしているのは間違いないわ」
それはもう確信しているのだった。江夏先生も田淵先生もだ。
「碌でもないことをね」
「それをどうにかできれば」
「できないという状況も」
「どうにかできれば」
二人の言葉は切実なものになっていた。
「しなければいけないけれど」
「酷い話です」
田淵先生の顔には普段の明るさも優しさもなかった。沈痛なものだった。
「本当に」
「どうしようもない存在って」
江夏先生も苦い顔になって述べる。
「いるのね」
「そうですね。そんなのは」
「漫画だけの話だって思ってたわ」
いささかシニカルな今の言葉だった。
「そんなのはね」
「時代劇とか」
「それもよ」
江夏先生の忌々しげな言葉は続く。
「ほら、そういった話って」
「政治家とか大企業のトップとかですよね」
「あとはキャリア官僚ね」
ドラマ等でよく出て来る悪役の地位ではある。
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