ある晴れた日に
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603部分:アヴェ=マリアその三
アヴェ=マリアその三
「一人で。未晴の為に」
「じゃあ行くか」
ギターを収めてだった。傘をさす。その時に覆いやレインコートで未晴を包み込む。そのうえで彼女の上にその傘をさして病院の方に進む。病院はすぐ左に入り口があった。
自分は雨に当たるのを厭わず車椅子の彼女にさしてだ。忽ちのうちに濡れ鼠になっても彼女を濡らさないようにしてだ。大雨の中を進む。
そうして病院の中に入って行った。奈々瀬はそれを最後まで見届けた。雨の降りしきる中を立ったまま。
「・・・・・・・・・」
それと見届けてからその場を去った。その彼女が今度辿り着いた先は。
「もう閉店時間よ」
恵美は店の扉が開いて鈴が鳴ったのに気付いてその扉に顔を向けて告げた。
「悪いけれど・・・・・・」
こう言って帰ってもらおうとした。だができなかった。そこに彼女がいたからだ。
「・・・・・・タオル持って来ようかしら」
「・・・・・・・・・」
「持って来るから中に入りなさい。紅茶用意するから」
彼女が言うより先だった。
「何ならシャワーも浴びるといいわ。服も乾燥にかけるし着替えもあるから」
こう言って彼女をまずは温めさせた。その間に紅茶を入れて用意するのだった。とりあえず身体を温めて着替えた彼女をカウンターに座らせる。そうしてその紅茶を差し出したのだった。
「飲みなさい。ブランデー入りよ」
「・・・・・・有り難う」
ようやく言葉を出した奈々瀬だった。恵美から借りた服を着て毛布にくるまりながらカウンターにいた。そこで弱々しい声を出したのである。
「何か見てきたみたいね」
「・・・・・・ええ」
彼女の言葉に小さく頷く。そのうえで紅茶を手に取った。
温かかった。それを口の中に含むと余計にだった。心が温まるのがわかった。
一口飲んだうえで、であった。また口を開いたのだった。
「あいつ見たわ」
「そうだったの」
「一人でも頑張ってたのね」
このことを言うのだった。
「一人でも」
「そうよ、あいつはね」
「・・・・・・凄いね」
彼を評した言葉だった。
「本当にね」
「そうね。あれは確かにね」
「未晴のことあんなに想って」
俯いてそのうえで言葉を出していくのだった。
「自分はびしょ濡れになってもそれで」
「それでもいいのよ、あいつは」
彼のことを静かに話す二人だった。
「未晴さえよくなればね」
「・・・・・・あたし、未晴にずっと助けられてきた」
自分のことも話した。
「ずっと。子供の頃から」
「そうみたいね」
「けれど」
けれど、なのだった。彼女は言うのだった。
「逃げようとした。未晴があんなになってるのに」
「逃げようとしたのね」
「けれどあいつは逃げなかった」
また正道のことを話すのだった。
「逃げずに雨の中で自分が濡れるのも構わずに」
「そうだったのね」
恵美は今は話を聞くだけだった。奈々瀬が俯いたまま話すことをだ。
「それで」
「こんなことがあったの」
奈々瀬の言葉が変わった。
「私が小学校の頃テストの成績が悪くて残されて」
「よくある話ね」
「皆に先に帰ってって言ったの。それでずっと残ってたけれど」
その時のことを瞼に思い出してさらに話していくのだった。
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