ある晴れた日に
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602部分:アヴェ=マリアその二
アヴェ=マリアその二
「本当にね」
「私にはできないわね」
明日夢も言った。
「ちょっとね」
「そうね。それは私もよ」
そしてそれは恵美もなのだった。
「強いよ」
彼を評した言葉だった。
「本当にね」
「そうね、強いわね」
明日夢は彼女の言葉にも応えた。
「あいつ。本当に」
「その強さがきっと未晴を元に戻すから」
恵美はそれを信じられるようになっていたのだ。
「人には心があるから」
「だからなのね」
「それで」
「そうよ。それでよ」
二人にも述べるのだった。
「きっとね」
「そう。じゃあ私は」
「私も」
二人は恵美の言葉をここまで聞いたうえで意を決した顔で言うのだった。
「信じさせてもらうわ」
「何があってもね」
「あんた達もなのね」
「雨だってね」
明日夢はここで窓の方を見た。窓の外はまだ雨が強く降っている。その雨を見ながら。そうして静かに心の言葉を出したのである。
「止まない雨はないじゃない」
「そうよね。心は壊れても」
「なおるわ。絶対に」
「きっとね」
「そうよ。じゃあ今日はね」
「そうね。閉店ね」
「もうそんな時間なのね」
そのことに気付いた二人だった。話に夢中でそのことを忘れてしまっていたのだ。
「それじゃあ今日はね」
「これでね」
「またね」
二人に静かな言葉で応えた。
「明日ね」
「そうね、明日ね」
「明日また」
二人はこう告げて勘定を置いてカウンターを立った。そのうえで店を出る。一人になった恵美は暫く店の鍵を閉めなかった。一人で窓の外の雨を見続けていた。
「明日は晴れるわね」
その雨を見ながらの言葉だった。
「それじゃあ」
そう呟いてまた外を見る。そうして時を過ごしていた。
奈々瀬は彷徨い歩き続けていた。もう雨の為何もかもがびしょ濡れであった。髪も顔も服も何もかも。しかし彼女はそれに構うことなく彷徨い続けていた。
何処をどう彷徨ったかわからない。今自分が何処にいるのかさえわからない。その彼女が今歩いている場所は。
そこに辿り着いた時ふと何かが聴こえてきた。それは。
「これって」
ギターの音だった。間違いなかった。雨の中それが聴こえてきていたのだ。
前を見るとだった。正道がいた。雨の中の木の下でギターを鳴らしていたのだ。そしてその雨を逃れられる木の下にはもう一人いた。
未晴だった。車椅子に乗った彼女はやはり動かない。しかし彼はその彼女に対してギターを鳴らしていたのだ。そしてその音を聴かせていたのだ。
「悪いな、雨だ」
その未晴に立ったままで声をかける彼だった。側には傘とギターケースも置かれている。
「折角なのにな。けれど雨も見えるな」
こう未晴に問うていた。
「自然が。見えるな」
やはり返答はない。しかしそれでも声をかけていた。
そうして彼女のこことに訴えていたのだ。奈々瀬にもそれが見えた。
「あいつ、そんなことを」
「見えるな、雨が」
また未晴に言うのだった。
「この雨が。ギターも聴こえるな」
「一人でやってたの」
その彼を見て呟く奈々瀬だった。
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